ずいぶん前に書いたので、
てっきりエントリーにしているものとばかり思い込んでいたら
まだだったみたいなので、早速、以下に――。
「バイオ化する社会 『核時代』の生命と身体」 粥川準二
私が「バイオ化」という言葉を知ったのは、去年「現代思想」2月号で粥川氏による「バイオ化する社会 うつ病とその治療を例として」という記事を読んだ時だった。その言葉には、連載「世界の介護と医療の情報を読む」を通して見えてきた世界のありように私自身が感じる懸念や疑問が、より専門的な視点から見事な的確さで捉えられており、読みながら興奮を覚えた。
本書は、著者が同誌に寄せた4本の論考を大幅に加筆・修正したものに、書き下ろし原稿を加え、さらに関連書籍と映画のガイドを添付したもの。昨年の東北大震災以降、被災地に何度も足を運び、原発事故の影響についても詳細に追い掛けながら考察を深めてきたジャーナリストの視点が、最先端科学研究の発展に伴ってバイオ化する社会と、そこに潜む問題点の分析に、深い奥行きを与えている。
副題の「核時代」の「核」もまた、原子力の「核」と、分子生物学の研究・操作の対象となる遺伝子のありか、細胞の「核」の2つを意味して重なりあう。それもそのはずだ。著者によれば、ヒトゲノム計画そのものが原爆投下後に生存者の細胞への放射能の影響を調べたことに端を発したものだという。
著者は冒頭「死なせるか生きるままにしておくという古い権力に代わって、生きさせるか死の中へ廃棄するという権力が現れた」と表現されたミッシェル・フーコーの「生‐権力」という概念を紹介する。生きるべきものと死ぬべきものの間に切れ目を入れて支配する権力だ。それは序章でくっきりと描き出される、東北で津波によって引かれた被害を区切る線、高い放射能が検出される地域を区切る線にも象徴されている。
著者はその後、生殖補助医療技術による「家族のバイオ化」、遺伝子医療と出生前診断による「未来のバイオ化」、幹細胞科学による「資源のバイオ化」その他、先端科学の各領域を経巡りながら、そこで何が起こっているかを詳細に検証していく。そして「富む国々と貧しい国々、その中での富む人々と貧しい人々、男性と女性、健康なものと病む者との間に」線が引かれている一方で、バイオ化する社会が「人々を苦しめる社会的因子、いや社会問題を、単なる生物学的な現象へと矮小化」させ、それらの線が見えにくくなってしまう危険性を浮き彫りにする。
最後に、著者は再びチェルノブイリと福島の原発事故に戻ってくる。最終章「市民のバイオ化」だ。バイオ化された市民とは、社会のバイオ化によって人体が資源化されるにつれ、「資源としての価値を生物学的に測られ、品質管理される」存在であることを自らに引き受けていく我々一般市民の姿に他ならない。
全体を通じて最も興味深かったのは、科学の発達によって社会にひずみが起こるのではなく、元々あった問題が顕在化させられていくのだ、との視点。そこに社会の「痛点」があることは最初から分かっていたはずなのだ。ヒトクローン胚作製研究が韓国のスキャンダルの後にiPS細胞という代替え案によって凍結されたり、津波や地震が原発を止め、いずれ脱原発に向かったとしても、それらは粘り強い議論と検討による結果ではない、との指摘は重い。
代替え案に飛びつく過ちを繰り返さないために、著者は警告する。「バイオ化する社会の『痛点』から目をそむけてはならない」と。
「介護保険情報」2012年6月号
てっきりエントリーにしているものとばかり思い込んでいたら
まだだったみたいなので、早速、以下に――。
「バイオ化する社会 『核時代』の生命と身体」 粥川準二
私が「バイオ化」という言葉を知ったのは、去年「現代思想」2月号で粥川氏による「バイオ化する社会 うつ病とその治療を例として」という記事を読んだ時だった。その言葉には、連載「世界の介護と医療の情報を読む」を通して見えてきた世界のありように私自身が感じる懸念や疑問が、より専門的な視点から見事な的確さで捉えられており、読みながら興奮を覚えた。
本書は、著者が同誌に寄せた4本の論考を大幅に加筆・修正したものに、書き下ろし原稿を加え、さらに関連書籍と映画のガイドを添付したもの。昨年の東北大震災以降、被災地に何度も足を運び、原発事故の影響についても詳細に追い掛けながら考察を深めてきたジャーナリストの視点が、最先端科学研究の発展に伴ってバイオ化する社会と、そこに潜む問題点の分析に、深い奥行きを与えている。
副題の「核時代」の「核」もまた、原子力の「核」と、分子生物学の研究・操作の対象となる遺伝子のありか、細胞の「核」の2つを意味して重なりあう。それもそのはずだ。著者によれば、ヒトゲノム計画そのものが原爆投下後に生存者の細胞への放射能の影響を調べたことに端を発したものだという。
著者は冒頭「死なせるか生きるままにしておくという古い権力に代わって、生きさせるか死の中へ廃棄するという権力が現れた」と表現されたミッシェル・フーコーの「生‐権力」という概念を紹介する。生きるべきものと死ぬべきものの間に切れ目を入れて支配する権力だ。それは序章でくっきりと描き出される、東北で津波によって引かれた被害を区切る線、高い放射能が検出される地域を区切る線にも象徴されている。
