国際的な免疫学者で、脳梗塞で倒れた後には
リハビリ打ち切りへの動きと激烈な戦いを続けてこられた
多田富雄氏が21日に亡くなったとのこと。
昨日の朝日新聞の記事では
国際的な免疫学者としての氏の功績が非常に詳しく述べられて、
新作能の作者であったことにも触れられているのだけれど、
その後のことについては
{{{:
01年に脳梗塞で倒れ、重い右半身まひや言語障害といった後遺症を抱えたが、リハビリを続けて左手でパソコンを打ち、朝日新聞文化欄に能をテーマに寄稿するなど、意欲的な文筆活動を続けていた。
}}}
そのリハビリを、医療費削減のために続けさせてくれない国と
多田氏は「それは死ねということだ」と闘ったはずなのだけれど
そのことには触れられていない。
この記事の書き方への抗議と多田氏への哀悼の意を込めて、
これまで多田氏のことを書かせてもらったエントリーを以下に。
[http://blogs.yahoo.co.jp/spitzibara/36517682.html 「私のリハビリ闘争」に思うこと](2008/4/14)
[http://blogs.yahoo.co.jp/spitzibara/45117290.html 重度のマヒあれば免疫学者も講釈されるステレオタイプ](200810/18)
[http://blogs.yahoo.co.jp/spitzibara/47573536.html “師長の王国”](2008/12/24)
リハビリ打ち切りへの動きと激烈な戦いを続けてこられた
多田富雄氏が21日に亡くなったとのこと。
昨日の朝日新聞の記事では
国際的な免疫学者としての氏の功績が非常に詳しく述べられて、
新作能の作者であったことにも触れられているのだけれど、
その後のことについては
{{{:
01年に脳梗塞で倒れ、重い右半身まひや言語障害といった後遺症を抱えたが、リハビリを続けて左手でパソコンを打ち、朝日新聞文化欄に能をテーマに寄稿するなど、意欲的な文筆活動を続けていた。
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そのリハビリを、医療費削減のために続けさせてくれない国と
多田氏は「それは死ねということだ」と闘ったはずなのだけれど
そのことには触れられていない。
この記事の書き方への抗議と多田氏への哀悼の意を込めて、
これまで多田氏のことを書かせてもらったエントリーを以下に。
[http://blogs.yahoo.co.jp/spitzibara/36517682.html 「私のリハビリ闘争」に思うこと](2008/4/14)
[http://blogs.yahoo.co.jp/spitzibara/45117290.html 重度のマヒあれば免疫学者も講釈されるステレオタイプ](200810/18)
[http://blogs.yahoo.co.jp/spitzibara/47573536.html “師長の王国”](2008/12/24)
2010.04.23 / Top↑
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