南アフリカで進められているHIV感染予防ジェルの臨床実験 CAPRISA 004 が
その素晴らしい予防効果で、Drug Information Association(DIA)から表彰された、
とのニュースが20日にあった。
女性が膣に塗布することで性行為によるHIV感染を防ぐ目的の、殺ウイルス・ゼリー。
この話題については、2010年7月20日の補遺で拾っており、
国連もWHOも歓迎しているとは言うけど気がかりなニュースだと思っていたら、
やっぱり懸念した通り、
この度の受賞のニュースと同時に、
とんでもない人権侵害の指摘が出てきている。
まず受賞ニュースからCAPRISA004について。
実施しているのは南アフリカのKwaZulu-Natal大学とColumbia 大学。
南アフリカ政府も関与し、Gilead Scienceという企業がゼリーの資材を提供している。
この記事から治験の内容について書かれた部分を抜き、概要をまとめてみると、
The CAPRISA 004 study of tenofovir gel involved 889 women at two sites in KwaZulu-Natal, South Africa. Women in the study were advised to use the gel up to 12 hours before sex and again soon after having sex, for a maximum of two doses within 24 hours. Women using the gel with the active ingredient had an average of 39% fewer HIV infections and 51% fewer genital herpes infections compared to women who used a placebo gel. These results provided the first evidence that an antiretroviral drug can reduce the risk of HIV in women.
南アフリカで889人の女性を対象にゼリーを渡し、
性行為の前後それぞれ12時間以内に使うよう指導。
すると有効成分の入ったゲルを使った女性では
有効成分の入っていないプラシーボ・ゼリーを使った女性よりも
HIVでは39%、性器ヘルペスでは51%も感染率が下がった。
これは女性のHIV感染リスク減少効果の初のエビデンスである。
Anti-HIV gel leadership team acknowledged for outstanding achievement in world health
EurekAlert!, June 20, 2011
USAIDSのCaprisaページはこちら。
このページにある研究の詳細によると、
対象となったのは「感染リスクの高い女性」と書かれています。
つまりHIV感染者のパートナーのいる女性です。
さらに、ゲルを渡す時には
「感染リスクを下げることについてカウンセリングを行い、コンドームを渡した」と
書かれていますが、「コンドームを使えと指導した」とは書いてありません。
そもそも実験の意図からして、
コンドームを使われたのでは実験にならないはず。
で、そういう研究デザインでプラシーボを渡された人って……?
まともなら、当然のこととして、疑問が頭に浮かんでくるはずなのですが、
なぜかWHOを始め、誰の頭にも、そんな疑問は浮かばない様子。
で、あるネット・メディアが、その疑問を声にした。
これは「新たなタスキギ実験」だ、と。
被験者の数が全然違うのはどういうことか確認できていませんが、
こちらの記事によると、2200人程度の女性にゲルが渡されており、
既に何百人もの女性がこの実験によってHIVに感染しているというのに、
国際社会は素晴らしいブレークスルーだと手を叩くことに疑問を呈している。
去年、研究者らはこのゲルには39%の感染予防効果がある、と
発表し胸を張ったが、39%の予防効果が意味することは
残り61%は予防できないということだ。
今年になって、予防効果は59%に上昇したという。
つまり41%はHIVに感染したということだ。
(最初の受賞記事は去年のデータのままなので、
その辺りも、ちょっと不可解ではあります)
しかもプラシーボを渡された人は
100%無防備な状態で感染者とのセックスをさせられたのであり、
タスキギ実験の被害者とまったく同じことをされている。
これが英国政府、米国政府とゲイツ財団が資金を出してやっている実験なのだぞ、と。
The new Tuskegee experiment
World Net Daily, June 20, 2011
このゼリーには、さらに、エゲツナイ話もあって、
なんと、塗ると性感がアップするという。
以下のインドの新聞記事は、実験の余禄として書いているけれど、
それは本当に「そんなことは想定外だったけど、使ってもらってみたら
どうやら、みんな、喜んでくれて、思いがけない余禄だった」という話なんだろうか。
記事に書かれている highly consistent use きっちり忘れずに使ってもらうために
想定内で仕組まれている……なんてことは?
なお、この記事でも、これまでの被験者数は2200人となっている。
Anti-AIDS gel also boosts sexual pleasure
The Times of India, June 15, 2011
ところで、
生まれた後に母親から子どもにHIV感染を起こさせないための乳児ワクチンの治験も
途上国で始まっており、
これについては2010年12月6日の補遺で拾い、私は次のように書いた。
さしたる根拠があって考えることではないけど、
これからはワクチン黄金時代だと盛り上がる製薬業界と、
そこに向けて資金を投入していく慈善資本主義とが、
何が起こっているか国際社会から見えにくく、
それぞれの国でワクチン接種に規制が及びにくい事情を抱えた途上国の乳幼児を、
実は食い物にしている……なんてことは本当にないのか……?
やっぱり途上国は、先進国がやりたい放題できる人体実験場と化しているのでは?