著者はその後、生殖補助医療技術による「家族のバイオ化」、遺伝子医療と出生前診断による「未来のバイオ化」、幹細胞科学による「資源のバイオ化」その他、先端科学の各領域を経巡りながら、そこで何が起こっているかを詳細に検証していく。そして「富む国々と貧しい国々、その中での富む人々と貧しい人々、男性と女性、健康なものと病む者との間に」線が引かれている一方で、バイオ化する社会が「人々を苦しめる社会的因子、いや社会問題を、単なる生物学的な現象へと矮小化」させ、それらの線が見えにくくなってしまう危険性を浮き彫りにする。
最後に、著者は再びチェルノブイリと福島の原発事故に戻ってくる。最終章「市民のバイオ化」だ。バイオ化された市民とは、社会のバイオ化によって人体が資源化されるにつれ、「資源としての価値を生物学的に測られ、品質管理される」存在であることを自らに引き受けていく我々一般市民の姿に他ならない。
全体を通じて最も興味深かったのは、科学の発達によって社会にひずみが起こるのではなく、元々あった問題が顕在化させられていくのだ、との視点。そこに社会の「痛点」があることは最初から分かっていたはずなのだ。ヒトクローン胚作製研究が韓国のスキャンダルの後にiPS細胞という代替え案によって凍結されたり、津波や地震が原発を止め、いずれ脱原発に向かったとしても、それらは粘り強い議論と検討による結果ではない、との指摘は重い。
代替え案に飛びつく過ちを繰り返さないために、著者は警告する。「バイオ化する社会の『痛点』から目をそむけてはならない」と。
「介護保険情報」2012年6月号
2012.10.24 / Top↑
16日の英フィナンシャル・タイムズ社説を翻訳掲載した
22日の日経記事で、
ノーベル経済学賞を受賞した米国の経済学者2人のうちの一人、
アルビン・ロス氏について、以下のように書かれている。
何より有名なのは、ロス氏が腎臓交換の仕組みを設計したチームの一員ということだ。腎不全患者と臓器を提供する意志があるドナーがいても腎臓が生物学的に 適合しない場合、ロス氏の仕組みは同じような状況にあるペアを見つけ出す。患者全員に適合する臓器を見つけるのに必要なだけペアを探すこともできる。
世界をよくするノーベル経済学賞(社説)
(2012年10月16日付 英フィナンシャル・タイムズ紙)
日本経済新聞 2012年10月22日(月)
ってことは、つまり、
当ブログが拾った以下の話題の、
あの「腎臓ペア交換」の考案者だったということか……。
「腎臓がほしければ、他人にあげられる腎臓と物々交換で」時代が始まろうとしている?(2010/6/30)
このシステムについては、その後、私は「介護保険情報」の連載で紹介した際に、
以下のように書いたことがある。
(チェーン移植で妻に腎臓をもらい、自分の腎臓を提供した男性)ラルフさんはいう。「大切な娘さんが亡くなって妻に命をくれました。それなのに私が『万が一ということもあるから私の腎臓はこのまま持っておきます』というのは、余りにも身勝手というものでしょう」。
しかし、このような物言いが「腎臓がほしければ他人にあげられる腎臓と物々交換で」というに等しい登録制度と合い並ぶ時、そこに“家族愛”を盾に取った暗黙の臓器提供の強要が制度化されていく懸念はないのだろうか。
「介護保険情報」2010年8月号「世界の介護と医療の情報を読む」
そういえば、
生理学医学部門の選考委員会があるカロリンスカ研究所って、
たしか、子宮の移植研究を必死にやっているところだったっけ ↓
2年以内に世界初の子宮移植ができる、と英国の研究者(2009/10/23)
英国女性が娘に子宮提供を決断、OK出ればスウェーデンで移植手術(2011/6/14)
2012年9月27日の補遺:母から娘へ移植2例。
またC型肝炎のDNAワクチンを開発中 ⇒20104月21日の補遺
22日の日経記事で、
ノーベル経済学賞を受賞した米国の経済学者2人のうちの一人、
アルビン・ロス氏について、以下のように書かれている。
何より有名なのは、ロス氏が腎臓交換の仕組みを設計したチームの一員ということだ。腎不全患者と臓器を提供する意志があるドナーがいても腎臓が生物学的に 適合しない場合、ロス氏の仕組みは同じような状況にあるペアを見つけ出す。患者全員に適合する臓器を見つけるのに必要なだけペアを探すこともできる。
世界をよくするノーベル経済学賞(社説)
(2012年10月16日付 英フィナンシャル・タイムズ紙)
日本経済新聞 2012年10月22日(月)
ってことは、つまり、
当ブログが拾った以下の話題の、
あの「腎臓ペア交換」の考案者だったということか……。
「腎臓がほしければ、他人にあげられる腎臓と物々交換で」時代が始まろうとしている?(2010/6/30)
このシステムについては、その後、私は「介護保険情報」の連載で紹介した際に、
以下のように書いたことがある。
(チェーン移植で妻に腎臓をもらい、自分の腎臓を提供した男性)ラルフさんはいう。「大切な娘さんが亡くなって妻に命をくれました。それなのに私が『万が一ということもあるから私の腎臓はこのまま持っておきます』というのは、余りにも身勝手というものでしょう」。
