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この議論、そっくり車椅子使用者にも当てはまめられてしまう可能性が気になるのだけど、
そちらに広がっていく可能性は本当にないのだろうか……。

例えば「混んでいる時は迷惑だから、空いている時間に出かけろ」といった論調には
他者への想像力がまったく欠落していて、

その反面、というか、むしろ、欠落しているだけに、
混雑する駅で子どもを抱き、荷物とベビーカーのやりくりに難儀している親に
この人は手を貸すのだろうかと想像すると、きっと目に入っても見えないだろうとしか思えないし

そういうことが、そのまま車椅子使用者に当てはめられていく事態も
このベビーカー論争のすぐ隣にありそうな気がして、不気味。


こんなのも論争になっていたらしい。



これ、いずれも、
運転マナーの悪い人は性別を問わずに存在するのだけど、
自分の前の車がウインカーを出さずに交差点を曲がったことにムカついた時に、
ドライバーが男だったら「なんだよ、マナー悪いな」と個人の資質で捉えられるものが、
ドライバーがたまたま女だったら「これだから女のドライバーは……」と
一気に性別の問題に一般化されがちなことと同じパターンのような……。

(ベビーカーでなくても大きな荷物を抱えてマナーが悪い人もいるし、
 知的障害がなくても乱暴な子どもも謝らない親もいるし。)


それにしても気になるのは、やはり、この空気。
誰か1人が口火を切ることで、それで免責された気分で「みんなで言えば怖くない」、
言い合っているうちに、「みんなで社会的弱者への想像力なんか投げ捨ててしまおう」とでもいった勢い……。

それは議論が正当だからではなく、ただ単に数の力が生んだ勢いに過ぎないのに。

あぁ、そして、そんな「弱者たたき」の雪崩れ現象が頻発していることこそ、
実はみんなが弱者になってきたからじゃないかということに気がつかなければ、
本当はそれが一番コワイことなんじゃないのかという気がするのですが?
2008.05.20 / Top↑
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