米国GA州でALS男性が「臓器提供安楽死」を希望している件で
CNNのキャスターがALSを「ターミナルな病気」と紹介したことから
去年の暮れに書いた文章をアップしてみたくなったので。
「ターミナルな病気」という新分類と、そこから透けて見えてくるもの
ここしばらくterminal という言葉にこだわっている。欧米で加速する一方の自殺幇助合法化議論(2月号当欄で紹介)を継続して追いかけていると、その中で、いつからか terminal illnessという見慣れない表現が目に付くようになった。見るたびに感じていた違和感がついにはっきりした疑問となったのは、先日、ALS患者の自殺幇助事件で「この人にはターミナルな病気があった」と書くニュースを立て続けに読んだ時──。
「ターミナルな」というのは病気を問わず、あくまで病状の段階を指す形容詞だとばかり思っていた。「ターミナルな患者(terminal patient)」や「ターミナルな病状(terminally ill)」ならともかく、「ターミナルな病気」……? ALS患者の中には適切なケアで長く生きる人があるにもかかわらず、「ターミナルな病気」というと、まるでALSの人がみんな余命わずかみたいに聞こえてしまう……と、拘泥していたら、なんと次に聞こえてきたのは「認知症はターミナルな病気」だった。
◎「認知症はターミナルな病気」
The New England Journal of Medicine誌の10月号で米国国立衛生研究所(NIH)の研究「終末期における末期認知症ケアのための選択、姿勢、そして戦略(CASCADE)」の結果が報告されている。ボストン地域のナーシングホームで認知症が進行した患者を18ヶ月にわたって調査したところ、約6割が調査期間中に死亡。認知症が肉体的な症状を伴う病気であること、末期には合併症が起きることへの認識が十分でないために、本人の利益にならない過剰な医療が行われていることが明らかになった。そこで強調されるのが「認知症はターミナルな病気である」。その事実を医師も家族も法定代理人も、みんなでしっかり認識して、無益な医療を求めるのではなく緩和ケアを選択するように、というのが趣旨のようだ。
しかし「認知症の末期には合併症が起こることを理解しておこう」と言うことと「認知症はターミナルな病気であると認識しておこう」と言うことの間には、ずいぶん非科学的な飛躍があるのではなかろうか。
◎終末期プロトコルの機械的適用で脱水死
英国では9月、緩和ケアの専門医数名がthe Daily Telegraph紙に手紙を書いて、終末期医療現場での“思考停止”状態を告発した。英国医療技術評価機構(NICE)は2004年から、死にゆく患者の苦痛を軽減するために作られた看取りのプロトコル「リバプール・ケア・パスウェイ(LCP)」を推奨しているが、このLCPがターミナルと分類された患者に機械的に適用されているというのだ。まだ回復の余地のある患者までが水分と栄養、治療薬を引き上げられ、死ぬまで重鎮静にされるなど、本来は「尊厳のある死を」と作られたLCPが、手をかけずに患者を死なせる自動的な手順と化している、と。
この告発から間もない10月13日、ある裁判の和解が報じられて話題になった。2005年に癌が再発し、もはや打つ手はないと診断されてリバプールのホスピスに入ったJack Jonesさん(76)は、栄養も水分も与えられず2週間で死亡した。しかし死後になって、癌は再発しておらず死因は肺炎だったことが判明したのだ。病院側はJonesさんにLCPは適用していないと主張するが、患者が機械的に分類され、一旦ターミナルと分類されると、症状の観察も再評価もなく分類だけが一人歩きしているのでは……と、このニュースも終末期医療のあり方に大きな疑問を投げかけた。
◎緩和ケアとはアグレッシブな症状管理と支援
NEJMの10月号には、NIHの研究論文以外にも、緩和ケア専門医の論説が同時掲載されている。認知症患者の終末期ケアをグレードアップして、痛みや不快をもっと丁寧にケアすべきだと訴える内容。「アグレッシブな医療か医療なしかの2者択一ではない。緩和ケアとはアグレッシブに細やかに、症状管理に重点を置いて患者と家族をサポートすることだ」という部分は、NIHの論文への鋭い反論ではないだろうか。
ちなみにterminal illness という用語、実は英語版ウィキペディアには既に存在している。「不治で有効な治療法がなく、患者を死に至らしめることが予測される進行性で悪性の病気のこと」。なるほど、「どうせ死んでしまう病気」なのだから金も手間もかけることはない、という文脈で使われるものらしい。でも、それを言うならALSや認知症の人だけでなく、生まれてきた瞬間から人は誰もが、その悪性病にかかっているのだけど……?
