数週間前、ある小さな大学で学生さんたちの冗談紛れの会話を漏れ聞き、
思わずギクッとなったのは、
思わずギクッとなったのは、
「こいつ、な~んか得体の知れない薬の臨床実験のアルバイトをするって」
「えーっ? だいじょうぶかよ、そういうの」
「ウソだよ。そんなのやらねーよ」
「えーっ? だいじょうぶかよ、そういうの」
「ウソだよ。そんなのやらねーよ」
そういうアルバイトがあるのかと聞いてみても、
3人の学生さんは誰も詳細を語ろうとしませんでしたが、
もちろん学生部に正規ルートで舞い込むアルバイト募集であるはずもなく、
ちょっとイヤ~な話だなぁ……とひっかかっていたところに、
こんなニュース。
3人の学生さんは誰も詳細を語ろうとしませんでしたが、
もちろん学生部に正規ルートで舞い込むアルバイト募集であるはずもなく、
ちょっとイヤ~な話だなぁ……とひっかかっていたところに、
こんなニュース。
2年前にロンドンの病院で行われた薬の臨床実験で
6人の被験者全員が注射から1時間で激しい反作用を起こして
頭がエレファントマン状態に腫れあがり命の危機に瀕したばかりか
回復後も身体と心の障害に負い、おそらく癌になるだろうと言われている、
「エレファントマン薬物実験」と呼ばれる事件があったとのこと。
6人の被験者全員が注射から1時間で激しい反作用を起こして
頭がエレファントマン状態に腫れあがり命の危機に瀕したばかりか
回復後も身体と心の障害に負い、おそらく癌になるだろうと言われている、
「エレファントマン薬物実験」と呼ばれる事件があったとのこと。
ニュースそのものは、
その被害者の1人のニュージーランド人男性David Oakleyさん(37)に子どもが生まれ、
2年前にはこんな日が来るとは思わなかったと夫婦が喜んでいるという
父の日にちなんだ明るいものなのですが、
その被害者の1人のニュージーランド人男性David Oakleyさん(37)に子どもが生まれ、
2年前にはこんな日が来るとは思わなかったと夫婦が喜んでいるという
父の日にちなんだ明るいものなのですが、
その記事に書かれた臨床実験の詳細というのが
こんなことが起こるって、一体、薬の臨床実験の世界はどうなっているんだ???
と、唖然とするような、なんとも底の知れない話。
こんなことが起こるって、一体、薬の臨床実験の世界はどうなっているんだ???
と、唖然とするような、なんとも底の知れない話。
Oakleyさんは目前に控えた結婚費用と家の購入資金に当てようとして
被験者に名乗り出たのですが、そのために背負った障害によって
それ以前に運営していた運転の教習所は続けられなくなり、
現在は妻が統計学の専門家として生計を支えているとのこと。
被験者に名乗り出たのですが、そのために背負った障害によって
それ以前に運営していた運転の教習所は続けられなくなり、
現在は妻が統計学の専門家として生計を支えているとのこと。
実験に使われた薬は、
白血病と関節炎に特効があると見込まれていたTGN1412。
ドイツの製薬会社 TeGeneroが作り、
Parexelというアメリカの会社が臨床実験を担当し、
行われた場所はロンドンのNorthwick Park 病院だといいます。
白血病と関節炎に特効があると見込まれていたTGN1412。
ドイツの製薬会社 TeGeneroが作り、
Parexelというアメリカの会社が臨床実験を担当し、
行われた場所はロンドンのNorthwick Park 病院だといいます。
TeGenero社は約26000NZドルの中間金を支払った後で破産したため、
被害者の6人はそれ以外には何の補償も受けておらず、
アメリカのParexel社は薬の反作用であることは明らかであるにもかかわらず
ライアビリティを否定しているとのこと。
被害者の6人はそれ以外には何の補償も受けておらず、
アメリカのParexel社は薬の反作用であることは明らかであるにもかかわらず
ライアビリティを否定しているとのこと。
そもそも、作った会社と実験を行った会社と場所となった病院とが
こんなふうにバラバラだというだけではなく国まで違うというのは
一体どういうことなのか。
まるで、何かあった時に責任の所在を曖昧にする仕組みが
予め作られていたかのようでは?
こんなふうにバラバラだというだけではなく国まで違うというのは
一体どういうことなのか。
まるで、何かあった時に責任の所在を曖昧にする仕組みが
予め作られていたかのようでは?
そして、日本の地方の小さな大学で普通の学生さんの会話に出てきた
あの「得体の知れない薬の臨床実験のアルバイト」という言葉──。
あの「得体の知れない薬の臨床実験のアルバイト」という言葉──。
まさか、製薬会社の利権を巡る暴走は
我々の知らないところで既に臨床実験をブラック・マーケット化している……なんてことは?
我々の知らないところで既に臨床実験をブラック・マーケット化している……なんてことは?
2008.06.30 / Top↑
英国の国営医療制度NHSが60周年を迎えるのを期に、
Brown首相がBBC Scotlandの独占インタビューに応じました。
Brown首相がBBC Scotlandの独占インタビューに応じました。
Brown首相は子どもの頃にスポーツの際の事故で片目の視力を失っており、
NHSがいかに素晴らしいかというエピソードとして
その事故の際に片方の視力を救ってくれたNHSの手術について
詳細や自分の感謝の気持ちなどを語った、というのが記事の流れなのですが、
NHSがいかに素晴らしいかというエピソードとして
その事故の際に片方の視力を救ってくれたNHSの手術について
詳細や自分の感謝の気持ちなどを語った、というのが記事の流れなのですが、
ずっと読んでいくと、最後の最後にさらりと書いてあったのが、これ。
これ、ちょっと、すごいことを言っているのでは??
これ、ちょっと、すごいことを言っているのでは??
Mr. Brown said that publicly-funded healthcare will become more relevant in the future as genetic advances show which people are more likely to suffer ill health, and therefore make them uninsurable.
遺伝学が進むと病気にかかる確率の高い人が分かり、そういう人は保険に入れなくなるので、将来的には公的資金でまかなわれる医療が今以上に適切ということになるだろう、とBrown氏は言った。
遺伝学が進むと病気にかかる確率の高い人が分かり、そういう人は保険に入れなくなるので、将来的には公的資金でまかなわれる医療が今以上に適切ということになるだろう、とBrown氏は言った。
そういうところまで行ってしまった社会と、
その頃にはもっと進んでいるはずの格差と、
科学とテクノロジーが産むさらなる格差と
そういう中での医療保障とか公的医療制度のあり方とか……
一体どういうことになるんだか私なんかには想像もつかないけど、
その頃にはもっと進んでいるはずの格差と、
科学とテクノロジーが産むさらなる格差と
そういう中での医療保障とか公的医療制度のあり方とか……
一体どういうことになるんだか私なんかには想像もつかないけど、
これが英国だけの問題ではない……ということくらいは私にも分かる。
2008.06.30 / Top↑
当ブログでも何度か取り上げてきましたが、
カナダで84歳の男性患者Golubchuk氏を巡って
「無益な治療」論による生命維持装置取り外しを求める病院側と
継続を求める家族が対立して訴訟となり、
今年9月に裁判所の判断がでることになっていたケースで、
カナダで84歳の男性患者Golubchuk氏を巡って
「無益な治療」論による生命維持装置取り外しを求める病院側と
継続を求める家族が対立して訴訟となり、
今年9月に裁判所の判断がでることになっていたケースで、
患者のSam Golubchuk氏が6月24日、
生命維持装置につながれたまま死去とのこと。
生命維持装置につながれたまま死去とのこと。
家族の弁護士は
「Golubchuk氏の勝利です。
生命維持装置を取り外したために亡くなったのではなく、
寿命で亡くなったのですから(when his time had come)」
「Golubchuk氏の勝利です。
生命維持装置を取り外したために亡くなったのではなく、
寿命で亡くなったのですから(when his time had come)」
記事の内容に、これまで取り上げてきた以上の特に目新しい情報はないのですが、
上記の記事で目を引いたのは、
死を間近に控えた患者に対して無駄に苦痛を与えているとして、
Gulubchuk氏の治療を拒否して辞職した医師が3人もいること。
上記の記事で目を引いたのは、
死を間近に控えた患者に対して無駄に苦痛を与えているとして、
Gulubchuk氏の治療を拒否して辞職した医師が3人もいること。
去年の米国テキサス州でのEmilio Gonzales事件を思い出します。
【Glubchuk事件関連エントリー】
84歳患者巡る無益な治療論争、裁判へ(カナダ)(2008/2/14)
カナダの無益な治療論争:Golubchuk事件(2008/3/24)
Singer、Golubchukケースに論評(2008/3/24)
カナダの無益な治療論争:Golubchuk事件(2008/3/24)
Singer、Golubchukケースに論評(2008/3/24)
2008.06.29 / Top↑
もう30年近く前、
私たち夫婦が新婚当時に暮らした小さなマンションでの出来事。
私たち夫婦が新婚当時に暮らした小さなマンションでの出来事。
夫婦で遠方の友達の結婚式に行くのに旅費を節約して車で出かけ、
夜通し高速を走って明け方の3時ごろに帰宅したことがあった。
翌朝9時ごろに玄関のブザーが鳴って、目は覚めたものの
疲れていたので聞かなかったことにして、そのまま眠ろうとすると、
夜通し高速を走って明け方の3時ごろに帰宅したことがあった。
翌朝9時ごろに玄関のブザーが鳴って、目は覚めたものの
疲れていたので聞かなかったことにして、そのまま眠ろうとすると、
廊下から、今で言う宅配業者と、
たまたま通りかかったらしい隣の奥さんの会話が聞こえてきた。
「お隣、留守ですかね」
「ああ、昨夜は明け方3時ごろに帰ってこられましたから、
まだ寝ておられるんじゃないですか」。
たまたま通りかかったらしい隣の奥さんの会話が聞こえてきた。
「お隣、留守ですかね」
「ああ、昨夜は明け方3時ごろに帰ってこられましたから、
まだ寝ておられるんじゃないですか」。
ウトウトしていた私たち夫婦は、きっぱり覚めた目を思わず見合わせた。
なんだか、ぞうっとした瞬間だった。
なんだか、ぞうっとした瞬間だった。
地味で静かな奥さんだと思っていたのに人間って分からないもんだよね、という驚きと共に
その後も何度か思い出して夫婦で話題にした「3時帰宅を知っていた隣人」の話──。
その後も何度か思い出して夫婦で話題にした「3時帰宅を知っていた隣人」の話──。
でも、つい最近、30年近くも経ってから、
あれは誤解だったことに気がついた。
あれは誤解だったことに気がついた。
――――――――
あのマンションで我々夫婦の隣に住んでいた夫婦には男の子があった。
小学校の中学年くらいの痩せた男の子には一見なにも変わったところはないのだけど、
たまにエレベーター・ホールで見かけると学校帰りなのにいつも母子が一緒だし、
その子が普通にしゃべっているのは聞いたことがなかった。
何度か、いきなり抱きつかれたこともあって、
駆け寄ってくる時の思い詰めたような様子とか抱きつく指先の容赦のなさや
お母さんが慌てて引き剥がして気の毒なくらい恐縮される口調などから、
当時の私なりに「ワケありの子なんだな」と了解していた。
小学校の中学年くらいの痩せた男の子には一見なにも変わったところはないのだけど、
たまにエレベーター・ホールで見かけると学校帰りなのにいつも母子が一緒だし、
その子が普通にしゃべっているのは聞いたことがなかった。
何度か、いきなり抱きつかれたこともあって、
駆け寄ってくる時の思い詰めたような様子とか抱きつく指先の容赦のなさや
お母さんが慌てて引き剥がして気の毒なくらい恐縮される口調などから、
当時の私なりに「ワケありの子なんだな」と了解していた。
でも、その頃の私には子どもの障害については知識も興味もなかったし、
隣りは近所づきあいもせずに、ひっそりと暮らしている一家だったから、
特にその人たちの存在を意識したことすらなかった。
隣りは近所づきあいもせずに、ひっそりと暮らしている一家だったから、
特にその人たちの存在を意識したことすらなかった。
むしろ、存在感が希薄で、それまで意識すらしていなかった隣人が
こちらの夜中の動静に詳しかったということにこそ、
20代そこそこの世間知らずだった我々夫婦は
密かに探られているような不気味さを感じたわけで。
こちらの夜中の動静に詳しかったということにこそ、
20代そこそこの世間知らずだった我々夫婦は
密かに探られているような不気味さを感じたわけで。
30年前のあの奥さんは、本当は、
詮索好きだったわけでも隣人の動静にアンテナを張るタイプだったわけでもない。
あの人は発達障害のある息子が眠ってくれないものだから、
きっと自分も眠れない長い夜を耐えて過ごしていただけだったんだ──。
詮索好きだったわけでも隣人の動静にアンテナを張るタイプだったわけでもない。
あの人は発達障害のある息子が眠ってくれないものだから、
きっと自分も眠れない長い夜を耐えて過ごしていただけだったんだ──。
……と、突然、天啓のように氷解したのは、私自身が
娘が大人になってからは滅多になくなったはずの、そういう、やるせなく長い夜を
いっこうに眠らずキャピキャピはしゃぎ騒ぐ娘に付き合いながら、
ほとほとゲンナリして時計を見た、つい先日の午前3時。
娘が大人になってからは滅多になくなったはずの、そういう、やるせなく長い夜を
いっこうに眠らずキャピキャピはしゃぎ騒ぐ娘に付き合いながら、
ほとほとゲンナリして時計を見た、つい先日の午前3時。
気がついてみたら、ちょっとショックだった。
たまに子どもが飛び跳ねるちょっとした気配や
叫び声のようなものがふっと壁越しに微かに漏れ聞こえてくることはあっても、
それ以外には意識したこともないくらい静かな一家だったのだから
あの夫婦は、若くて世間知らずでワガママそうな隣人夫婦にどれほど気を遣い、
迷惑をかけまいと、どれほどの苦労をして暮らしていたことだろう……。
叫び声のようなものがふっと壁越しに微かに漏れ聞こえてくることはあっても、
それ以外には意識したこともないくらい静かな一家だったのだから
あの夫婦は、若くて世間知らずでワガママそうな隣人夫婦にどれほど気を遣い、
迷惑をかけまいと、どれほどの苦労をして暮らしていたことだろう……。
そんなこととも知らず、
エレベーター・ホールで子どもが抱きついてくるたびに、
どこか謝り慣れて、同時に謝りくたびれた感じも漂わせながら、しきりに謝るお母さんに
「あの人も大変だなぁ」と同情してあげていたつもりだった20代の私──。
エレベーター・ホールで子どもが抱きついてくるたびに、
どこか謝り慣れて、同時に謝りくたびれた感じも漂わせながら、しきりに謝るお母さんに
「あの人も大変だなぁ」と同情してあげていたつもりだった20代の私──。
知らないから分からない──。
その「分からなさ」の壁の厚さを、改めて思い知る。
2008.06.29 / Top↑
現在、米国で医師による自殺幇助が法的に認められているのはOregon州のみですが、
以下のニュース等によれば、
ワシントン州でオレゴンの法律をモデルに自殺幇助法制化に向けて、
オレゴンなど州外から多額の資金を集めて署名活動・キャンペーンが行われている模様。
以下のニュース等によれば、
ワシントン州でオレゴンの法律をモデルに自殺幇助法制化に向けて、
オレゴンなど州外から多額の資金を集めて署名活動・キャンペーンが行われている模様。
7月3日までに225000名の有効署名が集められれば
11月に投票が行われることになるとのこと。
11月に投票が行われることになるとのこと。
2008.06.28 / Top↑
英国で45歳の多発性硬化症の女性 Debbie Purdyさんが
自殺幇助を禁じる法律の明確化を求めています。
自殺幇助を禁じる法律の明確化を求めています。
Purdyさん自身は車椅子生活ながら
パラシュートで飛んでみたいなど前向きに生きていて
今のところ死ぬことを考えているわけではありませんが、
パラシュートで飛んでみたいなど前向きに生きていて
今のところ死ぬことを考えているわけではありませんが、
彼女の気がかりは、いざその時がきたら
自分でそれを実行するだけの体力と機能が残っていないのではないだろうということ。
自分でそれを実行するだけの体力と機能が残っていないのではないだろうということ。
その際に夫が彼女の行為を援助することが許されるのか、
例えば夫が彼女のためにDignitasに予約の電話をかけるのはどうなのか、
車椅子を押してスイスへの飛行機に乗せることは?
例えば夫が彼女のためにDignitasに予約の電話をかけるのはどうなのか、
車椅子を押してスイスへの飛行機に乗せることは?
