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4月にDignitasの創設者が
病気の夫と健康な妻(カナダの夫婦)の自殺幇助を検討中だと語った時から
実は、ずうっと頭のすみっこに居座っている想念というか、予感がある。



先週、英国の著名指揮者夫婦が夫の方は健康であるにも関わらず
「妻を失っては生きていけない」という理由でDignitasでそろって自殺してから
メディアでも個人ブログでも賛否両論、多数の記事が相次いでいる。

それは知っているのだけど、
月曜日の臓器移植法改正A案の成立から、気持ちのどこかがメゲたままなので
この夫婦の“幇助心中”を賛美・擁護する記事を読んでケチをつける元気がわかない。

それで、目には付いても、みんなスルーしていたのだけど、

この記事のタイトル「もう終わりにしようと決める勇気」には
「げっ。何が勇気だよっ」と腹が立って、つい目を通してしまった。

Assisted Suicide - The Courage to Call It a Day
By Ian Brockwell,
The News Blaze, July 14, 2009

まぁ、だいたい予想通りの展開と文意。

特に最後の辺りの
「中には夫妻の決断を批判する人もいるかもしれないけど、
 でも、2人の勇気と、互いへの愛は尊重しなければならない。
 その愛で2人は54年間も幸福に暮らしたのだから」

美しい夫婦愛──。
それが全てを許容する──。
この美しい愛に、他者は指差したり石を投げてはならない──。
当事者の苦悩を知らない他者には、何も言う資格はない──。
54年も愛し合い、連れ添った夫婦なのだから――。

“Ashley療法”論争で聞いた声と、まったく同じだ。

美しい親の愛──。
それが全てを許容する──。
これほどに子を愛する親の気持ちに、他者は一切の批判を控えるべきである──。
これほどの親の苦しみを知らない人間には、何を言う資格もない──。
こんなに手のかかる子どもを何年も愛し介護してきた親なのだから――。

もしも、この先、
障害のある子どもを残して逝くに忍びない重病の親が“幇助心中”を求めてDignitasを頼ったら、
世論は、これと同じトーン、同じ言葉で美化し、許容するのだろうか……。

親亡き後に施設に入れられるくらいなら、
こんなにも自分を愛してくれる親と一緒に死ぬ方が本人の幸せじゃないか、と言って……?
2009.07.17 / Top↑
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