実情を知る機会があまりないので、資料として――。
MetLifeの最近の調査で
米国の介護費用は一般のインフレよりもはるかに速い速度で上昇しているとのことで、
2010年の平均で、
ナーシング・ホームの個室料金は1日229ドル。年額で83,500ドル以上。
09年には1日219ドルだったので、4.6%の上昇。
セミ・プライベート(2人部屋のこと?)では
去年1日205ドルで、09年の198ドルから3.5%の上昇。
アシスティッド・リビング(自立度の高い人向け)では
月額の平均が3,293ドルで09年から5.2%の上昇。
唯一、上がっていないのは在宅ヘルス・ケア(医療も含む?)で、1時間21ドル。
州別では、ナーシング・ホームが最も高いのがアラスカの1日687ドル。
最も低いのはルイジアナ州で1日138ドル。
アシスティッド・リビングでは最も高いのがワシントンD.C.の月額5,251ドルで
最も低いのがアーカンソーの2,073ドル。
在宅ケアが最も高いのはミネソタの1時間31ドル。
最も低いのはルイジアナで1時間14ドル。
The rising cost of long term care
Managing Your Money, January 11, 2011
米国と西ヨーロッパと日本で、その他の国の腎臓病患者の多くは受けられないでいるという。
その状況をWHOが2008年にまとめた論文がこちら。
とはいえ、米国でも人工透析が普及し始めた60年には
病院ごとに委員会を作って、こっそり患者を査定し、
人工透析を受けさせる患者を決めていた。
1962年にLIFE誌がシアトルの病院の患者査定基準をすっぱ抜き、
世論の非難がまきおこったことから
誰でもメディケアで透析が受けられる制度ができた。
(例のIHMEの所長Murray考案による医療評価基準DALYに
このシアトルの腎臓透析患者選別と同じ基準が含まれているとの批判が出ているのは
何やら興味深いところです。功利主義的切り捨て医療の話には、なぜ、こうもシアトルが絡む――?)
ところがProPublicaの最近の調査で
米国の人工透析制度は莫大なお金がかかっているにもかかわらず
なぜかその他先進国に比べて患者のアウトカムが良くない。
それはどこに問題があるのか、という調査シリーズをProPublicaは進行中なのですが、
その一環で、南アフリカの病院の選別委員会にProPublicaが同席を許され取材。
委員会や担当医師を取材して記事を書いたSheri Finkは
例のハリケーン・カトリーナのメモリアル病院での安楽死事件の記事で
ピューリッツァ賞を受賞したジャーナリスト。
南アフリカでは現在、
何らかの医療保険があったり、GDPの2倍に上る治療費を払える患者であっても
5人に4人は人工透析を受けることができないという。
医療制度の財政のひっ迫で、断られる患者がどんどん増えて
Tygerberg病院では8月には8割の患者を断り、
11月には20人のうち2人しか引き受けられなかった。
判断は病院に任されているが、
断るのは「死刑宣告」をする気分だと医師はいう。
Tygerberg病院ができたのはアパルトヘイトの時代で
建物は左右全く同じ作りのウイングとなっており、もちろん人種別だった。
1988年から2003年までに同病院で透析を受けた患者でみると
白人患者の方が非白人患者よりも認められる確率が4倍も高かった。
1994年にアパルトヘイトが終わった後も、病院の選別基準は変わらなかったようだ。
最近では民間セクターの透析施設が増えて
白人患者はそちらに移行しているので、このような病院には来なくなった。
しかし同時に政府は医療費削減策をとっているため
透析プログラムも縮小を余儀なくされており
それだけに公平と透明性を担保するガイドラインが必要となっている。
関係者らが集まって作ったこの地域のガイドラインはこちら。
今年2月24日付。(関係ないけど、英国で自殺幇助の起訴ガイドラインが出る前日……)
リンク文書のタイトルを見ると、腎臓病の末期の(end-stage)患者の選択基準となっている。
そこに至るまで受けさせてもらえないということなのか?
