なにもテキサス州のように
一方的な「無益な治療」の停止を法的に認めなくても、
家族の意思決定が病院側の気に入らなければ、
家族から代理決定権をはく奪しプロの切り捨て請負人ガーディアンを任命……。
そんな手口もアリなようです。
また「無益な治療」概念は、本来、
「救命可能性が低いにもかかわらず、本人に苦痛を強いているから
そうした治療は本人の利益にならず無益である」という判断だったはずで、
07年のGonzales事件が大きく報道され論争になった際にも
病院側は「お金を問題にしてはいない」と釈明していたのですが、
ここ最近、「お金」が問題にされた「無益な治療」論が
公然と語られるようになってきた空気の変化も感じられて
非常に懸念されます。
メリーランド州の「無益な治療」事件。
ルワンダからの合法移民のRachel Nyrahabiyambereさん58歳は
昨年4月に脳卒中で永続的植物状態に。
居住年数が5年に満たないためにメディケイドの対象にならず、
保険もないため、Georgetown University Medical Centerは息子たちに
ナーシング・ホームに入れる、家に連れ帰る、ルワンダに送り返す、の
いずれかを選択するよう迫った。
栄養と水分の停止を試みては6人の息子たちの反対にあってかなわず、
病院と家族の関係は悪化。
病院は11月に、法定代理人を立てるよう裁判所に申し立てた。
この家族が意思決定者として法的に妥当なのかという疑問があったためだと
病院は、家族がいるのに代理人を申請した理由を説明している。
12月28日の短時間のヒアリングで
息子たちはMyirahabiyambereさんに独立の弁護士をつけてくれと求めたが
認められなかった。
(これについては、事情の複雑さを考えると付くべきだったと
Virginia Guardianship Associationのメンバーがコメントしている)
息子たちは家族が母親の代理決定者であり続けられるよう求めたが、
判事は弁護士であり看護師でもあるAndera J. Sloan氏を代理人に任命。
その人選は、病院から報酬をもらっている弁護士によるもの。
判事は息子たちが「医療的に適切な退院手続きを怠ってきた」と。
代理人になったSloan氏はすぐにナーシング・ホームへの入所手続きを行う。
これまでホームの経費の支払いを申し出たことなどなかった病院が、
今度は支払うという。
ホームに移ると、今度はSloan氏は
Rachelさんをホスピス・ケアの患者としてしまう。
この点について、Sloan氏からNYTへのメールの返事は
家族はSloan氏が計画した話し合いにも出てこなかったという。
電話とメールでの話し合いで、「入院拒否」と「蘇生拒否」には同意したものの、
栄養と水分の停止によって死なすことはルワンダの文化では受け入れられないと抵抗。
それに対して、Sloan氏は、
「ルワンダの文化を理解してくれと言うけど、私は理解してあげようとしていますよ。
だってルワンダの文化には、経管栄養そのものがないでしょ?」
そして、
本人が「栄養チューブを付け、オムツをして、誰ともコミュニケーションが取れないまま
ナーシング・ホームで」生き続けたいと本人が望んでいると立証できないなら、
栄養チューブは外す、と宣言。
2月19日に栄養と水分のチューブが取り外された。
米国国民である2人を含む6人の息子たちは
もはや傍観者として母親が死なされるのを見ていることしかできなかった。
Sloan氏は、
「植物状態の人の延命治療の決断は、保険があったとしても
緩和ケアの方が妥当だという問題なので、
本質的には国籍とか財源とは無関係」と。
しかし、ペンシルバニア大学の倫理学者 Arthur Caplanは
「終末期医療の決断は細心に行うべきで、
家族を決定プロセスのすべてに関与させ、また家族を尊重して行うべき。
治療中止がお金の問題とちょっとでも繋がってしまうと、
それは大きな倫理問題。それこそ死の委員会になってしまう」
(死の委員会とは、
Obama政権の医療制度改革案が出てきた時に、
終末期医療に関するカウンセリングの項目が「死の委員会」だと
ティーパーティなど保守層から攻撃のターゲットになったことを指すものと思われます)
取り外しから2週間後の3月3日現在、Rachelさんはまだ生きている――。
Immigrant’s Health Crisis Leaves Her Family on Sideline
NYT, March 3, 2011
この事件、メディアも世間も05年のShiavo事件のように騒いでいない。
それほど「無益な治療」概念が米国には浸透してしまったということなのでしょうか。
記事には、一家がルワンダの1994年の内乱を生き延びて難民キャンプに辿り着き、
一家離散を経て米国に渡り、その後、息子たちがそれぞれに働きながら大学へ行って
国籍を取得し両親を支えてきたことなども書かれており、
そういう苦労と重ねて生きてきた人たちが、やっとたどり着いた米国で
今度はこういう仕打ちを受けるのかと思うと胸が苦しくなりますが、
もう1つ、私がこの記事でものすごく気にかかるのは、
栄養チューブを外される日のRachelさんの様子を記述した冒頭個所。
息子の1人が部屋に入って、
Rachelさんの持っていたルワンダの音楽をかけ、
額を軽く叩くと、Rachelさんは一瞬、目を開けたといいます。
ルワンダの言葉で「調子はどう?」と声をかけると、
身動きもした、と。
このブログで読んできた、既に数え切れないほどの関連記事から
実際の意識の有無には、もはや英語圏の医療現場が興味を失っているだけなのでは……?
