8月22日の補遺で取り上げた以下の事件で、
被告のMirela Aionaeiに懲役3年の実刑判決。
英国でナーシング・ホームの介護者がシフトの際に(自分が)安眠できるよう、認知症の人6人に抗不眠薬、抗ウツ薬、向精神薬を飲ませて徘徊を防止していた、という事件。:職員個人がやると犯罪だけど、組織的にやるとまかり通ってしまうことの不思議……?
http://www.telegraph.co.uk/health/healthnews/9490019/Carer-drugged-elderly-so-she-could-sleep-on-duty-jury-hears.html
Carer jailed for drugging elderly patients
itv NEWS, October 4, 2012
22日の補遺では「介護者」としていますし、
多くの記事が「介護者」と書いていますが、
その後あちこちの記事を覗いてみたところ、
どうやら、この人は看護師。
この事件や周辺情報については
「介護保険情報」10月号(今月号です)の連載で取り上げて書いているので、
1ヶ月後くらいにこちらに全文掲載する予定です。
【関連エントリー】
佐野洋子「シズコさん」(2008/7/12)
認知症患者への不適切な抗精神病薬投与、教育・意識改革が必要(2009/4/17)
英国のアルツ患者ケアは過剰投与で「まるでビクトリア時代」(2009/6/5)
ナーシング・ホーム入所者に症状もICもなく精神病薬投与(2009/10/31)
不適切な抗精神病薬の投与、15万人の認知症患者に(英)(2009/11/15)
1人でTX州の総量をはるかに越える統合失調治療薬を処方する精神科医が野放し・・・・・・の不思議(2009/11/30)
被告のMirela Aionaeiに懲役3年の実刑判決。
英国でナーシング・ホームの介護者がシフトの際に(自分が)安眠できるよう、認知症の人6人に抗不眠薬、抗ウツ薬、向精神薬を飲ませて徘徊を防止していた、という事件。:職員個人がやると犯罪だけど、組織的にやるとまかり通ってしまうことの不思議……?
http://www.telegraph.co.uk/health/healthnews/9490019/Carer-drugged-elderly-so-she-could-sleep-on-duty-jury-hears.html
Carer jailed for drugging elderly patients
itv NEWS, October 4, 2012
22日の補遺では「介護者」としていますし、
多くの記事が「介護者」と書いていますが、
その後あちこちの記事を覗いてみたところ、
どうやら、この人は看護師。
この事件や周辺情報については
「介護保険情報」10月号(今月号です)の連載で取り上げて書いているので、
1ヶ月後くらいにこちらに全文掲載する予定です。
【関連エントリー】
佐野洋子「シズコさん」(2008/7/12)
認知症患者への不適切な抗精神病薬投与、教育・意識改革が必要(2009/4/17)
英国のアルツ患者ケアは過剰投与で「まるでビクトリア時代」(2009/6/5)
ナーシング・ホーム入所者に症状もICもなく精神病薬投与(2009/10/31)
不適切な抗精神病薬の投与、15万人の認知症患者に(英)(2009/11/15)
1人でTX州の総量をはるかに越える統合失調治療薬を処方する精神科医が野放し・・・・・・の不思議(2009/11/30)
2012.10.08 / Top↑
元空軍兵士でナース・プラクティショナー、
元UNOSの移植コーディネーターのPatric McMahonさん(50)が
米国の病院職員に対して、まだ救命可能性がある患者について
UNOS(全米臓器配分ネットワーク)から「脳死」判定の圧力がかかっている、
ドナー登録しない患者の家族を説得するための
マーケッティングとセールスの専門家が「コーチ」として雇われている、
人数「割り当て」制まである、などと提訴。
訴状には4つの事例が告発されているという。
① 2011年9月に交通事故でNassau 大学メディカル・センターに搬送された19歳男性。
まだ呼吸をしようとしていたし脳の活動の様子は見られたが
UNOSからの圧力で医師らが脳死を判定。
電話会議(?)ではUNOSのディレクターが
「この人は死んでいるんだ。分かったか?」と発言した、とも。
家族が臓器提供に同意。
② 同じく2011年9月。
ブロンクスのSt. Barnabas 病院に入院した女性。
