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遺伝子治療の治験で使者が出た件に関する前のエントリーの続報です。

ワシントンポストはその後、亡くなった被験者の夫や関係者に取材して続報を書き、
安全を期するための治験のルールがいくつも守られていなかったとの
重大な疑惑を指摘していています。(8月6日)

亡くなったのは36歳の女性、Jolee Mohrさん。
時々関節がこわばる他は元気でした。

彼女が関節炎の治療でかかっていた主治医が
Targeted Genetics 社の治験に参加したことから、誘われました。
遺伝子操作をしたウイルスでできた薬を右膝に注射。
1度目は2月に受けましたがその時には特に変わったことはなく、
夫の話では変化がないことに失望し次の注射の効果に期待していたといいます。

その2度目を受けたのが7月2日。
その日の内に発熱、嘔吐が始まりました。

5日には救急で感染と肝臓障害の疑いと診断されたので、
夫が治験との繋がりを案じて主治医に電話すると、
主治医は使われたのは安全なウイルスだったと答えています。

その5日後に呼吸困難を起こしシカゴ大病院に移されます。
FDAに連絡したのはシカゴ大学でした。

Targeted Genetics社はその翌日の7月20日になってFDAに対して「深刻な反作用の発生」を報告し、
「実験によるものである可能性がある」と認めて実験を停止するのですが、
女性はその4日後に亡くなりました。

20日まで、他の被験者には何も知らされることはなく、実験も続行されたわけです。

この一連の流れの中で、
通常の治験手続きの基本ルールを逸脱していると記事の中で指摘されているのは、

①主治医が誘った際にその場でインフォームド・コンセントの書式にサインさせていること。
持ち帰ってゆっくり読んだうえでサインさせるべき。

②治験の調査者自身が説明してはいけないのに、
調査者として参加している主治医が自分で説明している。
この場合、患者は「主治医が勧めてくれるの以上、自分の病気にもよいことなのだ」
と思い込み勝ちである。

このインフォームド・コンセント用の説明書は15ページに及ぶとのことですが、
その真ん中あたりに「まれな場合では死亡」も含め「未知の副作用」の可能性についての警告が、
ほんの2文で書かれているとのこと。

さらに別の箇所に「この研究に参加することにより直接の医療上のメリットはないものと思われます」と
さらりと1文。
これにMohrさんはサインしたのでした。

びっくりしたのは、
この文書を承認した審査委員会が
Targeted Genetics社と契約した民間企業の委員会であったという事実。
FDAが認可した企業だそうです。
最近はこのようにバイオテクノロジー企業が契約によって雇う民間企業の審査委員会が
治験での患者保護基準を監督するケースが増えているとのこと。

この実験でも最初の審査が行われた当時はNIHによって公開で行われたので、
その際の記録から疑問が呈されていた事実もわかるのですが、
その後2000年にルールが変わり、
ほとんどの実験でNIHの公開審査ではなくFDAによる非公開の審査となります。

プロセスの簡素化を狙ったもののようですが、
さらにその上、上記のようにFDAの審査そのものも民間の企業にアウトソーシングされている。
そのため今回のケースでも、当初の審査で
「他の薬を飲んでいる患者は除外しては」、
「命に関わる重病ではないのだから注射は1回にしては」
との懸念があったにもかかわらず、
何故この治験が認められるに至ったかという議論の過程は不明です。

(7月28日の記事では最初のNIHの審議は2003年9月となっているので、
2000年のルール変更の後のことになるのですが、
このあたりの事情は触れられていません。)

上記のようにバイオテク企業が雇った企業によって審査が行われるとしたら、
雇われている側がクライアントに強い態度で臨めるはずもなく、
治験における患者保護もセーフガードとしての審査も、
実は全く形骸化している可能性があるのでは?
2007.08.07 / Top↑