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英国医療技術評価機構(NICE)が原因不明の慢性腰痛の治療に関して
これまでNHSで認められてきた、cortisone などのステロイド剤の注射を今後は認めず、
医師らは鍼や整骨などの治療を提供しなさい、と。

痛み止めの注射はNHSで年間6万件以上行われており、
今回のガイドラインによって年間3000件程度に減らし、
それによってNHSは3300万ポンドを節約することが狙い。

しかし、専門家は、この変更によって患者が激痛を耐えなければならなかったり、
それを避けようと思えば自費の治療に500ポンドも支払わなければならなかったり、
または50%の高率で失敗に終わる手術を選択する人が増える、と懸念。

専門のペイン・クリニックの中には閉鎖に追い込まれるところも出てくると見込まれ、
患者にいったいどこに行けというのか、と専門医らから猛批判が起こって、
ガイドラインの執筆に関わった英国痛み学会の会長が
会員投票で辞任に追い込まれる騒ぎにまで発展している。

NICEでは、
痛みが始まって一年以内の新規の患者で、原因不明の場合のみに適用されるのみで
全ての患者が対象になるわけではないと反論するが、

(しかし、それで本当に数値目標を達成できるとも思えないし)

この注射の効果は数年単位で続くので、
2年に一度の注射で痛みを抑えて
家族の介護をしながら普通の暮らしができるという患者もいる。



英国では、同様の薬や治療の配給医療制度によって
延命効果がある抗がん剤を使わせてもらえない癌患者の急増も問題視されている。

症状や薬の効き方、治療法の選択と効果など、
一人ひとりの患者によって微妙に違うだろうし、
その個別の違いを見ながら丁寧に判断していくのが臨床医の仕事だろうと思う。

その際に、鍼や整骨や心理療法が有効な人もいるかもしれないから、
もちろん一律に「誰でもすぐに痛み止めの注射」という慣行があるとしたら
もうちょっと丁寧に選択肢を検討してくださいよ、というのは分からないではないのだけど、
そのことと一律に痛み止めの注射を否定することとの間の距離は大きい。

中には注射でしか対応できない患者さんだっているだろうから、それはあんまりなのでは……。

そもそもの始まりとして、
6万件以上の注射を3000件まで減らそうという数値目標の根拠って、どうやって弾き出すのだろう。

もしも先に削減コストの数値ありきだったとしたら、
それって日本でも、コイズミ政権下で決まって、
路線変更にえらく時間がかかった社会保障費年間2200億円削減目標と同じことのような……。
(その間に日本の医療と介護は見るも無残に崩壊した……。)

数値目標だけに目を奪われたコスト効率には大きな盲点があるんじゃないかと思うのは、
人が医療や福祉など社会保障の恩恵を受けながら暮らしている日々の生活は
決して医療なら医療だけが他と切り離されてそこにあるわけではなく
人と関わりあいながら社会の様々な側面が複雑に錯綜しているものだということの広さ・大きさが
単純計算では捉えきれないんじゃないのか、ということ。

誰かを介護している人にとって、腰痛はどうしても不可避な面もあるけれど、
痛み止めを打つことによって介護者としての役割を果たし続けることができれば、
必要な在宅ケア・サービスの量は増えないし、それだけ在宅ケアの期間も延びて、
大きな意味でのコスト削減になるわけで、

そこまで広い範囲で捉えるのと、
ただ医療の中に限定して、腰痛患者一人の肉体についてだけ眺めるのとでは
薬や治療のコスト効率の検討も、まるで違う計算になるんじゃないだろうか。

また腰痛の人が痛みのために仕事を休んだり辞めるしかなくなることを考えれば、
その中には、それをきっかけに貧困に陥って福祉の対象になる人もでてくるわけだから、
痛み止めの注射のコストは、その人の生産性や生活力で実はカバーできているのかもしれないし。

それとも、
そういう七面倒くさいことまで丁寧にやってられないから
体が利かなくなったり、痛みがあったり、ゼニと手間のかかる人たちは
手っ取り早く、さっさと「自己決定権」を行使して死んでください──
というのがホンネなんだったら、何をかいわんやなんだけど。

だって、今の英国での自殺幇助合法化ロビーの勢いの一方に、
抗がん剤もダメで腰痛の痛み止めの注射もダメで……という医療を置いてみたら、
結局はそういうことになりません?

腰痛ですか? まず鍼とか整骨をやってみてくださいね。あ、心理療法もいいかも。
ダメでした? いまいち効かなかった? へぇ、もう耐え難いほどの痛みなんですか?
NHSでは注射はできませんから、自腹でやってみます? え? お金もないの?
それって、ずいぶんと尊厳のない状況ですねぇ。

でも、大丈夫、そういう人には、もうすぐ自殺幇助が合法化されて
NHSで医師が処方する毒物による尊厳のある自殺ができるようになりますからね……。

もうちょっとの辛抱ですよ……。


2009.08.04 / Top↑
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