まだ生きている様子が見られたが、
女性がかつて腎臓移植を受けていた事実をUNOSの職員は
女性の娘に臓器提供への同意に向けて圧力をかける材料に使った。
McMahonさんは抗議し、セカンド・オピニオンを得ようとしたが、
神経科医は無視して脳死を判定した。
③ 2011年10月。
ブルックリンのKings County 病院に入院した男性。
脳の活動の様子は見られたという。
ここでもMcMahonさんの抗議は無視されて、
男性は脳死と判定され臓器が摘出された。
④ 2011年11月。
薬物のオーバードースでStaten 島大学病院に入院した女性。
脳死判定が行われて、臓器が摘出されようとする直前に
McMahonさんは女性の体がまだけいれんしているために
「マヒを起こす麻酔」がされていることに気付いたという。
McMahonさんが抗議すると、他のUNOS職員から病院職員に
「ささいなことを問題視して大騒ぎをする未熟なトラブル・メーカー」だと言われた、とのこと。
もともと異議申し立てをする職員として目立ってはいた。
さらに、去年11月4日にMcMahonさんはUNOSのCEOに
「脳死を宣告される患者の5人に1人は脳死宣告書が発行された時点で
脳活動の徴が見られる」と告げたところ、
「世の中そういうものだよ」との答えだったとのこと。
McMahonさんは抗議した4カ月後にクビになったという。
UNOSのスポークスウーマンは、この件について
訴状を見ていないとしながらも、脳死判定ができるのは医師のみだ、と言い、
割り当て制なんかありません、「バカバカしい」と。
Organ taken from patients that doctors were pressured to declare brain dead: suit
The New York Post, September 26, 2012
そういえばUNOSは、昨年、
以下のような驚くべき提言を行っていた ↓
UNOSが「心臓は動いていても“循環死後提供”で」「脊損やALSの人は特定ドナー候補に(2011/9/26)
【2011年の関連エントリー】
「“生きるに値する命”でも“与えるに値する命”なら死なせてもOK」と、Savulescuの相方が(2011/3/2)
WHOが「人為的DCDによる臓器提供を検討しよう」と(2011/7/19)
UNOSが「心臓は動いていても“循環死後提供”で」「脊損やALSの人は特定ドナー候補に」(2011/9/26)
「DCDで生命維持停止直後に脳波が変動」するから「丁寧なドナー・ケアのために麻酔を」という米国医療の“倫理”(2011/11/24)
「丁寧なドナー・ケア」は医療職の抵抗感をなくしてDCDをさらに推進するため?(2011/11/24)
これまでの臓器移植関連エントリーのまとめ(2011/11/1)
【2012年の関連エントリー】
「重症障害者は雑草と同じだから殺しても構わない」と、生命倫理学者らが「死亡提供ルール」撤廃を説く(2012/1/28)
米国の小児科医らが「ドナーは死んでいない。DCDプロトコルは一時中止に」(2012/1/28)
英国医師会が“臓器不足”解消に向け「臓器のためだけの延命を」(2012/2/13)
「臓器提供の機会確保のための人工呼吸、義務付けよ」とWilkinson(2012/2/22)
臓器マーケットの拡大で、貧困層への搾取が横行(バングラデシュ)(2012/3/15)
闇の腎臓売買、1時間に1個のペースで(2012/5/28)
経済危機で臓器の闇市、アジアからヨーロッパへ拡大(2012/6/10)
脳損傷の昏睡は終末期の意識喪失とは別: 臓器提供の勧誘は自制を(2012/7/20)
2012.10.08 / Top↑
The British Medical Journalに発表された論文で、
ベンゾジアゼピンの高齢者における認知症リスクが報告されている。
65歳以上でベンゾジアゼピンを飲んでいる人は飲んだことがない人に比べて、
その後の15年間に認知症を発症するリスクが50%増加したという。
著者らはこの結果を断定的なものではなく、結論付けるには今後の研究が必要ではあるとしつつも、
これまでも高齢者では転倒やそれによる骨折のリスクが上がる副作用などが指摘されてきており、
今回あらたに認知症リスク懸念が出てきたことで、処方に慎重を呼び掛けている。
ベンゾジアゼピンは不眠や不安に、世界中で広く使われており、
例えば
フランスの65歳以上人口の30%が処方されているし、
カナダとスペインでは20%、
オーストラリアでは15%。
