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「グローバルな新トレンド 医療ツーリズム」

英国から南アに飛んで手術
英国スタフォードシャー在住のイエイツ氏(当時70歳)は2000年10月、右股関節の痛みに苦しんで専門医のところへ行った。5年前に左股関節を人工関節にしてもらった時にも3カ月ほど手術を待たされたので、そのくらいの覚悟はあった。ところが今度の手術は1年半も先になるという。イエイツ氏は大いにショックを受けたが、そこはIT時代の高齢者である。さっそくパソコンに向かった。まず米・仏・独の病院を調べ「結構いい値段だなぁ」などと思っていると、ひょっこり見つけたのが南アフリカはヨハネスブルクのクリニックだった。

メールで医師と直接やり取りをしたところ、欧米の約3分の1の費用で手術が受けられると分かった。1年半も待つよりは、と翌年3月に南アに飛んだイエイツ氏は到着の6日後に手術を受け、4週間滞在して帰ってきた。「あちらでのサービスは全くもって素晴らしかった」と満足している。

イエイツ氏の体験談が紹介されているのは、2001年5月31日付のガーディアン紙の記事「NHS(国民医療サービス)の手術待ちにうんざり? では海外はいかが?」である。

氏のように医療サービスを求めて海外へ出かける人は、その後も急増しており、世界中でmedical tourism(またはhealth tourism)が一大ビジネスを成しているらしい。「医療を求めて海外へ」というと、日本では臓器移植をイメージしてしまうが、どうやら一般的な医療にまで広がっているところが新しいトレンドのようだ。

安くて早い、便利で豪華
その最先進国の一つが、タイだ。Board of Investment of Thailand のウエブ・サイトによると、タイはアジアの医療ハブをめざして「5カ年計画」を2004年にスタート。同年に60万人だった海外からの医療ツーリストは、06年にはざっと100万人に膨れると予想されている。呼吸器・循環器系の手術から美容整形、タイ式マッサージ、ホリスティックまで守備範囲は多彩だ。首都バンコクにあるバムルンラード病院は、世界のどの病院よりも外国からの患者を多く受け入れていると豪語(CBSニュース05年9月4日)。豪華ホテル並みの病室と8カ国語の通訳がいる国際患者センターを備え、そのHPは14カ国語で読むことができる(日本語版もあり、日本語でのメールも可)。

もう一方の雄はインド。在英インド高等弁務局のウェブ・サイトには「インドの医療施設」というページがあり、インド各地で受けられる治療を詳しく解説。掲載されているインド最大の医療コンツェルン、アポロ病院の写真は、まるで宮殿のようだ。医療ツーリズムをIT産業に次ぐ次世代の成長産業と位置づけるインドは、民間医療サービスへの助成など国を挙げて力を入れており、2012年には23億ドル産業に成長すると見込まれている(International Herald Tribune05年12月2日、CNN8月1日など)。

シンガポールも負けていない。9月に同国で開催されたIMF(国際通貨基金)の年次大会では、各国代表と同行者を対象に、最新流行の美容治療と健康診断を1割引で売り込む病院が現れた。年間20万人という海外からの患者は半数以上がインドネシアからとあって、欧米への顧客拡大を狙った作戦だったようだ(BBCニュース9月12日)。

参入しているのは他にもフィリピン、マレーシア、トルコ、ドイツ、ハンガリー、ラトビア、コスタリカ、キューバ、レバノン……もっと調べれば、まだまだ出てくるだろう。国によって得意分野があるが、美容整形から整形外科、呼吸器、循環器系の手術、臓器移植、生殖補助医療まで、ありとあらゆる治療が並んでいる。治療費は欧米の3分の1から10分の1。それでも人件費が安いから、サービスは充実。コールボタン一つでナースが飛んでくるそうだ。

病院のHPはもちろん、往復から滞在中のすべてをパックで引き受けるツアー会社、お好みの治療を探してくれるブローカー会社など、各種リンクが張られた医療ツーリズム関連サイトは、ネット上にまさに目白押し。それぞれ医療レベルの高さや治療費の安さ、豪華なアメニティ、エキゾチズムや独自色を強調し、売り込む声がにぎやかだ。アフターケアや医療過誤の際の対応に懸念の声もなくはないが、医療ツーリズムは外貨獲得の手段として既に立派に確立したビジネスのようである。

