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先週、この4月からミュウを担当してくださっている作業療法士さんから連絡があった。

年頃の女性なので、個別OTの時間に
化粧水をつけたり、ハンドクリームを塗って手をマッサージしたり、というのを
やってみたいがどうだろうか、

合う・合わないがあるものなので、もしもやってよければ、
そちらで用意していただけないか、

ハンドクリームはちょっと香りのついたものにしてもらえると
マッサージしながら、よりリラックス効果があるのではなかろうか、
ということだった。

ミュウは20歳の誕生日に、母の友人から
ファンデーションとピンクの口紅をプレゼントしてもらったのだけれど、
お出かけの際にさっそく使ってみたところ、もともと肌が弱いところに持ってきて
じゃぶじゃぶ洗顔できない彼女は拭いて落とすことしかできず、
ファンデーションにひどくかぶれてしまった。

その体験に親の方が臆してしまって、
そういえば、いつのまにか、お風呂上りにもヒルドイド保湿軟膏……。
確かに色気もへったくれもないよなぁ。

若いOTさんの提案が嬉しくて、
一応、肌が弱いことをお伝えすると共に
さっそくこの週末に本人と買いに行きます! とお返事した。

化粧水とハンドクリームなら近所の薬局でも用は済むのだけれど、そこは、やっぱり
ミュウにとっても楽しい「お化粧選び」のショッピングに盛り上げてやりたい。

そこで今日のお出かけは、日頃のTシャツ姿をやめて、
一昨年の夏にブティックで買った黄色のチュニックと、その下に
買ってまだ一度も袖を通していない大人っぽい白シャツで、バシッと決めた。

元の職員さんが成人のお祝いに手作りしてくれた
きれいな赤いネックレスもかけて。

横になっていることが多いため、常にてんで好き勝手な方角にバクハツしている髪の毛も、
丁寧に髪の付け根をまんべんなく湿らせて、車では帽子をかぶっておいたら
ショッピング・モールに着くころには、なんとか平和な頭になった。

「ミュウの化粧水を買うんだよ」と昨夜から何度も言われているから
いつもは買い物嫌いのミュウもまんざらでもない様子だった。

お店に入って、応対に出てきてくれた店員さんに
「この人の化粧水なんですけど……」と言って振りむいたら、
車いすのテーブルの上で自分の財布をしっかり握ったミュウは、
そう何度も見せたことのない緊張した顔になっていた。

そうだよね。
自分で自分の化粧品を買う、あんたの初体験なんだものね。

ありがたいことに超敏感肌用の化粧水というのがちゃんとあった。
ちょっとボトルが大きいのが気になったけど、ミュウがそれにするというので購入。

ハンドクリームは、何種類か出してもらった中に
バラの香りがするというヤツがあり(キャップもバラの形!)、
ミュウが気に入ったので、それに決めて、

ついでにボディ・ローションやリップクリームも物色。

そういうお店で(といってもDHCなんだけど)
そういうオネエサンに、そういうものをいくつも目の前に並べられて
手につけてみたり、匂いを嗅いでみたり、という体験は新鮮だった様子。

その後、そういうものを入れる小さめのバッグを求めてモール中をウロウロする。

なかなかピンと来るものがなく、ミュウも首を振り続けたのだけれど、
最後に入ったお店でキプリングのバッグを見ると、
即座に目を輝かせて大口を開けた。

やっぱり親子かしらね。キプリングは母が大好きなバッグ。
お母さんとお揃いになるね。しかも、ここ40%オフじゃん!

