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最相葉月の「いのち 生命科学に言葉はあるか」(文春新書)を読んで、
ものすごく密度の濃い本で面白かったし勉強になったし、
考えたことも言いたいこともいっぱいあるのだけれど、
ありすぎて、すぐには整理がつかないところもあるので
そちらは置いておくとして、

この本を読んでいる途中で
「えっ?」と思わず声を出し、ガバと起き上がってしまった箇所があるのです。

まさか、こんなところでその名前を見るなんて思ってもいなかった……。
Ashley療法に関する資料を追いかけて当ブログで何度かとりあげた、あのJulian Savulescu。

この本によると1998年11月5日、
新宿・市谷で日本が議長国となって行われた国際生命倫理サミットに彼は来ていたのですね。
しかも挑発的な発言で会場を騒然とさせたとのこと。

以下の2つのケースを提示して、いずれも
「自分の細胞なのだからクローン技術を利用する権利がある」と主張したといいます。

①白血病患者が自分の皮膚細胞から骨髄細胞を作る
②損傷を受けた脳機能を再生するために受精後19週以内の自分のクローン胎児を中絶し、その脳を自分の脳に移植する

そして会場から強い批判が起こると、
「理性的な反論ならいいが、道徳的に問題だという感情的な反論は受け入れられない」と
突っぱねたとのこと。

(この時のことを誰か他の方が何か書いておられるかと検索してみたのですが、
最相氏が書かれたもの以外にはヒットしませんでした。)

いかにも攻撃型のSavulescuらしいエピソードです。
この本によると98年当時のSavulescuは
オーストラリア王立小児病院マードック研究所に所属していたようです。

現在はOxfordに行って、かの地にthe Oxford Uehiro Centre of Practical Ethicsを創設し、
そのディレクターになっています。
またthe Melbourne-Oxford Stem Cell Collaborationのディレクター。
2005年10月10日のthe Guardianのインタビューでは
既にOxford’s leading ethicistと紹介されおり、
98年当時に日本で披露したトランスヒューマニスティックな価値観を世界のスタンダードにすべく
現在も着々と活躍中です。

当ブログがSavulescuに行き当たったのは
明らかにトランスヒューマニストと思われる人物を含む2人との共著で
Hastings Center ReportにAshley療法擁護の論文を書いていたことからでした。
擁護しているのは成長抑制の部分のみですが、
その論文にチラついているTHニズムの匂いが気になったので調べてみたら、
Savulescuは自分ではそう名乗ってはいませんがコテコテのTHニスト。
そう呼んで悪ければ、たいそう急進的な生命倫理の論客。

これまで当ブログで触れてきた彼の主張の詳細は
末尾の【関連エントリー】を参照してほしいのですが、簡単にいえば
「薬物やテクノロジーを駆使して人間のライフを強化しよう」。

だから彼にとっては
着床前遺伝子診断で病気や障害を持った胚を排除するのは
子どもをいい学校に入れたり栄養に気をつけて食事をさせるのと同じことであって
何も悪くない、親としては当たり前の望みであり、子どもに対する責任ですらある。
自己選択なのだからナチスの優生思想とは違う。

(このような主張に対しては、
ナチスの精神障害者安楽死も法律上は自己選択の形をとっていたと
小松美彦氏他が指摘しておられるようです。)

またスポーツ選手が能力増強のために薬物を使うのもSavulescuらに言わせれば
ハイテク水着を開発したり、ハイテクを駆使してトレーニングするのと同じで、
自己選択で行うことなのだから、かまわない。

ともともトランスヒューマニストの考え方の基本には
自分の身体は自分の所有物でどうしようと自己選択・自己責任だという認識があり、
それは以前紹介した世界トランスヒューマニスト協会のAnne Cowinのエッセイ
「体と中身が釣り合っていなければならないというA療法擁護の主張はTHニズムに反する。
自分は猫の身体になりたいといって猫の身体になるのはTHニズムでは自由だったはず」
という部分がそれを端的に表しています。

98年の日本でのSavulescu発言も「自分の細胞なのだから」というところが
彼にすれば自己決定権を盾に取った発言だったのでしょう。

人を小バカにした挑発的な口調で極論を“教示”して
批判に対しては即座に高圧的に撥ね付ける……。
最相氏が書く国際生命倫理サミットでのSavulescuの姿は
当ブログがずっと注目してきたNorman Fostとそっくりなのですが、

実はSavulescuとFostとは揃ってスポーツでの薬物解禁論者として有名です。
今年1月にNYで行われたドーピングを巡るディベートにも
解禁派の3人の内の2人として顔をそろえています。

そして、非常に興味深いことに、
この本の中にはNorman Fostの名前は直接的には出てこないものの、
Savulescuの発言が紹介されているページ(P.92、93)は
実はそのままNorman Fostに繋がっていくのです。

これについては、長くなるので次回のエントリーで。

【関連エントリー】

2008.05.17 / Top↑
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