英米の高齢者はではそれほどの高率ではないが、
処方総数は人口の大きさに比べれば多い。
ガイドラインは数週間の使用に留めるよう勧めているとのこと。
Benzodiazepine For Insomnia Or Anxiety Raises Dementia Risk Among Elderly
MNT, September 28
ベンゾジアゼピンの高齢者における認知症リスクが報告されている。
65歳以上でベンゾジアゼピンを飲んでいる人は飲んだことがない人に比べて、
その後の15年間に認知症を発症するリスクが50%増加したという。
著者らはこの結果を断定的なものではなく、結論付けるには今後の研究が必要ではあるとしつつも、
これまでも高齢者では転倒やそれによる骨折のリスクが上がる副作用などが指摘されてきており、
今回あらたに認知症リスク懸念が出てきたことで、処方に慎重を呼び掛けている。
ベンゾジアゼピンは不眠や不安に、世界中で広く使われており、
例えば
フランスの65歳以上人口の30%が処方されているし、
カナダとスペインでは20%、
オーストラリアでは15%。
英米の高齢者はではそれほどの高率ではないが、
処方総数は人口の大きさに比べれば多い。
ガイドラインは数週間の使用に留めるよう勧めているとのこと。
Benzodiazepine For Insomnia Or Anxiety Raises Dementia Risk Among Elderly
MNT, September 28
2012.10.08 / Top↑
どこかで拾っているはずなのに、
すぐには探しだせないのだけど、
英国で遺伝病を回避する手段として研究開発中の技術について、
生まれてくる子どもが遺伝的な親を3人もつことになる倫理問題が
ちょっと前から問題になっていた。
それについて、
英国のヒト受精胚機構(FHEA:the Human Fertilisation and Embryology Authority)が
パブリック・オピニオンの募集を行う、というニュース。
現在英国では遺伝子変異による遺伝病の人が約12000人。
その原因の多くはミトコンドリアの変異だが、
ミトコンドリアそのものは
200人に1人の割合で何らかの変異が起こる。
問題は、その変異が重大な遺伝病として
母親から次世代に伝えられてしまうこと。
そこで、それを避けるために
母親のミトコンドリアを健康なドナー卵子のものと置き換える技術が開発されている。
卵子段階で核を入れ替える方法と、
早期の胚段階でそれを行う方法とがある。
卵子ドナーの遺伝形質が子どもに受け継がれるため、
生まれてくる子どもは遺伝的に3人の親を持つこととなる。
実際にはいまだ開発途上の技術で、
Newcastle 大学のDoug Turnbullが有名どころ。
法改正によって、この技術が利用可能となれば、
クリニックごとにHFEAなどに認可を求めることとなる。
HFEAでは、
ネットでのアンケートによって募集した意見を春に保健大臣に答申する予定で
アンケート実施は9月17日から12月7日まで。
問いの一つは、
ドナーの匿名性の問題で、
血液提供のように匿名とするか
生殖子ドナーのように生まれた子どもから連絡を取ることを可能とするか。
子どものアイデンティティにかかわる問題。
またこうした遺伝子操作は次世代に影響するという問題も。
Turnbull博士の共同研究者 Mary Herbertは
「ミトコンドリア病の患者さんたちの人生を変えてあげたいのです。
こうした変異は患者さんとその家族のQOLに深刻な影響を与えます。
何世代にも渡って影響することも少なくありません。
それを止めることができれば、
こうした病気に苦しむ何百人という人たちにとって
大きな救いとなるでしょう」
「現在はこうした新技術の安全性と効果を検証する実験を行っているところです。
この実験でHFEAの意思決定プロセスには十分な情報が提供されると思います。
完了には3年から5年かかるかもしれませんが」
Regulator to consult public over plans for new fertility treatments
The Guardian, September 17, 2012
英国では2008年にヒト受精・胚法改正を巡って
非常に大きな国民的議論が行われました。
それについては、以下に ↓
遺伝子診断で障害も重病も弾くつもり?(英国)
「障害児はnon-person」と英国上院で
「聾の子どもを産む権利」論争
医学進歩しても24週未満未熟児は救命できない?
