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私を含めて、
選挙からこちら、元気を出そうと頭ではあれこれ考えてみるものの、
どうにも気持ちが上向いてこない……という人が多いみたいですが、

そういう人にお薦めの映画を見つけました!!

デンゼル・ワシントン監督・主演『グレート・ディベーター』。


2007年に米国で公開されて高い評価を受けた映画みたいなのだけれど、
なぜか日本では公開されず、今年4月にDVDがリリースされたもの。

昨日、どうにも沈みがちな気持ちを持てあまして散歩に出かけ、
ついでに寄ってみたレンタル店で、

まだ見ていないデンゼル様の映画があったなんて……と手に取って、
ストーリーを読んだ瞬間、「今の自分に必要なものだ!」感が、バンッときた。

で、借りて帰ったら、まさにそういう映画だった。

アマゾンの内容紹介から。
1935年アメリカ、テキサス州マーシャル。人種差別が色濃く残るこの街には「白人専用」施設があふれ、黒人たちは虐げられていた。この歪んだ社会を正す方法は「教育」だけ。そう信じる教師トルソンは、黒人の若者に立派な教育を施すという夢の実現に向け、ディベート(討論)クラスを立ち上げる。そして、彼の熱意に触発された、勇気ある生徒たち。やがて討論大会に出場し始めた彼らは、黒人というだけで経験してきた悲しい過去や秘めた怒りを「言葉」という武器 に託し、大勢の観客たちの心を動かしてゆく。だが、彼らの活動が、人々の注目を集め始めていた矢先、トルソンの言動を「過激すぎる」と問題視した学校側 は、ディベート・クラスにまで圧力をかけ始め…。


米国の劇場で見た方の感想ブログはこちら(映画の映像あり) ↓
http://blog.goo.ne.jp/kame_usagi/e/d77cc5d6d9896571d6c8b4a82038e18d

うん、共感するなぁ……というレビューのブログがこちら ↓
http://ameblo.jp/tuboyaki/entry-11238175110.html


上の方のブログの人が劇場で拍手が起こったって書いているけど、
私も何度もボロボロ泣きながら見て、最後のシーンで気が付いたら、
ごく自然に、会場にいる気分で彼らに惜しみない拍手を送っていた。

で、その5分後には、アマゾンのサイトでDVDをカートに入れた。

これは、ものを言う気力が萎えそうになった時のお守りとして
持っておきたい映画だ……と思ったから。


日常のすぐ側に、
一つ間違えば何の理由もなく理不尽な暴力にさらされる恐怖が隣合わせになっている
30年代の時代背景とテキサスという土地柄の厳しさは、
様々な形で描かれていて、

また、デンゼル演じるトルソンを含めた登場人物がことごとく
誇りや知性と同時に、弱さや醜さを併せ持った人間として描かれていて
(2人の妻だけは、ちょっと「良き妻」でしかなくて残念だけど)

だからこそ、差別される屈辱に傷つき、恐怖におびえながらも、
若者たちが、その痛みの中から滲みでてくる自分自身の言葉と出会っていくプロセスと、
自分の言葉を見つけた彼らが、勇気を振り絞って全霊をその言葉に込め、訴える時、
その言葉がひりひりと胸に迫ってくる。

実際には、ディベイトの内容はかなり甘いし、
賛成側と反対側の設定も常に相手チームに不利になってはいるんだけれど、
(そういえば私も大学のESSで1度だけ、ディベートやったことがあったなぁ……)

それは、まあ、現実にワイリー大学のチームは10年間勝ち続けているのだから、
例えば「福祉は貧乏人を甘やかす」というテーマで賛成側に立ったとしても
見事なディベートを展開して見せた人たちなわけで、

この映画の主題はそういうところにあるわけではなく、

祖父母世代は奴隷だったという30年代のテキサスで
黒人の若者たちが言葉で訴えることの力と出会い、
その力を信じてディベートを闘い、差別と闘う自信と力を身につけ、
それぞれの生き方を見つけていったことにあるのだと思う。

登場人物の中で一番しょぼいウィティカーJr.が
実はこの映画の本当の主人公じゃなかったか、と私は思っている。

彼はチーム・メイトに失恋し、
ディベートに出れば噛みまくって敗北を喫し、
リサーチ担当という地味な役割に甘んざるを得なくて自尊心を傷つけられ
萎縮し、卑屈な目つきを見せ続けるのだけれど、

彼が威圧的な父親に初めて逆らうシーンは圧巻。

しかし、その父親もまた、静かに耐えるだけでなく、
闘うべき時には冷静に、かつ力強く闘う人だった。

父への尊敬を取り戻し、様々な体験を経て自信を身につけていく彼は、
ハーバードのチームとのディベートで、最初はおずおずとしているものの、
やがて、今なお黒人へのリンチが処罰もされないテキサスの黒人の痛みを、
自分自身の率直な言葉で訴える。静かに。でもパワフルに。

現実の彼は後に人権運動の組織を立ち上げ、その指導者になったという。

上記2つ目のブログの人も書いているけど、
エンド・クレジットの時に、俳優たちの写真がごく自然に
実際にディベート・チームにいた若者たちやトルソン自身の写真に変わっていく。

みんな目が澄んでいる。

あぁ、こうして、多くの人が、ずっとずっと昔から、
差別される屈辱に耐え、その痛みをじっとこらえながら、
それでも誇りを失うことなく、それぞれのいる場所で、諦めず、
静かに、しかし堂々と、それぞれに闘い続けて生きてきたのだと、

言葉と知性と、静かに闘い続ける忍耐と勇気を武器に
闘い続けて生きてきたのだと、

とても深いところで、そのことの重みを実感させてもらった気がして、

だから、
こんなにささやかに今ここに生きている私だけれど、
そんな私も、やっぱり言葉の力を信じていよう、
私も私自身の「今ここ」で自分の痛みを静かに語り続けよう……と、本当に素直に思えたし、

それでも、これからだって、
あまりの無力感にものを言う元気や勇気がなくなることくらいは何度もあるから、
そういう時のお守りとして、この映画のDVDを持っておこう、と思ったから。

あと、ひとつ、この映画で「ここはいいな~」と思ったのは、

ウィティカーJr.がチームに女性がいると言うのを聞いて
父親が「美人か?」と訊くと、Jr.がぽかんとして、
「わからない。そんなふうに思ってみたことがないから」という場面。

彼は既に彼女に恋しているんだけれどね。


デンゼル・ワシントンがこういう映画を作ったということ、
オプラ・ウィンフリーがプロデューサーに名乗りを上げたということも、
胸に響くものがあったし、

デンゼルは07年の暮、
ワイリー・カレッジに100万ドルを寄付してる ↓
それでか同カレッジではディベート・チームが復活したとか(この個所は別ソースの情報)
http://www.cinematoday.jp/page/N0012356

ほんと、いい映画でした。

明日からミュウと一緒の年末年始という直前に、
こういう映画と出会えて、嬉しい。

すがすがしい新年が迎えられそうです。
2013.01.04 / Top↑
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