2006年の記事が、なぜか今、
Guardianのサイトで最も読まれている記事の1つに挙げられている。
記事タイトルは「再生」。
世界中で、事故や脳卒中で永続的植物状態と診断された人たちが
ごく一般的な睡眠薬の成分であるzolpidemを服用することで
俄かに目覚め、2時間ちょっとの間、意識が清明になる……という現象が報告されている。
これまで不可逆的に損傷され「死んだ」とされてきた脳細胞が
実際には機能を眠らせていただけである可能性、回復の可能性を示唆し、
永続的植物状態と診断される人の安楽死議論に大きな疑問を投げかける内容であり、
この記事が今なぜ多くの人に読まれているのかについても
おおいに興味をそそられるところです。
もともとは、南アフリカで
交通事故から植物状態になったLouis Viljoenさん(24)が
時々手で苦しそうにシーツを掴む動きをするのを見た看護師が
不快感があるのではないかと考え、睡眠薬の処方を医師に提案したのが発端。
母親が飲ませたところ、25分後に「ン――」という声を出し始めた、という。
そして母親の方を向き、名前を呼ぶとYesと答えた。
「ハローって言って」と呼びかけると「ハロー、ママ」と。
1994年のことだった。
以来、Louisさんは7年間、毎日zolpidemを飲んでいる。
鎮静効果があることから(ここのところ私にはよく分かりません)
2時間15分程度の効果が切れるたびに飲むわけにはいかないが、
長く眠りこんでいたLouisさんの脳の回路が生き返り、機能は改善し続けている、という。
この記事の著者は実際にLouisさんを訪ねて取材している。
Louisさんがzolpidemを飲む場面では、
薬を飲む前は意識がなく、顔の半分もだらんと弛緩し、片腕がピクついていた。
薬を飲ませた9分後、顔に急激に赤みがさして微笑み、笑い声を上げ、10分後には質問し始めていた。
2分後、腕のピクつきが弱まり、顔のマヒも収まる。
15分後には母親に腕を伸ばしてハグし、冗談を交わす。
記者の質問に、薬を飲む前と後とで自分の意識状態は全く変わっていない、とも答えた。
この偶然の発見をした主治医は GP の Wally Nel 医師。
Louisさんの後、Nel医師は150人にzolpidemを使い、
約60%の患者で改善がみられたという。
そのメカニズムはまだ説明も解明もできないが、
Nel医師と研究をしている放射線医療の専門家、Ralf Clauss医師は
これまでは死んで回復不能と考えられていた脳細胞が
実際は眠っていただけだったのでは、と推測。
また、長期に機能が眠っていたことで
Gabaという物質に反応する脳細胞のレセプターが何らかの変容を起こし
通常とは反対方向に、過敏に反応するようになったのでは、との仮説を立てている。
特に運動機能、視覚、言語と聴覚をつかさどる左脳で
即座の回復が見られる、とのこと。同医師は今後、
スキャンなどを通じて科学的に解明していきたい、と。
2人はNeuroRehabilitation 誌と the New England Journal of Medicineとに
(記事掲載の06年9月より)数ヶ月前に論文を掲載したばかり。
この論文をきっかけに家族が Nel医師にコンタクトを取り、意識を回復したのが
南アフリカ、KimberleyのRiaan Boltonさん(23)。
著者はBoltonさんの予薬の場面も取材している。
Louisさんの時と同じく、顔にさっと赤みがさして
目に輝きが宿り、数分の内に目の焦点が合ってきたという。
依然として脳障害は残っているが、
指示に従うことができ、頭の動きでyes-noを表現し、
ストローで飲み物を飲み、笑い、時にはハローと言う。
薬を飲む前のBoltonさんの意識状態は
グラスゴー・スケールで6だったという。
それが薬を飲んで10分後には9まで改善する。
ReGen Therapeuticsという英国の企業が
南アフリカでの治験に資金を提供しているが、
そのトップ Percy Lomaxは、Nel医師の患者のうち、
特に脳損傷が軽度の患者で回復が目覚ましいと言い、
zolpidemの脳損傷患者への適用には43億ドル規模のマーケットが見込まれることから、
より副作用の少ない有効処方量を掴み、さらに新世代の
よりターゲットを絞った新薬の開発を考えている。
著者は上記の2人以外にも