”救済者兄弟”
英国の”救済者兄弟”事情 追加情報
英国ヒト受精・胚法関連ニュース(2008/5/13)
英国ヒト受精・胚法関連ニュース2(2008/5/13)
英国議会ハイブリッド胚と救済者兄弟を認める(2008/5/20)
すぐには探しだせないのだけど、
英国で遺伝病を回避する手段として研究開発中の技術について、
生まれてくる子どもが遺伝的な親を3人もつことになる倫理問題が
ちょっと前から問題になっていた。
それについて、
英国のヒト受精胚機構(FHEA:the Human Fertilisation and Embryology Authority)が
パブリック・オピニオンの募集を行う、というニュース。
現在英国では遺伝子変異による遺伝病の人が約12000人。
その原因の多くはミトコンドリアの変異だが、
ミトコンドリアそのものは
200人に1人の割合で何らかの変異が起こる。
問題は、その変異が重大な遺伝病として
母親から次世代に伝えられてしまうこと。
そこで、それを避けるために
母親のミトコンドリアを健康なドナー卵子のものと置き換える技術が開発されている。
卵子段階で核を入れ替える方法と、
早期の胚段階でそれを行う方法とがある。
卵子ドナーの遺伝形質が子どもに受け継がれるため、
生まれてくる子どもは遺伝的に3人の親を持つこととなる。
実際にはいまだ開発途上の技術で、
Newcastle 大学のDoug Turnbullが有名どころ。
法改正によって、この技術が利用可能となれば、
クリニックごとにHFEAなどに認可を求めることとなる。
HFEAでは、
ネットでのアンケートによって募集した意見を春に保健大臣に答申する予定で
アンケート実施は9月17日から12月7日まで。
問いの一つは、
ドナーの匿名性の問題で、
血液提供のように匿名とするか
生殖子ドナーのように生まれた子どもから連絡を取ることを可能とするか。
子どものアイデンティティにかかわる問題。
またこうした遺伝子操作は次世代に影響するという問題も。
Turnbull博士の共同研究者 Mary Herbertは
「ミトコンドリア病の患者さんたちの人生を変えてあげたいのです。
こうした変異は患者さんとその家族のQOLに深刻な影響を与えます。
何世代にも渡って影響することも少なくありません。
それを止めることができれば、
こうした病気に苦しむ何百人という人たちにとって
大きな救いとなるでしょう」
「現在はこうした新技術の安全性と効果を検証する実験を行っているところです。
この実験でHFEAの意思決定プロセスには十分な情報が提供されると思います。
完了には3年から5年かかるかもしれませんが」
Regulator to consult public over plans for new fertility treatments
The Guardian, September 17, 2012
英国では2008年にヒト受精・胚法改正を巡って
非常に大きな国民的議論が行われました。
それについては、以下に ↓
遺伝子診断で障害も重病も弾くつもり?(英国)
「障害児はnon-person」と英国上院で
「聾の子どもを産む権利」論争
医学進歩しても24週未満未熟児は救命できない?
”救済者兄弟”
英国の”救済者兄弟”事情 追加情報
英国ヒト受精・胚法関連ニュース(2008/5/13)
英国ヒト受精・胚法関連ニュース2(2008/5/13)
英国議会ハイブリッド胚と救済者兄弟を認める(2008/5/20)
2012.09.29 / Top↑
死体は見世物か ― 「人体の不思議展」をめぐって
末永恵子 大月書店 2012
この問題は当ブログでも08年から
折に触れて以下のエントリーで取り上げてきたもの。
死体の展覧会(2008/2/22)
「人体の不思議展」中止要望書への緊急署名(2008/5/5)
2011年5月30日の補遺(京都府警が立件見送り)
2011年2月26日の補遺(京都地裁、訴えを棄却)
著者は 「『人体の不思議展』に疑問を持つ会」の中心となって
批判活動を続けてこられた末永恵子氏。
以下の論文を書いておられて、
「『人体の不思議展』の倫理的問題点について」「生命倫理」20 (2009)