『世界の医療と介護の情報を読む』「介護保険情報」2009年12月号 p.77
【関連エントリー】
”終末期プロトコル“の機械的適用で「さっさと脱水・死ぬまで鎮静」(英)(2009/9/10)
肺炎なのに終末期ケアで脱水死(英)(2009/10/14)
「認知症患者の緩和ケア向上させ、痛みと不快に対応を」と老年医学専門医(2009/10/19)
「認知症はターミナルな病気」と、NIH資金の終末期認知症ケア研究(2009/10/19)
「認知症末期患者のビデオを見せて延命治療拒否の決断を促そう」とMGHのお医者さんたち(2009/6/5)
モンタナの裁判で「どうせ死ぬんだから殺すことにはならない」(2009/9/3)
GA州のALS男性の「臓器提供安楽死」希望のニュースで
GA州のALS男性が「臓器提供安楽死」を希望(2010/7/25)
やっぱりCNNが飛びついたGA州ALS患者の「臓器提供安楽死」希望(2010/7/30)
8月に入っても、CNNの番組がPhebus氏と娘を生出演させています。
ペンシルバニア大学の生命倫理学者 Art Caplanも出演。
Phebus氏の発言は、これまでに出てきたものとほぼ同じで、
自分はALSと診断され「死刑宣告を受けて」おり、どうせ死ぬのなら
だんだん身体が動かなくなって何もできなくなって死んでいくよりも
臓器を待っているうちに死んでいくしかない人たちを救えるのであれば
臓器が良好な状態で使ってもらえるように死にたいというだけのこと。
別に自殺を希望しているわけではないし、
自殺したいというよりも、まだ生きられる希望のある人たちへの犠牲になろうというだけ。
娘さんの方も、
寝たきりになってただ死に近づいていく(waste away)くらいなら、
そんな尊厳のない状態になるよりも、と考える父の気持ちはわかるので、
家族は父の希望を支持している、と。
それに対して、Caplanが
法的に臓器提供安楽死など無理であること、
Phebus氏の気持ちは理解できるが、
臓器移植に関与する医師が患者を死なせることは許されていないことを説明し、
途中で番組ホストの Don Lemonが
「でも、この人は、どうせ死ぬんですよ。遅いか早いかの違いしかないなら、
臓器が使えるうちに、という願いにも一理あるのでは」という意味の言葉をさしはさむ。
それに対してCaplanは、
個人の願いとしては理解できるが、それが許される社会は人々を恐怖に陥れることになる、と、
社会全体に与える影響について語っている。
Phebusさんの要望は、
簡潔な言葉でとても分かりやすい。
それに対して、
その要望がどんな複雑な法的かつ倫理的な問題を含んでおり、
それがどういう複雑かつ広範な影響をもたらすかという点は、
Phebusさんの要望のように簡潔に伝えられるものではないのだ、ということを
つくづく感じさせられる。
本当に大事なこと、
本当はみんなで真剣に時間をかけてちゃんと考えなければならないことというのは、
いつも地味で、退屈で、煮え切らず、うざったく、面白みに欠けて、ださい。
でも、ぐるぐる、どろどろすることのない
あまりにもきれいにスパッと割り切れて、明快で分かりやすいことは、
やっぱり怖いことなんじゃないんだろうか、ということも改めて感じさせられる。
その他、特に印象的だったのは2点で、
Phebus氏が、余命がどのくらいかについては聞いていない、と言ったこと。
進行の早さは人によるから分からないと言われているとのこと。
もう1つは、番組冒頭で、Lemon氏が
ALSを「ターミナルな病気」と紹介したこと。
例えばOregonやWashington州の尊厳死法で「ターミナルな状態」とは
余命6カ月以内と診断された人のことを言うことと考え合わせると、
まるでALSと診断されたら、その段階で余命6カ月以内であるかのように聞こえる。
実際には、Phebus氏の担当医が言うように
進行の速度は人によって様々だというのに。
Selfless Sacrifice…or Assisted Suicide?
