「英国の介護者支援」に関する文章です。
★イタリア
QOLの低下――ALS患者本人より介護者で
3月19日付のYahoo! News Health Dayの記事によると、イタリアの研究者らがALS(筋萎縮性側索硬化症)の患者31名とその介護者である家族を調査したところ、QOLが低下し抑うつ状 態に陥る割合は患者本人よりも介護者の方で高いという結果が出た。
ALSは40歳以降に発病する神経難病で、運動ニューロンが侵されるため診断から2~4年で呼吸困難によって死に至る場合が多い。調査では患者と介護者 それぞれに対して別個に2度の面接を行った。初回面接と2度目の面接の間は9ヶ月。それぞれの結果を比較したところ、患者では診断当初の衝撃と動揺を乗り 越えた後は、むしろ介護者への感謝から幸福を感じるなど、比較的精神状態が安定していた。また症状が悪化していく一方で介護者も介護に慣れてくるなど、 QOLも低下していなかった。
ところが介護者の方は、患者の病状の進行に伴って介護負担が増し、疲れ、ストレス、負担感からQOLを維持することが難しい。ウツ状態にあった介護者は 初回面接時の3人から、9ヶ月をはさんで6人に倍増した。精神状態悪化の主な理由は、無力感、孤立感、孤独、悲哀のほかにも、自由になる時間がない、家を 出られない、友人に会えないことなど。
「多くの介護者は愛する者が苦しんでいる時に自分のことを言うのは利己的だと感じて、自分自身のニーズや気がかりを口にしないのです」と分析するのは、 カリフォルニア大ALSセンターのキャサリン・ロメンホース医師。介護者支援の必要を説くイタリアの調査報告を歓迎する。
★英国
介護者の権利――介護者ニーズのアセスメント
充分に眠れていますか? ストレス、不安、落ち込みは? あなた自身の健康状態は? 一週間のうち介護に使う時間は? 緊急時に頼れる人は? もう続け られないと感じていますか? 仕事と介護の両立は大変ですか? 朝から晩まで自分の好きなように過ごせた日は、いつが最後でした?
日々自分のことは後回しにして家族を介護している人の心に沁みる、こんな問いが並んでいるのは、英国の介護者支援団体Carers UK -the voice of carers のHPである。英国では2000年のCarers Actにより、各地方自治体に対して、介護者の希望があれば、介護者自身のニーズ評価アセスメントを行うことが義務付けられた。先の質問は、Carers UKの情報提供ページで、アセスメントを受ける介護者が予め整理しておくとよいと勧められるポイントの一部。
Carers UKの解説によると、介護者が16歳以上であれば、介護される人がソーシャルサービスの利用を望んでいなくても介護者アセスメントを受けることができる。 患者の退院に備えた「介護するつもり」でも可。ソーシャルサービスに直接電話で申し込むか、GP(かかりつけ医)または保健師に連絡を依頼する。目的は、 介護と自分自身の生活のバランスをとり、介護者自身のニーズに対して支援を受けられるようにすること。例えば掃除や洗濯の手伝いがあれば、または通院や通 勤にタクシーが使えれば、または安心のための携帯電話があれば介護が続けられるのであれば、それらも介護者サービスの具体例だ。アセスメントを行う人は介 護者が介護役割を望んでいるとか、続けたがっているとの予見に立って話を聞いてはならない。地方自治体には介護者サービス提供の認否基準を明らかにするこ とが求められており、ソーシャルサービスは財源や資源の不足のみを理由に介護者サービス提供を拒むことはできない。
日本の介護者からすると夢のような話だが、これはあくまで制度の理念を介護者の立場でCarers UKが解説したもの。現実には「アセスメントの質にもばらつきがある」。また「悲しいことに介護者がアセスメントを受ける権利は専門家の間でも周知されて いない」ので、実際にアセスメントを受けた介護者は3分の1程度。こうした現状を受けて、04年に改定されたCarers Actでは、介護者アセスメントに関する情報の周知が地方自治体に義務付けられた。
また、同じくCarers UKのHPによると、昨年のthe Work and Families Act では、柔軟な働き方を求める権利が介護者に認められた。今年4月から施行。雇用者側にも拒む権利があるが、2年前から認められていた6歳までの子どもと 18歳までの障害児の親での実績によると、要求の8割が認められているという。
★英国
ケア財政の逼迫受け――介護者支援に新たな予算
その一方、一連の報道によると、英国では去年から高齢者ケアそのものが破綻寸前だとの指摘が相次いでいる。去年3月にはチャリティ団体キングズ・ファン ドによる大規模な調査で、障害者の寿命が延びたことに加えて人口の高齢化によるケア財政の逼迫が報告され、今後20年間に高齢者ケアの予算は3倍に増額さ れる必要があると試算。この試算は政治家には「しょせん無理な話」と棚上げされたようだが、12月初頭には45の地方自治体の首長が連名で高齢者ケアの危 機を訴える公開書簡を発表。「政府は“問題の本当の大きさ”を認識するべきだ」と予算の増額を求めた。また中旬にはキングズ・ファンドを含む8団体が連名 で蔵相に書簡を送り、「ソーシャルケア予算の増額がなければ、多くの虚弱高齢者は孤立と依存を免れない」と訴えた。
近年英国で介護者支援が重視されているのは、このようなケア財政の逼迫を背景に、経費のかさむ施設介護から在宅介護への移行を促進する狙いがあると思われる。
しかし今年1月のソーシャルケア監査委員会の報告書では、在宅介護を支援するケア・サービスまでが危機的状況に陥っている現状が浮き彫りになった。英国 の3分の2の地方自治体が、高齢者ケア財政の逼迫から在宅ケア・サービスの利用を重度者に制限しており、現在比較的軽度とされる37万人に提供されている サービスは2009年までにはなくなる見込み。委員長のデイム・デニス・プラット氏は、介護支援サービスの利用を可能にし、介護者をより強力に支援するイ ンフラなしに、介護責任が移されてはならないと警告した(BBCニュース06年12月7日、The Guardian1月10日など)。
こうした動きを受け、2月に財務大臣が今後広く介護者支援を検討するとの見解を発表したのに続いて、ケア・サービス大臣が介護者支援のための施策パッケージ「介護者のためのニュー・ディール」の詳細を発表した(Medical News Today2月24日)。
主な内容は①介護者が危機に陥った際のレスパイトと緊急時対応のための短期在宅ケアに、地方自治体ごとに2500万ポンド。②介護者のための全国的な相 談電話整備に300万ポンド。③1999年の全国介護者戦略の広範な見直し。④介護者支援・教育プログラムの開発支援に500万ポンド。
Carers UKでは、「介護者の抱える問題に対処する好機。仕事と介護の両立、必要なサービスにたどり着くための支援、介護者の健康と福祉といった難しい問題に対処するには、次の10年に向けて目に見える戦略が必要」とコメントしている。
Carers Act が保障する介護者の権利が、英国で本当の意味で形になっていくのは、これからなのかもしれない。しかし日本では、「介護者の権利」という言葉すら、まだ耳に新しい。