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Obama政権の医療制度改革には
「死の委員会」による安楽死への誘導の制度化が隠されていると
前アラスカ州知事Palin氏ら共和党からのネガティブキャンペーン
功を奏しているところのようですが、

NY Timesのコラムニストが
モンタナの自殺幇助裁判の結論を前に
自殺幇助の問題とObama大統領の医療改革案への批判をつなげてOp-Edを書いています。

ちょっと、何が言いたいのか、私には読みきれないところもあるのですが、
そうでもしなければ財政的に医療制度そのものが破綻するのだから
配給医療もやむをえないだろう、と当てこすっているように読めるし、

「何が何でも自己決定権と選択の自由! というのが米国人の国民性DNA」だという指摘には
ちょっと笑ってしまったのだけど、

こうした自己決定と選択の自由へのこだわりが自殺させるのは米国の医療なのだから、
配給医療による安楽死の問題はないに等しいといっているようにも読める。

私が読んで理解した範囲では、だいたい以下のような論旨。


Ezekiel Emanuel という人は
著名な腫瘍科専門医で、生命倫理学者で
The Office of Management and Budgetの医療顧問、
またObama政権の主席補佐官Rahm Emanuel氏の兄弟(どっちが兄かは?)。

このDr. Emanuel、
1997年(これはOregon州に尊厳死法が出来た年だと思う)にThe Atlanticという雑誌で
実に見事な医師による自殺幇助批判を展開している。

いわく、
いったん合法化されれば医師らは患者を死なせる注射をすることに徐々に抵抗感を失い
ルーティーンとなる。

いわく、
抵抗感がなくなれば、その選択肢は、ターミナルな患者だけでなく、
社会から見て苦しそうで目的のない人生を送っているように見える人に広げたくなる。

いわく、
そこに財政的な問題が加われば、安楽死はあっという間に例外ではなくルールとなる。

特に2010年にはベビー・ブーマーが定年を迎え始め、
その人口動態が社会保障とメディケア財政を逼迫させる状況という状況があるだけに。


当時のこのようなDr. Emanuelの自殺幇助批判は、さしずめ、今なら、
Obama政権は医療改革で「死の委員会」を設けて高齢者医療を切り捨てようとしていると批判する
Sarah Palin氏をはじめ共和党の面々が言いそうなことで、

医師による自殺幇助には、そうした指摘の通り“すべり坂”の懸念は実際にある。

しかし、皮肉なことに、そのEmanuel医師はつい最近Lancet誌に論文を書き、
豚インフルエンザ・ワクチンや提供臓器など、限られた資源は
高齢者や病人・障害者ではなく健康な若者に優先的に配給すべきだと主張した。

それに、英国のようなコスト削減意識の高い国ならともかく、
米国では“すべり坂”を懸念する必要はない。

米国では逆に「生きている限り一番高価な医療を受ける権利がある」という文化であり、
それは裏返せば、「思い通りの人生でなくなれば、
いっそ薬で死なせてもらう権利がある」という文化でもあるが、

要するに米国人にとって大事なのは完全な自己決定であり、
完全なコントロール、100%の選択の自由なのだ。
それ以外の選択肢など米国人の国民性DNAが受け付けない。

だから、心配しなくても、米国は安楽死による配給医療には向かわない。
安楽死も、どんな保険でもカバーされる「医療介入」の1つくらいにはなるかもしれないけど、
どっちにしたって、その先に起こるのは、医療そのものの財政的な自殺。

A More Perfect Death
By Ross Douthat
The NY Times, September 6, 2009


Emanuel医師のLancet論文はこちら

まともに読んではいませんが、
当ブログで言及してきた DALY と QALY について解説・分析があったので、
障害者関連の箇所一部のみを次のエントリーで。
2009.09.08 / Top↑
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