この疑惑については、以下のエントリーなどで書いています ↓
ゲイツ財団がコークとマックに投資することの怪、そこから見えてくるもの(2011/3/9)
Lancet最新号はゲイツ特集か:HIVに死産にHPVワクチン、それからこれはコワいぞ「グローバル治験条件緩和」(2011/5/9)
タスキギの梅毒実験については、こちらのエントリーに ↓
米国で行われた人体実験(2009/3/17)
どうやらゲイツ財団は「ワクチンの10年」祭りの次は
「エイズ予防」マーケット創出を目論んでいるのでは……と気になったエントリーはこちら ↓
各国政府がワクチンだけで財布を閉じるなど「許されてはならない……」とGuardianがゲイツ財団の代弁(2011/6/17)
その他、関連エントリー ↓
ファイザー製薬ナイジェリアの子どももに違法な治験、11人が死亡(2009/2/1)
タスキギだけじゃなかった米の非人道的人体実験、グァテマラでも(2011/6/9)
ゲイツ財団が「この国の官僚は役立たずだから」と中国で“エイズ検査でゼニあげるよ”キャンペーン(2009/12/15)
http://kochworks.com/bioethics_papers.php
米カトリック司教協会が自殺幇助合法化反対声明を出したばかりだけど、米国のあちこちのカトリック系の大学に、合法化運動に直接関与している教師が所属していることが明らかに。Dignity in Dying に所属している人まで。
http://www.lifesitenews.com/news/assisted-suicide-advocates-teaching-at-catholic-universities-report/
ProPublicaの製薬・医療機器会社と医師・研究者との癒着追及シリーズ。議会の調査、いよいよ大詰めに?
http://www.propublica.org/blog/item/senators-expand-inquiry-into-medtronic-spinal-product-royalty-payments
590万人、子ども人口の8%にアレルギーがある。米。白人よりもアジア系や黒人の方が多いらしいのだけど、研究者の分析では白人に比べて医師にかからない確率が高いせい、と。
http://www.medicalnewstoday.com/articles/229191.php
世界銀行とJ.P.モルガンが共同で、途上国の貧しい農家や食品加工業者ら向けに融資プログラム。まずは南米と東南アジア対象に。:最初のページをざっと読んだだけでは経済オンチには良く分からないのだけど、このまえ、インド版サブプライム・ローンの話があったばかりなので、イヤ~な予感がする。
http://www.washingtonpost.com/business/economy/world-bank-to-boost-hedge-financing-for-farmers-in-developing-nations/2011/06/21/AG4UdzeH_story.html?wpisrc=nl_cuzheads
米国の原発監視組織に、安全基準をいじったんじゃないか、との疑惑。
http://www.propublica.org/blog/item/u.s.-nuclear-regulator-faces-fresh-scrutiny-for-bending-safety-standards
英国で、養子をもらう人が足りないというキャンペーンがこのところ盛んに行われていることは知っていたけど、その一方で、養護施設がどんどん閉鎖されているのだとか。養子縁組は完全に親の代わりになれるわけではないから、施設を完全になくしてはマズイとの指摘。
http://www.guardian.co.uk/society/2011/jun/21/residential-care-home-children-fostering
英で、民間の営利団体の経営による大学が、事業を拡大へ。
http://www.guardian.co.uk/education/2011/jun/21/bpp-private-bid-run-public-universities?CMP=EMCGT_220611&
授乳の時間が不規則だとしてスペインの社会福祉当局が乳児を保護したケースで、子どもを母親の元に戻せと国際的な批判運動が起きている。
http://www.guardian.co.uk/world/2011/jun/21/spanish-childcare-case-provokes-campaign?CMP=EMCGT_220611&
英国の新生児の8割が母乳で育てられている。
http://www.medicalnewstoday.com/articles/229206.php
保育所や幼稚園など公的機関に行かせずに身内が子育てしていると「発達にダメージがある」。:
なんだろうね、その言いようは。
http://www.medicalnewstoday.com/releases/229103.php
子どもの社会性の面でも成績の面でも、父親が母親と協働して子育てすることが望ましい。:なんだろうね。そこに成績が出てこなくちゃいけないワケってのは。
http://www.medicalnewstoday.com/releases/229148.php
世界歳年長のブラジルの女性、114歳で死去。
http://www.guardian.co.uk/world/2011/jun/22/worlds-oldest-person-dies-aged-114?CMP=EMCGT_220611&
なんと、出たばかりの the Journal of Clinical Ethics誌の夏号に、
Diekemaが最新ヴァージョンの「最善の利益論より害原則」論文を発表しているとか。
これまた今朝のエントリーでとりあげたばかりの
「無益な治療ブログ」のThaddeus Mason Popeが反論を書いたとのこと。
お馴染みのブログに両者のアブストラクトが併記されています。
まず、Diekemaのアブストラクトから要旨をさらにまとめてみると、
子どもの医療に親が同意しない場合に最もよく用いられるのは
最善の利益スタンダードであるが、
私見では最善の利益スタンダードは
2つの異なった目的のために使われてきたもので、
実際にはそれらの目的には別のスタンダードが必要である。
最善の利益スタンダードがふさわしいのは
子どもの治療の選択肢の中からいずれかを選ぶ、
親に医療の選択に関するアドバイスをする、
法的意思決定権者に決定能力がなかったり意見の一致がない
の3つの場合で、
親の意思決定権限に州が介入を求める時期の判断には
最善の利益よりも害原則を用いるべきである。
Quellletteも害原則については
医療が行われない場合には機能するが過剰に行われる場合には合わないと言っていましたが
文末にリンクしたように、
彼は2007年段階ではいずれの場合にも害原則でと考えていた節があるので、
Ashley事件の文脈で考えると、ここへきて、ある意味、方向転換かも……。
なんとなれば、これは
医療職の思う通りに医療を行うべく親を誘導するには
子どもの害よりも利益を優先させることのできる最善の利益論で足りるけど、
医療職の思う通りの医療をやらせない親については
害を最優先する害原則で州に介入させて……って、
要するに、
親がどういう対応をしようと、
「医師の思う通りの医療」を「やる」方向に向かって
都合よく「最善の利益」と「害原則」とを使い分けよう……と
言っているに過ぎないのでは?????