英国では1961年の自殺法によって
他者の自殺を助けたり、そそのかす、相談に乗る、斡旋するなどの行為は
懲役14年の違法行為とされています。
他者の自殺を助けたり、そそのかす、相談に乗る、斡旋するなどの行為は
懲役14年の違法行為とされています。
検察局長に明白なガイドラインを出すよう求めるPurdyさんの訴えを
このほど高等裁判所は認め、10月に審理が行われるとのこと。
このほど高等裁判所は認め、10月に審理が行われるとのこと。
これまでのところDignitasで自殺した英国人は92人で
それを援助した身内が罪に問われたことはないそうです。
それを援助した身内が罪に問われたことはないそうです。
同紙コラムニストの書いた論説は以下。
Why we must not make the ‘right to die’ legal
By Alasdair Palmer
The Telegraph, June 8, 2008
Why we must not make the ‘right to die’ legal
By Alasdair Palmer
The Telegraph, June 8, 2008
Palmer氏はPurdyさんの苦境に同情しつつも、
積極的安楽死の法制化を説く人々は法律が非力な弱者を守っていないと訴えるが、
現実に法的に認められれば彼らは自ら死を選ぶ圧力を受けることになるのであり、
現在の法は弱者を守っているのだ、と主張。
積極的安楽死の法制化を説く人々は法律が非力な弱者を守っていないと訴えるが、
現実に法的に認められれば彼らは自ら死を選ぶ圧力を受けることになるのであり、
現在の法は弱者を守っているのだ、と主張。
Wesley Smith もブログでこの問題を取り上げており、
Debby Purdy: The Next Assisted Suicide Round in the UK
Secondhand Smoke( Wesley Smith Blog), June 9, 2008
Secondhand Smoke( Wesley Smith Blog), June 9, 2008
法の明確化を求めるPurdyさんの訴えが高等裁判所で認められるということそのものが
英国社会で尊厳死を容認しようとの世論が高まっていることの現われだと危惧。
英国社会で尊厳死を容認しようとの世論が高まっていることの現われだと危惧。
上記Alasdair Palmerの論説を引用して、
Purdyさんのような個々の事例のもつ情緒的な影響力にもめげずに
反対の声を上げ続けることの大切さを訴えています。
Purdyさんのような個々の事例のもつ情緒的な影響力にもめげずに
反対の声を上げ続けることの大切さを訴えています。
Wesley Smith は”Ashley療法”論争でも、非常に初期に
「議論は情緒を廃して。独立機関が事実関係の調査を」と的確に訴えました。
「議論は情緒を廃して。独立機関が事実関係の調査を」と的確に訴えました。
2008.06.27 / Top↑
かんしゃくを起こして騒いだ自閉症児(2才半)と母親が
すでに滑走路に向かっていた国内便の飛行機から降ろされ、
American Eagle社の対応を巡って、賛否両論がおきています。
すでに滑走路に向かっていた国内便の飛行機から降ろされ、
American Eagle社の対応を巡って、賛否両論がおきています。
母親のインタビュー・ビデオがこちらABCニュースに。
記事内容とお母さんのインタビューからすると、
たまたま席が最前列だったために
オモチャなど沈静グッズの入ったバッグを持っていかれてしまったこと、
シートベルトをきつく締めたり、何度も引っ張って確かめたり、締めなおしにきたり、
感覚処理の問題へのスチュワーデスの無理解や
パニックし始めてからも怒鳴りつけて黙らせようとする態度が
事態をさらに悪化させ、母親の焦りを招き、それがまた本人の不安を助長したことなど、
たまたま席が最前列だったために
オモチャなど沈静グッズの入ったバッグを持っていかれてしまったこと、
シートベルトをきつく締めたり、何度も引っ張って確かめたり、締めなおしにきたり、
感覚処理の問題へのスチュワーデスの無理解や
パニックし始めてからも怒鳴りつけて黙らせようとする態度が
事態をさらに悪化させ、母親の焦りを招き、それがまた本人の不安を助長したことなど、
どこかで何かがちょっと違っていたら起こらなかったかもしれないのだけれど
一つ一つが悪い連環として作用しあってしまい、
最後には席からずり落ちた子どもが通路に寝転んで暴れるに至った模様。
一つ一つが悪い連環として作用しあってしまい、
最後には席からずり落ちた子どもが通路に寝転んで暴れるに至った模様。
パイロットが
「機内に対処不能な(uncontrollable)親子がいるのでターミナルに引き返す」と
アナウンスをしたというのも、もう少し配慮のある表現はなかったのかなぁ。
「機内に対処不能な(uncontrollable)親子がいるのでターミナルに引き返す」と
アナウンスをしたというのも、もう少し配慮のある表現はなかったのかなぁ。
その事態が続いている間の母親の気持ちを想像すると本当に気の毒で、
なんだかトラウマになりそうだ。
なんだかトラウマになりそうだ。
インタビューで母親が
「もうちょっと理解がある対応をしてもらえれば、起こらなかったこと」
と言っているのが状況を言い当てているような気もする一方、
「もうちょっと理解がある対応をしてもらえれば、起こらなかったこと」
と言っているのが状況を言い当てているような気もする一方、
バッグを渡す時に沈静グッズだけは取り出しておくとか、
予め子どもの障害について説明しておくなど、
母親の方ももう少し丁寧な対処ができていたような気がしないでもない。
予め子どもの障害について説明しておくなど、
母親の方ももう少し丁寧な対処ができていたような気がしないでもない。
一番気になるのは、こういう問題が起こると、すぐに
発達障害のある子どもを飛行機に乗せることそのものが是か非かみたいな
白か黒かのバッシングコメントが寄せられてくること。
発達障害のある子どもを飛行機に乗せることそのものが是か非かみたいな
白か黒かのバッシングコメントが寄せられてくること。
「こういう子は飛行機に乗るな、車で移動しろ」とか
「大人しく座っていられない子どもは降ろされて当然」という声が起こってくるのだけど、
ある事態が出来するには、その過程というものがあるのだということが
そういうやり取りからは、いつもすっぽり抜け落ちてしまう。
「大人しく座っていられない子どもは降ろされて当然」という声が起こってくるのだけど、
ある事態が出来するには、その過程というものがあるのだということが
そういうやり取りからは、いつもすっぽり抜け落ちてしまう。
ある日ある時ある特定の状況下で、ある特定の親子と
その時たまたま関ってしまった、ある特定の人物との相互作用の中で起きたことであり、
しかも一時に最悪の事態に至ったのではなく、
1つが起こって、それへの対応が次の事態を招き、というふうに、
連関と段階を経て起こっていったことだということを
もっと丁寧に考えたほうがいいんじゃないでしょうか。
その時たまたま関ってしまった、ある特定の人物との相互作用の中で起きたことであり、
しかも一時に最悪の事態に至ったのではなく、
1つが起こって、それへの対応が次の事態を招き、というふうに、
連関と段階を経て起こっていったことだということを
もっと丁寧に考えたほうがいいんじゃないでしょうか。
接遇が職務の一部に含まれる職種の人たちには
発達障害のある人たちの特性や対処の仕方について
もっと知識を持ってもらうことも必要だろうし、
発達障害のある人たちの特性や対処の仕方について
もっと知識を持ってもらうことも必要だろうし、
(アメリカのスチュワーデスさんって、大人でも怖い感じを受ける時がありません?)
親の方も予め子どもに障害があることを航空会社に伝えて、
起こりうる状況や対応における注意点など理解を求める努力が必要なのかもしれないし。
起こりうる状況や対応における注意点など理解を求める努力が必要なのかもしれないし。
自閉症に関する問題をテーマにしているブログ
Autism Vox が、この問題を取り上げています。
Autism Vox が、この問題を取り上げています。
ここはAshley事件の際にも素早く反応したブログの1つでしたが、
昨日当ブログで取り上げた障害児人形についても以下のエントリーがありました。
ただ、今のところ開きにくくなっているようです。
昨日当ブログで取り上げた障害児人形についても以下のエントリーがありました。
ただ、今のところ開きにくくなっているようです。
【追記】
6月14日にも中国でも有名女優の子どもが飛行機に搭乗を拒否され、
航空会社を告発するという事件が起こっていました。
6月14日にも中国でも有名女優の子どもが飛行機に搭乗を拒否され、
航空会社を告発するという事件が起こっていました。
2008.06.27 / Top↑
父が思いがけない急展開で人工呼吸器装着となったため、ここ数日
自分の頭と心の整理の必要からコメント不可にて個人的な体験を書かせていただいておりましたが、
父は一応の落ち着きを見ました。
自分の頭と心の整理の必要からコメント不可にて個人的な体験を書かせていただいておりましたが、
父は一応の落ち着きを見ました。
ご心配いただいた方々、ありがとうございました。
ダウン症児の人形が多数作られて世界中で出回り、好評だとのこと。
Disability dolls become more popular
Are Down’s syndrome, blind and chemotherapy dolls a blessing or just a sick joke? Supporters say they help children
The Times, June 25, 2008
Are Down’s syndrome, blind and chemotherapy dolls a blessing or just a sick joke? Supporters say they help children
The Times, June 25, 2008
ダウン症児の外見的な特徴を詳細に再現してあり、その他にも
義肢をつけた人形、
歩行器を使う人形、
補聴器をつけた人形、
盲導犬を連れた盲目の人形、
髪がなく、鎖骨下に留置カテーテルのついた化学療法中の人形(Chemo Friends)
手術を受ける子どもへの説明用の内蔵位置の分かるテディベア(Anatomical Teddy)
義肢をつけた人形、
歩行器を使う人形、
補聴器をつけた人形、
盲導犬を連れた盲目の人形、
髪がなく、鎖骨下に留置カテーテルのついた化学療法中の人形(Chemo Friends)
手術を受ける子どもへの説明用の内蔵位置の分かるテディベア(Anatomical Teddy)
が、最も売れているのはダウン症児の人形で、製造サイドは
ダウン症児に自己同視できるオモチャを与え、自尊心を高める、
おもちゃのメインストリーミングを行い
ダウン症に対するスティグマを解消する意図だとのこと。
ダウン症児に自己同視できるオモチャを与え、自尊心を高める、
おもちゃのメインストリーミングを行い
ダウン症に対するスティグマを解消する意図だとのこと。
ドイツの幼稚園ではインクルージョンの理念を教える授業に使われている例も。
現実離れした体形をスタンダードとして女の子の間に根付かせていく
現在のセクシュアルな人形デザインにこそ問題があり、
その解毒効果があるとする意見や
(しかし、それはもともと障害とは無関係に解決すべき別問題でしょう。)
現在のセクシュアルな人形デザインにこそ問題があり、
その解毒効果があるとする意見や
(しかし、それはもともと障害とは無関係に解決すべき別問題でしょう。)
実際にダウン症の子どもに与えたら
やっと自己同視できる人形に出会えて目を輝かせたという話がある一方で、
やっと自己同視できる人形に出会えて目を輝かせたという話がある一方で、
英国のダウン症協会からは
ノーマライゼーション、インクルージョンにつながることは何でも歓迎するが、
ダウン症の特徴を正確に捉えていない人形も出回っているのが問題という点と、
研究されたことがないのだから、ダウン症児自身がどういう捉えかたをするかについては
知りようがない、という2点が指摘されています。
ノーマライゼーション、インクルージョンにつながることは何でも歓迎するが、
ダウン症の特徴を正確に捉えていない人形も出回っているのが問題という点と、
研究されたことがないのだから、ダウン症児自身がどういう捉えかたをするかについては
知りようがない、という2点が指摘されています。
また、障害のある子どもたちは自分を「みんなと同じ」と考え
むしろ一般の子どもと自己同視したいのではないかとする意見も。
むしろ一般の子どもと自己同視したいのではないかとする意見も。
ダウン症児の親2人の長文の意見が記事の後半に添えられているのですが、
私は最初の母親の方の意見にとても共感を覚えました。
私は最初の母親の方の意見にとても共感を覚えました。
人形はファンタジーの世界に遊ぶためのオモチャで
だからこそ現実にはありえない体形のバービーで子どもたちは遊ぶというのに、
ダウン症の人形だけがリアルに作られて、生気が感じられない
その不気味なほどのリアリズムと細部へのこだわりに違和感を覚える。
ダウン症の人形で遊ぶダウン症の人だけの世界で娘は暮らしたいなどと望んでいないし、
身体の特徴でもって自分を定義して欲しいとも思っていない。
だからこそ現実にはありえない体形のバービーで子どもたちは遊ぶというのに、
ダウン症の人形だけがリアルに作られて、生気が感じられない
その不気味なほどのリアリズムと細部へのこだわりに違和感を覚える。
ダウン症の人形で遊ぶダウン症の人だけの世界で娘は暮らしたいなどと望んでいないし、
身体の特徴でもって自分を定義して欲しいとも思っていない。
もう1人の父親は、
ダウン症の人は人であって、症候群そのものではない、
その意味で人形はひどいもの(horrible)だけど、その背景にある考えはよい、と。
ダウン症の人は人であって、症候群そのものではない、
その意味で人形はひどいもの(horrible)だけど、その背景にある考えはよい、と。
―――――
記事を読みながら、なんとなく私の頭に浮かんだのは、
ダウン症児人形をいいアイディアだと思い、
それがダウン症の子どもたちのためになると本気で賞賛できる人のグループと、
強烈な違和感・不快感をこの人形に覚える人のグループは、
それがダウン症の子どもたちのためになると本気で賞賛できる人のグループと、
強烈な違和感・不快感をこの人形に覚える人のグループは、
“Ashley療法”を名案だと考え、重症児のQOL向上に資すると称揚するグループと
人権侵害だと違和感・不快感を覚える人のグループとに
もしかしたら重なるんじゃないかなぁ……ということ。
人権侵害だと違和感・不快感を覚える人のグループとに
もしかしたら重なるんじゃないかなぁ……ということ。
人々が障害のある人の"違い"に向ける眼差しから
デリカシーというものがどんどん消えていく、という気がする。
デリカシーというものがどんどん消えていく、という気がする。
(「デリカシー」という言葉では拾いきれない何か、なのだけど、
今のところ他の言葉にならなくてもどかしい、説明が難しい、でもとても大切な何か。)
今のところ他の言葉にならなくてもどかしい、説明が難しい、でもとても大切な何か。)
その消え方に、私はやっぱり科学とテクノロジーの
合理的なだけのものの見方への偏向を感じてしまうのだけど。
合理的なだけのものの見方への偏向を感じてしまうのだけど。
2008.06.26 / Top↑
父は昨日の段階では気管切開という話もあったのですが、
今日の午後、抜管で酸素マスクとなりました。
今日の午後、抜管で酸素マスクとなりました。
仕事が終わってから病院に寄ってみると父は1人で眠っていましたが、
気配で目を開けて、すぐに私だと認めました。
声がまだちゃんと出ないので何を言っているのか分からないのですが、
しきりに何かを言おうとするし、
「辛かったね」という言葉に対して特に力を込めてうなずいたり、
顔をしかめて辛かったことを訴える様子からは言葉の理解も確かな様子。
気配で目を開けて、すぐに私だと認めました。
声がまだちゃんと出ないので何を言っているのか分からないのですが、
しきりに何かを言おうとするし、
「辛かったね」という言葉に対して特に力を込めてうなずいたり、
顔をしかめて辛かったことを訴える様子からは言葉の理解も確かな様子。
ささやきにもならない息で何かを言うのを聞き分けてあげられないので
重症心身障害があって言葉は持たないけれど自己主張だけはしっかりする娘を引き合いに出して
「ミュウの言うことなら分かるのに、おじいさんの言うことがわからんわ」
というと、笑い声でも立てそうに破顔する。
孫の名前も、その孫がどういう子どもかということも、
ちゃんと認識できている様子。
重症心身障害があって言葉は持たないけれど自己主張だけはしっかりする娘を引き合いに出して
「ミュウの言うことなら分かるのに、おじいさんの言うことがわからんわ」
というと、笑い声でも立てそうに破顔する。
孫の名前も、その孫がどういう子どもかということも、
ちゃんと認識できている様子。
浮腫が起きているけれど、両腕とも動く。
しかし、ともかく、ものすごくしんどそうではあります。
しかし、ともかく、ものすごくしんどそうではあります。
今の父にとって覚醒レベルが高いということは不幸なことなのかもしれませんが、
短い間にせよ呼吸が停止した以上、脳へのダメージが気になっていた私には
ひとつの安心ではありました。
短い間にせよ呼吸が停止した以上、脳へのダメージが気になっていた私には
ひとつの安心ではありました。
「しんどかったけど帰ってきたね」というと、
深い思いを込めるように大きくうなずいたので、
父はとりあえず生還を果たして再び家族と相まみえることができたことを
心の底から喜んでいるようです。
深い思いを込めるように大きくうなずいたので、
父はとりあえず生還を果たして再び家族と相まみえることができたことを
心の底から喜んでいるようです。
【お詫び】
昨日、この箇所に書いていた部分については、
しばらく医師の説明を直接聞いていなかったための私の思い込みがあったようなので、
25日夜に削除させていただきました。
冷静なつもりでも、やはり動揺も混乱もしているのかもしれません。お詫びします。
昨日、この箇所に書いていた部分については、
しばらく医師の説明を直接聞いていなかったための私の思い込みがあったようなので、
25日夜に削除させていただきました。
冷静なつもりでも、やはり動揺も混乱もしているのかもしれません。お詫びします。
―――――――
確信が持てなかったし、聞こえなかったことにしたけれど、
父が息にしかならない声で言っていたのは
「死ぬるかと思うた」という言葉だったような気がします。
父が息にしかならない声で言っていたのは
「死ぬるかと思うた」という言葉だったような気がします。
もちろん年齢からすれば、手術前後の病床でも
「もしかしたら……」と考えないわけではなかったと思う。
だけど、今日の父が口にした「死ぬるかと思うた」は
そういう漠然とした不安や物思いとは全く異質なものであって、
明確に死を意識した瞬間があった、ということのはずです。
「もしかしたら……」と考えないわけではなかったと思う。
だけど、今日の父が口にした「死ぬるかと思うた」は
そういう漠然とした不安や物思いとは全く異質なものであって、
明確に死を意識した瞬間があった、ということのはずです。
20日のあの呼吸停止前後のどたばたの、一体どの時点で
父は「死ぬるか……」と意識したのか。
父は「死ぬるか……」と意識したのか。
漠然と不安は抱いていても、それほど切迫して死を覚悟していなかった人が、
突然に急変して死に直面するような場合、
その人は一体いつの段階で自分の死をリアルなものとして意識するのか。
突然に急変して死に直面するような場合、
その人は一体いつの段階で自分の死をリアルなものとして意識するのか。
父が言ったのが「死んだと思うた」ではなく
「死ぬるかと思うた」だったことの意味は、案外に大きいのではないか。
「死ぬるかと思うた」だったことの意味は、案外に大きいのではないか。
本人が死を避けがたいものと意識する段階と、
家族が「かわいそうだから、もう、いいんじゃないか」と考える段階との間には、
やっぱり相当な開きがあるのかも知れない……。
家族が「かわいそうだから、もう、いいんじゃないか」と考える段階との間には、
やっぱり相当な開きがあるのかも知れない……。
2008.06.25 / Top↑
(この数日、コメント不可にて非常に個人的な体験について書かせていただいております。)
父が突然人工呼吸器を装着する事態が起こってから
この3日間で考え続けていることの1つに、
家族と医療サイドとの理解度のギャップと
家族間での理解度のギャップをどうやって超えたらいいのか、
という問題があります。