私も、11年5月の補遺にこの論文をリンクした際に読んでいたので、
この本が出たことを知った時に、お名前には記憶があった。
福島県立医科大学講師。
日本の植民地における医学史を研究しておられるとのこと。
当ブログの問題意識も同じような方向だったから、
京都での訴訟の結末に釈然としないものを感じて以来、
いつか誰かがこういう本を書いてくれるのを待っていたけれど、
これは実に骨太の告発の書です。
また驚いたのは、なんと、著者にこの本の執筆を勧めたのが
あの「重い障害を生きるということ」の高谷清先生だったということ。
高谷先生は昨今のパーソン論の広がりを危惧しておられる
元・びわこ学園園長。なるほどなぁ……。
人は、強い思いを抱えて
どうしてもやらないでいられないことと取り組んでいると、
会うべき人と巡り会うんだなぁ、と、ちょっと感動してしまった。
そして、医療の世界の中にも、
科学とテクノの簡単解決文化とその利権構造が突き動かしていく世の中に疑問を抱き、
様々な形で異議申し立てを続け闘っている方々があるのだということ、
著者や高谷先生をはじめとして、思いを同じくする各界の人たちが集まって、
人体の不思議展を中止に追い込んだということ、
そして、そういう粘り強い闘いの成果として、
この本が生まれたということが、
何よりとてもすばらしいと思う。
それだけに、
著者が詳細に調べ上げてこの本に取りまとめている、
人体の不思議展の背景の根深さ、医療界、行政、マスコミの余りの恥知らずには、
ほとんど茫然としてしまうのでもある。
なにしろ、問題のプラスティネーション技術を開発し、
その後BODY WORLD展でショーバイに精を出しているのは
ドイツのグンター・フォン・ハーゲンスだけれど、
その標本を展示公開した世界で最初の国は、実は日本だったとは……。
1995年、日本解剖学会がハーゲンス作成の標本を借りてきて
一般市民を対象に展示を行った「人体の世界」展。
言いだしっぺは、あの養老猛司先生。
展覧会の目的は、将来日本でもプラスティネーション標本を作りたくて、
そのための献体者を得るための、いわば宣伝、啓蒙、地ならしだったという。
そしてこの時に既にプラ標本は様々なポーズを取らされたり、
胎児や妊婦の身体がスライスされたりしている。
興味深いのは、この2年後の97年に臓器移植法が成立している当時の時代背景。
その後、世界中で最も誠実にこの問題における遺体の尊厳について正面から検討し、
最高裁が最終的に違法と判断したフランスでの議論で、主催者側が
臓器提供の推進のためにも死体に対するタブーを打ち破るべきだと
主張した(p.146)と書かれているのも、興味深い話だ。
さらに私が目を引かれた一致は、
織田敏次という医師が書いた「『人体の不思議展』に関心とご理解を」という文章で
「ありのままの人体に触れるのも、先人が子孫に残した心暖まる贈り物」と書いている点。
「科学とテクノの簡単解決」文化時代の医学の世界では、臓器提供も代理母も、
同意なき遺体の加工や展示という、こんなあからさまないのちの冒涜までが
こんなにも簡単に「贈り物」に祭り上げられてしまう。
ともあれ日本解剖学会による「人体の世界」展の大成功に目をつけて
金儲けを考えついた人たちがドイツからハーゲンス作成の標本を買ってきて
翌96年から始めたのが「人体の不思議展」。これも大成功。
99年にハーゲンスと金銭問題でトラブルとなると、
主催者らが目をつけたのが中国の、似て非なる(ならぬのかも?)技術でプラストミック標本。
死刑囚や政治犯からの臓器摘出で名を馳せた中国のこととて、
標本に使われている死体の出所は誰が考えたって怪しいのだけれど、
その買い付けにも医師がかかわっていたし、
各地の医師会が共催したり広告塔役や各会場での解説役など、
直接的・積極的に協力し、巡回展示を支えた医師らが少なくない。
監修委員会には、日本の医学、歯学、看護分野の重鎮がずらりと並んで
死体の展覧会に箔をつけた。
日本赤十字社、日本医学会、日本医師会、日本歯科医師会、日本看護協会が後援。
地方での展覧会では地元の医師会、歯科医師会、看護協会が後援。
つまり日本の医学会は、解剖学会の展示から始まり、その後、商業展示として
