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先週、病院でちょっとした検査を受けた。

途中、我慢できないほどではないものの、かなり痛みがあって
思わず身をよじって「痛い」といったら、
検査室の奥で忙しそうにしていた看護師さんが即座に駆け寄ってきて、
傍らに跪くと無言で手をとってくれた。

検査室に入ったときから笑顔もなく事務的で
てきぱきと指示しては必要なことだけを言い、
必要な処置だけをしては姿を消すことを繰り返していた人だったので、
その優しさは意外だったのだけれど、

いい年をして、
見ず知らずの人に手をとってもらって
こんなにほっとしている自分にも、ちょっとびっくりした。

不思議なもので、すがることのできる手があると、
本当はそこまで耐え難い痛みなのかどうか分からないのだけど
やはり甘えてしまうもののようで、
次に痛みがきた時に思わず手に力を入れると、
無言のまま、ちょっと握り返してくれる。

正直、ありがたい。

すがることのできる手があると、
その手がないまま一人で放置されているより
痛みもはるかに耐えやすいものなのだと知った。

検査が無事に終わり、結果もシロと出て、
緊張が解けた余裕の中であの場面を思い返して思った。

あればっかりはロボットには代用できないよね……。

でも次の瞬間に、また考えた。
「介護にロボットを使って問題を解決しよう」と本気で考えている人たちなら
反論するかもしれないなぁ。

いや、しかし我々の「痛みに耐える患者の手を握って励ます人造の手ロボット」には
ちゃんと人肌の体温があって、やわらかさといい肌触りといい人間にそっくりですから
そこのところは絶対に大丈夫、自信作です……とかって。

「ロボットで介護を」と考えている人たちの感覚に私が抱く違和感は、
「だから、そういう問題じゃないんだってば」と言っているのに
それ自体がどうしても通じていかないような、もどかしさ――。
2008.11.04 / Top↑
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