私には、そんな気がしてなりません。
仮に意識があったとしても、
寝たきりで普通の方法でコミュニケーションが取れず、何もできないなら
そのQOLの低さは意識がないに等しいと、暗黙のうちに了解されてしまっているような……。
だから、そういう状態の人は
一切合財ひっくるめて便宜上「永続的植物状態」にしてしまったところで、
大した違いなどありはしない……とでもいうような……。
2月にもミネソタ州で妻が夫の医療に関する代理決定権を奪われていましたが、
そういう場合に法定代理人候補として控えている
Sloan氏のようなプロの「切り捨て請負・法的代理人」、既に沢山いるのでは?
一方的な「無益な治療」の停止を法的に認めなくても、
家族の意思決定が病院側の気に入らなければ、
家族から代理決定権をはく奪しプロの切り捨て請負人ガーディアンを任命……。
そんな手口もアリなようです。
また「無益な治療」概念は、本来、
「救命可能性が低いにもかかわらず、本人に苦痛を強いているから
そうした治療は本人の利益にならず無益である」という判断だったはずで、
07年のGonzales事件が大きく報道され論争になった際にも
病院側は「お金を問題にしてはいない」と釈明していたのですが、
ここ最近、「お金」が問題にされた「無益な治療」論が
公然と語られるようになってきた空気の変化も感じられて
非常に懸念されます。
メリーランド州の「無益な治療」事件。
ルワンダからの合法移民のRachel Nyrahabiyambereさん58歳は
昨年4月に脳卒中で永続的植物状態に。
居住年数が5年に満たないためにメディケイドの対象にならず、
保険もないため、Georgetown University Medical Centerは息子たちに
ナーシング・ホームに入れる、家に連れ帰る、ルワンダに送り返す、の
いずれかを選択するよう迫った。
栄養と水分の停止を試みては6人の息子たちの反対にあってかなわず、
病院と家族の関係は悪化。
病院は11月に、法定代理人を立てるよう裁判所に申し立てた。
この家族が意思決定者として法的に妥当なのかという疑問があったためだと
病院は、家族がいるのに代理人を申請した理由を説明している。
12月28日の短時間のヒアリングで
息子たちはMyirahabiyambereさんに独立の弁護士をつけてくれと求めたが
認められなかった。
(これについては、事情の複雑さを考えると付くべきだったと
Virginia Guardianship Associationのメンバーがコメントしている)
息子たちは家族が母親の代理決定者であり続けられるよう求めたが、
判事は弁護士であり看護師でもあるAndera J. Sloan氏を代理人に任命。
その人選は、病院から報酬をもらっている弁護士によるもの。
判事は息子たちが「医療的に適切な退院手続きを怠ってきた」と。
代理人になったSloan氏はすぐにナーシング・ホームへの入所手続きを行う。
これまでホームの経費の支払いを申し出たことなどなかった病院が、
今度は支払うという。
ホームに移ると、今度はSloan氏は
Rachelさんをホスピス・ケアの患者としてしまう。
この点について、Sloan氏からNYTへのメールの返事は
Hospitals cannot afford to allow families the time to work through their grieving process by allowing the relatives to remain hospitalized until the family reaches the acceptance stage, if that ever happens.