どんどん恥知らずな“興行”(著者の表現ではなくspitzibaraの印象)と化していく間、
「医学会を挙げて応援していたと言っても差支えない」(p.101)。
その後、全国的な批判の広がりを受けて、
こうした団体は後援をやめるのだけれど、そこには一切の説明も謝罪もない。
(ここで私の頭に浮かんだのは731部隊に所属していた人たちが
終戦後に日本の医療界の重鎮に居座ったという話だった。
この本の中でナチスはちょっと言及されているのだけど
731部隊についてはまったく言及がないのが私にはちょっと不思議)
一方、04年、05年と、
主催者から東京大学へ合計8400万円の寄付が行われている。
著者はレイチェル・カーソンの
「餌をくれる飼い主の手を噛む犬などいない」という言葉を引用し、
「利益相反を見事に比喩したこの言葉が、
『人体の不思議展』の主催者と研究者との関係をも言い当てているだろう」(p.100)と書く。
重大な倫理問題が、
いかにももっともな理屈と名目をつける「専門家の権威」によってスル―され、
巧妙に言い抜けられていく様は、まさに現在の生命倫理の各種問題とそっくりで、
当ブログで散々追いかけてきた、ビッグ・ファーマと研究者の癒着、
慈善資本主義の利権に群がる科学とテクノの研究者と企業の利益相反……。
そこでも医学会だけでなく、行政もマスコミも同じ穴の狢で……。
これらはアシュリー事件の議論や背景の構図にもそのまま通じている。
どの問題でも、実はさほど「巧妙に」言い抜けてなどいないのに通ってしまうのは、
彼ら権力と利権の側が、一般の我々のゲスな欲望を食い物にすることで、
我々一般人の方も自分の中にある欲望をどんどん肥大化させられて抑制が利かなくなり、
倫理問題や法律問題をなし崩しに不問にすることに
一緒に加担していくからではないんだろうか。
「どうせ」と思っているゲスな自分をみんなで一緒になって解放すれば
一般人はそれぞれに自分よりも弱い存在を踏みつけて
自分だけが美味しい思いをできる(したと錯覚させられる)し
一般人がそっちに雪崩を打ってくれれば、それでがっぽりと稼ぎつつ
メディカル・コントロールをさらに根付かせて
グローバル支配を確実にしてゆける人たちがいる。
この死体の展覧会をめぐって
米国があくまでも個人の選択権重視に動き、
フランスが死体の尊厳にこだわり違法とみなしたことは象徴的でもある。
もっとも、グローバルな科学とテクノの利権の前にはフランスの生命倫理も
結局は英米の後追いを強いられていくしかないのだろうという気はするし、
その点で、あとがきにあるように
「弱者からの搾取と身体の商品化という問題は表裏一体」(p.197)は
グローバル強欲ひとでなしネオリベ金融(慈善)資本主義そのものを
ズバリと言い現わしている。
人体の不思議展に関わった医療界の団体や個人を実名で批判したことについて
著者は「医学界がレッドマーケットの搾取性と決別するため」と書いている。
「レッドマーケット」とは、スコット・カーニーの命名で
人骨、臓器、卵子、血液、代理母、毛髪、養子縁組などを扱う市場のことで、
カーニーは「レッドマーケットには、人体が必ず
社会の下の階層から上の階層へと動いていく、という
不愉快な社会的側面がある」と書いているという。
死体の尊厳の問題は、
レッドマーケットで搾取される社会的弱者の尊厳にも繋がっているし、
アシュリー事件であからさまに否定された重症障害者の尊厳にも、
尊厳死をめぐる議論でなし崩しに否定されていく「生きるに値しない命」の尊厳にも
そのまま通じていく。
つまり今の世界で起こっていることは、みんな一つのこと。
だからこそ
行政やメディアを巻き込んでメディカル・コントロールが敷かれていく事態の恐ろしさに
そろそろ私たち一般人も気付かないと、と思うのだけれど、
この頃は、もう
ポイント・オブ・ノー・リターンはとうに過ぎてちゃったよね……という気がしている。
末永恵子 大月書店 2012
この問題は当ブログでも08年から
折に触れて以下のエントリーで取り上げてきたもの。
死体の展覧会(2008/2/22)
「人体の不思議展」中止要望書への緊急署名(2008/5/5)
2011年5月30日の補遺(京都府警が立件見送り)
