2.前置き部分
冒頭、おおむね以下のような趣旨説明があります。
成人の医療においては、水分と栄養の供給をその他の医療と全く同じとすること、したがってその他の医療行為と同じく、差し控えや中止が認められることが、 1983年の大統領委員会、米国医師会ほか多くの専門職団体によっても、また裁判所の判例によっても確認されて、すでに現場でのコンセンサスとなっている。
93年の米国小児科学会のガイドラインも差し控えてもよい場合について言及しているにもかかわらず、子供に栄養を与えることは情緒的にも社会的にもシンボリックな行為でもあって、現場は判断に困っている。
そこで乳幼児、児童、意思決定能力を欠いた青年から水分と栄養を差し控えることができる条件について、親、後見人、臨床医へのガイドラインを示す。
医療上飲食が好ましくない場合を除いて、
経口摂取が可能な子供には経口で飲食をさせなければならない、
とのAAPの基本方針を確認し、
医療的な装置による水分と栄養の供給に生存を依存している子どもたちを
対処すとするガイドラインであることを断ったうえで、
非常に気になることが書かれています。
水分と栄養の供給を基本的なケアと捉え、
食べることの喜びや親との心の繋がり、周囲の人との交流など、
社会的、文化的な意味を強調する論者もあることを認めつつ、
それは飲食の「シンボリックな意味」に過ぎないと一蹴するのです。
飲食ができない子どもは咀嚼したり味わったりする喜びを経験することはできないし、食べ物を誰かと一緒に食べて、食べることを通じて関わる楽しみを味わうことはできないし、空腹ものども渇きも自分ではわからないし、食べ物を与えられることによって身体に栄養を得ている実感を経験することもできない。
そういう子どもたちのニーズは様々で、中には水分と栄養の医療的な供給がそのニーズに合わない子供もいる。
「医学的な装置によって水分と栄養を供給することは、食事を取ることとは異なる」ので
食べる行為に伴う咀嚼や嚥下、それに伴う喜びや人との交流を連想させる
「食べ物」という用語は用いない。
「餓死」という用語も死に伴う苦痛を連想させるが、
水分と栄養を停止した場合に訪れる死はむしろ脱水の結果であり、
多くの研究から苦痛を伴うことは滅多にないとされているので、
「餓死」という用語も用いない、と説明します。
広く様々な点から検討し、親の裁量権を十分に認めた上で、
栄養と水分から受ける実質的な利益と予測される負担とを比較考量し判断することが基本とされますが、
その際に目を引くのは
著者らが子どもの意識状態を重視していること。
consciously experience any benefit from continued existence という表現で、
「ただ身体的に生きているというだけの状態が延長されることの利益を体験できるほど
子どもに意識があるかどうか」に、著者は論文全体で一貫してこだわりますが、
論文の後半部分には mere physical existence という表現も登場しており、
continued existence という表現そのものが、
あらかじめ子どもの意識状態を否定しています。
次のエントリーに続きます。
【全エントリーはこちら】
米小児科学会倫理委の「栄養と水分の差し控え」2009年論文 1/5:概要
米小児科学会倫理委の「栄養と水分の差し控え」2009年論文 2/5:前置き部分
米小児科学会倫理委の「栄養と水分の差し控え」2009年論文 3/5:差し控えが適当である例
米小児科学会倫理委の「栄養と水分の差し控え」2009年論文 4/5:倫理的な検討
米小児科学会倫理委の「栄養と水分の差し控え」2009年論文 5/5:法律的な検討
http://www.lifesitenews.com/ldn/2010/jul/10072309.html
自殺幇助を医師の判断で医師にやらせるのではなく、裁判所を判断機関として合法化しようと提案のコメンタリーがGuardianに。
http://www.guardian.co.uk/commentisfree/belief/2010/jul/28/assisted-suicide-dying
Obama大統領の医療制度改革で、2012年に任意加盟で障害者の地域生活を支援するthe Community Living Assistance Services and Support (CLASS)プログラムがスタートする。障害の程度に応じて最低一日50ドルが支給されるが、すぐに加盟しても給付を受けられるのは2017年。:Ashley事件の頃に、障害当事者がしきりに運動していたCommunity Choice Actがこういう形になったもの?