OTの時間の化粧品を入れるバッグにするにゃ、ちと高いけど、
な~に、あんたが気に入ったなら買ってしまいんさい。
今日は、女のオトナ買いよ。

レジに向かう途中で財布を握らせると、
白手袋をしたレジのお姉さんに、ミュウがまたちょっと緊張する。

「おかあさんといっしょ」DVDを買うのに何度もこのシチュエーションは経験しているのに、
そういうのとは、やっぱり勝手が違うらしい。
大丈夫よ。お母さんが一緒にやってあげるから。

無事に支払いを済ませ、ミュウは車いすのテーブルの上に
DHCのビニール袋とExellの紙袋とを大事に抱えて車に戻った。


夕方お風呂から上がって、ためしに化粧水をコットンでつけてみる。
さすが超敏感肌用だけあって、ぜんぜん大丈夫だった。

やっぱヒルドイド軟膏のべたべた感より、このしっとり感はいいね。
ボトルもちょっとオシャレだしね。

買ったばかりのバッグを開くと、
ミュウは気まじめな顔で化粧水のボトルに手を伸ばした。

化粧水と、バラの香りのハンドクリームと、
口紅みたいなリップクリーム、
コットンを入れた小さなポーチを、
一つずつ、自分で入れる。

それから、どこかの景品でもらってきたピンクの手鏡と
どこかのホテルで母がもらってきたレディスセットの中から、髪止めと、
パステルカラーのコットンボールやら、あぶら取り紙やらを、
ガサガサと家中から探してきては、バッグのポケットに詰め込んだ。

最後に、キプリングのゴリラの隣に、
裏にミュウと名前を掘った革製ウサギのマスコットを父がぶら下げて、
(これは養護学校時代に使っていた通学カバンから外してきた)
今日のイベントは終了。

そんなオトナの女の一日に疲れたウチの愛しい娘は、
さっき「世界で一番受けたい授業」の途中でいつの間にか眠りこけてしまい
父親に「あんた、もうちゃんと寝んさい」と優しい声をかけられて、
眠ったままテレ笑いを浮かべ「ふわぁ」と答えておりました。
2012.05.27 / Top↑



Y先生が来られて制作活動を行いました。

筆をしっかりと握って、
楽しそうに描いておられました。

特に、Y先生がミュウさんの方に近づいてこられると
より一層、手を動かしておられましたよ。

「ステキな作品ね」と誉めてもらうと、
とても嬉しそうにしておられました。

とっても意欲的なミュウさんでした。
2012.05.13 / Top↑
ミュウは実習生が来ると、
その中から好みのタイプに目をつけ、
全身の愛想という愛想を動員してニコニコ秋波を送る。

時には「あの人でないとイヤだぁ」と摂食拒否でゴネて、
自分の好みの実習生をおびき寄せることすらする。

が、御指名を受けたカレが食事介助に入り、
いざスプーンが口元にくるや、

買ってもらえないと見切りをつけた押し売りみたいに、
笑顔をすっと消してプイッと横を向き、断固ゼッタイに口を開けてやらない……らしい。

なだめられても透かされても。断固。ゼッタイに。
ジリジリと焦っていく実習生の顔をこっそりチラ見しつつ。

で、ついにネを上げた実習生が
職員さんに泣きついて助けを求め、
職員さんに介助が替わると、パクパクと食べ始める。

「え~~。なんでぇ」と
実習生の悲嘆の声を心地よく聞き、ほくそ笑みつつ……。

噂によると、
ウチの娘はどうやら、そういうヤツらしい。

我が家でその毒牙にかかるのは父親。
また、この犠牲者が、懲りるということを知らない。

娘の目に浮かぶ色を見れば遊ばれているのは歴然なのに、
ちょっとせびられると、いそいそと自分のおかずを娘の口元に運んでは、
プイっとすげなくフラれている。

泣く父。

それをチラ見しては、
してやったり、と幸福そうな娘。

まいど、まいど。
凝りもせず、週末ごとに――。
2012.03.30 / Top↑
やっと少し暖かくなったので、
ミュウと散歩して近所のモスへ。

ハサミで微細に刻んだバーガーは親が食べさせるけど、
大好きなポテトだけは、いつも「持たせろ」と手を伸ばしてくる。

握らせると、苦労しながらも
一か所だけ噛み切ることができる左奥歯に持っていき、
なんとか自分で上手に食べる。

時々、その手が母親の顔の前にぬっとやってきて、
ポテトを口に突っ込もうとする。

なぜか食べさせてもらえるのは母親だけなので、

ありがたく、
クソ握りでつぶれたポテトをいただく。

そして、言葉を持たない娘は、
私の前に顔を近づけ、

目をきらきら見開いて、
顔全体で「おいっしーねっ、ねっ、おかーさん!」と言う。

弾んだ口調で言う。

「うん。おいしーね」と、私も目だけで応じて、
その瞬間の完全無欠な幸福に、涙ぐみそうになる。
2012.03.14 / Top↑
ミュウを送っていって、
詰め所で看護科の男性職員Aさんとしゃべっていたら、