2011年2月26日の補遺(京都地裁、訴えを棄却)
著者は 「『人体の不思議展』に疑問を持つ会」の中心となって
批判活動を続けてこられた末永恵子氏。
以下の論文を書いておられて、
「『人体の不思議展』の倫理的問題点について」「生命倫理」20 (2009)
私も、11年5月の補遺にこの論文をリンクした際に読んでいたので、
この本が出たことを知った時に、お名前には記憶があった。
福島県立医科大学講師。
日本の植民地における医学史を研究しておられるとのこと。
当ブログの問題意識も同じような方向だったから、
京都での訴訟の結末に釈然としないものを感じて以来、
いつか誰かがこういう本を書いてくれるのを待っていたけれど、
これは実に骨太の告発の書です。
また驚いたのは、なんと、著者にこの本の執筆を勧めたのが
あの「重い障害を生きるということ」の高谷清先生だったということ。
高谷先生は昨今のパーソン論の広がりを危惧しておられる
元・びわこ学園園長。なるほどなぁ……。
人は、強い思いを抱えて
どうしてもやらないでいられないことと取り組んでいると、
会うべき人と巡り会うんだなぁ、と、ちょっと感動してしまった。
そして、医療の世界の中にも、
科学とテクノの簡単解決文化とその利権構造が突き動かしていく世の中に疑問を抱き、
様々な形で異議申し立てを続け闘っている方々があるのだということ、
著者や高谷先生をはじめとして、思いを同じくする各界の人たちが集まって、
人体の不思議展を中止に追い込んだということ、
そして、そういう粘り強い闘いの成果として、
この本が生まれたということが、
何よりとてもすばらしいと思う。
それだけに、
著者が詳細に調べ上げてこの本に取りまとめている、
人体の不思議展の背景の根深さ、医療界、行政、マスコミの余りの恥知らずには、
ほとんど茫然としてしまうのでもある。
なにしろ、問題のプラスティネーション技術を開発し、
その後BODY WORLD展でショーバイに精を出しているのは
ドイツのグンター・フォン・ハーゲンスだけれど、
その標本を展示公開した世界で最初の国は、実は日本だったとは……。
1995年、日本解剖学会がハーゲンス作成の標本を借りてきて
一般市民を対象に展示を行った「人体の世界」展。
言いだしっぺは、あの養老猛司先生。
展覧会の目的は、将来日本でもプラスティネーション標本を作りたくて、
そのための献体者を得るための、いわば宣伝、啓蒙、地ならしだったという。
そしてこの時に既にプラ標本は様々なポーズを取らされたり、
胎児や妊婦の身体がスライスされたりしている。
興味深いのは、この2年後の97年に臓器移植法が成立している当時の時代背景。
その後、世界中で最も誠実にこの問題における遺体の尊厳について正面から検討し、
最高裁が最終的に違法と判断したフランスでの議論で、主催者側が
臓器提供の推進のためにも死体に対するタブーを打ち破るべきだと
主張した(p.146)と書かれているのも、興味深い話だ。
さらに私が目を引かれた一致は、
織田敏次という医師が書いた「『人体の不思議展』に関心とご理解を」という文章で
「ありのままの人体に触れるのも、先人が子孫に残した心暖まる贈り物」と書いている点。
「科学とテクノの簡単解決」文化時代の医学の世界では、臓器提供も代理母も、
同意なき遺体の加工や展示という、こんなあからさまないのちの冒涜までが
こんなにも簡単に「贈り物」に祭り上げられてしまう。
ともあれ日本解剖学会による「人体の世界」展の大成功に目をつけて
金儲けを考えついた人たちがドイツからハーゲンス作成の標本を買ってきて
翌96年から始めたのが「人体の不思議展」。これも大成功。
99年にハーゲンスと金銭問題でトラブルとなると、
主催者らが目をつけたのが中国の、似て非なる(ならぬのかも?)技術でプラストミック標本。
死刑囚や政治犯からの臓器摘出で名を馳せた中国のこととて、
標本に使われている死体の出所は誰が考えたって怪しいのだけれど、
その買い付けにも医師がかかわっていたし、
各地の医師会が共催したり広告塔役や各会場での解説役など、
直接的・積極的に協力し、巡回展示を支えた医師らが少なくない。
監修委員会には、日本の医学、歯学、看護分野の重鎮がずらりと並んで