この3日間で考え続けていることの1つに、
家族と医療サイドとの理解度のギャップと
家族間での理解度のギャップをどうやって超えたらいいのか、
という問題があります。
今日、母と話していて、本当に面食らってしまったのですが、
母は、人工呼吸器の仕組みが全く分かっておらず、
人工呼吸器をつけるということは気管に管が通されるということだという事実を
まるで知らなかったのでした。
母は、人工呼吸器の仕組みが全く分かっておらず、
人工呼吸器をつけるということは気管に管が通されるということだという事実を
まるで知らなかったのでした。
考えてみれば、その“医療の現実のむごさ”をぼやかして
医師の説明は「呼吸を助けてあげる」という表現だったのかもしれませんし、
人工呼吸器の仕組みなど知らない人のほうが実は多いのかもしれませんが、
無意識のうちに「誰でも知っている」と思い込んでいた私は心底びっくりして
改めて理解度のギャップという問題の深刻さを痛感したのです。
医療サイドと患者家族の間でも、家族の間でも。
医師の説明は「呼吸を助けてあげる」という表現だったのかもしれませんし、
人工呼吸器の仕組みなど知らない人のほうが実は多いのかもしれませんが、
無意識のうちに「誰でも知っている」と思い込んでいた私は心底びっくりして
改めて理解度のギャップという問題の深刻さを痛感したのです。
医療サイドと患者家族の間でも、家族の間でも。
それを思えば、
呼吸器装着直後の父に意識があったことに母が私ほどの衝撃を受けなかったのも
「挿管を知らなかった」からだとすると、しごく当たり前の話です。
呼吸器装着直後の父に意識があったことに母が私ほどの衝撃を受けなかったのも
「挿管を知らなかった」からだとすると、しごく当たり前の話です。
「中心ラインをとらせてもらいました」という説明が意味することも
きっと母は知らないのだと思います。
きっと母は知らないのだと思います。
そして、あの時に
「なんで眠り薬なんだ。麻酔をしてあるんじゃないのか」としきりに言っていた兄も、
挿管については知らず、ただ首の付け根のガーゼのことを考えていたのかもしれません。
「なんで眠り薬なんだ。麻酔をしてあるんじゃないのか」としきりに言っていた兄も、
挿管については知らず、ただ首の付け根のガーゼのことを考えていたのかもしれません。
一方、私にとって気管挿管・人工呼吸器という言葉は、
数年前に腸ねん転の手術室から戻ってきた娘の喉の奥に赤く段々になって続いていた
無理やり通した管がつけた無残な傷跡。今でもありありと浮かぶビジュアルな記憶です。
数年前に腸ねん転の手術室から戻ってきた娘の喉の奥に赤く段々になって続いていた
無理やり通した管がつけた無残な傷跡。今でもありありと浮かぶビジュアルな記憶です。
ある特定の医療についての理解度はその人の頭の良し悪しや物知り度とは無関係に、
それまでのその人と医療との距離によるものなのではないでしょうか。
それまでのその人と医療との距離によるものなのではないでしょうか。
考えてみれば、
気管挿管だ中心ラインだ敗血症だガンマグロブリンだのと聞いて
わかってしまう我々夫婦の方が
そういう場面に幾多も遭遇してきた娘との21年間を背負って
妙な経験知を生半可に身につけているだけなのです。
気管挿管だ中心ラインだ敗血症だガンマグロブリンだのと聞いて
わかってしまう我々夫婦の方が
そういう場面に幾多も遭遇してきた娘との21年間を背負って
妙な経験知を生半可に身につけているだけなのです。
しかし、どのように生じたものであれ、ギャップはギャップとして存在する限り、
関りあう人間の間にトラブルを生みます。
家族間でも、家族と医療者の間でも。
関りあう人間の間にトラブルを生みます。
家族間でも、家族と医療者の間でも。
たとえば医師の説明から何時間も経ってから、ふっと兄が言うのです。
「わからんな。胃の手術をしたんじゃないのか。なんで肺炎の話になるんだ?」
「わからんな。胃の手術をしたんじゃないのか。なんで肺炎の話になるんだ?」
私は思わず絶句し、次いで、
全身麻酔で手術を受けた患者の術後の管理で
肺炎が高リスクの1つだというのは常識だろう、
と思わず口をついて出そうになりました。
全身麻酔で手術を受けた患者の術後の管理で
肺炎が高リスクの1つだというのは常識だろう、
と思わず口をついて出そうになりました。
娘の骨折や腸ねん転の手術後の痰との闘いを通じて
体力の低下した人間が寝て過ごすことの恐ろしさを身に沁みて思い知らされてきた私は
兄の言葉に初めて「ああ、普通はそこからして分からないのか……」と気づかされた。
体力の低下した人間が寝て過ごすことの恐ろしさを身に沁みて思い知らされてきた私は
兄の言葉に初めて「ああ、普通はそこからして分からないのか……」と気づかされた。
そして、これだけはちゃんと説明しておかなければ、と思ったのは、
兄の言葉に医師への不信が滲んでいたから。
そして、それがいわれのない不信であることを私は知っていたから。
兄がいわれのない不信を重ねてくれると今後の父の医療を巡って、
さらに家族間でトラブルにつながりかねないこともこれまでの体験で分かっていたから。
兄の言葉に医師への不信が滲んでいたから。
そして、それがいわれのない不信であることを私は知っていたから。
兄がいわれのない不信を重ねてくれると今後の父の医療を巡って、
さらに家族間でトラブルにつながりかねないこともこれまでの体験で分かっていたから。
しかし一障害児の母親が専門用語を使わずに日常の言葉で試みる説明が
仮にそれほど的の外れたものでなかったとしても
それが何がしかの説得力を持つためには、
私の知識と理解力とに対して相手が予め信頼してくれている必要があります。
仮にそれほど的の外れたものでなかったとしても
それが何がしかの説得力を持つためには、
私の知識と理解力とに対して相手が予め信頼してくれている必要があります。
知人の医師に電話で聞いたら「抗生剤さえ効けば呼吸器は外れるといっていた」と言われても、
でもそれは、あくまでも母と兄の理解による説明を聞いた医師の判断であり、
さらに、呼吸が止まる前の父の全身状態についてのあれこれの検査値や、
既にガンマグロブリンが使われていたことなど話してないだろう、と私は考える。
それでも、私がそれを言ったとしても、
直接情報を持たない医師の言葉の方が母にも兄にも説得力がある。
でもそれは、あくまでも母と兄の理解による説明を聞いた医師の判断であり、
さらに、呼吸が止まる前の父の全身状態についてのあれこれの検査値や、
既にガンマグロブリンが使われていたことなど話してないだろう、と私は考える。
それでも、私がそれを言ったとしても、
直接情報を持たない医師の言葉の方が母にも兄にも説得力がある。
私が最も大きなジレンマを感じるのは、
本当は個々の医療内容に対する理解度のギャップよりも、むしろ、
医療そのものへの期待度や、医療の限界に対する理解度のギャップです。
本当は個々の医療内容に対する理解度のギャップよりも、むしろ、
医療そのものへの期待度や、医療の限界に対する理解度のギャップです。
元気な頃の父が私の娘の医療を巡って私を責めたてる時がそうであったように、
あまり医療と深く付き合うことなく年を経てきた人ほど
医療に対する過度の期待、どうかすると医療が万能であるかのような過信を抱いていて、
けれども、その過信が大きければ大きいほど、
期待通りの結果が出ない場合には気持ちが大きく対極に振れて、
不信感に結びつきやすいのではないでしょうか。
あまり医療と深く付き合うことなく年を経てきた人ほど
医療に対する過度の期待、どうかすると医療が万能であるかのような過信を抱いていて、
けれども、その過信が大きければ大きいほど、
期待通りの結果が出ない場合には気持ちが大きく対極に振れて、
不信感に結びつきやすいのではないでしょうか。
我々夫婦のような重症児の親は
医療のおかげで今の娘の命があり、元気で過ごしている笑顔があると了解している反面、
医療にはそれほどたいそうなことができるわけではないことも
いやというほど思い知ってもきました。
医療のおかげで今の娘の命があり、元気で過ごしている笑顔があると了解している反面、
医療にはそれほどたいそうなことができるわけではないことも
いやというほど思い知ってもきました。
特に娘のような重心児・者や、父のような高齢者など、
最初から不利な要因をいくつも絡み合わせたハイリスクの患者に一旦コトが起こり、
何かをきっかけに複雑なバランスの一箇所がちょっとでも崩れると、
一つのことに対処する治療はそのまま他のことには害となる……というジレンマだらけの
もはや、いつどこで何が起こっても不思議がない悪いサイクルに巻き込まれてしまう。
ちょうど、今回の術後の父が身体のあっちにもこっちにも爆弾を抱えていたように。
最初から不利な要因をいくつも絡み合わせたハイリスクの患者に一旦コトが起こり、
何かをきっかけに複雑なバランスの一箇所がちょっとでも崩れると、
一つのことに対処する治療はそのまま他のことには害となる……というジレンマだらけの
もはや、いつどこで何が起こっても不思議がない悪いサイクルに巻き込まれてしまう。
ちょうど、今回の術後の父が身体のあっちにもこっちにも爆弾を抱えていたように。
それでも、何かをきっかけに、あるところから、
そのサイクルが良いほうに向かい始めることはあるし、
そうなると人間の身体は不思議なくらい目覚しい回復を見せるものだということも
私たちはまた経験知として知っている。
そのサイクルが良いほうに向かい始めることはあるし、
そうなると人間の身体は不思議なくらい目覚しい回復を見せるものだということも
私たちはまた経験知として知っている。
だからこそ、どんな状況でも諦めずに果敢な試行錯誤の判断を粘り強く繰り返して、
その「きっかけになる何か」を起こそうと努力を続けるのが
現場の医師をはじめとする医療職の人の仕事であり、
また、奇跡を起こすほどのその素晴らしさでもあるのでしょう。
その「きっかけになる何か」を起こそうと努力を続けるのが
現場の医師をはじめとする医療職の人の仕事であり、
また、奇跡を起こすほどのその素晴らしさでもあるのでしょう。
そんな奇跡がいくつも起こされてきたからこそ、
命がいくつあっても足りないような21年間を経て、私たち夫婦に今の娘がある。
命がいくつあっても足りないような21年間を経て、私たち夫婦に今の娘がある。
しかし、医療が人を救うポテンシャルの妙を真に分かるためには、
その人はそれ以前に医療の限界をまず身に沁みて知っていなければならない。
それもまた、医療を行う側にとっても受ける側にとっても、真実なのではないでしょうか。
その人はそれ以前に医療の限界をまず身に沁みて知っていなければならない。
それもまた、医療を行う側にとっても受ける側にとっても、真実なのではないでしょうか。
だからこそ、今の私は言わずにいられない。
「なんで、この部屋はこんなに寒い。親父が寒いじゃないか」
「いや、よくはわからんけど、低体温にして今は身体の負担を下げているのかも。
ほら、脳を守るために低体温にすることもあるじゃない。
エアコン、勝手に切らない方がいいんじゃない?」
「いや、よくはわからんけど、低体温にして今は身体の負担を下げているのかも。
ほら、脳を守るために低体温にすることもあるじゃない。
エアコン、勝手に切らない方がいいんじゃない?」
「目をシールで貼り付けてある。かわいそうに。なんであんなことをするのかしら」
「はっきりは分からんけど、ほら、半開きになったりすると
自分で瞬きできなかったら乾燥して目を傷めるとか、
体力が落ちているから、目に感染が起こるとか、
なんにしろ目を保護してあるんだと思うよ」
「はっきりは分からんけど、ほら、半開きになったりすると
自分で瞬きできなかったら乾燥して目を傷めるとか、
体力が落ちているから、目に感染が起こるとか、
なんにしろ目を保護してあるんだと思うよ」
違うかもしれない。オマエの理解度だってお粗末だと笑われるかもしれない。
もちろん医者じゃない私が正しい答えを出せるわけじゃない。
でも、どこが信じるべきところで、どこが疑うべきところかだけは
さほど間違えていないと思うし、伝わって欲しいのはそこのところだ。
もちろん医者じゃない私が正しい答えを出せるわけじゃない。
でも、どこが信じるべきところで、どこが疑うべきところかだけは
さほど間違えていないと思うし、伝わって欲しいのはそこのところだ。
長くなりそうな”非常事態”を、家族がなるべくトラブルなくやっていけるように。
そんなことは不可能だということも、これもまた経験知として知ってはいるのだけれど。
そんなことは不可能だということも、これもまた経験知として知ってはいるのだけれど。
----
家族がこんな小さな疑問のいちいちを医師に聞くことはできない。
疑問が次々に沸くような状況では看護師さんも忙しくて、やっぱり聞きにくいもの。
だから、分かりもしない家族の間で
ああだろうか、こうだろうかと当てのない推測を続ける。
そうして、状況によっては、そんな会話が不信の種を膨らませていくこともある。
疑問が次々に沸くような状況では看護師さんも忙しくて、やっぱり聞きにくいもの。
だから、分かりもしない家族の間で
ああだろうか、こうだろうかと当てのない推測を続ける。
そうして、状況によっては、そんな会話が不信の種を膨らませていくこともある。
そんな他愛ない質問の一つ一つに、どこまでも丁寧に答えてくれる
医師でも看護師でもない親切な存在が誰か1人病棟にいてくれれば
患者のたわいない不信も、家族間のいざこざや家族と医療者とのいざこざも、
案外に大きくなる前に芽を摘むことができるかもしれないのに、と思う。
医師でも看護師でもない親切な存在が誰か1人病棟にいてくれれば
患者のたわいない不信も、家族間のいざこざや家族と医療者とのいざこざも、
案外に大きくなる前に芽を摘むことができるかもしれないのに、と思う。
2008.06.23 / Top↑
(昨日から父の人工呼吸器装着という非常に生々しい同時進行の体験について書いており、
受け止めたりお答えする余裕があるかどうか自信がないため、
申し訳ありませんがコメント不可とさせていただいております。)
受け止めたりお答えする余裕があるかどうか自信がないため、
申し訳ありませんがコメント不可とさせていただいております。)
父親が胃穿孔・腹膜炎の手術後に思いもかけない事態の急展開で
人工呼吸器を装着することになって今日までの3日間に考えたことの1つに、
家族一人ひとりの思いの微妙な違い、があります。
人工呼吸器を装着することになって今日までの3日間に考えたことの1つに、
家族一人ひとりの思いの微妙な違い、があります。
20日に呼吸器を装着して中心静脈にラインをとられた直後の父親と対面した際、
父の意識があったことについては、母からも兄からも特に感想は出ませんでした。
父の意識があったことについては、母からも兄からも特に感想は出ませんでした。
母については、
父が呼吸停止を起こすのを目撃してしまったショックに加えて、
その直後に部屋を追い出されてからは
夫が医療サイドに完全に「持っていかれてしまった」ことが
大きく作用したように思います。
父が呼吸停止を起こすのを目撃してしまったショックに加えて、
その直後に部屋を追い出されてからは
夫が医療サイドに完全に「持っていかれてしまった」ことが
大きく作用したように思います。
それまでは家族が付き添っていて、
医療者の方々が「失礼します」と入ってこられていた空間が
一瞬にして家族には立ち入ることのできない高度医療の現場に変わりました。
気を使って何度も説明にはきてくださるし、
処置が一段落した後で家族皆に詳しい説明もしてくださったのですが、
それはどんなに気を使ってもらっても避けがたい救急場面の必然として、
患者は家族の手の届かないところに「拉致されてしまう」のです。
説明を聞けば聞くほど事態の深刻さに「お任せするしかない」気分にもなる。
ヘンな表現ですが、母はいわば医療に対して
夫の「親(妻)権を明け渡してしまった」とでもいった心理状態に入ったように思います。
やっと部屋に入れてもらっても、医療職だらけ、機材だらけ、床中コードだらけで、
そこにいることすらジャマなような申し訳ないような。
もちろん母には怖いから敢えて見たくない、知りたくない、考えたくないという意識も
あるかもしれません。
医療者の方々が「失礼します」と入ってこられていた空間が
一瞬にして家族には立ち入ることのできない高度医療の現場に変わりました。
気を使って何度も説明にはきてくださるし、
処置が一段落した後で家族皆に詳しい説明もしてくださったのですが、
それはどんなに気を使ってもらっても避けがたい救急場面の必然として、
患者は家族の手の届かないところに「拉致されてしまう」のです。
説明を聞けば聞くほど事態の深刻さに「お任せするしかない」気分にもなる。
ヘンな表現ですが、母はいわば医療に対して
夫の「親(妻)権を明け渡してしまった」とでもいった心理状態に入ったように思います。
やっと部屋に入れてもらっても、医療職だらけ、機材だらけ、床中コードだらけで、
そこにいることすらジャマなような申し訳ないような。
もちろん母には怖いから敢えて見たくない、知りたくない、考えたくないという意識も
あるかもしれません。
私がずっと気になっていたのは、むしろ兄の気持ちでした。
兄は某都市に住んでおり、帰ってくるには半日近くかかります。
手術の連絡は水曜日当日についていましたが、帰省については翌日主治医に相談して
「予断は許さないが今日明日にどうこうということはないだろうから週末でも」という判断をしたのでした。
兄は金曜日の午後の飛行機に乗り、その到着を心待ちにしていた父も
「今夜はみんなで美味しいものを食べにいけ」と母に指図したりしていたのです。
兄は某都市に住んでおり、帰ってくるには半日近くかかります。
手術の連絡は水曜日当日についていましたが、帰省については翌日主治医に相談して
「予断は許さないが今日明日にどうこうということはないだろうから週末でも」という判断をしたのでした。
兄は金曜日の午後の飛行機に乗り、その到着を心待ちにしていた父も
「今夜はみんなで美味しいものを食べにいけ」と母に指図したりしていたのです。
父が呼吸困難に陥ったのは、
兄が地方空港に到着した直後のことでした。
父の容態は落ち着いているものだとばかり考えて病院にたどり着いた兄にとっては、
分からないことだらけ、納得できないことだらけだったろうと思います。
兄が地方空港に到着した直後のことでした。
父の容態は落ち着いているものだとばかり考えて病院にたどり着いた兄にとっては、
分からないことだらけ、納得できないことだらけだったろうと思います。
ショックが大きくならないように、我々夫婦がロビーで待ちうけて
ざっとした説明をした上で父の部屋のある階に上がったのですが
私の説明を黙って聞いた兄の最初の一言は
「もうちょっと早く帰ればよかった……せめて午前の飛行機に乗っていれば」。
ざっとした説明をした上で父の部屋のある階に上がったのですが
私の説明を黙って聞いた兄の最初の一言は
「もうちょっと早く帰ればよかった……せめて午前の飛行機に乗っていれば」。
フロアのデイルームで待機する間も、
一体何がどうなってこうなったのか納得できないらしい疑問を口にする合間に
「昨日の仕事さえ休んでいれば」などの自責や後悔の言葉が漏れていました。
一体何がどうなってこうなったのか納得できないらしい疑問を口にする合間に
「昨日の仕事さえ休んでいれば」などの自責や後悔の言葉が漏れていました。
兄の到着を待って、みんなで揃って説明を聞かせてもらいました。
私と母が非常に詳しく受けた術前術後の説明を
主治医は兄のためにもう一度繰り返してくださったのですが、
どうしても今回の説明は急変以降と今後の予後に重点が置かれます。
黙って聞き終えた兄が立ち上がる時に
「もうちょっと早く帰ればよかった」とつぶやいたのは、
週末に帰ってくればよいとの医師の判断を責めたかったのでしょうか。
私と母が非常に詳しく受けた術前術後の説明を
主治医は兄のためにもう一度繰り返してくださったのですが、
どうしても今回の説明は急変以降と今後の予後に重点が置かれます。
黙って聞き終えた兄が立ち上がる時に
「もうちょっと早く帰ればよかった」とつぶやいたのは、
週末に帰ってくればよいとの医師の判断を責めたかったのでしょうか。
が、医師の意見を聞いて判断したのは私と母であり、最終的には兄本人の選択です。
もちろん兄も誰の責任でもないことは百も承知なのでしょうが、
もちろん兄も誰の責任でもないことは百も承知なのでしょうが、
こういう状況で「ついさっきまで冗談を言っていたのに」
「何時につくのかと聞いて、楽しみにしていたのに」などと聞かされて、
物言えぬ父と対面した兄としては、父の意識があると分かれば分かるほど、
切ないものがあったのだろうとも思うのです。
「何時につくのかと聞いて、楽しみにしていたのに」などと聞かされて、
物言えぬ父と対面した兄としては、父の意識があると分かれば分かるほど、
切ないものがあったのだろうとも思うのです。
父に意識があったことを悲惨だと受け止める私の言葉に特に反応はしませんでしたが
「なんで眠らせるんだ? 麻酔はしてあるんだろう? それでいいんじゃないのか」