しかし、このような物言いが「腎臓がほしければ他人にあげられる腎臓と物々交換で」というに等しい登録制度と合い並ぶ時、そこに“家族愛”を盾に取った暗黙の臓器提供の強要が制度化されていく懸念はないのだろうか。
「介護保険情報」2010年8月号「世界の介護と医療の情報を読む」
そういえば、
生理学医学部門の選考委員会があるカロリンスカ研究所って、
たしか、子宮の移植研究を必死にやっているところだったっけ ↓
2年以内に世界初の子宮移植ができる、と英国の研究者(2009/10/23)
英国女性が娘に子宮提供を決断、OK出ればスウェーデンで移植手術(2011/6/14)
2012年9月27日の補遺:母から娘へ移植2例。
またC型肝炎のDNAワクチンを開発中 ⇒20104月21日の補遺
2012.10.24 / Top↑
昨日のエントリーで掘り出してきた過去の補遺の断片を見ていたら、
読みたいと思ってそのままになっていた去年12月のProPublicaの記事が
とても気になってきたので、読んでみた。
これまで向精神薬や骨減少症や心臓ステントなどを巡って報じられてきたスキャンダルの構図と全く同じで、
具体的な名前や数字をイチイチ挙げるのも空しい気分なのだけれど、我慢して一応整理してみる。
なお、鎮痛剤関連のこれまでのエントリーは以下 ↓
“薬の自動販売機”医師が被害者の親から訴えられて「法制度を悪用するな」と逆訴訟(2011/8/28)
ビッグ・ファーマのビッグな賠償金(2012/7/4)
今回の記事で問題になっているのはオピオイド鎮痛剤の過剰処方と、
その背景にある製薬会社のえげつないマーケティング。
ビッグファーマ自前の患者支援団体と、
ファーマと癒着した専門家とによる……。
(オピオイドと麻薬とは違いがあるようなのですが
記事では表現が混在しており、私には区別して使うことが難しいので
ここではオピオイドで通しますので、あしからずご了解ください)
まず問題の深刻さを記事から拾ってみると、
米国でオピオイド鎮痛剤の過剰摂取で死ぬ人は年間15000人に近く、
ヘロインとコカインによる死者を合わせてもこれには及ばない。
州によっては年間の交通事故死より多い。
去年1年間で、米国では85億ドルものオピオイド鎮痛剤が売れた。
全アメリカ国民が1日中、1カ月間に渡って使っていられる量だという。
そのうち31億ドル分が OxyContin。
2006年の7億5200万ドルから売上が急増していることが分かる。
他では、Vicodin, Percocetなど。
CDC(米国疾病予防管理センター)のディレクターは
「今現在、医療全体がオピオイド漬けになっている。
オピオイドは依存性があって、依存症を起こす薬なのに」
2005年にVI州で、薬の違法売買で50の罪で起訴されたWilliam Hurwitz医師の裁判がすごい。
一人の患者に1日に1600錠もの Roxicodone鎮痛剤を処方したという。
また、過剰処方で依存症になった患者からの集団訴訟や
Purdue社がOxyContinのリスクを隠したとして患者が訴えたことも。
こうした訴訟で、法廷の友の意見書を出したり、
関係者である医師に専門家として証言させるなどして介入し、
また米国議会が規制に乗り出そうとするたびに、それら専門家を使ったロビー活動で
「痛みに苦しんでいる患者が困ることになる」と訴えて抵抗してきたのが
記事が問題にしている the American Pain Foundation(APF)。
APFは、痛みに苦しむ患者の米国最大のグラス・ルーツのアドボケイトを謳い、
依存リスクは大げさに言われ過ぎている、
鎮痛剤はまだ十分使われていない、と主張する。
公式サイトの患者へのガイドでは、
やはりオピオイドのリスクは控えめに、利益が過大に書かれている。
慢性痛に効くエビデンスは少ないという情報はどこにもない。
その著者は、上記、訴訟やロビー活動で大活躍の疼痛専門医。
このガイドの内容については、APFそのものが
「最先端の知見からは遅れているのでアップデイトが必要」と認めているそうな。
活動資金の約9割が製薬会社から出ている。
理事の中には製薬会社との金銭繋がりがある研究者や医師が含まれており、
そのうちの一人は、製薬会社Cephasonの資金で研究をして
癌患者にのみ認可されている同社の鎮痛剤が癌患者以外にも安全であると
同社社員と共著論文を書いていたりする。
しかし、その一人で、APFのトップだったScott Fishman医師は
退任することになったとたんに「私はずっとAPFの主張と同じ意見だったわけではない。
オピオイドは使われ過ぎているし、依存性もあると思う」。
Physicians for Responsible Opioid Prescribing
(責任をもってオピオイドを処方する医師の会)という組織があるというのもすごいけど、
その会を率いる医師は、議会が操作されてしまう背景に、
APFはオピオイドを作っている製薬会社そのものだということを
政治家が知らないからだ、と指摘。
ついでに追記しておくと、FDAの薬の安全とリスク管理諮問委員会の委員長は