死体の展覧会に箔をつけた。
日本赤十字社、日本医学会、日本医師会、日本歯科医師会、日本看護協会が後援。
地方での展覧会では地元の医師会、歯科医師会、看護協会が後援。
つまり日本の医学会は、解剖学会の展示から始まり、その後、商業展示として
どんどん恥知らずな“興行”(著者の表現ではなくspitzibaraの印象)と化していく間、
「医学会を挙げて応援していたと言っても差支えない」(p.101)。
その後、全国的な批判の広がりを受けて、
こうした団体は後援をやめるのだけれど、そこには一切の説明も謝罪もない。
(ここで私の頭に浮かんだのは731部隊に所属していた人たちが
終戦後に日本の医療界の重鎮に居座ったという話だった。
この本の中でナチスはちょっと言及されているのだけど
731部隊についてはまったく言及がないのが私にはちょっと不思議)
一方、04年、05年と、
主催者から東京大学へ合計8400万円の寄付が行われている。
著者はレイチェル・カーソンの
「餌をくれる飼い主の手を噛む犬などいない」という言葉を引用し、
「利益相反を見事に比喩したこの言葉が、
『人体の不思議展』の主催者と研究者との関係をも言い当てているだろう」(p.100)と書く。
重大な倫理問題が、
いかにももっともな理屈と名目をつける「専門家の権威」によってスル―され、
巧妙に言い抜けられていく様は、まさに現在の生命倫理の各種問題とそっくりで、
当ブログで散々追いかけてきた、ビッグ・ファーマと研究者の癒着、
慈善資本主義の利権に群がる科学とテクノの研究者と企業の利益相反……。
そこでも医学会だけでなく、行政もマスコミも同じ穴の狢で……。
これらはアシュリー事件の議論や背景の構図にもそのまま通じている。
どの問題でも、実はさほど「巧妙に」言い抜けてなどいないのに通ってしまうのは、
彼ら権力と利権の側が、一般の我々のゲスな欲望を食い物にすることで、
我々一般人の方も自分の中にある欲望をどんどん肥大化させられて抑制が利かなくなり、
倫理問題や法律問題をなし崩しに不問にすることに
一緒に加担していくからではないんだろうか。
「どうせ」と思っているゲスな自分をみんなで一緒になって解放すれば
一般人はそれぞれに自分よりも弱い存在を踏みつけて
自分だけが美味しい思いをできる(したと錯覚させられる)し
一般人がそっちに雪崩を打ってくれれば、それでがっぽりと稼ぎつつ
メディカル・コントロールをさらに根付かせて
グローバル支配を確実にしてゆける人たちがいる。
この死体の展覧会をめぐって
米国があくまでも個人の選択権重視に動き、
フランスが死体の尊厳にこだわり違法とみなしたことは象徴的でもある。
もっとも、グローバルな科学とテクノの利権の前にはフランスの生命倫理も
結局は英米の後追いを強いられていくしかないのだろうという気はするし、
その点で、あとがきにあるように
「弱者からの搾取と身体の商品化という問題は表裏一体」(p.197)は
グローバル強欲ひとでなしネオリベ金融(慈善)資本主義そのものを
ズバリと言い現わしている。
人体の不思議展に関わった医療界の団体や個人を実名で批判したことについて
著者は「医学界がレッドマーケットの搾取性と決別するため」と書いている。
「レッドマーケット」とは、スコット・カーニーの命名で
人骨、臓器、卵子、血液、代理母、毛髪、養子縁組などを扱う市場のことで、
カーニーは「レッドマーケットには、人体が必ず
社会の下の階層から上の階層へと動いていく、という
不愉快な社会的側面がある」と書いているという。
死体の尊厳の問題は、
レッドマーケットで搾取される社会的弱者の尊厳にも繋がっているし、
アシュリー事件であからさまに否定された重症障害者の尊厳にも、
尊厳死をめぐる議論でなし崩しに否定されていく「生きるに値しない命」の尊厳にも
そのまま通じていく。
つまり今の世界で起こっていることは、みんな一つのこと。
だからこそ
行政やメディアを巻き込んでメディカル・コントロールが敷かれていく事態の恐ろしさに
そろそろ私たち一般人も気付かないと、と思うのだけれど、
この頃は、もう
ポイント・オブ・ノー・リターンはとうに過ぎてちゃったよね……という気がしている。
2012.09.10 / Top↑