ガイドラインの最初の概要だけ読んでみると、患者は3つのカテゴリーに分類される。
受けられる人。資源があれば受けられる人。受けられない人。
社会ファクターと医療ファクターを合わせ考えるが特に後者を重視するという。
かつての、社会にとっての当該患者の有益性を問う功利主義の選別は行わない。
で、ProPublicaが実際に覗いてみた委員会では
患者のスライドが映されて、他職種の担当者が次々に患者について説明する。
読み書きできます。アフリカーナもXhosaも話せます。
タバコを吸ったことも薬に手を出したこともありません。
酒を飲むのは週末に妻とのみ。大した量じゃありません。
知的障害も精神障害もありません。
こういうのはポイントになる。
バスタブも台所のシンクもトイレもある持ち家です。
これは大きなポイント。
家で安全な透析が可能な患者だということになるから。
仕事は農場労働者で給料は月175から220ドル程度。
犯罪歴はなく、33歳の妻と4,9、13歳の3人の子どもがいます。
これらは、あまりカウントされない。
アパルトヘイトの文化の根強い国の“犯罪歴”は、背景にいろいろイワクがある。
子どもがいなくても、他の人の子育ての手伝いはできる。
あまりカウントされなくても、医師や看護師やソーシャルワーカーらが
患者がどういう人かを、ともかく語っていきながら、委員会は
かつてのような功利主義の選別にならないように気をつける。
つい、これまでの習慣で、そういう判断に傾いてしまうのが人間だから。
医療ファクターでは特に腎臓移植を受ける体力があることを重視する。
移植で透析不要になれば、その分、透析を受けられる人が一人増やせるからだ。
どれほど誠実な闘病姿勢か、ということも
主治医の報告で問われるところ。
この委員会がカテゴリー3に分類し透析を受けられないと決まった
一家の大黒柱でもあり幼い子供の母でもある40代女性の場合、
決定的なマイナス・ポイントは肥満だった。
この女性はホスピスに紹介された。
決定とその理由については、患者と家族に十分に説明される。
人種や社会経済的な理由で却下されたのではないと分かってもらわなければならないし、
すべてを明らかにすることが選別の倫理性には不可欠だ。
Life and Death Choices as South Africans Ration Dialysis Care
By Sheri Fink,
ProPublica, December 15, 2010/12/17
人種差別の根深い国だからこそ功利主義はとらないということの意味が大きいのだということが
記事の全体から感じられてくる。
だた、功利主義はとらないといっても、委員会での会話を読んでいると、
実際にはくっきり線引きするのは難しいような気がした。
知的障害や精神障害の有無が問題になっているのはどういう理由なのか、
知りたかったのだけど、それは書かれていなかった(と思う)。
―――――――
12月8日にNHKのクローズアップ現代が
「ある少女の選択~“延命”生と死のはざまで~」という番組を放送した。
番組のサイトでは以下のように解説されている。
腎臓の「人工透析」30万人。口ではなくチューブで胃から栄養をとる「胃ろう(経管栄養)」40万人。そして、人工呼吸器の使用者3万人。「延命治療」の発達で、重い病気や障害があっても、生きられる命が増えている。しかしその一方、「延命治療」は必ずしも患者の「生」を豊かなものにしていないのではないかという疑問や葛藤が、患者や家族・医師たちの間に広がりつつあ る。田嶋華子さん(享年18)は、8歳で心臓移植。さらに15歳で人工呼吸器を装着し、声も失った。『これ以上の「延命治療」は受けたくない』と家族と葛 藤を繰り返した華子さん。自宅療養を選び、「人工透析」を拒否して、9月、肺炎をこじらせて亡くなった。華子さんの闘病を1年にわたって記録。「延命」と は何か。「生きる」こととは何か。問いを繰り返しながら亡くなった華子さんと、その葛藤を見つめた家族・医師たちを通じて、医療の進歩が投げかける問いと 向き合いたい。