「製薬会社のカネをもらっていて、患者のアドボカシー団体として活動していれば、
必然的にバイアスがかかっている。そういうところの言うことは私は全部マユツバで聞きますね」
以下、2つ目の記事には、
オピオイド鎮痛剤のプロモで、向精神薬でのBiederman医師のような役割を担ってきた
Scott Fishman、Perry Fine 両医師の製薬会社との金銭繋がりと、
それらの製薬会社のプロモへの貢献活動の詳細が報告されている。
The Champion of Painkillers
ProPublica, December 23, 2011
Two Leaders in Pain Treatment Have Long Ties to Drug Industry
ProPublica, December 23, 2011
【いわゆる“Biedermanスキャンダル”関連エントリー】
著名小児精神科医にスキャンダル(2008/6/8)
著名精神科医ら製薬会社からのコンサル料を過少報告(2008/10/6)
Biederman医師にさらなる製薬会社との癒着スキャンダル(2008/11/25)
Biederman医師、製薬業界資金の研究から身を引くことに(2009/1/1)
【その他、08年のGrassley議員の調査関連】
抗ウツ剤めぐる研究者と製薬会社の癒着スキャンダル報告書(米国)(2008/11/17)
抗ウツ剤めぐる研究者と製薬会社の癒着スキャンダル報告書 Part2(2008/11/23)
今度はラジオの人気ドクターにスキャンダル(2008/11/23)
最近のものでは例えば、↓
「製薬会社に踊らされて子どもの問題行動に薬飲ませ過ぎ」と英国の教育心理学者(2011/1/18)
ジェネリックを売らせないビッグ・ファーマの「あの手この手」が医療費に上乗せられていく(2011/11/15)
あと、この問題を一貫して調査し報道しているProPublicaのシリーズの一つがこちら。↓
(ここにも鎮痛剤関連のスキャンダルが出てきています)
ProPublicaが暴く「ビッグ・ファーマのプロモ医師軍団の実態」(2010/11/2)
【骨減少症関連エントリー】
骨減少症も“作られた”病気?……WHOにも製薬会社との癒着?(2009/9/9)
更年期は、ビッグ・ファーマの提供でお送りしました……(2009/12/14)
ビッグ・ファーマが当てこむ8つの“でっちあげ病”(2010/4/17)
【米不整脈学会、高血圧学会を巡るスキャンダル関連エントリー】これもGrassley議員の調査で明らかに
学会が関連企業相手にショーバイする米国の医療界(2011/5/11)
1つの病院で141人に無用な心臓ステント、500人に入れた医師も(2011/5/15)
読みたいと思ってそのままになっていた去年12月のProPublicaの記事が
とても気になってきたので、読んでみた。
これまで向精神薬や骨減少症や心臓ステントなどを巡って報じられてきたスキャンダルの構図と全く同じで、
具体的な名前や数字をイチイチ挙げるのも空しい気分なのだけれど、我慢して一応整理してみる。
なお、鎮痛剤関連のこれまでのエントリーは以下 ↓
“薬の自動販売機”医師が被害者の親から訴えられて「法制度を悪用するな」と逆訴訟(2011/8/28)
ビッグ・ファーマのビッグな賠償金(2012/7/4)
今回の記事で問題になっているのはオピオイド鎮痛剤の過剰処方と、
その背景にある製薬会社のえげつないマーケティング。
ビッグファーマ自前の患者支援団体と、
ファーマと癒着した専門家とによる……。
(オピオイドと麻薬とは違いがあるようなのですが
記事では表現が混在しており、私には区別して使うことが難しいので
ここではオピオイドで通しますので、あしからずご了解ください)
まず問題の深刻さを記事から拾ってみると、
米国でオピオイド鎮痛剤の過剰摂取で死ぬ人は年間15000人に近く、
ヘロインとコカインによる死者を合わせてもこれには及ばない。
州によっては年間の交通事故死より多い。
去年1年間で、米国では85億ドルものオピオイド鎮痛剤が売れた。
全アメリカ国民が1日中、1カ月間に渡って使っていられる量だという。
そのうち31億ドル分が OxyContin。
2006年の7億5200万ドルから売上が急増していることが分かる。
他では、Vicodin, Percocetなど。
CDC(米国疾病予防管理センター)のディレクターは
「今現在、医療全体がオピオイド漬けになっている。
オピオイドは依存性があって、依存症を起こす薬なのに」
2005年にVI州で、薬の違法売買で50の罪で起訴されたWilliam Hurwitz医師の裁判がすごい。
一人の患者に1日に1600錠もの Roxicodone鎮痛剤を処方したという。
また、過剰処方で依存症になった患者からの集団訴訟や
Purdue社がOxyContinのリスクを隠したとして患者が訴えたことも。
こうした訴訟で、法廷の友の意見書を出したり、
関係者である医師に専門家として証言させるなどして介入し、
また米国議会が規制に乗り出そうとするたびに、それら専門家を使ったロビー活動で
