連載「世界の介護と医療の情報を読む 64」で
以下の文章を書きました。
障害者に交通アクセスを保障するパラ・トランジット(米国)
2006年12月13日に採択された国連障害者人権条約は、障害者差別を解消するために締約国に「合理的配慮」の提供を保障するよう求めている。具体的にはどういう範囲が「合理的」なのだろうという漠然とした疑問が、私にはずっとあった。米国のパラ・トランジット制度を取り上げたワシントン・ポスト記事”Frustrating, dangerous Metro problem for the disabled”(8月7日)を読み、そこに「合理的配慮」の一つの鮮やかな形があるように感じたので、簡単に調べてみた。
米国では1973年のリハビリテーション法により、連邦政府の助成金を受けた活動や事業では、障害のために固定ルートを走る公共交通機関を利用できない人に、小さな車両での柔軟な移送サービスを提供することが義務付けられた。その後1990年の障害者法が平等な交通アクセス保障を障害者の権利として明確化し、沿線から1.2㎞の範囲で移送手段を提供するよう、すべての交通機関に義務付けた。財政的には財源付与のない、地方への委任事業(unfunded mandate)。
ワシントンD.C.地域で地下鉄とバスを運行するメトロによるパラ・トランジット制度、メトロ・アクセスの場合、メトロから米国最大手のパラ・トランジット民間企業MV トランスポーテーションに業務委託され(7年半の契約で委託費は5億4000万ドル)、MV社がさらに下請け10社を使い、運転手800人で実施。毎日7000人以上が一人一人個別に、または小型バスを乗り合わせる形で送迎サービスを利用している。
メトロ・アクセスの利用案内サイトを覗いてみると、前もって予約し、駐車スペースや建物までの距離や経路など一定の条件を満たせば、自宅ドアから目的地建物のドアまで”door to door”サービスを利用することができる。ドアと車両間の介助(視覚障害者のガイド、車イスを押す)は運転手が行い、重さ20キロ程度までで1往復なら荷物も運んでくれる。条件を満たさない場合は“corner to corner”サービスとなり、最寄りの街角で乗り降りする。運行時間は月曜から木曜までは朝5時から夜中の0時まで。金曜日と土曜日は翌日の朝3時まで。地下鉄やバスが運行している時間ならパラ・トランジットもOKなのだ。
実際には予約しても来てくれなかったり目的地と違う場所で下ろされたり、乗り合わせた人の経路によって思いがけない時間がかかったりと、信頼性には難もあるようだ。しかし地下鉄やバスだと3ドルか4ドルで済むところに、一人当たり40ドルもかけて柔軟なアクセス保証が行われていること自体に、駅にエレベーターやスロープが完備されたことを素朴に喜んできた日本の私は仰天してしまう。パラ・トランジットが米国では20年も前から配慮の合理性と実現可能性の範囲内だったのだという事実に――。
もっとも、この世界的不況のご時世にポスト紙がとりあげているのは、高齢化と障害者人口の増加に加えて、メディケアの給付抑制策で移動サービスがカットされるなどし、今後パラ・トランジット利用者の増加が予想されるためだ。今年度の事業予算は既に1億370万ドル。記事はメトロによる持続可能性の模索を紹介している。
まず、それまで一律片道3ドルだった料金に距離と時間制(上限7ドル)を導入。次に利用可能な人にはなるべく地下鉄やバスを使ってもらえるよう安全な乗り方の講習会を始めた。また駅構内のエレベーターの故障(これが結構多い)に備えて、障害のある人たち向けに代替え輸送専用バスも用意した。メトロ・アクセス車両の運行状況や駅エレベーターの故障状況をメールで通知する新サービスも始めた。
メトロではもともと高齢者や障害者にも利用しやすい改善策の導入に向けて毎月アクセス諮問委員会を開催しており、当事者やアドボケイトは誰でも参加することができる。その他にもバス・地下鉄部門、メトロ・アクセス部門の小委員会があり、それぞれの開催予定や議事録はすべてウェブ上で公開されている。障害のある人が委員会に参加したい場合には、予め連絡すれば送迎サービスがある。
もちろん障害がある人の転落事故、死亡事故は実際に起きており、まだまだ地下鉄は障害者が安心して利用できるものになっていないというのが記事の主旨でもある。サービスの不確実性、運転手の過酷な労働環境など、メトロ・アクセスにも改善の余地は沢山あるようだ。しかし、全米に普及したパラ・トランジット制度にも、持続可能性を高めるため地下鉄とバスのアクセスを向上させようとのメトロの努力の方向性にも、つくづく痛感させられるのは「合理的配慮」と「可能な限り」という2つの文言のへだたり、その異和である。
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メトロやバスに乗れない障害者には個別シャトルで平等なアクセスを保障(ワシントンD.C.)(2011/8/8)