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2010/07/26/AR2010072604721.html?wpisrc=nl_cuzhead
米国の障害者法成立20周年。Obama大統領が、政府もテクノロジー分野ももっと障害者の雇用を、と。
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2010/07/27/AR2010072705699.html?wpisrc=nl_cuzhead
緩和ケアでしきりに言われる「スピリチュアル・ケア」だが、その内容については、患者が求めているものと医療職や家族が考えているものとの間にギャップがある。
http://www.medicalnewstoday.com/articles/195815.php
英国キャメロン首相が犯罪防止策とコスト削減策として、犯罪防止パトロールを地域で組織したボランティアに、との方向性を打ち出し、“DIY取り締まり”と早速メディアがネーミング。
http://www.guardian.co.uk/uk/2010/jul/26/cameron-budget-cuts-diy-policing
国民一人一人がNHSのコスト削減に責任を持とう、と英国保健相。:これは上記のニュースとセットかも?
http://www.guardian.co.uk/society/joepublic/2010/jul/27/andrew-lansley-health-personal-responsibility
もう何年も問題になっている環境ホルモン、ビスフェノールは飲食物の容器だけでなく、紙やレシート用紙にも含まれていると分かった。
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2010/07/26/AR2010072605001.html?wpisrc=nl_cuzhead
AIDS予防の女性用ジェルの今後に関する課題もろもろ。
http://www.nytimes.com/2010/07/27/health/27aids.html?_r=1&th&emc=th
3月にスペインで世界初のフル・フェイスの移植を受けた男性が、テレビのインタビューに応じた。
http://www.guardian.co.uk/world/2010/jul/26/full-face-transplant-patient
Dr. Deathこと Dr. Jack Kevorkianと同窓なんだとか。
それで、Michigan Medical SchoolのあるAnn Arborで会い、
一緒に母校を訪問して、キャンパスでインタビューを行った、と。
驚くのは、彼らが母校のキャンパスを歩いていると、
K医師に気付いた人々の中に、声をかけてくるのはともかく、
サインをもらいに来る人までいたこと。
(アンタら、有名人なら、誰でもええのんか……いや、
それとも医大には彼を尊敬したりヒーロー視する人がいるものなのか……)
インタビューでは弁護士がGupta氏の真後ろに立ち、
Guptaの正面に座ったK医師は、しばしば弁護士の方を見ながら答えている。
そして、Guptaの質問の大半を、
ただ聞き流したり、はぐらかしている。
6月28日にもHBOのドキュメンタリーが放送されるとのこと。
K医師自身はこのテレビ映画で一銭ももらっていないそうなのだけれど、
このインタビュー、やっぱりプロモの意味もあるのかもしれない。
Guptaが聞きたいことは何も語っていないのだけど、
必要以上にドラマチックに書かれている記事の描写から受けるのは、
Kevorkianという人は、なんてビターな人なんだろう……という印象。
この人、たぶん、人間が嫌いなんだな……
心の奥底に、何かに対する根深い憎しみを抱えている……?
なんか、そんな、ビターな感じ。
最初に投げかけられた質問をはぐらかして、K医師がいきなり問うのは
「私の人生の最悪の瞬間というやつが、分かるかね」
そして、その答えは「私が生まれた瞬間」。
大学で、かつてのクラスメートらの写真を眺めながら
「死んだ。死んだ。こいつも、こいつも、もう死んだ。
こいつは、私なんか監獄にぶち込まれてしまえと考えていたヤツだ」
「そんなことがあったんですか」
「いや、きっとそうだったに違いない、と、な」
医学部受験の際の面接で、医師になりたい理由については何と答えたかと聞かれると、
「相手が望む通りを答えてやったさ。人を癒したい、とか
医学をやりたいのは全ての職業の中で最も……そうだな、
ノーブルな(崇高な?)ものだから、とか言ったんだったな」
「医療はノーブルな職業ですか?」
「いいや。ちがう」
130人の自殺を幇助したというK医師は
それを安楽死とは呼ばず、patholysis と呼ぶ。
PatholysisとはK医師の造語で、
path は、病気または苦しみ。lysis は、破壊。
したがって、patholysis とは「苦しみの破壊」。
彼は自分の裁判を通じて憲法修正9条について明確にしようとしたのだけれど、
最高裁が上訴を棄却したことをいまだに不満に思っている。
その辺りのことについて、
直接的に言葉を引用できないわけでもあったのか、
それとも実はさほどの内容がなかったのか、
Guptaが自分の理解を自分の言葉でまとめている。
I realized this was what he had building up to for some time. This wasn't just about assisted suicide; this was about upholding the ability for people to do whatever they wanted to do, without interference from doctors, the states or the federal government.
That the rights of the masses should not impede on the rights of a few. Someone once told me that was the "gist" of the Ninth Amendment, and it is something that has helped inform Dr. Jack Kevorkian's thinking and his life.