NHKは、なぜ華子さんの選択を描く番組の解説冒頭に、
人工透析、胃ろう、人工呼吸器を使っている患者の人数を並べたのだろう。
それぞれ30万人、40万人、3万人は、
すべて「延命治療」を受けている人たちだとNHKは言うのだろうか。
人工透析、胃ろう、人工呼吸器のおかげで
重い病気や障害があっても、生きることができている人は、みんな、
のべ73万人の全員が「延命治療」を受けているのだと
NHKは本気で考えているのだろうか。
「重い病気や障害があっても、生きられること」が
いつから「延命」になったのか、NHKに聞きたい。
【関連エントリー】
日本の尊厳死合法化議論を巡る4つの疑問(2010/10/28)
ハリケーン・カトリーナでの高齢者の”避難死”とその周辺について書きました。
メモリアル病院での“安楽死”事件について書いたついでに、以下に。
ハリケーン・カトリーナ 被害から1年
移送バス待ち、車いす死
こんなに虚弱な母親を動かすのは酷だ。避難はするまい──。
寝たきりで胃ろうの91歳の母親を前に、息子はそう判断した。ハリケーンが刻々と近づく去年、8月28日のことだ。ニューオーリンズ市からは避難命令が出ていたが、親子は自宅でハリケーンをしのいだ。しかし、市の堤防が決壊。水が玄関ドアに達した30日、2人は警察によって無理やり避難させられる。ところが行けと指示されたコンベンションセンターにたどり着いても、避難民があふれるセンターには食料も水も医薬品もなかった。
外で移送のバスを待つように言われた親子は、炎天下でバスを待った。2時間で来るはずのバスは、その後24時間近く来なかった。やがて母親は車いすに座ったまま息絶える。
ゆさぶり、胸を押しては、生き返らせようと必死に母親を呼び続けた息子は、バスが何台も来た後も4日間遺体に寄り沿い、そばを離れようとしなかった。遺体を覆ってあげるようにと誰かがポンチョをくれた。とうとう銃を突きつけられて離れろと命じられた時、母親の名前と自分の携帯電話の番号を書いた紙を遺体のポケットにしのばせた。それでも、その後母親の遺体が運ばれた先を見つけるのに2カ月かかったという。
建物の外で車いすにぐったりと座ったまま亡くなった老母の姿は、当時全世界に報道されてハリケーン被害の象徴となった。
が、1年近く経ったこの日、市と州を訴えた息子は言う。「母はハリケーンの象徴などではない。怠慢の象徴なのです」(AP/8月17日)
ハリケーンより過酷な避難
当時、多くの高齢者・病人・障害者は他の州の施設に移るため、ルイ・アームストロング・ニューオーリンズ国際空港に集められた。9月2日の様子をニューヨークタイムズが生々しく伝えている。
「兵士から水をもらう人がいる。ストレッチャーに横たわり痙攣している人もいる。黙って唇を噛み泡を吹いている精神病患者。患者がひっきりなしに運び込まれてくるドアから逆にさまよい出ようとする人。死んでいく人たち。デルタ航空のカウンターのそばでは、車いすの遺体に青い毛布がかけてあった」(05年9月3日)。この記事の中でも、空港までの搬送途上で亡くなった人がいたことが既に触れられていた。
ヒューストン・クロニクル紙には、テキサス州とルイジアナ州を中心に高齢者の避難状況・被害状況をまとめた記事がある(05年10月10日、11月28日)。
それによると、両州の400のナーシングホームから3万人以上がバス、貨物飛行機、ヘリコプターで州外の施設に運ばれたが、水・食料・医薬品の不足、付き添い職員の不足、エアコンのない長時間の輸送、長時間の座位の負担など、避難そのものの過酷さから体調を崩したり命を落とした高齢者も少なくなかった。テキサス州のナーシングホーム入所者の収容先は少なくとも10州に散らばっているが、この段階では誰がどこに収容されたのか、まだ半数も把握されていない。
同紙の独自の調査によると、避難計画がなかったナーシングホームが多数で、あっても不十分な内容のまま放置されていた。また全体としてナーシングホームの避難を統括指揮する動きがなかったことも、避難の混乱に拍車をかけたとしている。
