生命倫理学者で腫瘍科専門医のエゼキエル・エマニュエルについては、
2009年に以下のような断片的な発言を拾ってきており、
その中で医師による自殺幇助に反対のスタンスの人だと知った程度だったのですが、
「障害者は健常者の8掛け、6掛け」と生存年数割引率を決めるQALY・DALY(2009/9/8)
自己決定と選択の自由は米国の国民性DNA?(2009/9/8)
昨年秋のMA州の住民投票の直前に、
NYTに以下のようなPAS批判を書いたことが非常に印象に残った人。
Dr. Emanuel「PASに関する4つの神話」(2012/11/5)
そのエマニュエルが
1月3日のNYTのオピニオンのページに、
終末期医療について論考を寄せていて、なかなか興味深い内容でした。
Better, if Not Cheaper, Care
Ezekiel J. Emanuel
NYT, January 3, 2013
エマニュエルは、まず
「終末期医療のコストが医療費全体に占める割合が大きくなっているので
このコストをどうにかしないと医療が崩壊する」といった物言いについて
データを挙げて、事実ではない、と否定する。
彼が指摘しているのは、以下の点。
・毎年、死亡するメディケア患者の約6%の医療費が
メディケア・コストの27%から30%を占めているが、
この数字は何十年も大きく変動はしていない。
・年齢を問わず、毎年米国総人口の1%以下が死んでいるが、
その全員にかかった医療費は医療費全体の約10から12%にすぎない。
・確かに終末期医療のあり方は病院によってバラつきが大きく、
そこに改善の余地はあるが、
実際に終末期医療をどうしたらコストが削減できるのかという
きちんとした研究は存在しない。
・ガン患者ではホスピスでコストが1,2割削減できるとの調査結果もあるが、
その調査でもガン以外の病気で死んだ患者ではコスト削減はならず、
その理由ははっきりしない。
・一方、死亡患者の20%はICUや、退院直後に死んでおり、
適切な緩和ケアが受けられれば抑制できる痛みで苦しむ患者もまだまだ多い。
それならば、
コスト削減効果があろうとなかろうと終末期医療の改善が急務である、
というのがエマニュエル医師の論旨。
そのために同医師が提案しているのは、以下の4点。
① 終末期医療について患者や家族ときちんと話ができるよう、
医師と看護師全員にコミュニケーション・スキルの研修を。
② 終末期について患者や家族と話をすることは時間もかかり、感情的な消耗を伴う以上、
診療報酬が付くべき。
③ すべての病院に緩和ケアサービスの整備を義務付け、
死にゆく患者には病院で、また退院させるなら在宅で
丁寧な緩和ケアが提供されるべきである。
④ 余命6カ月以内と診断されて、
かつ延命治療を放棄しなければホスピスに入れないという基準の見直しが必要。
確実な予測が不可能な余命ではなく、患者のニーズで判断すべき。
エマニュエルは、
これらをしたからといって、コスト削減になるエビデンスなどないし、
これで絶対に終末期ケアが改善されるというつもりもないが、
医療制度全体にケアの質が上がっている中で
終末期の患者の支援にだけは努力を払わないというのは
許されることではない、と。
エマニュエルの提言の①と②は、
今の自殺幇助合法化に向けた大きな流れと切り離して考えたら
そうなんだろうとは思う反面、
今のような「切り捨て文化」が広がりつつある中では
なんのために話をするのか、というところで
やっぱり誘導にならないのか、という懸念がどうしてもある。
ただ、読んでいて、エマニュエル医師という人は
やっぱり腫瘍科の現場で誠実に患者ケアを考えるドクターとして、
こういう提言になるんだろうな、という印象はとても強く受けた。
その点、ちょっと「無益な治療」を論じる際のTruogに通じるものを感じないでもない。
個人的に「よくぞ言ってくださった」と思うのは③で、
これがきちんと保証されれば、PAS合法化に賛成という人だって
実はかなり減るんじゃないのかなぁ……。
だって、みんな前提もなしに「死なせてほしい」わけじゃなくて
「苦しんで死なないといけないなら、いっそ死なせてほしい」ということなんだろうと思うので。
それに、この論考の行間に隠された趣旨そのものが、
医療全体に質の向上努力がされているにもかかわらず終末期医療だけは改善の努力もせず、
むしろコスト削減を言いたてては終末期医療そのものを切り捨てようとするとは何事か……
……というものであるように私には読めるし。
この記事を読んで、なんとなく思い出したのは、こちらのエントリーだった ↓
日本の終末期医療めぐり、またも「欧米では」論法(2011/12/16)
ついでに思い出したので、
認知症患者への終末期ケアを一律に「過剰な治療」視するMitchell論文に対して
老年科医Sachsの論文が「アグレッシブな医療か医療を全然しないかの2者択一ではなく、
緩和ケアとはアグレッシブな症状管理なのだ」と反論した2009年の論争を以下に。
「認知症患者の緩和ケア向上させ、痛みと不快に対応を」と老年医学専門医(2009/10/18)
「認知症はターミナルな病気」と、NIH資金の終末期認知症ケア研究(2009/10/18)
MYTもMitchell, Sachsの論文取りあげ認知症を「ターミナルな病気」(2009/10/21)
