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NY Times のブログに、とてもいい記事がありました。

80代の母親が持病の心臓病で主治医から手術を勧められた。

手術死の可能性4%。
それを聞いた母親は即座に「そんな手術は受けません。4%なんてイヤだもの」

ところが手術をしなかった場合には、
少しずつ病状が悪化して2年くらいの間に死ぬ確率が50%。

そういうことになると、心は乱れて、なかなか決断などできない。

主治医の義母は同じ病状で手術を受けないことに決めたが、
もうちょっと年齢が上だったので、状況が別……と、これまた悩ましい話。

その手術の選択に、母親自身はもちろん、
家族それぞれが様々に心揺れる様子が描かれて、
最後に母親が「自分が何か決めたことによって死ぬのがイヤなの。
何か自分がしたことが原因で死ぬというのはね」と、手術を受けないことに決める。

私はこのままで、生きられるだけ生きるわ、と。

そして家族がみんなそれを受け入れる、という話。

Choosing Not to Choose
The New Old Age, Caring and Coping, NY Times, April, 30, 2009


この記事で何よりも心引かれたのは、実はタイトルだった。

選ばないことを選ぶ──

おのずと、
ずっと前のエントリー選ばないことを選んだ夫婦の記録(2007/11/4)で紹介した
おなかの子どもがダウン症だと分かって
「選ばないことを選ぶ」という選択をした夫婦の物語を思い出した。

選ばないことを選ぶ──
私は、生きられるだけ生きるわ──

どちらも、いい言葉だな、と思う。
2009.05.02 / Top↑
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