「痛みに苦しんでいる患者が困ることになる」と訴えて抵抗してきたのが
記事が問題にしている the American Pain Foundation(APF)。
APFは、痛みに苦しむ患者の米国最大のグラス・ルーツのアドボケイトを謳い、
依存リスクは大げさに言われ過ぎている、
鎮痛剤はまだ十分使われていない、と主張する。
公式サイトの患者へのガイドでは、
やはりオピオイドのリスクは控えめに、利益が過大に書かれている。
慢性痛に効くエビデンスは少ないという情報はどこにもない。
その著者は、上記、訴訟やロビー活動で大活躍の疼痛専門医。
このガイドの内容については、APFそのものが
「最先端の知見からは遅れているのでアップデイトが必要」と認めているそうな。
活動資金の約9割が製薬会社から出ている。
理事の中には製薬会社との金銭繋がりがある研究者や医師が含まれており、
そのうちの一人は、製薬会社Cephasonの資金で研究をして
癌患者にのみ認可されている同社の鎮痛剤が癌患者以外にも安全であると
同社社員と共著論文を書いていたりする。
しかし、その一人で、APFのトップだったScott Fishman医師は
退任することになったとたんに「私はずっとAPFの主張と同じ意見だったわけではない。
オピオイドは使われ過ぎているし、依存性もあると思う」。
Physicians for Responsible Opioid Prescribing
(責任をもってオピオイドを処方する医師の会)という組織があるというのもすごいけど、
その会を率いる医師は、議会が操作されてしまう背景に、
APFはオピオイドを作っている製薬会社そのものだということを
政治家が知らないからだ、と指摘。
ついでに追記しておくと、FDAの薬の安全とリスク管理諮問委員会の委員長は
「製薬会社のカネをもらっていて、患者のアドボカシー団体として活動していれば、
必然的にバイアスがかかっている。そういうところの言うことは私は全部マユツバで聞きますね」
以下、2つ目の記事には、
オピオイド鎮痛剤のプロモで、向精神薬でのBiederman医師のような役割を担ってきた
Scott Fishman、Perry Fine 両医師の製薬会社との金銭繋がりと、
それらの製薬会社のプロモへの貢献活動の詳細が報告されている。
The Champion of Painkillers
ProPublica, December 23, 2011
Two Leaders in Pain Treatment Have Long Ties to Drug Industry
ProPublica, December 23, 2011
【いわゆる“Biedermanスキャンダル”関連エントリー】
著名小児精神科医にスキャンダル(2008/6/8)
著名精神科医ら製薬会社からのコンサル料を過少報告(2008/10/6)
Biederman医師にさらなる製薬会社との癒着スキャンダル(2008/11/25)
Biederman医師、製薬業界資金の研究から身を引くことに(2009/1/1)
【その他、08年のGrassley議員の調査関連】
抗ウツ剤めぐる研究者と製薬会社の癒着スキャンダル報告書(米国)(2008/11/17)
抗ウツ剤めぐる研究者と製薬会社の癒着スキャンダル報告書 Part2(2008/11/23)
今度はラジオの人気ドクターにスキャンダル(2008/11/23)
最近のものでは例えば、↓
「製薬会社に踊らされて子どもの問題行動に薬飲ませ過ぎ」と英国の教育心理学者(2011/1/18)
ジェネリックを売らせないビッグ・ファーマの「あの手この手」が医療費に上乗せられていく(2011/11/15)
あと、この問題を一貫して調査し報道しているProPublicaのシリーズの一つがこちら。↓
(ここにも鎮痛剤関連のスキャンダルが出てきています)
ProPublicaが暴く「ビッグ・ファーマのプロモ医師軍団の実態」(2010/11/2)
【骨減少症関連エントリー】
骨減少症も“作られた”病気?……WHOにも製薬会社との癒着?(2009/9/9)
更年期は、ビッグ・ファーマの提供でお送りしました……(2009/12/14)
ビッグ・ファーマが当てこむ8つの“でっちあげ病”(2010/4/17)
【米不整脈学会、高血圧学会を巡るスキャンダル関連エントリー】これもGrassley議員の調査で明らかに
学会が関連企業相手にショーバイする米国の医療界(2011/5/11)
1つの病院で141人に無用な心臓ステント、500人に入れた医師も(2011/5/15)
2012.10.21 / Top↑
昨日のニューヨーク・タイムズに
“鎮痛剤問題”への取り組みの一環で
製薬会社と薬局や医師との間を取り結ぶ卸業者への
規制が強化されている、という話題があったので、↓
http://www.nytimes.com/2012/10/18/business/to-fight-prescription-painkiller-abuse-dea-targets-distributors.html?pagewanted=all&_r=0
この話題、エントリーはこのくらいだけど ↓