Generically speaking, what gives any one family or person the right to control so many scarce health care resources in a situation where the prognosis is poor, and to the detriment of others who may actually benefit from them?
もしも家族が時間をかければ受容できる段階に至るのだとしても、
家族が悲しみのプロセスを時間をかけてくぐりぬける間ずっと
家族のために患者を入院させておくような経済的なゆとりは病院にはありません。
それに一般論として、
予後の悪い患者のために少ない医療資源を好きなようにするなんて、
そんな権利が、どうして一家族や一個人にあるんですか?
そんなの、その資源があれば現に利益を得るかもしれない患者を
犠牲にすることなんですよ。
家族はSloan氏が計画した話し合いにも出てこなかったという。
電話とメールでの話し合いで、「入院拒否」と「蘇生拒否」には同意したものの、
栄養と水分の停止によって死なすことはルワンダの文化では受け入れられないと抵抗。
それに対して、Sloan氏は、
「ルワンダの文化を理解してくれと言うけど、私は理解してあげようとしていますよ。
だってルワンダの文化には、経管栄養そのものがないでしょ?」
そして、
本人が「栄養チューブを付け、オムツをして、誰ともコミュニケーションが取れないまま
ナーシング・ホームで」生き続けたいと本人が望んでいると立証できないなら、
栄養チューブは外す、と宣言。
2月19日に栄養と水分のチューブが取り外された。
米国国民である2人を含む6人の息子たちは
もはや傍観者として母親が死なされるのを見ていることしかできなかった。
Sloan氏は、
「植物状態の人の延命治療の決断は、保険があったとしても
緩和ケアの方が妥当だという問題なので、
本質的には国籍とか財源とは無関係」と。
しかし、ペンシルバニア大学の倫理学者 Arthur Caplanは
「終末期医療の決断は細心に行うべきで、
家族を決定プロセスのすべてに関与させ、また家族を尊重して行うべき。
治療中止がお金の問題とちょっとでも繋がってしまうと、
それは大きな倫理問題。それこそ死の委員会になってしまう」
(死の委員会とは、
Obama政権の医療制度改革案が出てきた時に、
終末期医療に関するカウンセリングの項目が「死の委員会」だと
ティーパーティなど保守層から攻撃のターゲットになったことを指すものと思われます)
取り外しから2週間後の3月3日現在、Rachelさんはまだ生きている――。
Immigrant’s Health Crisis Leaves Her Family on Sideline
NYT, March 3, 2011
この事件、メディアも世間も05年のShiavo事件のように騒いでいない。
それほど「無益な治療」概念が米国には浸透してしまったということなのでしょうか。
記事には、一家がルワンダの1994年の内乱を生き延びて難民キャンプに辿り着き、
一家離散を経て米国に渡り、その後、息子たちがそれぞれに働きながら大学へ行って
国籍を取得し両親を支えてきたことなども書かれており、
そういう苦労と重ねて生きてきた人たちが、やっとたどり着いた米国で
今度はこういう仕打ちを受けるのかと思うと胸が苦しくなりますが、
もう1つ、私がこの記事でものすごく気にかかるのは、
栄養チューブを外される日のRachelさんの様子を記述した冒頭個所。
息子の1人が部屋に入って、
Rachelさんの持っていたルワンダの音楽をかけ、
額を軽く叩くと、Rachelさんは一瞬、目を開けたといいます。
ルワンダの言葉で「調子はどう?」と声をかけると、
身動きもした、と。
このブログで読んできた、既に数え切れないほどの関連記事から
実際の意識の有無には、もはや英語圏の医療現場が興味を失っているだけなのでは……?
私には、そんな気がしてなりません。
仮に意識があったとしても、
寝たきりで普通の方法でコミュニケーションが取れず、何もできないなら
そのQOLの低さは意識がないに等しいと、暗黙のうちに了解されてしまっているような……。
だから、そういう状態の人は
一切合財ひっくるめて便宜上「永続的植物状態」にしてしまったところで、
大した違いなどありはしない……とでもいうような……。
2月にもミネソタ州で妻が夫の医療に関する代理決定権を奪われていましたが、
そういう場合に法定代理人候補として控えている
Sloan氏のようなプロの「切り捨て請負・法的代理人」、既に沢山いるのでは?
2011.03.08 / Top↑
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