要するに、医師にも州や連邦政府にも、集団の権利にも侵されない
個人の自由、少数者の権利というものがあって、
それを保障しているのが修正9条だ、という主張であり、
自殺幇助の議論とは、K医師にとってはそういう権利の問題なのだ、という解釈。
私はKevorkian医師の裁判については、ほとんど知らないので、
この解釈の妥当性については、何とも言えない。
ただ、尊厳死の議論で「自然」を盾にとって安楽死を支持するのと同じ人たちが、
例えばAshley事件で「自然に反する」という批判に
「自然なんて意味のない概念だ」と突っぱねている人たちと
実は同じ人たちなんじゃないかと私は密かに疑っているのと同じ意味で、
「個人の自由」とか「自己選択権」「自己決定権」についても
同じ人が問題によって都合よく信奉したり、あるいは否定したり、と
ダブルスタンダードで使い分けているんじゃないかと
ここでも、なんとなく眉に唾をつけたくなってしまう。
Kevorkian: ‘I have no regrets’
Dr. Sanjay Gupt, CNN, June 14, 2010
このインタビュー、できればGupta以外の人にやってほしかった。
前から、あまり好きではなかったけど、
2007年1月の“Ashley療法”論争の際に
CNNのサイト内の自分のブログ Paging Dr. Guptaの1月5日のエントリーで
次のように問いかけて終わっているのを見た瞬間に「ダメだ、こいつは……」と、
思わず、つぶやいて以来、個人的に評価がものすごく低い。
「皆さんはどう思いますか?
Ashleyがあなたの娘だったら、あなたはどうしますか?」
医療職ではないメディア人が問うならまだしも、
仮にも医師なら、これが医療倫理のまっとうな問いの立て方かどうか、
これは、そういう問題ではないことくらい分かるはず。
もちろん、メディアやゼニに魂や良心を売っぱらった医師は
Guptaだけじゃないし、米国だけの話でもないけど、
このKevorkian医師のインタビュー記事の書き方にも、
「Ashleyがあなたの娘だったら、あなたはどうしますか?」と同じ、
紋切り型で皮相的なところが鼻につく。
【追記】
一旦アップした後で、以下の関連エントリーを追加していて気付いたのですが、
K医師は4月には「PASは医療の問題。法律は関係ない」と語っています。
ここでは「医師にも政府にも口出しできない個人の法的権利」と言っているのだとしたら、
その整合性は……?
それとも、やっぱり文脈と場面によるご都合主義の使い分け?
【関連エントリー】
自殺幇助のKevorkian医師、下院出馬の意向(2008/3/14)
アル・パチーノ主演でKevorkian医師の伝記映画作成か(2009/5/27)
Dr. Deathをヒーローに祭り上げ、シャイボさんをヘイトスピーチで笑い物にするハリウッド(2010/3/25)
FENが「Kevorkian医師の半生記映画見て“死ぬ権利”考えよう」(2010/4/22)
Kevorkian医師「PASは医療の問題。政治も法律も関係ない」(2010/4/26)
かなり前にニュースになっていた事件で、Minnesota州の元看護士の男性William Melchert-Dinkel, (47)がインターネットでウツ病の人たちに自殺をするよう働きかけ、方法を教えるなど幇助したとされていたが、金曜日に起訴された。直接の容疑はカナダ人女性と英国人男性の自殺幇助。しかし、ネットを通じて幇助した人は数10人と言われる。
http://www.google.com/hostednews/ap/article/ALeqM5gQJO3cHmuYbUTstiXGkZE2lviZ9wD9F91QI00
製薬会社と並んで、ここ数年米国で問題になっているのが医療機器の会社のデータ改ざんや政治家との癒着。5年間に、そうした機器の不具合による死亡ケースが710例報告されて、FDAが認可の条件を厳格化。特に輸液ポンプなど。:2009年1月には[http://blogs.yahoo.co.jp/spitzibara/48380012.html FDAの科学者らから認可審査のずさんさについて内部告発]もあった。
http://www.nytimes.com/2010/04/24/business/24pump.html?th&emc=th
豚インフル・ワクチンの反作用に関する調査でマヒや死亡に至る可能性のある症候群が増えている可能性。しかし、米政府の関係者はまだ分からない、とも。
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2010/04/23/AR2010042304965.html?wpisrc=nl_cuzhead
ここ数年、ヨーロッパ、ロシア、日本、アメリカなどから金属製品のスクラップを買い込んできたインドで、その加工を行う小さな工場で働く人たちが立て続けに7人が入院する事態となり、警察がその地域を閉鎖。有害ITゴミによる環境汚染や人的被害の恐れ。:[http://blogs.yahoo.co.jp/spitzibara/60000283.html 4月16日の補遺]に関連記事。もちろん07年の[http://blogs.yahoo.co.jp/spitzibara/56696920.html 象牙海岸の悲劇]は忘れられないし、現在もまだ続いている。
