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吉村昭「関東大震災」(文春文庫 2004年新装第1刷)を読んだ。

関東大震災の直接の被害者は22万人。

前半の地震と火災の被害について証言や資料から再現して書いてある部分は
さすがに吉村昭の緻密な検証作業と冷徹かつ圧倒的な筆力とで
まるで直接自分が目撃したような、ちょっと異様な読後感だった。

ここでは後半の、朝鮮人虐殺についてのみ、メモ的に。

朝鮮人に関する事実無根の流言飛語が起こり、
それが虐殺に繋がった社会背景について、
吉村昭は次のように分析している。

日本の為政者も軍部もそして一般庶民も、日韓議定書の締結以来その併合までの経過が朝鮮国民の意思を完全に無視したものであることを十分に知っていた。また統監府の過酷な経済政策によって生活の資を得られず日本内地へ流れ込んできていた朝鮮人労働者が、平穏な表情を保ちながらもその内部に激し憤りと憎しみを秘めていることにも気づいていた。そして、そのことに同情しながらも、それは被圧迫民族の宿命として見過ごそうとする傾向があった。
 つまり、日本人の内部には朝鮮人に対して一種の罪の意識がひそんでいたと言っていい。
(p.162)



大地震の起こった大正12年(1923年)9月1日の夜7時ごろ、
横浜市本牧町付近でおこった「朝鮮人放火す」の流言についても

その流言がだれの口からもれたのかは、むろんあきらかではない。ただ日本人の朝鮮人に対する後暗さが、そのような流言となってあらわれたことはまちがいなかった。
(p.164)



この流言はほんの1時間ほどで北方町、根岸町、中村町、南吉田長に広がり、
さらに横浜港外に碇泊する船舶等にまで達する。

翌9月2日の夜明けまでに「朝鮮人放火す」から
「朝鮮人強盗す」「朝鮮人強姦す」に変わり、殺人を犯したり、
井戸その他の飲水に劇薬を投じていると内容が変わって
正午には鶴見、川崎方面に達する。

さらに日没近くには、横浜市西戸部町藤棚付近から
「保土ヶ谷の朝鮮人土木関係労働者三百名が襲ってくる」
「戸塚の朝鮮人土木関係労働者二、三百名が現場のダイナマイトを携帯して来襲してくる」
といった具体性を帯びた流言も起きる。

作品中、何度も念を押すように書かれているのだけれども、
これらの風説は全く根拠のないもので、そのような事実は全くなかった。

流言は、通常些細な事実が不当にふくれ上がって口から口に伝わるものだが、関東大震災での朝鮮人来襲説は全くなんの事実もなかったという特異な性格を持つ。このことは、当時の官憲の調査によっても確認されているが、大災害によって人々の大半が精神異常をきたしていた結果としか考えられない。そして、その異常心理から、各町村で朝鮮人来襲に備える自警団という組織が自然発生的に生まれたのだ。
(p.178)



そして、これら自警団が武器を持ち、
時に警察ですら手をつけられないほど凶暴な暴徒と化していく。

この時、流言を信じた(または暴行・殺害の口実に利用した?)自警団員らによって
殺害された朝鮮人の数を、後に政府は231名と発表。

法学者吉野作造はそれに疑問を抱き、調査によって2613名としたが、
この論文は内務省によって発禁となる。

在日朝鮮同胞慰問会の調査では、難に遭った朝鮮人の実数は6000人以上。

また、政府発表によると、
朝鮮人に間違えられて殺害された日本人が57名、負傷した日本人49名。
中国人も4名が殺害された。
(p.199-299)

様々な虐殺事件の実態が記されており、
いずれも心がふさがる陰惨な事件ばかりだけれど、
恐怖や不安心理といった負のエネルギーが蓄積され圧縮されると、
それをぶつけるためのターゲットを探して相互に煽りあっていき、
ある所からは前のめりのエネルギーが後戻り不能となる群集心理の恐ろしさ、という意味で、
以下の埼玉の事件が強烈な残像を残した。

秋田出身の労働者が
茨城から東京に向かう途中で疲れて一夜の宿を乞うたところ、
訛りのために朝鮮人だと決めつけられ村の自警団から暴行を受けた。

なんとか派出所に連れて行ってもらった男性は
必死の説明で秋田県人であるとわかってもらう。
巡査部長は騒ぎを収めるために机の上に立ち、
派出所を取り囲んだ数百名の群衆に向かって、
男性が秋田県人であることを宣言。

それを聞いて男性は安堵し、思わず「バンザイ」と口走った。

それが殺気立っていた群衆を刺激、
「バンザイとは何事だ。生意気だ。殺してしまえ」と
引きずり出されて殺されてしまった。

(p.226-228の事件の内容を要約)




この本を読みながら、
特に最初に引用した吉村氏の分析には岸田秀の日本人神経症説が頭に浮かんで、

過剰な自己防衛、自己防衛としての事実の否定、
その否定を維持するための事実の歪曲とご都合主義の解釈、
責任転嫁と問題のすり替え、おためごかし、
それらを口実にした操作、巧妙なコントロール、
弱さを隠すための高圧的な態度、逆上……

このブログをやりながら最近感じている
「科学とテクノの簡単解決文化」とその背景に潜む利権構造が
急速に「世界を虐待的な親のような場所に変えていく……」という感触に
どこかで重ね合わせつつ、日本人に限らない今の世の中のあり方として、

政治と経済の不安定、右傾化に画一化、集団的思考停止、強権的・排外的傾向……
関東大震災の起きた時代って、なんか今と似通っている……? と
漠然と考えながら読んだ。

すると、
今朝の新聞に出ていた月刊文春の広告で、
看板記事のタイトルが「関東大震災と東日本大震災 歴史の暗合」

サブタイトルに
「一年で交代する総理、大不況、挙国一致内閣への期待、テロの時代……似すぎる世相」。

ほえぇ……。で、だから、どうだって書いてあるんだろう?
ちょっと興味ある……かな。


ついでに、その朝刊の国際面に
ビン・ラディン殺害に関して「拘束すべきだった」との批判に応える
オバマ大統領の言葉があった。

(批判を)気にしたことはまったくない。正義は行われた。

大量殺人の加害者が今回の仕打ちに値しないと言うなら、
頭の検査を受けた方がいい。




原理原則も手続きも「みんなの勢い」でなし崩し……ということが
最近、世の中にどんどん増えてきているような気がするのだけど、

「みんなの勢い」で原理原則も手続きもすっ飛ばした「正義」って、
そんなもの、あるんだろうか……?



ちなみに、同じく今朝の朝日新聞によると、
吉村氏の「三陸海岸大津波」と「関東大震災」が読まれていて、
新たに増刷になった分の印税を、妻の津村節子さんが被災地に寄付しているとのこと。
2011.05.10 / Top↑
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