その人が急に何かを思い出して、一人で大笑いしながら
「この前、ミュウちゃんが思わず『ど』って言いそうになってね~」。

これまで重症心身障害者も入所が認められていたので(この春から制度が変わるが)
ミュウが暮らしている重症心身障害児施設にも様々な年齢の人がいる。

ミュウとちょうど40歳ちがうBさん(男性)は
身体障害と知的障害が重複しているが、その他の入所者に比べるとさほど重度ではない。
言語障害もあるが、慣れれば全く理解できないことはない。

容貌がたいそう渋く「無口で気難しい大工の棟梁」タイプであるうえに、
しゃべる時にはなぜか必ず怒ったような口調で怒鳴るので
ちゃんと知り合う前だと、かなり本気で怖い。

が、実は毎日どこかに赤いものを身につけないと機嫌が悪いとか
若い女性職員にはめっぽう甘いなど、可愛げのあるオモロイ人である。

入所した時からミュウのことをずいぶん可愛がってくれて、
小さい頃はよく抱っこしてくれていた。

ミュウが帰省して夕食時にいないと
「“ちっこいの”はどうした?」と、よくスタッフに聞いてくれるらしい。

デイルームでミュウが「番組替えて~」とか
「DVD見たい~」などとスタッフを相手にワガママを言っているのを
Bさんは時々、遠くから目を細めて見ていたりもする。

私たちがミュウを迎えに行くと、
車いすに乗ったBさんと玄関あたりや廊下で会うことがあり、そんな時Bさんは、
「ぎゃっじっ!」と私たちに向けて大声で激しく怒鳴る。

親切に「ミュウなら、あっちにいるよ!」と
指差しながら教えてくれるんである。

とはいえ、ミュウが4年前に成人を祝ってもらった時に
一緒に還暦を祝ってもらったBさんは、さすがに最近は弱ってきて、
デイルームでみんなと一緒に過ごすことが多くなってきた。

そんなBさんが
知的な刺激の不足からか年齢ゆえか、両方からか、
時々ぼ~っとするようになったことを
看護科の幹部職員であるAさんは心配しているのらしい。

ぼ~っと停止状態になっているBさんに気付くと、
そっと近付いていって、靴下をひっぱってやるのだそうだ。

ツンツンと引っ張りながら靴下を少しずつ脱がしていくと、
Bさんは、はっと、いつものBさんに戻り、
抵抗しつつ、「ごらぁ、どどぼー!」と大声で怒鳴る。

そういう2人のやりとりが繰り返されるのを、
ミュウはいつも興味しんしんで眺めているのらしい。

ついには、
ぼ~っとしているBさんに気付いたAさんが、
こそ~っと近づいていくのを見ると、

これから何が起こるかを予想して
ミュウの方が先に胸を弾ませてしまった。

目は、Bさんの脚に伸びるAさんの手に釘付けで
ミュウはワクワクを募らせていく。

Aさんもミュウのそんな視線を意識しながら、
ついにBさんの靴下の先を掴んだ……その瞬間、

ミュウは募る期待がピークに達し、
思わず「どろぼー!」と……

言葉を持たないミュウが、
その瞬間、本当に「ど」と言いそうだったのだという。

いや~、もうちょっとでミュウちゃんが「ど」と言うところでした。
本当に言うかと思いましたよ~。

Aさんが大笑いしながら語ってくれる。

ねー、ミュウちゃん、
「どろぼー!」って、思わず言ったんだよね~。

ミュウはそれにニヤニヤ顔で応えていた。


誰ひとりとして自ら望んでそこで暮らしているわけではない施設の、
なんてことない普通の生活の一場面――。
2012.03.14 / Top↑