低酸素脳症による脳障害から重い身体障害を負い
立つこともしゃべることもできなくなっていたMiss Xも取材。
Nel医師が処方した薬で10分後には顔のマヒが改善し、
更に数分後には立ちあがって背を伸ばし、手を組むことが出来た。
文字板を使って著者の質問にも答え、
やがてNel医師の名前を大声で呼ぶと、同医師をハグした。
その他、Wynand Claasenさん(22)や Heidi Grevenさん(21)
Paul Rasさん(69)、Theo van Rensburgさん(43)、
それからスイスで事故に遭ったJanli de Kochさん(22)など。
1969年に神経科医 Oliver Sacksが L-Dopaで原因不明の眠り病から患者をよみがえらせた実話は
1990年に映画化(「レナードの朝」)されたが、
zolpidemはSacksの事例と異なって
元に戻ってしまうことなく効果を持続させられるのでは、と期待されている。
再生は米国でも起こっており、
1998年にテキサスで事故で水に落ちて低酸素脳症となった
George Melendezさん(31)は医師から「医学的には死んでいる」と言われ、
数週間後にさらに脳卒中を起こした時には、「3週間で死ぬだろうし、
2度と意識が戻ることはない」と言われた。
しかし生き延びた息子が通院時のホテルでうめき声を上げ続けるので
母親が睡眠薬を飲ませたところ、目を覚ましてキョロキョロした、という。
名前を呼ぶと、What? と返事をし、
2時間に渡って両親の質問のすべてに答えた。
Reborn
The Guardian, September 12, 2006
------
zolpidemのWikipediaはこちら。
最後のResearchの項目に以下のように書かれている。
ReGen社のzolpidemプロジェクトに関するサイトはこちら。
このサイトによると、その後Clauss医師は英国に渡り、
ReGenの医師とタグを組むと同時に、Nel医師と共に
Sciencom Ltd. を立ち上げてzalpidemの新たな用法での国際特許を申請。
南アフリカでは承認されたものの、
その他の国ではまだ認められていない。
2007年、2009年と、研究成果を発表。
低量処方で脳卒中の後遺症患者にグローバルなマーケットのポテンシャルがあると説いて
研究のパートナー企業を募っている。
これまで、脳死・植物状態からの回復事例として
当ブログが拾っているニュースを以下に ↓
【米国:リリーさん】
植物状態から回復した女性(2007年の事件)
【米国:ダンラップさん】
脳死判定後に臓器摘出準備段階で意識を回復した米人男性のニュース(再掲)(2009/7/30)
【ベルギー:ホウベン?Houbenさん】
23年間“植物状態”とされた男性が「叫んでいたのに」(ベルギー)(2009/11/24)
「なぜロックトイン症候群が植物状態と誤診されてしまうのか」を語るリハ医(2009/11/25)
【日本:加藤さん】
「植物状態にもなれない」から生還した医師の症例は報告されるか?(2011/1/19)
【米国:ゴッシオウ? Gossiauxさん】
事故で視力を失った聴覚障害者が「指示に反応しない」からリハビリの対象外……というアセスメントの不思議(2011/2/6)
【オーストラリア:Cruzさん】
またも“脳死”からの回復事例(豪)(2011/5/13)
【その他、関連エントリー】
「植物状態」5例に2例は誤診?(2008/9/15)
「脳死」概念は医学的には誤りだとNorman Fost(2009/6/8)
Guardianのサイトで最も読まれている記事の1つに挙げられている。
記事タイトルは「再生」。
世界中で、事故や脳卒中で永続的植物状態と診断された人たちが
ごく一般的な睡眠薬の成分であるzolpidemを服用することで
俄かに目覚め、2時間ちょっとの間、意識が清明になる……という現象が報告されている。
これまで不可逆的に損傷され「死んだ」とされてきた脳細胞が
実際には機能を眠らせていただけである可能性、回復の可能性を示唆し、
永続的植物状態と診断される人の安楽死議論に大きな疑問を投げかける内容であり、
この記事が今なぜ多くの人に読まれているのかについても
おおいに興味をそそられるところです。
もともとは、南アフリカで