CNN, August 4, 2010
「ターミナルな病気」という表現が私は去年からずいぶん気になっていて、
「介護保険情報」の連載で去年12月に書いてみました。
それを次のエントリーに。
http://blogs.yahoo.co.jp/kitaga0798/62400510.html
ちなみに医療ツーリズムについては、 2006年にインターネットで調べて記事を書いた。06年に既に世界では恐ろしいツーリズムが進行していた。日本でも「医療ツーリズム」を、と長妻厚労相が言うのを聞いた時に、ああ、日本もついに、ああいうえげつない拝金揉み手グローバル格差医療の仲間入りをするんだな、と思った。その他、インドの生殖医療ツーリズムはこちら。パキスタンの“腎臓バザール”についてはこちら。
2.スイス法務大臣が自殺幇助への法規制強化には反対と。去年、ExitやDignitasなどの自殺幇助機関の完全禁止と、規制強化の2 法案が国民に提示されたものの、いずれにも批判が強く、スイス国民の意識は現状容認か?:というよりも、11月の国民投票に向け、駆け引きがいよいよ激化している? 政治だけでなく、Dignitasの行状を取り締まろうとする警察の動きと、それを阻もうとする圧力のようなものとの駆け引きも、このところのニュースからは色濃く感じられるし。
http://www.swissinfo.ch/eng/politics/Justice_minister_rethinks_assisted-suicide_bill.html?cid=21512170
【スイスでの規制関連エントリー】
スイス議会が自殺幇助規制に向けて審議(2009/6/18)
Dignitas あちこち断られた末にお引越し(2009/6/28)
スイスで精神障害者の自殺幇助に「計画的殺人」との判断(2009/6/30)
スイス自殺幇助グループExit、当局と合意(2009/7/12)
APが「スイスは合法的自殺幇助を提供している」(2009/7/18)
チューリッヒ市が自殺幇助に“規制強化”とはいうものの……(2009/7/21)
スイス当局が自殺幇助規制でパブコメ募集(2009/10/29)
“自殺ツーリズム”防止の罰金制度、スイスで11月に住民投票(2010/1/23)
3.Harvard大学の研究者らがNatureに発表した論文で、男性500人に一人の割合で発生する知的障害(XLMR)に、あるたんぱく質の機能不全が関与している、と。胎児段階で分かれば、治療方法も開発できる、とも。:最近こういう研究がやたらと目につく。「治療が可能になる」というのは、排除目的の研究を続けるための免罪符……なんてことは?
http://www.medicalnewstoday.com/articles/196820.php
4.英国の乳がん発生率が東アフリカの4倍にも。要因は生活様式だと。
http://www.guardian.co.uk/lifeandstyle/2010/aug/09/breast-cancer-variation
5.機能不全家庭から子どもを施設に保護する裁判所の決定が1年以上の待ち状態。
http://www.guardian.co.uk/society/2010/aug/09/family-court-delays-children-barnardos
6.英国には5歳以下の子供に無料で牛乳を提供するプログラムがあるらしいのだけど、それが実際に子どもたちの健康の役に立っていない、カネがかかりすぎる、という話が出ているみたい。
Cameron rules out scrapping free milk for under-five
The Times, August 9, 2010
7.イランの投石処刑の件で、亡命した弁護士の妻、釈放。
Wife of stoning woman’s lawyer is freed
The Times, August 9, 2010
Ashley事件の概要を解説し、
我々ナースとしては家族が共に暮らそうとする思いに寄り添い、
例え物議をかもしている療法であったとしても家族の要望にはオープンな姿勢で臨もう、と説く動画が
7日、YouTubeに投稿されました。
Ethical Dilemma Growth Attenuation
YouTube, 2010年8月7日
早口に原稿を読んでいるので、聞き取りに苦しんで、
細部まで確信を持って内容を紹介できないのですが、
冒頭で、なによりもまず“Pillow Angel”という重症児の呼称を解説しているところ、
今なお倫理委のメンバーを40人の他職種だったと事実誤認をそのまま通しているところから、
誰の意図を受けた呼びかけかということは明らかでしょう。
(当初より倫理委のメンバーが40人というのはAshley父の誤解に基づく誤情報でした。
大きな倫理委だったという誤情報を正当化に利用したかったらしい病院サイドは、
その誤解がメディアで独り歩きするに任せて長く訂正しませんでしたが、
今年1月のAJOBの論文でDiekema医師が19人だったと、やっと明かしています)
子宮摘出がワシントン州法違反だったことは認めているものの
”Ashley療法”の意図や利益については非常に偏った説明になっているようにも思われます。
たいへん気がかりな動きです。