NYT社説がメディケア拡大を呼び掛け
米国では6月に、オバマ大統領の医療保険制度改革法に連邦最高裁が「合憲」判断を下したばかりだが、「オバマ・ケア」に対する保守層からの反発は相変わらず大きい。そんな中、ニューヨーク・タイムズ(NYT)は7月17日と28日の2度に渡って、メディケア拡大を呼び掛ける社説を掲載した。メディケアは貧困層と障害者を対象にした公的医療保険制度。医療保険制度改革法に対象拡大が盛り込まれているが、メディケアを拡大しない州には補助金を取り消すとの条項については6月の連邦最高裁の判決で、撤回が求められた。それを受け、貧困層が多い州などでは拡大しないのではと懸念されている。
テキサス州は、州民の健康データが全米最低ランク、州民の4分の1に当たる630万人(うち子どもが100万人以上)が無保険である。同州のペリー知事(共和党)は「州の主権に対する重大な侵害」「テキサスを財政破綻への脅かす」と公然と反旗を翻し、拡大を拒否。他にも少なくとも5州が既に同様の決定をしているという。「拡大にかかる費用は連邦政府が3年間は全額負担し、その後も9割を負担すると言っているのに」とNYTは批判している。米国議会予算局はこれらの動きから、全州が拡大した場合に給付対象となると見られていた人数のうち、実際に2022年までに対象となるのは3分の2程度と予測。それにより連邦政府の補助金コストは840億ドル浮くが、2022年には無保険者が今より300万人増加すると試算している。
17日の社説で不気味なのは、メディケア拡大どころか現行の社会保障カットを進める州まで出てきていることだ。メイン州は5月に現行のメディケア対象者の内21000人の給付を削減または対象から外すことを決めた。ペンシルベニア州では7月に入っていきなり障害者と貧困層61000人に対して月額200ドルの一般支援給付の打ち切りを通告。それによって年間1億5000万ドルのコスト削減になる一方で、同州知事は3億ドルの企業減税を決めた。
メディケアが拡大されなければ、低所得の無保険者が頼りとする救急医療のコストが、安全網を担う機関や納税者に付け回されていくだけだ、とNYTは28日の社説を締めくくっている。
広がるdevalue文化に対峙する報告書
米国では医療現場での障害者差別も深刻化している。障害者の保護と権利擁護(P&A)全米ネットワークであるNational Disability Rights Network(NDRN)は5月に、障害者への成長抑制療法、不妊手術、一方的な医療の差し控えの実態を報告書 “Devaluing People with Disabilities: Medical Procedures that Violate Civil Rights(障害のある人の軽視:市民権を侵害する医療)”に取りまとめた。
成長抑制を含む“アシュリー療法”が一般化されつつあることは5月号で紹介したが、今回の報告書に多数紹介されている重症障害者への医療拒否の事例では、命の切り捨ての実態が極めて深刻な様相を呈している。末期でも植物状態でもない、意思決定能力のある障害者から、本人意思を無視したり確認しないまま、医療職や代理人が命にかかわる医療の差し控えを決めたりDNR(蘇生不要)指定にしたケースの他、グループホームで暮らす障害者について、次に風邪をひいたら治療せず肺炎にして死なせると、親と主治医が取り決めていたケースも。
NDRNに加盟している州のP&A組織が介入し、法的措置を取るなどして治療に繋げたものがほとんどだが、P&A組織が把握できていない事例がその背後にどれほどあることか……。どうしてもそこに想像が向いてしまう。
NYTが憂慮する政治動向と併せ考え、なんとも気になる医療現場の実態だが、報告書のまえがきによると、オレゴン州では今年3月、出生前診断で見逃したためにダウン症候群の子どもが生まれたと訴えた両親に、陪審員が300万ドルの支払いを認めたとのこと。まさに障害者を価値なきものとみなす(devalue)文化が、米国社会全体に広がりつつあるようだ。
報告書は、病院内倫理委員会では障害者の権利擁護には不十分だとして、デュー・プロセス(しかるべき手続き)による保護の法的な義務付が必要と結論。医療機関、保険会社、州・連邦議会、米国保健省に向けて、そのための法整備や、医療関連団体と障害者の権利擁護団体とが一堂に会して障害者の権利擁護について協議し認識を深める場を設けるなど、それぞれのレベルで取るべき方策を具体的に提言している。
「介護保険情報」2012年8月号 「世界の介護と医療の情報を読む」
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