という疑問は何度か口にしていました。
「なんで眠らせるんだ? 麻酔はしてあるんだろう? それでいいんじゃないのか」
という疑問は何度か口にしていました。
兄にはむしろ眠らせてもらいたくない気持ちがあったのでしょう。
翌日、父が完全に眠らせてもらっていたのを見て私がやっと安心した時、
兄は「オマエは昨日からずっとそれを言っていたものな」とだけ言いました。
兄は「オマエは昨日からずっとそれを言っていたものな」とだけ言いました。
―――――
思いがけない急展開に翻弄されて「まさか、こんなはずでは……」と戸惑いつつ、
引き離された患者と家族はそれぞれに死を思う。
引き離された患者と家族はそれぞれに死を思う。
あと2時間早く到着していたらちゃんと言葉を交わせたはずの兄と
兄の声かけに、呼吸器をつけた頭を必死でうなずいて見せた父の姿を思うと、
あれが最後になるのかも……と考えるのは、どちらにとってもあまりにも切ない。
兄の声かけに、呼吸器をつけた頭を必死でうなずいて見せた父の姿を思うと、
あれが最後になるのかも……と考えるのは、どちらにとってもあまりにも切ない。
別れができるということの大切さと、
それでも人は死に際して別れができるとは限らないのだという事実の重さとを
同時に痛感します。
それでも人は死に際して別れができるとは限らないのだという事実の重さとを
同時に痛感します。
昨日、病院を出る時に兄は、自分の中にある気持ちを吹っ切るように、
「まぁ、呼吸器が外れて、また親父が元に戻ればいいことだからな」とつぶやいていました。
「まぁ、呼吸器が外れて、また親父が元に戻ればいいことだからな」とつぶやいていました。
そして今日、
私たち夫婦よりも一足早く病院に着いた母と兄がドクターから聞いたところでは
父はその後の経過がよくて、今日は管が1本外れ、2,3日中には呼吸器も外れるかもしれない、
との説明だったとのこと。
私たち夫婦よりも一足早く病院に着いた母と兄がドクターから聞いたところでは
父はその後の経過がよくて、今日は管が1本外れ、2,3日中には呼吸器も外れるかもしれない、
との説明だったとのこと。
兄は今日また都会に戻っていきましたが、
その説明が聞けて帰るのと、聞けずに帰るのとでは
足取りが天と地ほどに違っていたろうと思います。
その説明が聞けて帰るのと、聞けずに帰るのとでは
足取りが天と地ほどに違っていたろうと思います。
2008.06.22 / Top↑
突然、81歳の父親が人工呼吸器をつける事態になりました。
以下に書いていることについては、
自分では冷静なつもりですが、
未整理なままの部分があったり、矛盾することを書いているかもしれません。
患者家族の揺らぎとしてご寛容いただければ。
自分では冷静なつもりですが、
未整理なままの部分があったり、矛盾することを書いているかもしれません。
患者家族の揺らぎとしてご寛容いただければ。
また万が一、表現の拙さから誤った印象を与えることがあったとしても、
医療スタッフを批判する意図は全くありません。
医療スタッフを批判する意図は全くありません。
(このエントリーについては悪しからずコメント不可とさせていただきました。)
基本的には私が自分自身の頭と心の整理のために必要としている自問自答に過ぎませんので。
------
父が胃潰瘍から穿孔・腹膜炎をおこして緊急手術を受けたのは17日のことです。
この病院には全く責任のない諸々の事情から、
栄養状態が非常に悪く脱水も極度に進んだ状態での手術となったために、
術後の全身状態は当然ながら非常に悪かったのですが、
術後2日目の20日には顔色もよくなり、声にも話しぶりにも力がこもって
なんとなく安堵の空気が漂い始めたところでした。
それが突然「息が苦しい」というなり、みるみる青ざめて呼吸停止。
あれよあれよという間に人工呼吸器が装着される事態。
栄養状態が非常に悪く脱水も極度に進んだ状態での手術となったために、
術後の全身状態は当然ながら非常に悪かったのですが、
術後2日目の20日には顔色もよくなり、声にも話しぶりにも力がこもって
なんとなく安堵の空気が漂い始めたところでした。
それが突然「息が苦しい」というなり、みるみる青ざめて呼吸停止。
あれよあれよという間に人工呼吸器が装着される事態。
もちろん主治医は部屋を出された家族のところまで同意を求めにこられました。
執刀医だけではなく、心臓の専門医もこられました。
「息ができない状態だから、呼吸器をつけて呼吸を助けてあげる」と言われたと思います。
ついさっきまで冗談を言っていた病人の急変に、
「つけない」という選択肢はありえない状況でした。
あまりの急展開に母は動転し、私は呆然としていました。
執刀医だけではなく、心臓の専門医もこられました。
「息ができない状態だから、呼吸器をつけて呼吸を助けてあげる」と言われたと思います。
ついさっきまで冗談を言っていた病人の急変に、
「つけない」という選択肢はありえない状況でした。
あまりの急展開に母は動転し、私は呆然としていました。
手術前の説明の中で、今後起こり得ることの最後に
人工呼吸器の装着の可能性も触れられてはいたのですが、
私は、術後の転機がよほど悪くて、だんだんと悪化していった場合には
その選択を迫られることもあるかもしれないから、父の様子によっては、
そのうち母と話し合っておかなければ……という程度に考えて、
タカをくくっていたのです。
人工呼吸器の装着の可能性も触れられてはいたのですが、
私は、術後の転機がよほど悪くて、だんだんと悪化していった場合には
その選択を迫られることもあるかもしれないから、父の様子によっては、
そのうち母と話し合っておかなければ……という程度に考えて、
タカをくくっていたのです。
まさか、こんな急展開で……と呆然とする一方で、
諸々の悪条件が重なっている高齢の父親の全身状態のことを考えると
あの一瞬で父はターミナルな状態に陥ったのだ……と、
どこかでぼんやりながら覚悟しようとする自分もいました。
諸々の悪条件が重なっている高齢の父親の全身状態のことを考えると
あの一瞬で父はターミナルな状態に陥ったのだ……と、
どこかでぼんやりながら覚悟しようとする自分もいました。
現在、酸素濃度が100%。
しかし酸素は細胞を傷つけもするので、
今後1週間程度の間にこれを下げられるかどうかが山場と。
しかし酸素は細胞を傷つけもするので、
今後1週間程度の間にこれを下げられるかどうかが山場と。
我々夫婦は重症心身障害のある娘が生まれてからの21年間に、
ありとあらゆる修羅場をかいくぐってきました。
生まれるや呼吸器がついたし、その後も胃穿孔も腸ねん転も骨折もあったし、
麻疹で数日間意識がなくなったこともあれば、肺炎や敗血症など何度あったか分かりません。
ありとあらゆる修羅場をかいくぐってきました。
生まれるや呼吸器がついたし、その後も胃穿孔も腸ねん転も骨折もあったし、
麻疹で数日間意識がなくなったこともあれば、肺炎や敗血症など何度あったか分かりません。
だから、もうたいていのことが「いつか来た道」なのです。
そして、正直な話、親の苦痛は我が子の苦痛に比べれば、まだしも見ている耐え難さも我慢できます。
(さらに正直な話、私は親との関係が決してよい方ではありません。)
そして、正直な話、親の苦痛は我が子の苦痛に比べれば、まだしも見ている耐え難さも我慢できます。
(さらに正直な話、私は親との関係が決してよい方ではありません。)
が、その私にして、
ドクターの説明の後で病室に戻った時は衝撃を受けました。
その時の感触のまま正直に言葉にすると、
「散々拷問を受けて惨死体と化した親」に対面したような気分。
そのくらい、ベッドの上には“医療のムゴさ”が剥き出しになっていました。
ドクターの説明の後で病室に戻った時は衝撃を受けました。
その時の感触のまま正直に言葉にすると、
「散々拷問を受けて惨死体と化した親」に対面したような気分。
そのくらい、ベッドの上には“医療のムゴさ”が剥き出しになっていました。
家族が人工呼吸器をつけた患者の姿を見ていられない気持ちになると聞くのが、
「わかる」とその瞬間に思いました。
「わかる」とその瞬間に思いました。
そして、ぎょっとしたのは、父の手が動いていたこと。
しかも、意思のある動き方をしていたこと。
思い切って声をかけたら、はっきりとうなずくのです。
挿管されて極限までのけぞった頭で、目をテープで閉じられ、モノと化したような姿のまま。
鎖骨の下に太い穴を開けられたばかりの生々しい傷口をガーゼで覆われて。
しかも、意思のある動き方をしていたこと。
思い切って声をかけたら、はっきりとうなずくのです。
挿管されて極限までのけぞった頭で、目をテープで閉じられ、モノと化したような姿のまま。
鎖骨の下に太い穴を開けられたばかりの生々しい傷口をガーゼで覆われて。
私に続いて、母と兄が声をかけると、やはりしっかりうなずきます。
それは恐ろしい事態でした。
今のこの状態は本人には間違いなく地獄のような苦しみのはずなのです。
もっと意識レベルをしっかり落としてやって欲しい、と痛切に願いました。
それは恐ろしい事態でした。
今のこの状態は本人には間違いなく地獄のような苦しみのはずなのです。
もっと意識レベルをしっかり落としてやって欲しい、と痛切に願いました。
そして、そう願った瞬間に、それは
家族と父とのコミュニケーションの断絶を意味してもいるのだということを強く意識しました。
事態の深刻さからすれば、
今まだ意識のある父に家族との永遠の断絶を強いることにもなりかねないのだろうか、とも。
家族と父とのコミュニケーションの断絶を意味してもいるのだということを強く意識しました。
事態の深刻さからすれば、
今まだ意識のある父に家族との永遠の断絶を強いることにもなりかねないのだろうか、とも。
ほんの2時間前には家族はもちろん父自身、
まさか、こんな事態など予想もしていなかったはずです。
まさか、こんな事態など予想もしていなかったはずです。
今、凄まじい苦痛の中で、父はどういう思いで家族の声を聞いたのか。
もう、こんな目に合うくらいなら、いっそ殺してくれと願っているのか、
それとも家族の声かけに必死でうなずく父は、
呼吸停止で一旦失った意識が戻ったことを喜んでいるのか、
この苦痛に耐えて無事に生還したいと心に念じているのか、
それともまた目が覚めることを疑わず、苦しいから早く眠らせてくれと思っているのか。
もう何も考えられないほどの苦痛の中で、
ただ聞こえているということを家族に知らせようとうなずいているのか。
それとも家族の声かけに必死でうなずく父は、
呼吸停止で一旦失った意識が戻ったことを喜んでいるのか、
この苦痛に耐えて無事に生還したいと心に念じているのか、
それともまた目が覚めることを疑わず、苦しいから早く眠らせてくれと思っているのか。
もう何も考えられないほどの苦痛の中で、
ただ聞こえているということを家族に知らせようとうなずいているのか。
いきなり、こんな事態に投げ込まれてしまった本人は一体どういう気持ちになり、
何を考えるものなのか、私には想像もつかない。
何を考えるものなのか、私には想像もつかない。
ただ、父が生きながら肉を刻まれるほどの耐えがたい苦痛を、
ただ抵抗できないがゆえに耐えさせられているのであれば、
家族の気持ちなどどうでもいいから、父をそこから今すぐ逃がしてやってくれ、
意識を完全に落としてやってくれ、と私はたまらない思いで願ったのです。
ただ抵抗できないがゆえに耐えさせられているのであれば、
家族の気持ちなどどうでもいいから、父をそこから今すぐ逃がしてやってくれ、
意識を完全に落としてやってくれ、と私はたまらない思いで願ったのです。
しかし、家族それぞれの思いは微妙に違っていたのかもしれません。
そのことを、昨日からずっと考えています。
そのことを、昨日からずっと考えています。
今日の父は、完全に眠らせてありました。ほっとしました。
声をかけ、触れれば、必ず意識にも触れると思う。父の夢の中に届くと信じる。
声をかけ、触れれば、必ず意識にも触れると思う。父の夢の中に届くと信じる。
ただ、昨日、苦痛の中でも必死で声かけにうなずいた父は
まだ家族の手の届くところにいたのだけれど、
今日の父は家族の手の届かないところにいってしまっていました。
まだ家族の手の届くところにいたのだけれど、
今日の父は家族の手の届かないところにいってしまっていました。
私は今まで医療における本人と家族の意思のバランスの中で、
本人が苦痛を味わっているのに家族のエゴでそれを長引かせるのは残酷だ
という方向ばかりで考えてきました。
本人が苦痛を味わっているのに家族のエゴでそれを長引かせるのは残酷だ
という方向ばかりで考えてきました。
でも、今日の父を見てからずっと頭からはなれないのは、
もしかしたら、このままになる可能性が少しでもあるのだとしたら、
苦痛があるからという周囲の判断だけで意識を奪われることを
果たして本人は望んだのかどうかということ。
もしかしたら、このままになる可能性が少しでもあるのだとしたら、
苦痛があるからという周囲の判断だけで意識を奪われることを
果たして本人は望んだのかどうかということ。
昨日、まだ意識があった父が死を意識していたとしたら、
もしかしたら最も恐ろしかったのは凄まじい苦痛ではなく、
このまま家族との意思疎通を奪われてしまうことだったのだろうか、ということ。
自分の意思を確認してもらえないまま眠らされてしまうことが
父には恐怖だったか、苦痛からの救いだったか、どちらだったのだろうか、ということ。
もしかしたら最も恐ろしかったのは凄まじい苦痛ではなく、
このまま家族との意思疎通を奪われてしまうことだったのだろうか、ということ。
自分の意思を確認してもらえないまま眠らされてしまうことが
父には恐怖だったか、苦痛からの救いだったか、どちらだったのだろうか、ということ。
もちろん、現実にどういう選択肢があるかということとは無関係な物思いなのですが。
2008.06.22 / Top↑
6月15日の朝日新聞が「耕論」というコーナーで子どもの携帯問題を取り上げていて、
そこでソフトバンク社長室長の嶋聡氏が
携帯電話はもはや重要な社会インフラなのだから、
使いこなせるように子どもにも早くから持たせた方がいいと
主張しています。
そこでソフトバンク社長室長の嶋聡氏が
携帯電話はもはや重要な社会インフラなのだから、
使いこなせるように子どもにも早くから持たせた方がいいと
主張しています。
そこで嶋氏が言っていることというのが、
いわゆる“Ashley療法”の正当化や擁護の論理や、
スポーツにおけるステロイドの解禁を説く人たちの論理や
トランスヒューマニストらが展開する論理と見事に同じような……。
いわゆる“Ashley療法”の正当化や擁護の論理や、
スポーツにおけるステロイドの解禁を説く人たちの論理や
トランスヒューマニストらが展開する論理と見事に同じような……。
科学とテクノ万歳文化の人に共通した
ものの見方・考え方、論理の展開の仕方というのが、あるんだなぁ……とつくづく。
ものの見方・考え方、論理の展開の仕方というのが、あるんだなぁ……とつくづく。
例えば、
①「利益 対 リスク(コストまたは害)」の差し引き勘定議論
「功罪を考えれば圧倒的に『功』の方が大きい」と述べているように、
嶋氏の子どもにもケータイを持たせようとの主張の大枠は
「利益対リスク」の枠組みの中で展開しています。
そのくせリスクと害についてはほとんど触れていないに等しいのですが、
これは“Ashley療法”の正当化や擁護でも、
トランスヒューマニストらのテクノロジー利用の正当化でも同じような気がする。
①「利益 対 リスク(コストまたは害)」の差し引き勘定議論
「功罪を考えれば圧倒的に『功』の方が大きい」と述べているように、
嶋氏の子どもにもケータイを持たせようとの主張の大枠は
「利益対リスク」の枠組みの中で展開しています。
そのくせリスクと害についてはほとんど触れていないに等しいのですが、
これは“Ashley療法”の正当化や擁護でも、
トランスヒューマニストらのテクノロジー利用の正当化でも同じような気がする。
②市場原理・個人の自己選択・自己責任
嶋氏は教育再生懇談会の「子どもに携帯は持たせないほうがよい」という提案は
戦前と同じ政府の干渉である、とし、
「選択の自由は大切にしたい。最後に選ぶのは消費者だ」と。
嶋氏は教育再生懇談会の「子どもに携帯は持たせないほうがよい」という提案は
戦前と同じ政府の干渉である、とし、
「選択の自由は大切にしたい。最後に選ぶのは消費者だ」と。
これを個人の生き方や暮らし方からもっと進めて
「個人の肉体をどうしようと自己選択だ、国家が介入することではない」とまでいうのが
トランスヒューマニストということになるのでしょうか。
「個人の肉体をどうしようと自己選択だ、国家が介入することではない」とまでいうのが
トランスヒューマニストということになるのでしょうか。
また、この理屈を“Ashley療法”に転じて、
「個人の選択によるものであり国家の介入ではないので優生思想には宛てはまらない」と主張し
”Ashley療法”は優生思想につながるとの批判に反駁したのがNorman Fostの見解でした。
「個人の選択によるものであり国家の介入ではないので優生思想には宛てはまらない」と主張し
”Ashley療法”は優生思想につながるとの批判に反駁したのがNorman Fostの見解でした。
③グローバリズム
嶋氏はソフトバンクの孫社長の考えを引いて、
国際競争の鍵はITで、今後はパソコンから携帯に主役が移行する、
だから世界に通用する日本人をつくるために
子どもに携帯を持たせることがむしろ必要だと説くのですが、
嶋氏はソフトバンクの孫社長の考えを引いて、
国際競争の鍵はITで、今後はパソコンから携帯に主役が移行する、
だから世界に通用する日本人をつくるために
子どもに携帯を持たせることがむしろ必要だと説くのですが、
その割りに、その後に並べている個々の子どもへのメリットは
おざなりに並べられているだけのようにも感じられます。
おざなりに並べられているだけのようにも感じられます。
科学とテクノ万歳文化の人たちが眼を向けているのは国際競争であり、
もっと言えば人類世界を未来型に変革していくことであって、
実は個々人にはほとんど興味などないからでは? ……というのはナナメに見すぎでしょうか。
もっと言えば人類世界を未来型に変革していくことであって、
実は個々人にはほとんど興味などないからでは? ……というのはナナメに見すぎでしょうか。
④既成事実の追認
既に携帯は不可欠な世の中になっていることが強調されていて、
「大人並みに忙しい子どもにとって、週間予定を管理し、時間を有効に使うのに携帯は必須」
共働き家庭で家族揃った食事もままならない時代だからこそ、携帯で家族がつながることが大事だ、と。
既に携帯は不可欠な世の中になっていることが強調されていて、
「大人並みに忙しい子どもにとって、週間予定を管理し、時間を有効に使うのに携帯は必須」
共働き家庭で家族揃った食事もままならない時代だからこそ、携帯で家族がつながることが大事だ、と。
Norman Fost や Julian Savulescuがステロイドの解禁を説く際に言っている
「どうせ禁じたところで選手はどんな手段を使っても違法薬物を使用するし、
既にそれなしには競技が成り立たないところまでステロイドは浸透しているのだから、
選手の自己責任で使わせればいい」
というのと同じ理屈なのですが、
「どうせ禁じたところで選手はどんな手段を使っても違法薬物を使用するし、
既にそれなしには競技が成り立たないところまでステロイドは浸透しているのだから、
選手の自己責任で使わせればいい」
というのと同じ理屈なのですが、
本来憂慮すべき現状を追認し、それを正当化に使ってどうするんだ、と思う。
⑤優越意識と選別
嶋氏の言い分の中で最もホンネが出ているのではないかと思う部分は
「携帯を使いこなせず、実情に疎い大人に限って『子どもに持たせない』というのではないか」。
嶋氏の言い分の中で最もホンネが出ているのではないかと思う部分は
「携帯を使いこなせず、実情に疎い大人に限って『子どもに持たせない』というのではないか」。
「これからの世界を動かしていく最先端科学やテクノの“知”に親しい人間」としての優越意識が、
トランスヒューマニストをはじめとする科学とテクノ万歳文化の人たちの言葉には
とても色濃く滲んでいるような気がするのですが、
トランスヒューマニストをはじめとする科学とテクノ万歳文化の人たちの言葉には
とても色濃く滲んでいるような気がするのですが、
今の世の中をものすごい勢いで席巻している先端科学とテクノロジーの合理主義は
どこかで自分たちの合理主義だけを”能力”の基準にして人間に線引きをおこない、
「価値の高い人間」と「価値の低い人間」とに選別していて、
どこかで自分たちの合理主義だけを”能力”の基準にして人間に線引きをおこない、
「価値の高い人間」と「価値の低い人間」とに選別していて、
そして、その“選別の空気”は、
グローバリズムや新自由主義によって
国際競争で生き延びるために国内的には財政が逼迫していく各国の状況の中で
「“価値の低い”人間の切捨て」へと向かう施策を後押しするのに
とても都合のよい“社会の空気”を醸しだすことにも繋がっているのでは──?