http://www.nytimes.com/2010/04/24/world/asia/24india.html?th&emc=th
米国のボーイスカウトに、70年以上も前から性的虐待に関する苦情処理のファイルがある。それほど多発していたということ。80年代にリーダーの男性から性的虐待を受けたという男性の訴訟で、米国ボーイスカウトは賠償金185万ドルの支払いを命じられた。
http://www.nytimes.com/2010/04/24/us/24scouts.html?th&emc=th
http://www.examiner.com/x-29099-Grand-Rapids-Public-Health-Examiner~y2010m4d22-HBOs-Jack-Kevorkian-film-spotlights-assisted-suicide
http://www.google.com/hostednews/ap/article/ALeqM5hT9vOTc-PV_bpyXxDgy2uJI4zkYgD9F872GO1
フロリダのリッツ・カールトンホテルに宿泊した英国人一家が、チェックインの際に「有色人種スタッフや外国なまりのあるスタッフのサービスは受けたくない」と要望し、黒人ウエイターが差別されたとして提訴。
http://www.timesonline.co.uk/tol/news/world/us_and_americas/article7105776.ece
スペインで世界初のフル・フェイス移植。近く英国のチームが世界初で行う予定にしていたところ、スペインに先を越された格好。患者は30代の農夫で、銃の暴発で口、あご、鼻を失い、自力での呼吸も食事もできなくなっていた。胃ろうと、首からチューブを入れての呼吸になっていたとのこと。顔の移植については、これまで、フランス、アメリカ、中国、スペインで行われてきたが、すべて顔面の部分移植で、フル・フェイスは今回が初めて。ただ、顔の移植には、強い免疫抑制剤を障害に渡って飲み続けることから重大な副作用のリスクがあり、倫理問題がとり沙汰されている。:顔の移植については2008年8月にフランスと中国の2例を[http://blogs.yahoo.co.jp/spitzibara/42876328.html こちらのエントリー]で取り上げた際に、すでに「次はフルフェイスで」という話が出ていて、つまりは世界初のフルフェイスをどこの国がやるかの国際競争だった。顔面移植の倫理問題も、この時の記事には免疫抑制剤の副作用以外にも、いろいろ触れられていたのだけど。
http://www.timesonline.co.uk/tol/news/world/europe/article7105588.ece
サウジアラビアで80歳の男性と結婚させられていた12歳の少女の離婚の申し立てが認められ、結婚年齢の見直しの必要が言われている。
http://www.timesonline.co.uk/tol/news/world/middle_east/article7104248.ece
性犯罪者が登録されて、生涯、見直しなしで監視の対象とされるのは人権侵害だとの2人の性犯罪者が訴えを、英国最高裁は部分的に認めた。:米国では確か、足首にGPSの発信機をつけさせるんじゃなかったっけか。
http://news.bbc.co.uk/2/hi/uk_news/8634239.stm
カトリック教会が教会として初めて、長年の児童虐待について正式に謝罪。
http://www.timesonline.co.uk/tol/comment/faith/article7104305.ece
病院ごとの患者の死亡率だけを問題に調査に入るのは不当、と英国の病院。:まったく、その通りだと思う。医療とか教育には成果主義はなじまないような気がする。
http://news.bbc.co.uk/2/hi/health/8633214.stm
前立腺がんの患者のうち、貧困な地域の患者は裕福な患者ほど放射線治療や手術を受けられていない。
http://news.bbc.co.uk/2/hi/health/8637584.stm
重い自閉症の子どもを持つ父親が、言葉を持たない自閉症の人向けにコミュニケーション機器 Speas4Meを作成。
http://news.bbc.co.uk/2/hi/technology/8634607.stm
日焼けマシーンの中毒になる人たち。皮膚がんのリスクがあるという問題と、日焼け中毒の人たちは薬やアルコールの中毒リスクも高いという問題と。:摂食障害に共通する自尊感情の問題とか……?
http://news.bbc.co.uk/2/hi/health/8625840.stm
英国保守党のCameron党首が、宙ぶらりん議会(hung Parliament)になったら経済危機だと。:日本でも、そういう方向に向かっているみたいだし。
http://www.timesonline.co.uk/tol/news/politics/article7104332.ece