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ドイツ人のBernhard Moeller医師が2年前にオーストラリアに来たのは
無医村状態だったビクトリア州の田舎町Horshamの窮状を救うため。

妻と2人の子どもを連れて移り住み、
以来、人口54000人の小さな町で、
ただ1人の内科専門医として診療に当たってきた。

就労ビザが2010年で切れるために
このまま永住したいと申請したところオーストラリア当局は拒否。

その理由とは
ダウン症の息子Lukas君(13歳)が健康要件を満たしておらず
「オーストラリア社会にとって重大かつ継続的なコスト」となりそうだから。

「これは差別ではない。
障害そのものが、健康要件を満たしていないとの判断理由ではない。
コミュニティにコストがかかる可能性の問題だ」とも。

当然のことながら、多方面から非難ごうごうで
ビクトリア州の首相もこの判断を批判しており、
オーストラリア政府の保健相も移民相と話をするといっていますが、
こちらはちょっと発言が微妙で
「我が国の田舎で働いてくれる医師らの大切さは保健省としても理解しており
彼らには様々なサポートをしている。
ただ、このケースに関して移民大臣と協議はするが
 まず裁判所の手続きが必要だということもあるし……」。

かつてSydney大学の法学部長で国連の障害者条約監督委員会のメンバーである
McCallum教授も移民相に決定を撤回するよう求めています。

オーストラリアは7月に国連障害者権利条約を批准しており、
McCallum教授は
「酷い話だと思う。大臣が修正してくれればいいが。
家族の障害のために移住を拒否するなんて言語道断。
我々が署名した国際条約の精神に反する行為だ。
障害者にもコミュニティの他の人たちと同じ権利を与えるために
我々はこの条約に署名したのに」



Rights leader urges Moeller case rethink
The Australian, November 5, 2008


ただ、記事を読んでいると、ものすごく気になるのですが、
この人が医師であることが却って話を妙な方向に捻じ曲げてしまいそうな……。

保健相の発言自体、
田舎の医師不足への対応を配慮したものであって、
家族の障害を理由にした永住権拒否の問題として事件を捉えていないのですが、

Moeller医師自身が今回の移民局の決定に反論して言っていることも
「自分はこれまでオーストラリアのために貢献してきたのに評価されていない」
「自分には息子のダウン症にかかる費用の一切を賄う資力があるし
 将来的にも政府からの年金に頼らせようとは考えていない」
「息子はこちらの地域に貢献することもできる」

拒否された側の気持ちとしてはそうだろうなと思うし、
言っていることも、このケースに限って言えば正論なのだろうとも思う。

しかし、この人の反論は、
「医師である自分の場合には永住させても社会の利益の方が上回るはずだ」
という主張でしかないので、
「それほどの社会貢献も出来ず子どものコストも担えない親なら
 子どもの障害を理由に移住を拒むこともやむをえないが」
という前提におのずと立つこととなり、結局は
移民局の判断基準そのものは肯定することになってしまう。

あちこちから起きている批判の声も
概ね「今までの医師の働きに対して恩知らずだ」といったトーンが中心的で
例えばダウン症アドボケイト団体の関係者が
「じゃぁ、医師不足が地域にもたらすコストはどうなんだ?」と怒っていたり
ダウン症の人にも社会に貢献できる能力がいろいろあるのだということを強調したり……。

医師の反論と同じで、こうした反論にも
障害児親子の移住について「利益 vs コスト」計算に基づいて判断するという
オーストラリア移民局の価値判断そのものを肯定して、
「子どもの障害のコストを上回るだけの社会貢献が可能な親」
「一定の社会貢献が見込まれる障害像の子ども」
という基準を肯定・定着させてしまう危うさが潜んでいないだろうか。

上記の記事を読む限り、
国連の障害者権利条約の監督委員会のMcCallum教授だけは
親の職業や社会貢献度や子どもの障害像とは無関係に
家族の障害を理由に永住権を拒否することのみをストレートに非難しています。

心情的には父親の気持ちも周囲の人の憤りも分かるけれど、
この議論はMcCallum教授のような原則論に徹するべきなんじゃないでしょうか。

他の多くの、
それほど富裕でもなければ専門知識もない親や
もっと重度の障害のある子どもたちのために。

【追記】
その後、この決定は覆されました。
http://blogs.yahoo.co.jp/spitzibara/46885695.html
2008.11.10 / Top↑
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