背景には先進国の医療崩壊
しかし、こうした医療ツーリズム隆盛の背景にあるのは、実は欧米先進諸国における医療の行き詰まりである。アメリカでは医療費の高騰と無保険者の増加が社会問題となって久しい。その結果、治療を拒むことが出来ないERに患者が殺到し、本来の機能が危ぶまれていたり(Washington Post 6月15日・9月28日)、中間所得層や、さらにその上の所得層でさえ医療費の支払いに問題を抱えているという調査結果が報告されている(AP8月17日)。

医療の荒廃に、ブレア政権による必死の医療改革も追いつかないイギリスでは、心臓手術すら1年以上待ち。病院では看護師不足で食事介助の手が足りず、入院中の高齢者の6割に低栄養の懸念がある(Yahoo!UK&IRELAND News 8月29日)というから、すさまじい。

治療待ち患者リストの長さに病院の処理能力が追いつかず、ついに患者の選別に踏み切ったのはニュージーランドのカンタベリー州だ。5300人の患者に待機リストからの削除を通知したそうだ(The Press8月4日)。削除された患者はどうなるのだろう。

医師不足が深刻なオーストラリアでは、陣痛が始まっているのに病院に受け入れを拒否された妊婦が、道端の車の中で死児を出産するという事態まで発生した(The Australian 6月8日)。

ここまで自国の医療が崩壊すれば、見切りをつけたお金持ちは、安くてスピーディな医療を買いに発展途上国に出かけていく。「医療のグローバリズム」と品よく呼ぶことも出来ようが、医療ツーリズムとは、金持ち国の医療が貧乏国にアウトソーシングされる構図にほかならない。

片や貧困と病気に喘ぐ自国民
 欧米のお金持ちが優雅に療養するアポロ病院から程遠い、国民の3分の1が暮らすというインドの田舎からは、こんなニュースが聞こえてくる。インドの農家も最近では国際競争に晒されるようになり、競争力をつけるには、アメリカから高価なバイオテクの種や肥料などを買わなければならない。しかし、その一方でアメリカが自国の農家に巨額の助成を続けるので、綿の価格は下落。インドの零細な農家が生き残るには高利貸から借金を重ねるしかなく、かんがい施設も災害保険も不備な中で、ひとたび娘の結婚や不作の年があれば完全なお手上げ状態だ。2003年には17000人以上の農夫が自殺し、その後も続いている(NYTimes9月19日)。

前出のInternational Herald Tribuneの記事によると、インドでは簡単に治療できる下痢で年間60万人が命を落としている。結核で死ぬ人が年間50万人。人口1万人に対する医師の数を比較すると、イギリスの18人に対して、インドは4人。もっと自国民の健康増進に力を入れろ!……と、インドのお医者さんたちは怒っている。

もっともな怒りだと思う。

児玉真美
「世界の介護と医療の情報を読む ⑤」
介護保険情報」2006年11月号 (P.80-81)


この記事を書いた当時は
まだAshley事件も「無益な治療」論や自殺幇助合法化議論も知らなかったので、
経済のグローバリゼーションで起こっているのとまったく同じことが
医療でも起こっていることに初めて気づいた衝撃が大きくて、
調べるにつれて出てくる事実の思いがけなさに
いちいち「え? えっ?」と仰天した。

その後、Ashley事件と出会い、その背景を調べるに連れて、
Ashley事件という小さな窓から見えてきたのは、さらに恐るべき光景だった。


バブリーな医療に莫大な資金が投入されている一方で、
スローな医療にかかる費用だけが計算され、あげつらわれて、
医療費高騰の犯人だと名指しされ、切り捨てられていく。

バブリーな医療の恩恵にあずかれる一部の金持ち国の富裕層の医療を支えるために
ごく基本的な医療すら奪われ、安価な臓器の刈り取り場として扱われ、
人として最低限の尊厳を奪われ踏みつけにされていく
貧しい国の貧困層。

そんな、大きな図をある程度つかまえた上で、
英国で急速に進む自殺幇助合法化議論を追いかけている今、
改めてこの記事を読み返してみたら、つくづく思った。

本当に考えなければならない「尊厳」は
金持ち国の富裕層が望みどおりの死に方ができないという意味での「尊厳のなさ」ではなく
インドの田舎で下痢で命を落としていく貧困層の死に様の「尊厳のなさ」の方ではないのか──。

「死の自己決定権」を云々するなら
まず、誰もが最低限の医療を平等に受けられる状況を保障し、
その上で万人が平等にその権利を行使できる状況を作ってからにすべきではないのか――。
2009.08.03 / Top↑
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