記事では「避難死evacuation death」という言葉を使い、「シェルターで、路上で、州外で起こったナーシングホームの外での避難死については、報告されない可能性がある」と書いている。
保健・福祉省の調査報告
こうした避難による高齢者被害を裏付ける報告書を、先ごろ保健・福祉省総査察官がまとめた。メキシコ湾岸5州で連邦政府と州政府の規定を満たす避難計画を整備していた20ナーシングホームを調査したところ、ナーシングホームから避難した高齢者の方が、避難しなかった人よりも苦しんだという結果が出た。「高齢者にとって避難は肉体的にも精神的にもストレスが大きく、結果として避難が必ずしも最善の行動ではない」と20のホーム全ての責任者が声をそろえたそうだ。
報告によると、避難で最も苦労したのはハリケーンの上陸前に入所者を避難させた施設であり、最も深刻な問題は搬送だった。契約していたバスは来ず、あちこちから借り集めた車両にはエアコンがなかったり、途中で故障した。予定外に長時間となった搬送で食料と水は不足し、薬や酸素、排泄介助用品は持って出ていなかった。付き添う職員も充分ではない中、入所者には脱水、血圧の上昇、尿路感染などが起こった。
報告書は、メディケア・メディケイドの給付を受けるナーシングホームはただ避難計画があるというだけではなく、25の重要事項について内容を細かく整備しておく必要があると述べ、またナーシングホームに州や各地域の災害対策部局と密接な連携をとるよう勧告している(The New York Times 8月18日)。
自衛手段を講じる施設
ナーシングホームを含むニューオーリンズの医療機関の現状については、ロイター通信が報告している(8月30日)。それによると、いまだに3分の2が閉鎖状態にあるが、再開した施設ではバックアップの自家発電を増やしたり、新たに井戸を掘るなど自助努力を行う一方で、他の施設に避難者の受け入れを依頼したり、入所者・患者を空輸する必要に備えてヘリや飛行機を契約するといった手段を講じているようだ。
しかし、どこの施設でも去年の記憶は生々しい。入所者の重症化も進む。「連邦政府は早めに避難しろというが、州からは動かない方がいいと言われる」と、現場の思いは複雑だ。
費用補償問題の指摘も
一方、Medical News TODAY というサイトは、今年2月4日の記事で、ニューオーリンズの8割のナーシングホームが入所者の避難に積極的でなかった理由は、万が一ハリケーンが逸れた場合に避難費用の払い戻しが受けられない恐れがあったためだと指摘。同時に、無保険者を含む被害者・避難者を受け入れ、治療・ケアしたものの、費用補償のメドがはっきりしない病院の困惑を報じている。
また、一見すると直接の関係はなさそうだけれども、一緒に読むとちょっと気になる記事がSENIOR JOURNAL.COM(9月5日)にある。去年の保険会社の調査で民間のナーシングホームの入所費が前年より5・7%上がり、1日平均200ドル以上となった。このままではメディケア・メディケイドへの負担が大きいので、個々人で介護保険に加入するよう国民に働きかけるべく、議会が誘導策を考え始めたという。
この記事を読んだ後、もう一度ハリケーン関係の記事を読み返すと、保健・福祉省の調査報告書、トーンがどこか「他人事」めいてはいないか……。そして、その後さらにMedical News TODAYの記事に戻ると、やっぱり思う。だいじょうぶかいな……。
「医療費も介護費用も個人の自己責任。災害時は施設の自己責任」のままでは、冒頭の車いす死を「行政の怠慢の象徴」と言われても、そりゃ、仕方ないというものじゃなかろうか。
「介護保険情報」2006年10月号 p.94-95
なお、当時、メモリアル病院の安楽死事件と並んでニュースになっていたのが、
ナーシング・ホームの職員が寝たきりの高齢者を多数、置き去りにして溺死させたという事件でした。
経営者夫婦に有罪判決(たぶん過失致死?)が出たと記憶しています。