グローバリズムや新自由主義によって
国際競争で生き延びるために国内的には財政が逼迫していく各国の状況の中で
「“価値の低い”人間の切捨て」へと向かう施策を後押しするのに
とても都合のよい“社会の空気”を醸しだすことにも繋がっているのでは──?
2008.06.20 / Top↑
2007年の16歳未満の少女による妊娠中絶の件数は前年の10%増。
14歳未満で見ると、21%の増。
14歳未満で見ると、21%の増。
中絶ピルによる妊娠中絶は2006年の30%から35%も急増。
記事では、
学校で性教育をしっかり行って避妊についても指導すれば
そもそも妊娠することを防げるという専門家の声が紹介されていますが、
学校で性教育をしっかり行って避妊についても指導すれば
そもそも妊娠することを防げるという専門家の声が紹介されていますが、
そういえば子どもたちが「避妊代わりに中絶している」と
最近あちこちで目にします。
最近あちこちで目にします。
身体にも心にも薬とテクノロジーでお手軽に手を加えて
みんなでもっと欲望を満たして、より便利に快適に思うがままに……と
みんなでもっと欲望を満たして、より便利に快適に思うがままに……と
命や身体の尊厳なんてどこへやらの科学とテクノロジーによる簡単解決文化が
大人の世界にこれだけ蔓延しているのだから、
それが子どもたちに影響しないはずもないし。
大人の世界にこれだけ蔓延しているのだから、
それが子どもたちに影響しないはずもないし。
2008.06.19 / Top↑
山海教授が作ったロボット・スーツHAL(Hybrid Assistive Limb)は
国内はもちろん海外のメディアでも頻繁に取り上げられていますが、
特に高齢者や障害者の福祉の領域での活躍が期待される……といった文脈で
取り上げられていることが多いので、個人的にずっと気にかかっていました。
国内はもちろん海外のメディアでも頻繁に取り上げられていますが、
特に高齢者や障害者の福祉の領域での活躍が期待される……といった文脈で
取り上げられていることが多いので、個人的にずっと気にかかっていました。
対談の前半は松原氏が聞き役に回って
HALがどういうものであるかということと
人と人工物が一体化して機能するシステムの研究「サイバニクス」とが
まず解説されます。
HALがどういうものであるかということと
人と人工物が一体化して機能するシステムの研究「サイバニクス」とが
まず解説されます。
例えば、HAL の Hであるハイブリッドとは、
脳から出ている信号を皮膚表面で捕まえてロボットを動かす「サイバニック随意制御」と
そうした神経系の信号が弱い場合にロボット制御が機能する「サイバニック自律制御」とが
共存していることを意味したもの。
脳から出ている信号を皮膚表面で捕まえてロボットを動かす「サイバニック随意制御」と
そうした神経系の信号が弱い場合にロボット制御が機能する「サイバニック自律制御」とが
共存していることを意味したもの。
HALは人間が人工物に乗り込んで操作する従来のロボットでもなければ
人間を造り替えたサイボーグでもなく、その中間であり、
ロボットでもサイボーグでも捉えられない新しい概念として
山海氏が「サイバニクス」という用語を作った。
人間を造り替えたサイボーグでもなく、その中間であり、
ロボットでもサイボーグでも捉えられない新しい概念として
山海氏が「サイバニクス」という用語を作った。
極めて複雑にできている脳を完全に把握することの困難を考えると、
直接脳に電極を入れるよりも、むしろ脳から出る信号を拾うほうが望ましいと考えた、など、
ロボットの研究と制御システムの研究を繋いでHALが完成していくまでの
プロセスも説明されています。
直接脳に電極を入れるよりも、むしろ脳から出る信号を拾うほうが望ましいと考えた、など、
ロボットの研究と制御システムの研究を繋いでHALが完成していくまでの
プロセスも説明されています。
その後、話が現実の患者への応用に移ります。実用化に向けて
「山海さんがサイバニクスと呼ぶ人の生存に関る新しい複合的なテクノロジーが
きちっと収まる社会システム(松原)」が作られていくための問題点として、
マーケットの問題と実験倫理の問題が触れられた後で
話が福祉工学に絞られていくのですが、
この後半の議論がとても面白かった。
「山海さんがサイバニクスと呼ぶ人の生存に関る新しい複合的なテクノロジーが
きちっと収まる社会システム(松原)」が作られていくための問題点として、
マーケットの問題と実験倫理の問題が触れられた後で
話が福祉工学に絞られていくのですが、
この後半の議論がとても面白かった。
ここで松原氏は
「戦闘的・超人的なサイボーグ表象が、サイボーグをめぐる議論を
具体的な技術アセスメントや患者の経験との摺り合わせ以上に、
エンハンスメント是非論に追いやっているのでは」ないか、
「戦闘的・超人的なサイボーグ表象が、サイボーグをめぐる議論を
具体的な技術アセスメントや患者の経験との摺り合わせ以上に、
エンハンスメント是非論に追いやっているのでは」ないか、
もっと「所帯じみたサイボーグ」によって
「関係性も含めたパリエーションにかなったサイボーグ技術と運用システムをどう作るのか、
という議論をすべきではないでしょうか。
そうすればエンハンスメントに伴う問題系も自ずと見定められるはずです」
と問題提起します。
「関係性も含めたパリエーションにかなったサイボーグ技術と運用システムをどう作るのか、
という議論をすべきではないでしょうか。
そうすればエンハンスメントに伴う問題系も自ずと見定められるはずです」
と問題提起します。
ところが、
では具体的に福祉工学としてのサイバニクスでどういう支援ができるのかという話になると、
2人の話は微妙に噛み合わなくなってくるような……。
後半の議論の面白さは、この”噛み合わなさ”にこそあるのかもしれない。
では具体的に福祉工学としてのサイバニクスでどういう支援ができるのかという話になると、
2人の話は微妙に噛み合わなくなってくるような……。
後半の議論の面白さは、この”噛み合わなさ”にこそあるのかもしれない。
たとえば山海氏は
HALが医療と福祉でやれることは「重作業」だと言っているのですが、
サイバニクスの作り出す社会というところまで話が拡がると
まず「遠隔リハビリテーション」が可能になる、という。
そして少子高齢化社会における介護費用負担を
テクノロジーで代行できるところは代行するのだという話をはさんで、
患者のバイタル情報をサイバニクスでとって情報共有できるシステムを通じて
「私がやろうとしているのは地域医療や地域福祉」であり
「サイバニクスの地域展開/情報なども
医療関係者や福祉関係者に共有していただけるようになります。
そういうモデルを作りたい」とも言う。
HALが医療と福祉でやれることは「重作業」だと言っているのですが、
サイバニクスの作り出す社会というところまで話が拡がると
まず「遠隔リハビリテーション」が可能になる、という。
そして少子高齢化社会における介護費用負担を
テクノロジーで代行できるところは代行するのだという話をはさんで、
患者のバイタル情報をサイバニクスでとって情報共有できるシステムを通じて
「私がやろうとしているのは地域医療や地域福祉」であり
「サイバニクスの地域展開/情報なども
医療関係者や福祉関係者に共有していただけるようになります。
そういうモデルを作りたい」とも言う。
ここで言われている「地域医療と地域福祉」が行き着く先を具象化すると
一体どういうことになるんだろう……と考えてみたら、
私の頭に浮かんだのは例えば、
一体どういうことになるんだろう……と考えてみたら、
私の頭に浮かんだのは例えば、
身体の不自由な人がロボット・ベッドに寝ることによって
バイタルチェックが随時行われて、
サイバニックおむつ機能があって、
食事は定期的に必要カロリーが自動的に口または胃に直接注入されて、
投薬も同様に自動で可能。
バイタルチェックが随時行われて、
サイバニックおむつ機能があって、
食事は定期的に必要カロリーが自動的に口または胃に直接注入されて、
投薬も同様に自動で可能。
1日に数回、ベッドに組み込まれた体位交換機能によって寝返りはもちろん、
筋肉が落ちたり関節が固まるのを防ぐためのリハビリも
ハイブリッドだから、ある程度患者の意思を汲みつつ、身体と一体化したベッドが行い、
何時に寝て何時に起きて、1日の覚醒度がどう変化したかまでデータ化。
それらはバイタルやサイバーおむつで採取された排泄物の検査値と一緒に
地域ごとの医療と福祉の拠点に送られて一元管理。
筋肉が落ちたり関節が固まるのを防ぐためのリハビリも
ハイブリッドだから、ある程度患者の意思を汲みつつ、身体と一体化したベッドが行い、
何時に寝て何時に起きて、1日の覚醒度がどう変化したかまでデータ化。
それらはバイタルやサイバーおむつで採取された排泄物の検査値と一緒に
地域ごとの医療と福祉の拠点に送られて一元管理。
データの変化を専門家が判断して遠隔操作で投薬内容やリハ・メニューを変更。
遠隔ではどうにもならない異常が感知された時にだけ誰かがやってくる……
遠隔ではどうにもならない異常が感知された時にだけ誰かがやってくる……
それはいくらなんでも極端な話だとしても、
遠隔リハと遠隔のデータ管理システムをイメージしつつ
「私がやろうとしているのは地域医療や地域福祉」と言ってしまえること自体、
一体いかがなものなのだろう──。
遠隔リハと遠隔のデータ管理システムをイメージしつつ
「私がやろうとしているのは地域医療や地域福祉」と言ってしまえること自体、
一体いかがなものなのだろう──。
山海氏自身は「目的志向で、人を支援するテクノロジーというところにフォーカスして」
「エンド・ポイントから」デザインする研究をしているつもりのようだし、
どこまで本気かよく分からないけど、松原氏も一応
その点で山海氏は他の研究者と違うと持ち上げてはいますが、
「エンド・ポイントから」デザインする研究をしているつもりのようだし、
どこまで本気かよく分からないけど、松原氏も一応
その点で山海氏は他の研究者と違うと持ち上げてはいますが、
パリテーションや介護や人を支援するということの本質に無理解なまま、
「エンド・ポイント」が身体的ニーズ・物理的ニーズの処理で終わっているために、
結果的には、山海氏の発想も「先にサイバニクス技術ありき」になっているんじゃないのかなぁ……。
「エンド・ポイント」が身体的ニーズ・物理的ニーズの処理で終わっているために、
結果的には、山海氏の発想も「先にサイバニクス技術ありき」になっているんじゃないのかなぁ……。
もともとエンハンスメントの論理から生まれたサイバニクスに
松原氏が言うようにパリエーションにかなう「人の支援」ができるとしたら、
それはパリエーションの理念でデザインされた地域医療や地域福祉の中で、
サイバニクスがその他と同じ数多くのツールの1つとして使いこなされることを通じてであって、
サイバニクスの可能性にかなった地域医療や地域福祉をデザインすることを通じて
ではないような気がするのだけれど、
松原氏が言うようにパリエーションにかなう「人の支援」ができるとしたら、
それはパリエーションの理念でデザインされた地域医療や地域福祉の中で、
サイバニクスがその他と同じ数多くのツールの1つとして使いこなされることを通じてであって、
サイバニクスの可能性にかなった地域医療や地域福祉をデザインすることを通じて
ではないような気がするのだけれど、
地域医療や地域福祉に直接現場で携わっている人の声を聞いてみたいような気がします。
それも、たまにしか患者に触れない医師の声だけではなく、
訪問看護の看護師とか訪問リハのセラピスト、
ケアマネとかヘルパー、介護家族といった当事者のすぐ傍で支えている人の声を。
そして、もちろん支援される人自身の声を。
それも、たまにしか患者に触れない医師の声だけではなく、
訪問看護の看護師とか訪問リハのセラピスト、
ケアマネとかヘルパー、介護家族といった当事者のすぐ傍で支えている人の声を。
そして、もちろん支援される人自身の声を。
それにしても、つい苦笑してしまったのは、
「遠隔リハビリテーション」についてのやりとり。
「遠隔リハビリテーション」についてのやりとり。
個々のALS患者のその日その日の状況を総合的に判断して
支援者が適切なセッティングに配慮することの必要性を
松原氏が「日々変わる身体状態にスイッチを合わせる」という例で語ったのは、
「今仰ったようなシステムが実際に回っていく時、生活現場と専門家をどう繋いでいくか。
専門家が患者さんの生活現場を理解し、患者の目線で動けることが大事」だと
主張するための比喩であり、現実のスイッチのことではなかったと思うのですが、
支援者が適切なセッティングに配慮することの必要性を
松原氏が「日々変わる身体状態にスイッチを合わせる」という例で語ったのは、
「今仰ったようなシステムが実際に回っていく時、生活現場と専門家をどう繋いでいくか。
専門家が患者さんの生活現場を理解し、患者の目線で動けることが大事」だと
主張するための比喩であり、現実のスイッチのことではなかったと思うのですが、
この「生活現場」を「人が日々の暮らしを営む場」と捉えることができず、
すなわち「住居空間」の問題としてしか捉えられない山海氏は、
サイバニクスの地域展開ができれば、
センサーを身体のどこかにつけておくだけでバイタル・データが地域で一元管理できるから
「私たちの技術では、ボタンが押せなくても大丈夫です」。
すなわち「住居空間」の問題としてしか捉えられない山海氏は、
サイバニクスの地域展開ができれば、
センサーを身体のどこかにつけておくだけでバイタル・データが地域で一元管理できるから
「私たちの技術では、ボタンが押せなくても大丈夫です」。
このズレ方こそが何をかいわんや、という感じなのですが、
まったく動けなくなって、現在の技術水準ではYES/NOの意思も読み取れなくなるような状態の人をどうやって支えていくかというのは大きな課題だと思います。……呼吸器がまさにサイバニックな装置になり、吸引の問題も自動的に解決させる。生存に必要なアウトプットが難しくなっている人たちの意思をどうやってセンシングするのか、注目しています。
……(中略)……
この技術を普及させれば社会的な生産性が上がりますというプログラムは、取りあえずはアカウンタビリティを獲得しやすい。しかし、わかりやすい形で社会的生産に直結しない人々はどうするのか。人々の生存を支えきるという考え方を、サイバニクスの構想に組み込んでいくのか。その設計次第で、サイボーグ技術倫理として立てるべき問いのあり方が全然違ってくると思います。
……(中略)……
この技術を普及させれば社会的な生産性が上がりますというプログラムは、取りあえずはアカウンタビリティを獲得しやすい。しかし、わかりやすい形で社会的生産に直結しない人々はどうするのか。人々の生存を支えきるという考え方を、サイバニクスの構想に組み込んでいくのか。その設計次第で、サイボーグ技術倫理として立てるべき問いのあり方が全然違ってくると思います。
これは松原氏が痛切な嫌味をこめて突きつけた重い問いなのでは……と私は読んだのですが、
応えて山海氏は「もちろんユーザーの立場は大切」だとして
「ユーザーが研究開発のメンバーとなった産官学民の新しい体制」を志向できる
研究者を育てることの必要を言う。
「ユーザーが研究開発のメンバーとなった産官学民の新しい体制」を志向できる
研究者を育てることの必要を言う。
やっぱり、どこか、ちぐはぐな対談の終わり方なのでした。
2008.06.19 / Top↑
多分以下のテキサスの施設じゃないかと思うのですが(他にもあるのかもしれません)
ずいぶん前に米国のどこかに退役軍人のためのハイテク・リハビリセンターができて、
そのオープニング・セレモニーの模様をCNNが流したことがありました。
ずいぶん前に米国のどこかに退役軍人のためのハイテク・リハビリセンターができて、
そのオープニング・セレモニーの模様をCNNが流したことがありました。
腕や脚を失った車椅子の兵士や杖を突いた兵士らが温かい拍手の中を列を成して入場、
彼らが正面の席につくと、軍のエライ人が登壇してスピーチをしたのですが、
彼らが正面の席につくと、軍のエライ人が登壇してスピーチをしたのですが、
「諸君は戦争で腕を失った、脚を失った、と人は言う。
しかし、それは違う。君たちは脚を失っても腕を失ってもいない」
(No, you didn’t lose your legs or arms.)
