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移送手当で障害者に車をリース
「モータビリティ・スキーム」―英国

英国のキャメロン首相が社会政策を慈善団体や社会的企業家に委ねるべく提唱した「ビッグ・ソサエティ(大きな社会)」構想を受け、独立したビジネスとして利益を上げつつも、利益追求よりも公共の利益を重視して活動するソーシャル・エンタープライズが注目されつつあるようだ。今回は、英国の「モータビリティ・スキーム」という興味深い取り組みを紹介したい。

モータビリティ・スキームとは、英国の障害者に給付される移送に関する各種手当と引き換えに、それぞれの障害に合わせて改造した車や電動車いす、スクーターをリースする仕組み。リースは、改造費用や保険費用、トラブル時の対応などを含むパッケージとなっており、手当だけでは車を購入することのできない障害者は、このスキームを利用することで資金援助を受けることができる。また車選びや改造の相談にも乗る。

スキームを担うのは、1977年に英国政府の主導で作られ、英国王室の認可を受けた全国チャリティ、モータビリティ。78年に1台目の車を届けて以来、60万人の障害者と家族がこのスキームの恩恵にあずかってきた。特に大きな改造を要するケースに利用できる政府のファンドも運営するほか、資金集めも大きな仕事だ。

実際の運用事業はモータビリティ・オペレーションという非営利企業が担っており、車をリースする障害者の手当ては全額またはその一部が、同社に直接支払われる。モータビリティのサイトには以下のように書かれている。「このスキームによって、障害のある人々が職場や大学に通い、友達と会い、家族と外出し、病院に行く自由を得ることができる。我々の多くが当たり前と考えている、自分で行動することの喜びを手に入れることができるのである」。

ところが、英国政府が昨年クリスマス前に発表した個人自立手当(PIP: the Personal Independence Payment)の基準の見直しには、移送手当分の該当者要件をそれまでの「50メートルを超えて歩けない人」から「20メートルを超えて歩けない人」に変更することが含まれていた。この変更により、移送手当の対象者は42万8000人減る見通し。

これを受け、1月に入って、We are Spartacusという障害者チャリティが、雇用年金省などのデータに基づいてPIP基準見直しによる経済的・社会的影響を試算し “Emergency Stop”と題したレポートを刊行した。レポートはモータビリティ・スキームを「多くの障害者のライフ・ライン」と呼び、同スキームの利用により通勤が可能となっている障害者や介護者が、今回の基準変更で働けなくなるなら、GDPで年間約10億ポンドの損失になると試算。今回の基準変更は障害者の就労支援という政府の方針と相いれないと批判している。

一方、キャメロン首相の「ビッグ・ソサエティ(以下BS)」構想は、ガーディアン紙の記事How not to creat a ‘Big Soceity’(1月29日)で、既に失敗だと手厳しく批判されている。

BS銀行の創設など政府の功績はあるが、年明け早々にボランティア組織リーダーの団体から「チャリティの持つ潜在的な力がほとんど活かされないままになっている」と批判が出たように、BS概念そのものが「すでに死んでいる」と書く。

ガーディアンが失敗の要因として挙げているのは以下の6点。

① 政府が唱えるBSは、そもそものスタートから間違っていた。

② 根拠もなく楽天的な予測ばかりが描かれ、却って構想に対する信頼性を失わせてしまった。

③ 民間や福祉セクターの各種団体が構想の要として活躍できるよう必要な制度改正をせず、それらセクターを批判したり地方自治体の予算を削減するなど、逆にやる気を削いでしまった。

④ 明確な計画なしにいきなり委ねようと言っても、12年間も先の政府が細かく規制してきた後では無茶な話だった。

⑤ 政府は「おいでと呼びさえすれば来る」と思っていたようだが、それは「政府が邪魔さえしなければ市民が自ら社会と未来を作る」の間違い。この誰もが忙しい時代に、インセンティブなしには関わろうとする人は少ない。

⑥ キャメロン首相のBSは、自らが主導する中央集権トップダウンでしかないが、BSとは横のつながりのリーダーシップと、それを可能とする足場のこと。それなら、英国には歴史的にその伝統は根付いているし、これからも失われないことを望みたい。

「世界の介護と医療の情報を読む」81
『介護保険情報』2013年3月号 
2013.04.07 / Top↑
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