“薬の自動販売機”医師が被害者の親から訴えられて「法制度を悪用するな」と逆訴訟(2011/8/28)
補遺ではあれこれと拾ってきたような気がして、
ざっと検索してみたら、こんなにあった ↓
2009年7月1日の補遺
処方薬の鎮痛剤 Percocet と Vicodin は禁止に、薬局で買えるTylenolは一回量を減らすべき、とFDAアドバイザー。これらに含まれる acetaminophenに肝臓を害する可能性。 日本の鎮痛剤は? 米国の薬の一回量って、日本のよりもずいぶん多いんだったっけ?
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2009/06/30/AR2009063004228.html
http://blogs.yahoo.co.jp/spitzibara/53603326.html
2010年9月14日の補遺
鎮痛剤などの処方薬への中毒者が増え、他人の家に盗みに入る事件が増えている。
http://www.nytimes.com/2010/09/24/us/24drugs.html?th&emc=th
http://blogs.yahoo.co.jp/spitzibara/61698101.html
2011年9月1日の補遺
NY Timesに、8月28日のエントリーで取り上げたpill mill(“処方薬の自動販売機”クリニック)に関する記事があり、フロリダ州がオピオイド系鎮痛剤Oxycodoneの違法な流通経路を遮断しようと法改正。:このpill mill問題、大きな社会問題となりそうな気配。
Florida Shutting ‘Pill Mill’ Clinics: Officials have implemented tougher laws in an effort to disrupt an illegal pipeline for prescription for drug Oxycodone.
http://blogs.yahoo.co.jp/spitzibara/63915702.html
2011年9月18日の補遺
例えばイーライ・リリー社が Zyprexa の違法マーケッティングで有罪を認め、刑法違反の罰則金と4つの民事訴訟の和解金とで総額140億ドルを払ったケースや、Alpharma が鎮痛剤 Kadian の処方で医師にキックバックを払っていた疑いで4250万ドルを支払ったケースなど、ビッグ・ファーマが罰則を支払っている場合にも、関与した医師は無罪放免されていることの不思議を、例によってProPublicaが。
http://www.propublica.org/article/doctors-avoid-penalties-in-suits-against-medical-firms
http://blogs.yahoo.co.jp/spitzibara/64018713.html
2011年11月11日の補遺
「米国における鎮痛剤の非医療的利用について」Lancetに報告。
http://www.thelancet.com/journals/lancet/article/PIIS0140-6736%2811%2961723-6/fulltext?elsca1=ETOC-LANCET&elsca2=email&elsca3=segment
http://blogs.yahoo.co.jp/spitzibara/64316868.html
2011年12月25日の補遺
米国の鎮痛剤の過剰投与による死者は場所によっては覚せい剤による死者よりも上回っている。ここにも大物研究者とビッグ・ファーマの癒着の構図。2本目の記事の冒頭で名前が挙がっているのはDr. Scott FishmanとDr. Perry Fine。
http://www.propublica.org/article/the-champion-of-painkillers
http://www.propublica.org/article/two-leaders-in-pain-treatment-have-long-ties-to-drug-industry
http://blogs.yahoo.co.jp/spitzibara/64535649.html
2012年7月13日の補遺
米国の検死制度の怠慢と機能不全を暴いているProPublicaのシリーズ最新記事。2004年に腎臓結石の手術 で入院中、鎮痛剤を出された直後に心臓マヒで死んでいるのが発見された男性(61)。病院側は男性の心臓を今だに保管していて、妻に返そうとしない。検死 が行われるのは病院死の5%のみで、遺族側には死因が分からないままというケースが少なくない。
http://www.propublica.org/article/cardiac-arrest-hospital-refuses-to-give-widow-her-husbands-heart
http://blogs.yahoo.co.jp/spitzibara/65318220.html
“鎮痛剤問題”への取り組みの一環で