しかし、それは違う。君たちは脚を失っても腕を失ってもいない」
(No, you didn’t lose your legs or arms.)
というのを聞いて、「えっ?」と耳を疑った。
次の瞬間、その軍部のエライさんは、
次の瞬間、その軍部のエライさんは、
「諸君は“捧げた”のだ!」
(You GAVE 'em!)
(You GAVE 'em!)
とてもエモーショナルな感動のどよめき、それに続いて割れんばかりの拍手。
会場が一瞬にして、なんとも言えない高揚感に包まれるのが伝わってきて、
私はそれを、なんだか呆然と眺めてしまったっけ──。
会場が一瞬にして、なんとも言えない高揚感に包まれるのが伝わってきて、
私はそれを、なんだか呆然と眺めてしまったっけ──。
──というのを昨日の記事で思い出した。
ついでに最近ハマっている「20世紀少年」の”ともだち”集会を思い出してしまった。
2008.06.17 / Top↑
1990年に制定されたthe Americans With Disabilities Act( 米国障害者法)から10年。
ブッシュ政権はパブリックオピニオンの募集を経て近く
障害者のバリアフリー整備についてのこれまでの規定を拡大、厳格化する予定とのこと。
ブッシュ政権はパブリックオピニオンの募集を経て近く
障害者のバリアフリー整備についてのこれまでの規定を拡大、厳格化する予定とのこと。
たとえば裁判所の証言台に車椅子用のリフトまたはスロープをつける、
一定の座席数を越えるスタジアムや劇場には一定数の車椅子席を義務付けるなど。
一定の座席数を越えるスタジアムや劇場には一定数の車椅子席を義務付けるなど。
企業向けの救済策として、
小規模のビジネスの場合は総収入の1%以上を
バリアの解消に使えばよいとの規定があるものの、
企業サイドからは厳しすぎるとの批判、
障害者サイドからは不十分との批判が出ている様子。
小規模のビジネスの場合は総収入の1%以上を
バリアの解消に使えばよいとの規定があるものの、
企業サイドからは厳しすぎるとの批判、
障害者サイドからは不十分との批判が出ている様子。
この記事を読んで、「ほぉ?」と思ったのは、
・こうした動きを後押しした社会的な事情として、
高齢者人口の増加ともう1つ挙げられているのが、
戦争で障害を負った若い世代の増加だということ。
記事を読んでいて、そこで、ちょっとつまづく感じで
立ち止まってしまった記述でした。
高齢者人口の増加ともう1つ挙げられているのが、
戦争で障害を負った若い世代の増加だということ。
記事を読んでいて、そこで、ちょっとつまづく感じで
立ち止まってしまった記述でした。
・ガイド犬など、障害者の支援を役目とする動物は
公共の場で受け入れなければならないという規定は現在もあるわけですが、
あんまり何でもかんでも受け入れなくてもいいという規定が
今度新たに作られることになった、とのことなのですが、
そこで挙げられた動物にびっくり。
公共の場で受け入れなければならないという規定は現在もあるわけですが、
あんまり何でもかんでも受け入れなくてもいいという規定が
今度新たに作られることになった、とのことなのですが、
そこで挙げられた動物にびっくり。
例えば「介護猿」は受け入れなくてもいいし、
その他に介護を役目にする爬虫類、両生類、ウサギ、イタチ、ネズミ系って……。
わざわざこんな規定を設けなければならないような現実が
アメリカの障害者の周辺にはあるってことなんでしょうか。
分からないなぁ……。
その他に介護を役目にする爬虫類、両生類、ウサギ、イタチ、ネズミ系って……。
わざわざこんな規定を設けなければならないような現実が
アメリカの障害者の周辺にはあるってことなんでしょうか。
分からないなぁ……。
それに、猿はともかく、爬虫類とかネズミが
障害者の支援をするように訓練できるもの???
障害者の支援をするように訓練できるもの???
――――――
上の記事の内容とは直接つながらないのですが、
戦争で障害を負った人たちの増加によって、こうした動きが出てきたという点から考えたこと。
戦争で障害を負った人たちの増加によって、こうした動きが出てきたという点から考えたこと。
確かアメリカでは第2次世界大戦時に障害を負った退役軍人たちの存在によって
リハビリテーション医学が一気に発展したのだったと記憶しているので、
なるほど今、人の脳とコンピューターを繋いだインターフェースで動く人造の手足が
盛んに研究されていることが現在ではきっとそれに当たるのだなぁ……ということが、
この記述からとてもリアルに感じられました。
リハビリテーション医学が一気に発展したのだったと記憶しているので、
なるほど今、人の脳とコンピューターを繋いだインターフェースで動く人造の手足が
盛んに研究されていることが現在ではきっとそれに当たるのだなぁ……ということが、
この記述からとてもリアルに感じられました。
しかし、四肢切断患者を対象に発達してきた「治す」ためのリハ医療は、
発達障害児・者の機能障害や高齢者の廃用性の機能低下のリハ医療には
必ずしも適切ではありませんでした。
その後のリハ医学のなかで反省されてきた点でもあったはず。
発達障害児・者の機能障害や高齢者の廃用性の機能低下のリハ医療には
必ずしも適切ではありませんでした。
その後のリハ医学のなかで反省されてきた点でもあったはず。
戦争で四肢を失った若い層の中途障害者のためのテクノロジーの応用と、
例えば脳性まひなど生まれついての障害児・者への支援、
四肢切断以外の中途障害者への支援、
また高齢者を支援するためのノウハウとは
別立てで考えなければならないはずだということが気になります。
例えば脳性まひなど生まれついての障害児・者への支援、
四肢切断以外の中途障害者への支援、
また高齢者を支援するためのノウハウとは
別立てで考えなければならないはずだということが気になります。
発達障害ですら「医学モデル」で「治す」「正常にする」ことだけに
ひたすら邁進したリハ医学の誤りを、
ここでまた「機能を最新テクノロジーで置き換える、そっくり取り戻す」というモデルで
繰り返すようなマネはしないでもらいたいなぁ……と。
ひたすら邁進したリハ医学の誤りを、
ここでまた「機能を最新テクノロジーで置き換える、そっくり取り戻す」というモデルで
繰り返すようなマネはしないでもらいたいなぁ……と。
2008.06.16 / Top↑
もしも何かの拍子に
処女膜を再生したのだという事実がバレてしまったら……?
処女膜を再生したのだという事実がバレてしまったら……?
そういうことを考えると、やっぱり処女膜再生は彼女らの解放ではありえないし、
それはどこまでいっても急場しのぎの解決に過ぎなくて、
やはり彼女らが再生手術を受けなければならないこと自体が抑圧の象徴じゃないか、と。
それはどこまでいっても急場しのぎの解決に過ぎなくて、
やはり彼女らが再生手術を受けなければならないこと自体が抑圧の象徴じゃないか、と。
もっとも、自分の生活の中に難題を抱えて非常に苦しい状況にある人は、
もしもテクニカルな簡単解決が自分の手の届くところにあれば、
取りあえずの苦境から逃れるために手を伸ばすだろうし、
テクニカルな解決のリスクやその意味など構ってはいられないのだろうなぁ……
とは思う。
もしもテクニカルな簡単解決が自分の手の届くところにあれば、
取りあえずの苦境から逃れるために手を伸ばすだろうし、
テクニカルな解決のリスクやその意味など構ってはいられないのだろうなぁ……
とは思う。
だからフランスの産婦人科学会がいくら
「フランスでは女性が闘って性革命を起こし女性が解放された歴史がある」といっても、
自分はまだ解放されていなくて命の危険にさらされているのだから
当事者でもない人間にそんなキレイゴトを言われても困る、と
彼女たちにすれば言いたいだろうな、と。
「フランスでは女性が闘って性革命を起こし女性が解放された歴史がある」といっても、
自分はまだ解放されていなくて命の危険にさらされているのだから
当事者でもない人間にそんなキレイゴトを言われても困る、と
彼女たちにすれば言いたいだろうな、と。
……と、この問題をここまで考えて、ふっと思ったのですが、
その事情はきっと
重い障害を持つ我が子が大きく重くなっていくのを前に、
子どもの生活にも制約が増えてきて、
自分の介護負担も重くなり、限界を感じ始めている親にとって、
目の前に「ホルモンの大量投与で身長を抑制できますよ」という解決策が
医師のお墨付きで差し出されたら……という場合も同じことなのだろうな、と。
重い障害を持つ我が子が大きく重くなっていくのを前に、
子どもの生活にも制約が増えてきて、
自分の介護負担も重くなり、限界を感じ始めている親にとって、
目の前に「ホルモンの大量投与で身長を抑制できますよ」という解決策が
医師のお墨付きで差し出されたら……という場合も同じことなのだろうな、と。
去年5月のワシントン大学のシンポジウムで
いわゆる“Ashley療法”を「やらせろ」と声高に主張していた重症児の親たちも、
Ashleyの父親のブログに賛同のメッセージを寄せる親たちも、
そのリスクや倫理性を端から云々されたところで
「私たちの直面する負担や苦しみを知らない他人に何が分かる?」と言いたいのは、
処女膜を再生するイスラム女性と同じなのかもしれない。
いわゆる“Ashley療法”を「やらせろ」と声高に主張していた重症児の親たちも、
Ashleyの父親のブログに賛同のメッセージを寄せる親たちも、
そのリスクや倫理性を端から云々されたところで
「私たちの直面する負担や苦しみを知らない他人に何が分かる?」と言いたいのは、
処女膜を再生するイスラム女性と同じなのかもしれない。
でも、やはり重症児へのホルモン大量投与による身長抑制は
イスラム女性の処女膜再生と同じ、所詮は急場しのぎの解決に過ぎず、
問題そのものの解決には全くつながらない。
イスラム女性の処女膜再生と同じ、所詮は急場しのぎの解決に過ぎず、
問題そのものの解決には全くつながらない。
だって、重症児の介護を巡る親の悩ましさは、
子どもの身長を抑制したって本当は解決しない。
子どもの身長を抑制したって本当は解決しない。
Ashleyの父親を含め、
子どもの身長さえ技術的に抑制できれば問題が解決すると考えている人は、
「親はいずれ必ず老いる」、「家族の境遇も事情も様々」という事実を忘れている。
子どもの身長さえ技術的に抑制できれば問題が解決すると考えている人は、
「親はいずれ必ず老いる」、「家族の境遇も事情も様々」という事実を忘れている。
処女膜再生が一見イスラム女性の解放のように見えて、
実は抑圧と差別の象徴であるように、
実は抑圧と差別の象徴であるように、
“Ashley療法”もまた、一見、重症児と家族の解放の手段のように見えても、
実は支援を充分に保障されていない障害児・者と介護者の苦境の象徴であり、
重症児への誤解と差別の象徴だと思う。
実は支援を充分に保障されていない障害児・者と介護者の苦境の象徴であり、
重症児への誤解と差別の象徴だと思う。
2008.06.16 / Top↑
ヨーロッパ在住のイスラム女性の間で
民間病院で処女膜再生術を受ける人が増えている。
民間病院で処女膜再生術を受ける人が増えている。
日ごろは西側の自由な価値観に染まって暮らしている彼女たちも、
いざ、その生き方のまま自国の文化と直面できるかというと、そう簡単ではないらしくて、
いざ、その生き方のまま自国の文化と直面できるかというと、そう簡単ではないらしくて、
ドイツで小さな会社を経営しながら1人暮らしをしている
マセドニア生まれの女性が処女膜再生術を受けた理由は
何をしてもいいが親の顔に泥を塗るのだけは許さないと父親から言い渡されていて、
処女かどうかを確かめるために病院へ連れて行かれかねないと恐れたため。
この女性、32歳。
マセドニア生まれの女性が処女膜再生術を受けた理由は
何をしてもいいが親の顔に泥を塗るのだけは許さないと父親から言い渡されていて、
処女かどうかを確かめるために病院へ連れて行かれかねないと恐れたため。
この女性、32歳。
ことにフランスでこの問題が論争となっているのは、
先週、花嫁が処女を詐称したとして婚姻の無効を求めた花婿の言い分を
裁判所が認める判断を下したため。
先週、花嫁が処女を詐称したとして婚姻の無効を求めた花婿の言い分を
裁判所が認める判断を下したため。
2人は共にイスラム教徒で、花婿は30代のエンジニア。
この男、初夜のベッドから、まだ続いている祝宴の席に飛び出していくと
披露宴の客に向かって花嫁が処女だというのはウソだったとぶちまけて、
その晩のうちに彼女を親元に送り返したのだとか。
その翌日には、婚姻を無効とすべく弁護士に相談。
この男、初夜のベッドから、まだ続いている祝宴の席に飛び出していくと
披露宴の客に向かって花嫁が処女だというのはウソだったとぶちまけて、
その晩のうちに彼女を親元に送り返したのだとか。
その翌日には、婚姻を無効とすべく弁護士に相談。
男性の求めを認めた裁判所の判断は、
処女性の重要視を尊重したものではなく、
契約違反としての判断だというのだというのだけれど
この裁判官の判断を支持した法務大臣には抗議の電話が殺到。
処女性の重要視を尊重したものではなく、
契約違反としての判断だというのだというのだけれど
この裁判官の判断を支持した法務大臣には抗議の電話が殺到。
手術をする医者が「彼女たちに未来を与え、同時に虐待から守るためだ」と正当化する一方、
フランス産婦人科学会は道徳、文化、健康のいずれの点からも反対を表明。
「フランスでは女性が避妊と中絶を求める闘いによって
性革命を起こし、平等を勝ち取ってきた歴史がある。
処女膜にそれほどの重要性をもたせることは後退であり、
過去の不寛容への逆戻りだ」と。
フランス産婦人科学会は道徳、文化、健康のいずれの点からも反対を表明。
「フランスでは女性が避妊と中絶を求める闘いによって
性革命を起こし、平等を勝ち取ってきた歴史がある。
処女膜にそれほどの重要性をもたせることは後退であり、
過去の不寛容への逆戻りだ」と。
はたして、処女膜再生はこの場合、解放なのか抑圧なのか──?