交通事故から植物状態になったLouis Viljoenさん(24)が
時々手で苦しそうにシーツを掴む動きをするのを見た看護師が
不快感があるのではないかと考え、睡眠薬の処方を医師に提案したのが発端。
母親が飲ませたところ、25分後に「ン――」という声を出し始めた、という。
そして母親の方を向き、名前を呼ぶとYesと答えた。
「ハローって言って」と呼びかけると「ハロー、ママ」と。
1994年のことだった。
以来、Louisさんは7年間、毎日zolpidemを飲んでいる。
鎮静効果があることから(ここのところ私にはよく分かりません)
2時間15分程度の効果が切れるたびに飲むわけにはいかないが、
長く眠りこんでいたLouisさんの脳の回路が生き返り、機能は改善し続けている、という。
この記事の著者は実際にLouisさんを訪ねて取材している。
Louisさんがzolpidemを飲む場面では、
薬を飲む前は意識がなく、顔の半分もだらんと弛緩し、片腕がピクついていた。
薬を飲ませた9分後、顔に急激に赤みがさして微笑み、笑い声を上げ、10分後には質問し始めていた。
2分後、腕のピクつきが弱まり、顔のマヒも収まる。
15分後には母親に腕を伸ばしてハグし、冗談を交わす。
記者の質問に、薬を飲む前と後とで自分の意識状態は全く変わっていない、とも答えた。
この偶然の発見をした主治医は GP の Wally Nel 医師。
Louisさんの後、Nel医師は150人にzolpidemを使い、
約60%の患者で改善がみられたという。
そのメカニズムはまだ説明も解明もできないが、
Nel医師と研究をしている放射線医療の専門家、Ralf Clauss医師は
これまでは死んで回復不能と考えられていた脳細胞が
実際は眠っていただけだったのでは、と推測。
また、長期に機能が眠っていたことで
Gabaという物質に反応する脳細胞のレセプターが何らかの変容を起こし
通常とは反対方向に、過敏に反応するようになったのでは、との仮説を立てている。
特に運動機能、視覚、言語と聴覚をつかさどる左脳で
即座の回復が見られる、とのこと。同医師は今後、
スキャンなどを通じて科学的に解明していきたい、と。
2人はNeuroRehabilitation 誌と the New England Journal of Medicineとに
(記事掲載の06年9月より)数ヶ月前に論文を掲載したばかり。
この論文をきっかけに家族が Nel医師にコンタクトを取り、意識を回復したのが
南アフリカ、KimberleyのRiaan Boltonさん(23)。
著者はBoltonさんの予薬の場面も取材している。
Louisさんの時と同じく、顔にさっと赤みがさして
目に輝きが宿り、数分の内に目の焦点が合ってきたという。
依然として脳障害は残っているが、
指示に従うことができ、頭の動きでyes-noを表現し、
ストローで飲み物を飲み、笑い、時にはハローと言う。
薬を飲む前のBoltonさんの意識状態は
グラスゴー・スケールで6だったという。
それが薬を飲んで10分後には9まで改善する。
ReGen Therapeuticsという英国の企業が
南アフリカでの治験に資金を提供しているが、
そのトップ Percy Lomaxは、Nel医師の患者のうち、
特に脳損傷が軽度の患者で回復が目覚ましいと言い、
zolpidemの脳損傷患者への適用には43億ドル規模のマーケットが見込まれることから、
より副作用の少ない有効処方量を掴み、さらに新世代の
よりターゲットを絞った新薬の開発を考えている。
著者は上記の2人以外にも
低酸素脳症による脳障害から重い身体障害を負い
立つこともしゃべることもできなくなっていたMiss Xも取材。
Nel医師が処方した薬で10分後には顔のマヒが改善し、
更に数分後には立ちあがって背を伸ばし、手を組むことが出来た。
文字板を使って著者の質問にも答え、
やがてNel医師の名前を大声で呼ぶと、同医師をハグした。
その他、Wynand Claasenさん(22)や Heidi Grevenさん(21)
Paul Rasさん(69)、Theo van Rensburgさん(43)、
それからスイスで事故に遭ったJanli de Kochさん(22)など。
1969年に神経科医 Oliver Sacksが L-Dopaで原因不明の眠り病から患者をよみがえらせた実話は