製薬会社と薬局や医師との間を取り結ぶ卸業者への
規制が強化されている、という話題があったので、↓
http://www.nytimes.com/2012/10/18/business/to-fight-prescription-painkiller-abuse-dea-targets-distributors.html?pagewanted=all&_r=0
この話題、エントリーはこのくらいだけど ↓
“薬の自動販売機”医師が被害者の親から訴えられて「法制度を悪用するな」と逆訴訟(2011/8/28)
補遺ではあれこれと拾ってきたような気がして、
ざっと検索してみたら、こんなにあった ↓
2009年7月1日の補遺
処方薬の鎮痛剤 Percocet と Vicodin は禁止に、薬局で買えるTylenolは一回量を減らすべき、とFDAアドバイザー。これらに含まれる acetaminophenに肝臓を害する可能性。 日本の鎮痛剤は? 米国の薬の一回量って、日本のよりもずいぶん多いんだったっけ?
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2009/06/30/AR2009063004228.html
http://blogs.yahoo.co.jp/spitzibara/53603326.html
2010年9月14日の補遺
鎮痛剤などの処方薬への中毒者が増え、他人の家に盗みに入る事件が増えている。
http://www.nytimes.com/2010/09/24/us/24drugs.html?th&emc=th
http://blogs.yahoo.co.jp/spitzibara/61698101.html
2011年9月1日の補遺
NY Timesに、8月28日のエントリーで取り上げたpill mill(“処方薬の自動販売機”クリニック)に関する記事があり、フロリダ州がオピオイド系鎮痛剤Oxycodoneの違法な流通経路を遮断しようと法改正。:このpill mill問題、大きな社会問題となりそうな気配。
Florida Shutting ‘Pill Mill’ Clinics: Officials have implemented tougher laws in an effort to disrupt an illegal pipeline for prescription for drug Oxycodone.
http://blogs.yahoo.co.jp/spitzibara/63915702.html
2011年9月18日の補遺
例えばイーライ・リリー社が Zyprexa の違法マーケッティングで有罪を認め、刑法違反の罰則金と4つの民事訴訟の和解金とで総額140億ドルを払ったケースや、Alpharma が鎮痛剤 Kadian の処方で医師にキックバックを払っていた疑いで4250万ドルを支払ったケースなど、ビッグ・ファーマが罰則を支払っている場合にも、関与した医師は無罪放免されていることの不思議を、例によってProPublicaが。
http://www.propublica.org/article/doctors-avoid-penalties-in-suits-against-medical-firms
http://blogs.yahoo.co.jp/spitzibara/64018713.html
2011年11月11日の補遺
「米国における鎮痛剤の非医療的利用について」Lancetに報告。
http://www.thelancet.com/journals/lancet/article/PIIS0140-6736%2811%2961723-6/fulltext?elsca1=ETOC-LANCET&elsca2=email&elsca3=segment
http://blogs.yahoo.co.jp/spitzibara/64316868.html
2011年12月25日の補遺
米国の鎮痛剤の過剰投与による死者は場所によっては覚せい剤による死者よりも上回っている。ここにも大物研究者とビッグ・ファーマの癒着の構図。2本目の記事の冒頭で名前が挙がっているのはDr. Scott FishmanとDr. Perry Fine。
http://www.propublica.org/article/the-champion-of-painkillers
http://www.propublica.org/article/two-leaders-in-pain-treatment-have-long-ties-to-drug-industry
http://blogs.yahoo.co.jp/spitzibara/64535649.html
2012年7月13日の補遺
米国の検死制度の怠慢と機能不全を暴いているProPublicaのシリーズ最新記事。2004年に腎臓結石の手術 で入院中、鎮痛剤を出された直後に心臓マヒで死んでいるのが発見された男性(61)。病院側は男性の心臓を今だに保管していて、妻に返そうとしない。検死 が行われるのは病院死の5%のみで、遺族側には死因が分からないままというケースが少なくない。