ちなみに、2人が結婚式を挙げた北フランスのイスラム教センターでは
「男が大バカ野郎だね。
処女じゃなかったとしても、
暴き立てて相手の面目をぶっ潰す権利はないし、
そんなのはイスラムの教えとは違う。
イスラム教ではちゃんと許しを説いている」
処女じゃなかったとしても、
暴き立てて相手の面目をぶっ潰す権利はないし、
そんなのはイスラムの教えとは違う。
イスラム教ではちゃんと許しを説いている」
確か、イスラムの文化圏は脳死とか臓器移植に関して非常に消極的だと
どこかで読んだような気がするし、
そういう文化圏の人が処女膜再生術を受けるというのは
やっぱり並大抵の決心ではないような気がする。
たぶん命がけだという意味では、
彼女たちの切迫したニーズは臓器移植と同じかもしれないのだけど、
彼女たちの切迫したニーズは臓器移植と同じかもしれないのだけど、
その一方で、そういう文化圏の人にすら、
「体にちょいと手を加えてFix !!」という感覚が浸透していくのかぁ……とも。
「体にちょいと手を加えてFix !!」という感覚が浸透していくのかぁ……とも。
2008.06.15 / Top↑
スペインで12歳と13歳の2人の子どもが
携帯電話への依存のため通常の生活を送ることができなくなり、
親が精神病院に入院させたとのこと。
携帯電話への依存のため通常の生活を送ることができなくなり、
親が精神病院に入院させたとのこと。
クリニックとしても携帯電話の依存症で子どもを治療するのは初めてのことだとか。
2人が携帯電話を持つようになったのは1年半前で、
親は特に使用を制限せず、気がつけば深刻な依存に陥っていたといいます。
親は特に使用を制限せず、気がつけば深刻な依存に陥っていたといいます。
医師は2人の子どもには問題行動があったと話しており、
子どもの中毒に詳しい専門家も、携帯電話の中毒ではゲーム中毒と同じく
中毒になった子どもがキレやすく、内向的・反社会的になりやすい、
成績も落ちる(なんで、これがくっついてくるのか私には分からないけど)と
指摘しているのは、気になります。
子どもの中毒に詳しい専門家も、携帯電話の中毒ではゲーム中毒と同じく
中毒になった子どもがキレやすく、内向的・反社会的になりやすい、
成績も落ちる(なんで、これがくっついてくるのか私には分からないけど)と
指摘しているのは、気になります。
「問題行動」の詳細が明かされているわけではないので
なんとも言えない面もありますが、
なんとも言えない面もありますが、
この専門家は16歳になるまでは子どもに携帯を持たせない方がいい、と。
――――
そういえば、インターネットをやっている人は
ネットに接続する時には自分が欲しい情報だけをさっさとゲットして、
自分がやりたいことだけを、ちゃっちゃっと済ませてしまいたがっていて、
必要以上の情報で余計な時間や手間を食うサイトには我慢ならない……という傾向が
どんどん顕著になっている、という記事もありました。
ネットに接続する時には自分が欲しい情報だけをさっさとゲットして、
自分がやりたいことだけを、ちゃっちゃっと済ませてしまいたがっていて、
必要以上の情報で余計な時間や手間を食うサイトには我慢ならない……という傾向が
どんどん顕著になっている、という記事もありました。
インターネット使い始めの頃に比べると、
確かに私自身、待てなくなっているし、
イラッとすることが増えているような……。
確かに私自身、待てなくなっているし、
イラッとすることが増えているような……。
2008.06.14 / Top↑
奇しくも同じ日に米国・英国それぞれから
子どもの貧困についての記事が出てきました。
子どもの貧困についての記事が出てきました。
まず米国の話から。
Colorado州で2006年に貧困状態にある子どもの数は18万人で州の全人口の15,7%で、
2000年から実に73%も増加。
2000年から実に73%も増加。
これは全米で最も高い増加率で、
Coloradoに続くのはNew Hampshireの47%
次いでDelawareの45%。
Coloradoに続くのはNew Hampshireの47%
次いでDelawareの45%。
貧困状態で暮らす子どもが増えた要因はいろいろあって複雑なようですが、
でも、これは増加率の話なので、
でも、これは増加率の話なので、
ずっと記事を読んでいくと、最後のところで「あっ」と言わされてしまう。
増加率では最悪だったColoradoですが、
その人口比15,7%そのものは決して高いわけではないというのです。
なにしろ米国全体の平均は18%だから。
その人口比15,7%そのものは決して高いわけではないというのです。
なにしろ米国全体の平均は18%だから。
ほとんど5人に1人の子どもが貧困状態で暮らしている……。
実は英国でも、貧困状態で暮らす子どもは5人に1人。
労働党政権はブレア時代に
2010年までに子どもの貧困を半分に減らすと宣言したというのですが、
むしろ格差は広がり、子どもと年金生活者がさらに貧困にあえいでいるという調査結果。
2010年までに子どもの貧困を半分に減らすと宣言したというのですが、
むしろ格差は広がり、子どもと年金生活者がさらに貧困にあえいでいるという調査結果。
この2つを読んで、当たり前のこととして、
日本のこういう統計ってあるのかしらん……? と考えるわけですが、
日本のこういう統計ってあるのかしらん……? と考えるわけですが、
そういえば湯浅誠の「反貧困 ――『すべり台社会』からの脱出」に、
日本政府は貧困問題が日本に存在することそのものをきっちり認めていない、
まともに調査もしていない、という話があったなぁ。
日本政府は貧困問題が日本に存在することそのものをきっちり認めていない、
まともに調査もしていない、という話があったなぁ。
とはいえ、上記記事の米・英ともに調査をしたのは政府ではなくて、
子どもの擁護団体みたいですから、
そういう統計を取りたくないのは
どの国でも同じなのかしら。
子どもの擁護団体みたいですから、
そういう統計を取りたくないのは
どの国でも同じなのかしら。
―――――
ここにデータもあるみたいだけど、専門的でよく分からない。
2008.06.13 / Top↑
NPO法人全国在宅医療推進協会が
第1回ファミリーケア大賞の応募者を募集しています。
第1回ファミリーケア大賞の応募者を募集しています。
在宅で介護をしている家族と、
その家族を支える、かかりつけ医や医療スタッフとがペアで選考対象となります。
自薦・他薦どちらでも。
その家族を支える、かかりつけ医や医療スタッフとがペアで選考対象となります。
自薦・他薦どちらでも。
審査のポイントは主に以下の2点。
・ 介護者がどれだけかかりつけ医を信頼して感謝しているか
・ かかりつけ医から見た介護者の素晴らしさ
・ かかりつけ医から見た介護者の素晴らしさ
応募要項は
下記必要事項をご記入のうえ、郵送またはメールにてご応募ください。
1.在宅医療を受けている
(1)医療機関名
(2)担当医師氏名
(3)住所
(4)電話番号
(5)FAX番号
(6)e-mailアドレス
2.ご推薦者の
(1)氏名
(2)住所
(3)電話番号
(4)e-mailアドレス
3.在宅でのケアの内容を800字以内でまとめて下さい。
4.ケアの様子を撮った写真や資料などありましたら添付してください。
5.自薦、他薦どちらでも結構です。
6.応募締切:2008年6月16日(月)
7.応募先:NPO法人全国在宅医療推進協会
ファミリーケア大賞 実行委員会 係
東京都中央区八丁堀 4-12-20 第1-SSビル9F A号室(〒104-0032)
TEL:03-3206-6640 FAX::03-3537-0417
E-mail:info@zenzaikyo.gr.jp
1.在宅医療を受けている
(1)医療機関名
(2)担当医師氏名
(3)住所
(4)電話番号
(5)FAX番号
(6)e-mailアドレス
2.ご推薦者の
(1)氏名
(2)住所
(3)電話番号
(4)e-mailアドレス
3.在宅でのケアの内容を800字以内でまとめて下さい。
4.ケアの様子を撮った写真や資料などありましたら添付してください。
5.自薦、他薦どちらでも結構です。
6.応募締切:2008年6月16日(月)
7.応募先:NPO法人全国在宅医療推進協会
ファミリーケア大賞 実行委員会 係
東京都中央区八丁堀 4-12-20 第1-SSビル9F A号室(〒104-0032)
TEL:03-3206-6640 FAX::03-3537-0417
E-mail:info@zenzaikyo.gr.jp
詳細は同協会HPに。
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この賞のモデルとなっているのは英国で2004年から行われている Symplyhealth Caring surgery Award。
地域ですばらしい介護者支援を実践しているGP(かかりつけ医)や診療所を
介護者からの推薦を受けて表彰するものです。
この賞のキャッチがとてもよくて、
Behind every sick patient is a family carer who also needs support from their GP
どの患者の後ろにも家族介護者がいて、患者と同じくGPの支援を求めている。
どの患者の後ろにも家族介護者がいて、患者と同じくGPの支援を求めている。
1991年にアン王女の肝いりで設立された介護者支援チャリティThe Princess Royal Trust for Carers と
Simplyhealthという医療系の企業が集まって作っている団体との共催で
2000~750ポンドの賞金が出ますが、
賞金の半分は介護者支援に使うよう求められます。
Simplyhealthという医療系の企業が集まって作っている団体との共催で
2000~750ポンドの賞金が出ますが、
賞金の半分は介護者支援に使うよう求められます。
英国では介護者支援チャリティによって作られた賞が
日本では在宅医療を担う医師サイドから生まれたということは、ちょっと画期的。
日本では在宅医療を担う医師サイドから生まれたということは、ちょっと画期的。
募集要項では家族ケアの内容が評価の対象となっているような印象があるので、
そこのところが気にはなりますが、
そこのところが気にはなりますが、
かかりつけ医と家族のペアが対象というのがミソなのだろうと思うので、
介護者の頑張りとか献身をお医者さんたちが誉めてあげるというのではなく、むしろ
介護者と専門職との信頼関係や、介護者支援のあり方を評価する賞になるといいな。
介護者と専門職との信頼関係や、介護者支援のあり方を評価する賞になるといいな。
こういう試みがきっかけとなって、
家族にしかできないことは何か、専門職にしかできないことは何か、
家族が求めている支援は本当はどういうものなのか、
家族と専門職とがチームとして協働するためにはどうすればいいのか、
といったことがもっと考えられていくといいと思う。
家族にしかできないことは何か、専門職にしかできないことは何か、
家族が求めている支援は本当はどういうものなのか、
家族と専門職とがチームとして協働するためにはどうすればいいのか、
といったことがもっと考えられていくといいと思う。
2008.06.13 / Top↑
「働く女性の子育て時間を確保するために、
労働者が短時間勤務か残業免除を選択できる制度を企業に義務付ける法整備」
となっているのですが、
労働者が短時間勤務か残業免除を選択できる制度を企業に義務付ける法整備」
となっているのですが、
新聞がこんな曖昧なニュースの書き方をして、いいんかな。
短時間勤務か残業免除かを選択できるのは母親だけに限定されるのか、
それとも
「労働者」というからには親の性別は問わないのだけど、
この記事を書いた記者の個人的な“常識”によって
あたかも、この制度が働く「女性」だけの子育て時間を確保するものであるかのような
表現が使われてしまっただけなのか。
それとも
「労働者」というからには親の性別は問わないのだけど、
この記事を書いた記者の個人的な“常識”によって
あたかも、この制度が働く「女性」だけの子育て時間を確保するものであるかのような
表現が使われてしまっただけなのか。
もしも、この制度が記事タイトルどおりに母親に限って適用になるものだとしたら、
子育ては母親の仕事であり、父親は子育てについては補佐役に過ぎないと
国が公式に認定したってことでしょうか?
子育ては母親の仕事であり、父親は子育てについては補佐役に過ぎないと
国が公式に認定したってことでしょうか?
そうだとしたら、さすが「女性は子どもを産む機械」だと厚労相が平気で言ってのける国。
「子育て支援とは、すなわち母親支援であり働く女性の支援である」という
その考え方そのものが子育てしにくい社会を作っている元凶なのだけど、
わっからないかなぁ……。
その考え方そのものが子育てしにくい社会を作っている元凶なのだけど、
わっからないかなぁ……。
この記事だけでは
国がお粗末なのか、読売新聞がお粗末なのか、まだ分かりませんが。
国がお粗末なのか、読売新聞がお粗末なのか、まだ分かりませんが。
2008.06.12 / Top↑
6月10日に、英国の新しい介護者戦略が発表されました。
Carers at the heart of 21st century families and communities: a caring system on your side, a life of your own
Department of Health, June 10, 2008
Department of Health, June 10, 2008
フル・テキスト、サマリー、保健省と労働・年金省それぞれの影響予測が
上記からダウンロードできます。
上記からダウンロードできます。
長文なので、まだちゃんと読んでいませんが、
中長期の介護者戦略に2億5500万ポンドの予算を組み、
主な柱としては
中長期の介護者戦略に2億5500万ポンドの予算を組み、
主な柱としては
・介護者の短期のレスパイト
・介護者の就労支援
・若年介護者支援
・介護者の健康チェック推進
・家庭医に対する介護者認識・支援の研修
・介護者支援を担う専門職の養成
・NHSにおける介護者支援見直しを推進する職員の養成
・介護者の就労支援
・若年介護者支援
・介護者の健康チェック推進
・家庭医に対する介護者認識・支援の研修
・介護者支援を担う専門職の養成
・NHSにおける介護者支援見直しを推進する職員の養成
――――――
英国では1995年にのCarers Act(介護者法)が制定され
その後2004年の改正まで、何度かに渡って同法が改正されて
介護者自身に介護者支援の必要性に関するアセスメントを受ける権利、
健康に自分の生活を送るための支援を受ける権利を認めてきました。
その後2004年の改正まで、何度かに渡って同法が改正されて
介護者自身に介護者支援の必要性に関するアセスメントを受ける権利、
健康に自分の生活を送るための支援を受ける権利を認めてきました。
また97年に誕生した現在の労働党政権は
99年に「全国介護者戦略」を策定して介護者への支援強化を打ち出しています。
99年に「全国介護者戦略」を策定して介護者への支援強化を打ち出しています。
ここ数年は公的な介護サービスが財政的に逼迫しつつあるという事情からも
介護者支援には政府も特に力を入れる必要に迫られており、
去年2月には「介護者のためのニューディール」政策として
今後の方針の骨格を発表。
介護者支援には政府も特に力を入れる必要に迫られており、
去年2月には「介護者のためのニューディール」政策として
今後の方針の骨格を発表。
その一貫として「全国介護者戦略」の見直しが行われることとなり、
去年は介護者らが直接アイディアや意見を書き込める「アイディアの木」を保健省のHPに設けたり、
全国各地で介護者や関係者から直接意見を聴取する会を開くなどして
準備が行われていたものです。
去年は介護者らが直接アイディアや意見を書き込める「アイディアの木」を保健省のHPに設けたり、
全国各地で介護者や関係者から直接意見を聴取する会を開くなどして
準備が行われていたものです。
New Deal for Carersの詳細は保健省の当該サイトに。
去年介護者から汲み上げた意見に関する暫定報告(2007年11月)も
New Dear for Carers – your voice counted のコーナーでダウンロードできます。
去年介護者から汲み上げた意見に関する暫定報告(2007年11月)も
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2008.06.12 / Top↑
6月と言えば英国では介護者週間(Cares Week)の季節。
14回目を迎える今年も
9日から15日までCares Week 2008が開催されています。
Carers UK, Counsel and Care, Crossroads Caring for Carers など10のチャリティが共催。
9日から15日までCares Week 2008が開催されています。
Carers UK, Counsel and Care, Crossroads Caring for Carers など10のチャリティが共催。
期間中には、
こうしたチャリティが介護者向けの企画や、介護者支援を訴えるイベントを企画するほか、
地域でグループや個人がイベントを独自に企画して参加することができます。
メディアでもこの時期には介護者支援に焦点を合わせた報道が増えます。
こうしたチャリティが介護者向けの企画や、介護者支援を訴えるイベントを企画するほか、
地域でグループや個人がイベントを独自に企画して参加することができます。
メディアでもこの時期には介護者支援に焦点を合わせた報道が増えます。
また、介護者週間では、毎年介護者に大規模なアンケート調査を行い、
この時期にその結果が公表されるのが恒例なのですが、
今年の調査で浮き彫りになった介護者の実態としては、
この時期にその結果が公表されるのが恒例なのですが、
今年の調査で浮き彫りになった介護者の実態としては、
・ほとんどの介護者が介護負担のために体調を崩したり、不安を感じたり、疲れ果てたりしているのに、回答者の実に95%がその事実を常に隠している。
・自分の体調が悪いことから“常時”目を逸らせている介護者は19%。
・4人に1人の介護者が日々の介護をこなしていくことが自分には無理だと感じている。
・時々こなしていけないと感じることがある介護者は64%、ほぼ3人に2人。
・71%の介護者がこの1年間に最低1週間の“休み”も介護から解放される自由時間も持てなかったと回答。
・仕事を持って働きつつ介護を担っている人の5人に3人が、介護者役割に時間を使うだけのために年休をとった。
・自分の体調が悪いことから“常時”目を逸らせている介護者は19%。
・4人に1人の介護者が日々の介護をこなしていくことが自分には無理だと感じている。
・時々こなしていけないと感じることがある介護者は64%、ほぼ3人に2人。
・71%の介護者がこの1年間に最低1週間の“休み”も介護から解放される自由時間も持てなかったと回答。
・仕事を持って働きつつ介護を担っている人の5人に3人が、介護者役割に時間を使うだけのために年休をとった。
Cares Week に参加しているチャリティのサイトでこの調査報告のタイトルは
「病気なんかしていられない」。
「病気なんかしていられない」。
こうした実態は、おそらく日本の介護者でも変わらないのではないでしょうか。
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英米の介護関連のニュースを眺めていると、いつも目を引かれるのが
介護労働が賃金換算されていること。
介護労働が賃金換算されていること。
例えば英国では
家族や友人などによる無償介護労働は2006年には879億ポンドと換算されていて、
これは同じく2006年のNHS全体の予算820億ポンドを上回っています。
(CaresUKの以来でリーズ大学の研究チームが行った調査)
家族や友人などによる無償介護労働は2006年には879億ポンドと換算されていて、
これは同じく2006年のNHS全体の予算820億ポンドを上回っています。
(CaresUKの以来でリーズ大学の研究チームが行った調査)
「自分たちが介護を担っていることによって
政府はこれだけのお金を節約できているのだ」というトーンで
こうした金額が引っ張り出されてくるわけです。
政府はこれだけのお金を節約できているのだ」というトーンで
こうした金額が引っ張り出されてくるわけです。
「介護費用が嵩んで困る」と常に言われ続け、脅され続けて
どこかで「じゃぁ、家族で頑張るしかないのか」と内向させられる日本の介護者とは
ずいぶん意識に差があるなぁ……といつも感じ入るのですが、
どこかで「じゃぁ、家族で頑張るしかないのか」と内向させられる日本の介護者とは
ずいぶん意識に差があるなぁ……といつも感じ入るのですが、
これだけの金額を政府に節約させてあげているのだから、
逆に介護者が心身の健康を損なって介護を担えなくなれば、
それだけ経済への打撃も大きいんだぞ、と
介護者支援の必要を訴える英国の介護者チャリティの言い分には
とても説得力がある、と思う。
逆に介護者が心身の健康を損なって介護を担えなくなれば、
それだけ経済への打撃も大きいんだぞ、と
介護者支援の必要を訴える英国の介護者チャリティの言い分には
とても説得力がある、と思う。
ちなみに米国の介護者労働を賃金換算したものは
去年の6月23日から28日までUSA Todayが組んだ大型介護特集記事での情報によると、
06年では約3500億ドルで、こちらも、ほぼ同年のメディケア支出に相当する額。
去年の6月23日から28日までUSA Todayが組んだ大型介護特集記事での情報によると、
06年では約3500億ドルで、こちらも、ほぼ同年のメディケア支出に相当する額。
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日本にもこういう計算はあるのかな、と思って検索してみたら、
かなり古いですが以下のような文書があって、
「極めて不十分な基礎データに基づく不完全なもの」だそうですが、
日本の家族介護の貨幣評価額は1兆6814億円で、
市場介護サービスの約6割だとのこと。
ただ、これ、介護保険ができたばかりの段階でのデータだし、
また、お上の換算だから、ちょっとタチが違って
そもそもの目的が日本国全体で介護と保育にかかった費用の合算にあるみたい。
かなり古いですが以下のような文書があって、
「極めて不十分な基礎データに基づく不完全なもの」だそうですが、
日本の家族介護の貨幣評価額は1兆6814億円で、
市場介護サービスの約6割だとのこと。
ただ、これ、介護保険ができたばかりの段階でのデータだし、
また、お上の換算だから、ちょっとタチが違って
そもそもの目的が日本国全体で介護と保育にかかった費用の合算にあるみたい。
こんなのもありました。未完ですが、面白そう。
2008.06.12 / Top↑
英国では2002年の雇用法によって2003年から
6歳以下の子どもと18歳以下の障害児の親には
フレックスな勤務を求める権利が認められています。
6歳以下の子どもと18歳以下の障害児の親には
フレックスな勤務を求める権利が認められています。
明確な業務上の理由があれば雇用主はその要求を断ることもできますが、
理由を書面で通知しなければならないなど、制約がいくつかあり、
基本的には極力認める方向で努力しましょう、という含みの制度。
理由を書面で通知しなければならないなど、制約がいくつかあり、
基本的には極力認める方向で努力しましょう、という含みの制度。
この制度の対象を16歳までの子どもがいる人まで拡大する方針を
Brown政権が打ち出しました。
Brown政権が打ち出しました。
現行の制度では、フレックスな働き方を要求した人の90%以上が
その要求を認められているものの、
それがさらに16歳の子どもの親にまでということになると、
やりくりがつかなくなると中小企業からは反対する声が上がっているとのこと。
その要求を認められているものの、
それがさらに16歳の子どもの親にまでということになると、
やりくりがつかなくなると中小企業からは反対する声が上がっているとのこと。
保守党は18歳までの子どもを持つすべての人に拡大しろと言っていたらしいし、
最近のニュースを見ていると英国では若者の荒れ方がひどくて社会問題化しており、
そういうことも背景にあるのかなぁ……という気もしますが、
そういうことも背景にあるのかなぁ……という気もしますが、
一方、2006年にできたWork and Family Act 2006 という法律によって
2007年4月からはフレックスの勤務を求める権利が
大人の介護をしている人にも認められており、
一連の子育て支援、介護者支援も進められています。
2007年4月からはフレックスの勤務を求める権利が
大人の介護をしている人にも認められており、
一連の子育て支援、介護者支援も進められています。
子どもを産み育てにくい社会はそのままにしておいて、
子どもを産んでくれたら、ちょっとばかりのゼニなら出してあげるのに
それでも産まないのは女が悪い、といわんばかりのどこかの国も、
もうちょっと現実的な施策を打ち出して欲しい。
子どもを産んでくれたら、ちょっとばかりのゼニなら出してあげるのに
それでも産まないのは女が悪い、といわんばかりのどこかの国も、
もうちょっと現実的な施策を打ち出して欲しい。
英国の介護者支援チャリティCares UKのFlexible Working関連ページはこちら
【日本語の関連情報】
英国における雇用政策と家庭政策 働き方の見直しと子育て環境整備によるワーク・ライフ・バランス(生活と仕事の両立)の推進
内閣府男女共同参画局 男女共同参画分析官 矢島洋子
2005年4月15日
(フレックス勤務については P.9-15 にあります。)
内閣府男女共同参画局 男女共同参画分析官 矢島洋子
2005年4月15日
(フレックス勤務については P.9-15 にあります。)
2008.06.12 / Top↑
toperamate という、てんかんの薬を重症のアルコール依存症患者に飲ませてみたら、
酒を飲みたいという欲求が抑えられただけじゃなくて
全身状態も改善したというアメリカの研究結果が
the Journal Archives of Internal Medicineに報告されたとのことで、
酒を飲みたいという欲求が抑えられただけじゃなくて
全身状態も改善したというアメリカの研究結果が
the Journal Archives of Internal Medicineに報告されたとのことで、
今のところアルコール依存症の治療薬としては認可されていないけど
特に使えないわけでもないという状況の英国の医師からは
「そうはいっても副作用について慎重を期した方が……」との声も出ているようですが、
特に使えないわけでもないという状況の英国の医師からは
「そうはいっても副作用について慎重を期した方が……」との声も出ているようですが、
これで toperamate を処方する医師が一気に増えるだろう、と。
また、「アル中は簡単に治る病気になった」とか騒いで、
わっと処方されて、テレビコマーシャルが流されて、大量に消費されて、
この薬さえあればアル中歴のある人が酒飲んでも大丈夫みたいなカン違いも出てきて、
で、何年かしたら副作用で取り返しのつかないダメージを体に受けた患者さんたちが
だんだんと報告されるようになるんだけど、
それでも最初の内はそんな話は表に出ることもなく、
やがて製薬会社が臨床実験やら政治的あれこれにかかった費用を回収できた頃に
それとなく「実はtoperamateには副作用があった」という話が出てくるのかも??