Popeの反論は
Diekemaの主張していることは、
子どもの医療の意思決定で親にアドバイスする(guide)機能には最善の利益論がふさわしいが
親の決定を覆すための、すなわち制約する(limit) 機能にはふさわしくない、ので
特に州の介入時期を見極めるには、すなわち制約する場合には、害原則を使うよう提言している。
が、最善の利益論は、いずれの機能にも効果的に使えるし、
制約する機能にも、害原則は、健全な最善の利益論に勝るものではない。
The Best Interest Standard: Keep or Abandon?
Medical Futility Blog, June 22, 2011
私はAshley事件での「最善の利益」論による正当化に
ウンザリするほどえげつない欺瞞マジックの数々を見てきたので、
Fraderが言っていた「最善の利益論はポルノと同じ、どうにでも解釈は可能」という説に賛成。
(ただし「ポルノと同じ」エントリーの後半は、
私自身がこの段階では全く不勉強だったので理解不十分なまま書いています)
Popeがなんで最善の利益論を支持するのか、
「健全な」の中身を論文では詳述しているのかもしれないけど、
アブストラクトを読む限りでは、論拠がはっきりしない。
ただ、基準を使い分けることのいかがわしさを指摘しているのだとしたら、
その点には賛成。
どっちにしても、
最善の利益論にせよ、害原則にせよ、
「一定の条件を満たせばやってもよい」と最初から前提していることが私は気に入らない。
本当はその前に「条件を問わず、やってはならない」があって然りではないかと、
私はAshley事件の時からずっと考えているし、
Quelletteが08年と09年と2つの論文で説いていることも、
結局はそういうことだと思うのだけど。
【Diekemaの2007年プレゼン・エントリー】
「最善の利益」否定するDiekema医師(前)(2007/12/29)
「最善の利益」否定するDiekema医師(後)(2007/12/29)
ゲイツ財団の右腕シアトルこども病院所属のDiekema医師には、こういう姿勢もある ↓
「ワクチン拒否の親には他児に害をなす“不法行為責任”を問え」とDiekema医師(2010/1/20)
(追記:そういえば07年のプレゼンでも言っていたけど、
害原則論って、もともとは Miller という人の説なんだった。
で、それを小児科の意思決定に持ち込もうと提言するのがDiekemaということ?)
【Quelletteの論文エントリー】
「倫理委の検討は欠陥」とQuellette論文 1(2010/1/15)
Quellette論文 2:親の決定権とその制限
Quellette論文 3:Aケース倫理委検討の検証と批判
Quellette論文 4:Dr. Qの提言とSpitzibaraの所感
Quellette論文(09)「子どもの身体に及ぶ親の権限を造り替える」 1: 概要
Quellette論文(09) 2: Diekemaの「害原則」
Quellette論文(09) 3: 法の「非服従原則」
Quellett論文(09) 4:「所有しデザインする親」から「子の権利を信託された親」へ
Betancourt氏自身が亡くなった後にも
病院の上訴によって裁判が継続されており、
近く上級裁判所の判断が出るというところまで、
以下のエントリーで拾いました。
NJ州の「無益な治療」訴訟:Betancourt事件(2010/6/11)
この後、上訴裁判所は、病院側の一方的な治療停止決定を認めず、
この問題は感情の絡んだ裁判で決めるのではなく
冷静な議会の議論によって決めるべきだとの判断を下した、とのこと。
それを受けて、数日前に、議会の委員会に関連法案が提出されたらしいのですが、
その法案の中には以下のような条項があるとのこと。
医学的に合理的に考えて中止すれば患者が死ぬ確率が高いと思われる生命維持治療を
提供したくないと考える医療機関または医療専門職は、
代理決定権者が提供を望んでいる場合には
その代理決定権者の決定に従わなければならない。
ただし、
その患者を引き受けてもよいとする医療機関または医療職に患者を移送する、
または管轄の裁判所の判断を仰ぐことができる。
Betancourt to be Codified? No Futility Law in New Jersey
Medical Futility Blog, June 21, 2011
ほっ……とします。