1990年に映画化(「レナードの朝」)されたが、
zolpidemはSacksの事例と異なって
元に戻ってしまうことなく効果を持続させられるのでは、と期待されている。
再生は米国でも起こっており、
1998年にテキサスで事故で水に落ちて低酸素脳症となった
George Melendezさん(31)は医師から「医学的には死んでいる」と言われ、
数週間後にさらに脳卒中を起こした時には、「3週間で死ぬだろうし、
2度と意識が戻ることはない」と言われた。
しかし生き延びた息子が通院時のホテルでうめき声を上げ続けるので
母親が睡眠薬を飲ませたところ、目を覚ましてキョロキョロした、という。
名前を呼ぶと、What? と返事をし、
2時間に渡って両親の質問のすべてに答えた。
Reborn
The Guardian, September 12, 2006
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zolpidemのWikipediaはこちら。
最後のResearchの項目に以下のように書かれている。
Zolpidem may provide short-lasting but effective improvement in symptoms of aphasia present in some survivors of stroke. The mechanism for improvement in these cases remains unexplained and is the focus of current research by several groups, to explain how a drug which acts as a hypnotic-sedative in people with normal brain function, can paradoxically increase speech ability in people recovering from severe brain injury. Use of zolpidem for this application remains experimental at this time, and is not officially approved by medical regulatory agencies.
ReGen社のzolpidemプロジェクトに関するサイトはこちら。
このサイトによると、その後Clauss医師は英国に渡り、
ReGenの医師とタグを組むと同時に、Nel医師と共に
Sciencom Ltd. を立ち上げてzalpidemの新たな用法での国際特許を申請。
南アフリカでは承認されたものの、
その他の国ではまだ認められていない。
2007年、2009年と、研究成果を発表。
低量処方で脳卒中の後遺症患者にグローバルなマーケットのポテンシャルがあると説いて
研究のパートナー企業を募っている。
これまで、脳死・植物状態からの回復事例として
当ブログが拾っているニュースを以下に ↓
【米国:リリーさん】
植物状態から回復した女性(2007年の事件)
【米国:ダンラップさん】
脳死判定後に臓器摘出準備段階で意識を回復した米人男性のニュース(再掲)(2009/7/30)
【ベルギー:ホウベン?Houbenさん】
23年間“植物状態”とされた男性が「叫んでいたのに」(ベルギー)(2009/11/24)
「なぜロックトイン症候群が植物状態と誤診されてしまうのか」を語るリハ医(2009/11/25)
【日本:加藤さん】
「植物状態にもなれない」から生還した医師の症例は報告されるか?(2011/1/19)
【米国:ゴッシオウ? Gossiauxさん】
事故で視力を失った聴覚障害者が「指示に反応しない」からリハビリの対象外……というアセスメントの不思議(2011/2/6)
【オーストラリア:Cruzさん】
またも“脳死”からの回復事例(豪)(2011/5/13)
【その他、関連エントリー】
「植物状態」5例に2例は誤診?(2008/9/15)
「脳死」概念は医学的には誤りだとNorman Fost(2009/6/8)
2011.09.01 / Top↑
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