わっと処方されて、テレビコマーシャルが流されて、大量に消費されて、
この薬さえあればアル中歴のある人が酒飲んでも大丈夫みたいなカン違いも出てきて、
で、何年かしたら副作用で取り返しのつかないダメージを体に受けた患者さんたちが
だんだんと報告されるようになるんだけど、
それでも最初の内はそんな話は表に出ることもなく、
やがて製薬会社が臨床実験やら政治的あれこれにかかった費用を回収できた頃に
それとなく「実はtoperamateには副作用があった」という話が出てくるのかも??
でもアルコール依存症って本来、体の病気ではないのでは?
安全性をしっかり確認することなんてそっちのけで
なんでもかんでも「薬で簡単に fix !」なんて、いいかげん、やめましょうよ。もぉぉ。
なんでもかんでも「薬で簡単に fix !」なんて、いいかげん、やめましょうよ。もぉぉ。
2008.06.11 / Top↑
数年前から行きがかりで外資系の保険屋さんとお付き合いがある。
客としてのお付き合いは非常に薄いのだけれど、
なぜか、この保険屋のニイチャンとはなんとなく仲良しで、
経済とかお金の問題に疎い私は、たまに彼がくると掴まえては
いろいろ教えてもらって重宝している。
客としてのお付き合いは非常に薄いのだけれど、
なぜか、この保険屋のニイチャンとはなんとなく仲良しで、
経済とかお金の問題に疎い私は、たまに彼がくると掴まえては
いろいろ教えてもらって重宝している。
先日、サブプライム問題を解説してもらって、
ドルがこの先上がるの下がるのと話をしているうちに、
相手の話をよく理解できないことも手伝って、ふと気が散って、
日ごろから抱いているとても素朴な疑問を口にしてみた。
ドルがこの先上がるの下がるのと話をしているうちに、
相手の話をよく理解できないことも手伝って、ふと気が散って、
日ごろから抱いているとても素朴な疑問を口にしてみた。
ねぇ、それより、ドルの相場とか、そういう次元じゃないところで、
実は世界経済そのものが破綻しそうだなんてこと、ないの──?
実は世界経済そのものが破綻しそうだなんてこと、ないの──?
彼は本当に口をあんぐりさせて仰天した。
しばし絶句した後、
しばし絶句した後、
「え? ……なっ……でも、あのっ……いや……ええぇー?
なっ、なんでまた、そ、そんなこと考えるんですかぁ??」
なっ、なんでまた、そ、そんなこと考えるんですかぁ??」
体をくの字に折り曲げて、あえぐように問われても
たいした論理的な根拠があるわけではないし、
たいした論理的な根拠があるわけではないし、
いやさ、インターネットで日英のニュースを眺めていると、なんだか知らないけど、
温暖化で地球環境がもたなくなるのと、
添加物やら薬やら科学やらテクノロジーが人間の心身を蝕み尽くすのと、
人間の倫理観がおかしくなって社会秩序も崩壊、弱肉強食の殺し合いになるのと、
世界経済が破綻するのと、
順番はどうだか知らないけど、
あちこちでいろんなモノが加速度的に崩壊に向かっているような
危うい感じがしてさっ。
温暖化で地球環境がもたなくなるのと、
添加物やら薬やら科学やらテクノロジーが人間の心身を蝕み尽くすのと、
人間の倫理観がおかしくなって社会秩序も崩壊、弱肉強食の殺し合いになるのと、
世界経済が破綻するのと、
順番はどうだか知らないけど、
あちこちでいろんなモノが加速度的に崩壊に向かっているような
危うい感じがしてさっ。
ドルがいつになったら上がるとか、
アメリカの経済がどうだ日本がどうだって言ってたってよ、
世界経済そのものが破綻すりゃ、それって、どうなるのよ?
アメリカの経済がどうだ日本がどうだって言ってたってよ、
世界経済そのものが破綻すりゃ、それって、どうなるのよ?
ほれ、世界人口の1%のスーパーリッチが全世界を支配して、
私らみんな彼らの社会を支える奴隷労働者……みたいな日がくるとか、
そういうことは本当にないって、思う──?
私らみんな彼らの社会を支える奴隷労働者……みたいな日がくるとか、
そういうことは本当にないって、思う──?
「うわーぁ、なんですか、そのものすごい想像は。
いやぁぁぁ。よくそこまで、いろんなことを想像できますねぇぇぇ」
いやぁぁぁ。よくそこまで、いろんなことを想像できますねぇぇぇ」
バカにしたような目つきになりながらも
彼はいい人なので、そんなことは起こらないと保障してくれた。
彼はいい人なので、そんなことは起こらないと保障してくれた。
「人類が考え出したこの貨幣経済、資本主義というのは、
そりゃぁ素晴らしい仕組みなんですから。
そう滅多なことで破綻なんか、しません。はい」
そりゃぁ素晴らしい仕組みなんですから。
そう滅多なことで破綻なんか、しません。はい」
少なくとも私よりは世の中の経済の仕組みを知っている彼が
そういって保障してくれたのだから、
安心してもいいのだろうとは思うのだけど、
そういって保障してくれたのだから、
安心してもいいのだろうとは思うのだけど、
それからずっと引っかかっている。
外資系保険屋のニイチャンは
本当にそんなことは考えたこともないのか、
それとも本当に世界経済が崩壊するなんてことはありえないのか、
それとも本当は危ういと思っているのだけど客にそれを認めるわけにいかなかったのか、
それとも本当は危ういのだけど商売上近視眼的になってそれが分からないのか、
それとも外資だから本当にアメリカ・ドルだけは大丈夫と信じているのか、
それとも危ういことに気づかないからそんな商売を続けていられるだけなのか、
それとも所詮は無知なオバサンの妄想だから相手にしなかっただけなのか……。
本当にそんなことは考えたこともないのか、
それとも本当に世界経済が崩壊するなんてことはありえないのか、
それとも本当は危ういと思っているのだけど客にそれを認めるわけにいかなかったのか、
それとも本当は危ういのだけど商売上近視眼的になってそれが分からないのか、
それとも外資だから本当にアメリカ・ドルだけは大丈夫と信じているのか、
それとも危ういことに気づかないからそんな商売を続けていられるだけなのか、
それとも所詮は無知なオバサンの妄想だから相手にしなかっただけなのか……。
その後あまり寄り付かなくなったところを見ると、
やっぱり頭のおかしいオバサンだと思ったのかもしれない。
やっぱり頭のおかしいオバサンだと思ったのかもしれない。
2008.06.11 / Top↑
数年前から行きがかりで外資系の保険屋さんとお付き合いがある。
客としてのお付き合いは非常に薄いのだけれど、
なぜか、この保険屋のニイチャンとはなんとなく仲良しで、
経済とかお金の問題に疎い私は、たまに彼がくると掴まえては
いろいろ教えてもらって重宝している。
客としてのお付き合いは非常に薄いのだけれど、
なぜか、この保険屋のニイチャンとはなんとなく仲良しで、
経済とかお金の問題に疎い私は、たまに彼がくると掴まえては
いろいろ教えてもらって重宝している。
先日、サブプライム問題を解説してもらって、
ドルがこの先上がるの下がるのと話をしているうちに、
相手の話をよく理解できないことも手伝って、ふと気が散って、
日ごろから抱いているとても素朴な疑問を口にしてみた。
ドルがこの先上がるの下がるのと話をしているうちに、
相手の話をよく理解できないことも手伝って、ふと気が散って、
日ごろから抱いているとても素朴な疑問を口にしてみた。
ねぇ、それより、ドルの相場とか、そういう次元じゃないところで、
実は世界経済そのものが破綻しそうだなんてこと、ないの──?
実は世界経済そのものが破綻しそうだなんてこと、ないの──?
彼は本当に口をあんぐりさせて仰天した。
しばし絶句した後、
しばし絶句した後、
「え? ……なっ……でも、あのっ……いや……ええぇー?
なっ、なんでまた、そ、そんなこと考えるんですかぁ??」
なっ、なんでまた、そ、そんなこと考えるんですかぁ??」
体をくの字に折り曲げて、あえぐように問われても
たいした論理的な根拠があるわけではないし、
たいした論理的な根拠があるわけではないし、
いやさ、インターネットで日英のニュースを眺めていると、なんだか知らないけど、
温暖化で地球環境がもたなくなるのと、
添加物やら薬やら科学やらテクノロジーが人間の心身を蝕み尽くすのと、
人間の倫理観がおかしくなって社会秩序も崩壊、弱肉強食の殺し合いになるのと、
世界経済が破綻するのと、
順番はどうだか知らないけど、
あちこちでいろんなモノが加速度的に崩壊に向かっているような
危うい感じがしてさっ。
温暖化で地球環境がもたなくなるのと、
添加物やら薬やら科学やらテクノロジーが人間の心身を蝕み尽くすのと、
人間の倫理観がおかしくなって社会秩序も崩壊、弱肉強食の殺し合いになるのと、
世界経済が破綻するのと、
順番はどうだか知らないけど、
あちこちでいろんなモノが加速度的に崩壊に向かっているような
危うい感じがしてさっ。
ドルがいつになったら上がるとか、
アメリカの経済がどうだ日本がどうだって言ってたってよ、
世界経済そのものが破綻すりゃ、それって、どうなるのよ?
アメリカの経済がどうだ日本がどうだって言ってたってよ、
世界経済そのものが破綻すりゃ、それって、どうなるのよ?
ほれ、世界人口の1%のスーパーリッチが全世界を支配して、
私らみんな彼らの社会を支える奴隷労働者……みたいな日がくるとか、
そういうことは本当にないって、思う──?
私らみんな彼らの社会を支える奴隷労働者……みたいな日がくるとか、
そういうことは本当にないって、思う──?
「うわーぁ、なんですか、そのものすごい想像は。
いやぁぁぁ。よくそこまで、いろんなことを想像できますねぇぇぇ」
いやぁぁぁ。よくそこまで、いろんなことを想像できますねぇぇぇ」
バカにしたような目つきになりながらも
彼はいい人なので、そんなことは起こらないと保障してくれた。
彼はいい人なので、そんなことは起こらないと保障してくれた。
「人類が考え出したこの貨幣経済、資本主義というのは、
そりゃぁ素晴らしい仕組みなんですから。
そう滅多なことで破綻なんか、しません。はい」
そりゃぁ素晴らしい仕組みなんですから。
そう滅多なことで破綻なんか、しません。はい」
少なくとも私よりは世の中の経済の仕組みを知っている彼が
そういって保障してくれたのだから、
安心してもいいのだろうとは思うのだけど、
そういって保障してくれたのだから、
安心してもいいのだろうとは思うのだけど、
それからずっと引っかかっている。
外資系保険屋のニイチャンは
本当にそんなことは考えたこともないのか、
それとも本当に世界経済が崩壊するなんてことはありえないのか、
それとも本当は危ういと思っているのだけど客にそれを認めるわけにいかなかったのか、
それとも本当は危ういのだけど商売上近視眼的になってそれが分からないのか、
それとも外資だから本当にアメリカ・ドルだけは大丈夫と信じているのか、
それとも危ういことに気づかないからそんな商売を続けていられるだけなのか、
それとも所詮は無知なオバサンの妄想だから相手にしなかっただけなのか……。
本当にそんなことは考えたこともないのか、
それとも本当に世界経済が崩壊するなんてことはありえないのか、
それとも本当は危ういと思っているのだけど客にそれを認めるわけにいかなかったのか、
それとも本当は危ういのだけど商売上近視眼的になってそれが分からないのか、
それとも外資だから本当にアメリカ・ドルだけは大丈夫と信じているのか、
それとも危ういことに気づかないからそんな商売を続けていられるだけなのか、
それとも所詮は無知なオバサンの妄想だから相手にしなかっただけなのか……。
その後あまり寄り付かなくなったところを見ると、
やっぱり頭のおかしいオバサンだと思ったのかもしれない。
やっぱり頭のおかしいオバサンだと思ったのかもしれない。
2008.06.11 / Top↑
ステロイド剤の誤用・濫用はもはやスポーツ界だけの問題ではなく、
広く社会に行き渡って、保健医療の問題となっているにも関わらず、
保健行政には副作用のデータがきちんと上がっていない、として、
広く社会に行き渡って、保健医療の問題となっているにも関わらず、
保健行政には副作用のデータがきちんと上がっていない、として、
薬物によってはスポーツでパフォーマンス向上の効果があるとのエビデンスと
副作用についての情報、
社会に誤用・濫用が広がっている実態を考察して、
ステロイドの濫用が長期的に社会にもたらす影響について論じた論文がLancetに。
副作用についての情報、
社会に誤用・濫用が広がっている実態を考察して、
ステロイドの濫用が長期的に社会にもたらす影響について論じた論文がLancetに。
副作用についてはAAS(anabolic androgenic steroids)の神経精神的副作用、
特に暴力行動に重点をおいて神経生理との相関について論じたとのこと。
特に暴力行動に重点をおいて神経生理との相関について論じたとのこと。
アブストラクトは以下に。
Use of doping agents, particularly anabolic steroids, in sports and society
By Folke Sjoqvist, Mats Garie, Anders Rane
The Lancet(2008;371:1872-1882)
By Folke Sjoqvist, Mats Garie, Anders Rane
The Lancet(2008;371:1872-1882)
【関連エントリー】
「選手がステロイド使って何が悪い」とHughes
アシュリー論争にも出てた「ステロイドの専門家」Norman Fost
カフェインだって昔は違法薬物、とSavulescu
A療法擁護の2人ドーピング議論に
「選手がステロイド使って何が悪い」とHughes
アシュリー論争にも出てた「ステロイドの専門家」Norman Fost
カフェインだって昔は違法薬物、とSavulescu
A療法擁護の2人ドーピング議論に
ちなみに、上記エントリーでステロイド解禁を説いている3人は、
いずれも去年の“Ashley療法”論争に擁護派として登場した人たちです。
“Ashley療法”がこうした極端な論客(上記2人はトランスヒューマニスト)によって擁護されたことは
もっと知られるべきではないかと私は考えています。
いずれも去年の“Ashley療法”論争に擁護派として登場した人たちです。
“Ashley療法”がこうした極端な論客(上記2人はトランスヒューマニスト)によって擁護されたことは
もっと知られるべきではないかと私は考えています。
彼らに言わせると、ステロイドの副作用なんて、
サッカーのヘディングやボクシングやその他スポーツの競技中に怪我をするリスクに比べれば
なにほどのものでもないのだそうです。
サッカーのヘディングやボクシングやその他スポーツの競技中に怪我をするリスクに比べれば
なにほどのものでもないのだそうです。
2008.06.10 / Top↑