2009年に以下のような断片的な発言を拾ってきており、
その中で医師による自殺幇助に反対のスタンスの人だと知った程度だったのですが、
「障害者は健常者の8掛け、6掛け」と生存年数割引率を決めるQALY・DALY(2009/9/8)
自己決定と選択の自由は米国の国民性DNA?(2009/9/8)
昨年秋のMA州の住民投票の直前に、
NYTに以下のようなPAS批判を書いたことが非常に印象に残った人。
Dr. Emanuel「PASに関する4つの神話」(2012/11/5)
そのエマニュエルが
1月3日のNYTのオピニオンのページに、
終末期医療について論考を寄せていて、なかなか興味深い内容でした。
Better, if Not Cheaper, Care
Ezekiel J. Emanuel
NYT, January 3, 2013
エマニュエルは、まず
「終末期医療のコストが医療費全体に占める割合が大きくなっているので
このコストをどうにかしないと医療が崩壊する」といった物言いについて
データを挙げて、事実ではない、と否定する。
彼が指摘しているのは、以下の点。
・毎年、死亡するメディケア患者の約6%の医療費が
メディケア・コストの27%から30%を占めているが、
この数字は何十年も大きく変動はしていない。
・年齢を問わず、毎年米国総人口の1%以下が死んでいるが、
その全員にかかった医療費は医療費全体の約10から12%にすぎない。
・確かに終末期医療のあり方は病院によってバラつきが大きく、
そこに改善の余地はあるが、
実際に終末期医療をどうしたらコストが削減できるのかという
きちんとした研究は存在しない。
・ガン患者ではホスピスでコストが1,2割削減できるとの調査結果もあるが、
その調査でもガン以外の病気で死んだ患者ではコスト削減はならず、
その理由ははっきりしない。
・一方、死亡患者の20%はICUや、退院直後に死んでおり、
適切な緩和ケアが受けられれば抑制できる痛みで苦しむ患者もまだまだ多い。
それならば、
コスト削減効果があろうとなかろうと終末期医療の改善が急務である、
というのがエマニュエル医師の論旨。
そのために同医師が提案しているのは、以下の4点。
① 終末期医療について患者や家族ときちんと話ができるよう、
医師と看護師全員にコミュニケーション・スキルの研修を。
② 終末期について患者や家族と話をすることは時間もかかり、感情的な消耗を伴う以上、
診療報酬が付くべき。
③ すべての病院に緩和ケアサービスの整備を義務付け、
死にゆく患者には病院で、また退院させるなら在宅で
丁寧な緩和ケアが提供されるべきである。
④ 余命6カ月以内と診断されて、
かつ延命治療を放棄しなければホスピスに入れないという基準の見直しが必要。
確実な予測が不可能な余命ではなく、患者のニーズで判断すべき。
エマニュエルは、
これらをしたからといって、コスト削減になるエビデンスなどないし、
これで絶対に終末期ケアが改善されるというつもりもないが、
医療制度全体にケアの質が上がっている中で
終末期の患者の支援にだけは努力を払わないというのは
許されることではない、と。
エマニュエルの提言の①と②は、
今の自殺幇助合法化に向けた大きな流れと切り離して考えたら
そうなんだろうとは思う反面、
今のような「切り捨て文化」が広がりつつある中では
なんのために話をするのか、というところで
やっぱり誘導にならないのか、という懸念がどうしてもある。
ただ、読んでいて、エマニュエル医師という人は
やっぱり腫瘍科の現場で誠実に患者ケアを考えるドクターとして、
こういう提言になるんだろうな、という印象はとても強く受けた。
その点、ちょっと「無益な治療」を論じる際のTruogに通じるものを感じないでもない。
個人的に「よくぞ言ってくださった」と思うのは③で、
これがきちんと保証されれば、PAS合法化に賛成という人だって
実はかなり減るんじゃないのかなぁ……。
だって、みんな前提もなしに「死なせてほしい」わけじゃなくて
「苦しんで死なないといけないなら、いっそ死なせてほしい」ということなんだろうと思うので。
それに、この論考の行間に隠された趣旨そのものが、
医療全体に質の向上努力がされているにもかかわらず終末期医療だけは改善の努力もせず、
むしろコスト削減を言いたてては終末期医療そのものを切り捨てようとするとは何事か……
……というものであるように私には読めるし。
この記事を読んで、なんとなく思い出したのは、こちらのエントリーだった ↓
日本の終末期医療めぐり、またも「欧米では」論法(2011/12/16)
ついでに思い出したので、
認知症患者への終末期ケアを一律に「過剰な治療」視するMitchell論文に対して
老年科医Sachsの論文が「アグレッシブな医療か医療を全然しないかの2者択一ではなく、
緩和ケアとはアグレッシブな症状管理なのだ」と反論した2009年の論争を以下に。
「認知症患者の緩和ケア向上させ、痛みと不快に対応を」と老年医学専門医(2009/10/18)
「認知症はターミナルな病気」と、NIH資金の終末期認知症ケア研究(2009/10/18)
MYTもMitchell, Sachsの論文取りあげ認知症を「ターミナルな病気」(2009/10/21)
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