http://www.propublica.org/article/cardiac-arrest-hospital-refuses-to-give-widow-her-husbands-heart
http://blogs.yahoo.co.jp/spitzibara/65318220.html
2012.10.21 / Top↑
ホルムアルデヒドといえば、
まずは真っ先に宮部みゆきの「名もなき毒」を思い出すけれど、
よく考えてみたら、2010年に以下のエントリーを書いているんだった ↓
大統領がんパネルが「化学物質はやっぱりヤバい」(米)(2010/5/10)
今回のNYTの記事も上記と同じくNicholas Kristofが書いたものなのだけれど、
なにしろタイトルが「がんロビー」。
最初のセンテンスが
「発がん物質にワシントンで活動するロビー要員がいることを
誰が知っていただろうか」であるように、
単に化学物質の発がん性を指摘する記事ではなく、
こうした政府の科学者らによって発がん物質が公表される動きに対して
化学業界がロビー活動によって制約を加えようと画策していることへの批判。
特に化学業界の危機感をあおったのは、
米国国立衛生研究所NIHが2年ごとに出している発がん物質に関する報告書で
それまで発がん性の可能性ありとしてきたホルムアルデヒドについて
2011年に発がん物質であると断定したことと、
その他にも、
スチレンにも発がん性の可能性が高いと指摘したこと。
そこで Exxon Mobil, Dow, BASF, DuPontなどのBig Chem企業が
発がん物質に関する報告書の予算を削減させようと
下院議会に対してロビー活動を行っている、という。
これに対して、先月76人の科学者らが会員議会に手紙を書いて
WHOでもホルムアルデヒドは発がん物質のリストに加えているし、
スチレンも発がん性の可能性がある物質とされているので、
この度の報告書は国際的な科学的コンセンサスに沿ったものだと説いた。
ジョージ・ワシントン大学の公衆衛生学部の学部長は
「自由市場は消費者が情報を手に入れることで機能するというのに
彼らはその情報をつぶそうとしている」
Kristofは
より大きな問題は、連邦政府が国民の健康の番犬となるべきか、それとも企業のポチとなるべきか、だ。
はっきりさせておこう。毒性のある化学物質については不透明なところはあるから、発がん物質に関する報告書を批判することになんら問題はない。しかし、報告書の予算をなきものとしようとするこの試みは、科学と民主主義の双方への侮蔑である。
the Cancer Lobby
Nicholas D. Kristof
NYT, October 6, 2012
まずは真っ先に宮部みゆきの「名もなき毒」を思い出すけれど、
よく考えてみたら、2010年に以下のエントリーを書いているんだった ↓
大統領がんパネルが「化学物質はやっぱりヤバい」(米)(2010/5/10)
今回のNYTの記事も上記と同じくNicholas Kristofが書いたものなのだけれど、
なにしろタイトルが「がんロビー」。
最初のセンテンスが
「発がん物質にワシントンで活動するロビー要員がいることを
誰が知っていただろうか」であるように、
単に化学物質の発がん性を指摘する記事ではなく、
こうした政府の科学者らによって発がん物質が公表される動きに対して
化学業界がロビー活動によって制約を加えようと画策していることへの批判。
特に化学業界の危機感をあおったのは、
米国国立衛生研究所NIHが2年ごとに出している発がん物質に関する報告書で
それまで発がん性の可能性ありとしてきたホルムアルデヒドについて
2011年に発がん物質であると断定したことと、
その他にも、
スチレンにも発がん性の可能性が高いと指摘したこと。
そこで Exxon Mobil, Dow, BASF, DuPontなどのBig Chem企業が
発がん物質に関する報告書の予算を削減させようと
下院議会に対してロビー活動を行っている、という。
これに対して、先月76人の科学者らが会員議会に手紙を書いて
WHOでもホルムアルデヒドは発がん物質のリストに加えているし、
スチレンも発がん性の可能性がある物質とされているので、
この度の報告書は国際的な科学的コンセンサスに沿ったものだと説いた。
ジョージ・ワシントン大学の公衆衛生学部の学部長は
「自由市場は消費者が情報を手に入れることで機能するというのに
彼らはその情報をつぶそうとしている」
Kristofは
より大きな問題は、連邦政府が国民の健康の番犬となるべきか、それとも企業のポチとなるべきか、だ。
はっきりさせておこう。毒性のある化学物質については不透明なところはあるから、発がん物質に関する報告書を批判することになんら問題はない。しかし、報告書の予算をなきものとしようとするこの試みは、科学と民主主義の双方への侮蔑である。
the Cancer Lobby
Nicholas D. Kristof
NYT, October 6, 2012
2012.10.08 / Top↑