イギリスでは2005年4月7日に新しい後見法であるMental Capacity Act 2005が成立、2007年4月の一部施行に続き、この10月1日に全面施行となっています。MCAについては、去年、名川先生のブログ記事Mental Capacity Act 2005 (2006年9月5日)で知ったのですが、そのうち覗いてみようと思ってそのままになっています。
Katieのケースなどから改めて興味を持ちつつ、なかなか法律そのものに手を出す気力がなく、だらだらと周辺的な情報を検索していたら、今年4月に英国医師会が同法に関連して出した医療職向けガイダンスを見つけました。
素人にも分かりやすいのに加えて、障害者や高齢者など自分で決めることのできない人を巡る医療上の倫理問題を考えるのにも適当と思えるので、例によって背景知識ゼロの素人が大胆に勝手な解釈・超訳にて、個人的に要点だと考える部分についてのみ。
まず、MCAの5原則をこのガイダンスは簡単なフレーズで紹介しています。
能力があるとの前提
自分で決める能力がないと実証されない限り、能力があるとの前提に立つこと。証明責任は、その人には能力がないと主張する人にある。(つまり推定無罪と同じ原理ですね。)概要説明の中にも、「意識のない患者は能力を欠いていることが明らかである一方、その他のカテゴリの患者のほとんどは、いかに低くとも、なにがしか意思決定の能力を有するものである」と書かれています。(「どうせこの子には何も分からない」と安易に決め付けてはならない、ということですね。)
意思決定能力を最大に生かすこと
意思決定の能力がないと決める前に、実施可能な限りあらゆる支援が行われていなければならない。サポートの手段を尽くすことなく能力がないと決め付けてはならないということですね。またアセスメントの方法が適切であることも。(AshleyやKatieなど、表出能力の低い脳性まひ者の意思決定能力については、特に要注意でしょう。Ann McDonaldの主張を思い出します。)
愚かな決定をする自由
バカな決断だと他人が思うからといって、それで能力がないことにはならない。決定の愚かさを根拠に本人が決める自由を侵すことはできない。いわゆる愚行権。
最善の利益
自分で決定する能力のない人に代わって代理決定を行う場合は、その人の最善の利益となる決定でなければならない。
最も制約度の低い選択肢
望ましい結果を得るための選択肢は複数あるのが通例であり、その人の基本的な権利や自由を最も制限しない選択でなければならない。(AshleyとKatieのケースはこの原則に違反しているのでは?)
自分で決める能力がないと実証されない限り、能力があるとの前提に立つこと。証明責任は、その人には能力がないと主張する人にある。(つまり推定無罪と同じ原理ですね。)概要説明の中にも、「意識のない患者は能力を欠いていることが明らかである一方、その他のカテゴリの患者のほとんどは、いかに低くとも、なにがしか意思決定の能力を有するものである」と書かれています。(「どうせこの子には何も分からない」と安易に決め付けてはならない、ということですね。)
意思決定能力を最大に生かすこと
意思決定の能力がないと決める前に、実施可能な限りあらゆる支援が行われていなければならない。サポートの手段を尽くすことなく能力がないと決め付けてはならないということですね。またアセスメントの方法が適切であることも。(AshleyやKatieなど、表出能力の低い脳性まひ者の意思決定能力については、特に要注意でしょう。Ann McDonaldの主張を思い出します。)
愚かな決定をする自由
バカな決断だと他人が思うからといって、それで能力がないことにはならない。決定の愚かさを根拠に本人が決める自由を侵すことはできない。いわゆる愚行権。
最善の利益
自分で決定する能力のない人に代わって代理決定を行う場合は、その人の最善の利益となる決定でなければならない。
最も制約度の低い選択肢
望ましい結果を得るための選択肢は複数あるのが通例であり、その人の基本的な権利や自由を最も制限しない選択でなければならない。(AshleyとKatieのケースはこの原則に違反しているのでは?)
さらに、このガイダンスから個人的に目に付いた点を挙げると、
・自己決定の能力が疑われる理由、アセスメントのプロセス、その結果が医療記録に残されていなければならない。
・決定が重大なものであれば、アセスメントも公式なものであることが必要。それが適切と思われる場合には、さらに精神科医や心理学者のセカンド・オピニオンを仰ぐのが望ましい。
・意思決定能力の有無を巡って対立があり非公式な方法で解決できない場合はthe Court of Protectionに判断を仰ぐこともできる。
・最善の利益を考えるに当たってはチェックリストが用意されている。またMCAの精神にのっとって考えれば、本人ができるだけ意思決定のプロセスに参加できること、本人に近しい人や代理決定権者(LPAやdeputy。後述)もそのプロセスに含めることが望ましい。
・生命維持治療の継続・中止を巡る意思決定には、別立てのセーフガードが特に用意されている。治療拒否をあらかじめ意思表示しておく場合も同様に細かい条件が設定されている。
・財産管理について代理決定を行うとされてきたこれまでのenduring power of attorney(EPA)の権限を新たに保健医療と福利に広げてlasting power of attorney(LPA)とし、本人が自分でLPAを指名すること、代理決定の諸条件を自分で決めることができる。
・LPAの決定に医療職が重大な疑問を抱く場合は、the Court of Protectionに判断を仰ぐことができる。
・the Court of ProtectionはMCAが適切に機能することへの最終責任を負い、MCA下で行われる決定に関する最終全権機関である。継続した意思決定を支援するための代理人(deputy)を任命する権限がある。ただしdeputyには延命治療の拒否に同意する権限はなく、その権限は本人が任命した代理人(attorney)であるLPAの代理決定権を超えるものではない。
・LPAと上記deputyを監督する機関としてPublic Guradianがある。またPublic Guardianはthe Court of Protectionに情報提供を行い、その決定をサポートする。
・さらに身近にアドバイスやガイダンスを行う大人が不在で上記の代理人もいない、特に弱い立場にある人に関して重大な医療上の決定が必要な場合には、新たに導入されたindependent mental capacity advocate Service(IMCAs)が提供される。
・決定が重大なものであれば、アセスメントも公式なものであることが必要。それが適切と思われる場合には、さらに精神科医や心理学者のセカンド・オピニオンを仰ぐのが望ましい。
・意思決定能力の有無を巡って対立があり非公式な方法で解決できない場合はthe Court of Protectionに判断を仰ぐこともできる。
・最善の利益を考えるに当たってはチェックリストが用意されている。またMCAの精神にのっとって考えれば、本人ができるだけ意思決定のプロセスに参加できること、本人に近しい人や代理決定権者(LPAやdeputy。後述)もそのプロセスに含めることが望ましい。
・生命維持治療の継続・中止を巡る意思決定には、別立てのセーフガードが特に用意されている。治療拒否をあらかじめ意思表示しておく場合も同様に細かい条件が設定されている。
・財産管理について代理決定を行うとされてきたこれまでのenduring power of attorney(EPA)の権限を新たに保健医療と福利に広げてlasting power of attorney(LPA)とし、本人が自分でLPAを指名すること、代理決定の諸条件を自分で決めることができる。
・LPAの決定に医療職が重大な疑問を抱く場合は、the Court of Protectionに判断を仰ぐことができる。
・the Court of ProtectionはMCAが適切に機能することへの最終責任を負い、MCA下で行われる決定に関する最終全権機関である。継続した意思決定を支援するための代理人(deputy)を任命する権限がある。ただしdeputyには延命治療の拒否に同意する権限はなく、その権限は本人が任命した代理人(attorney)であるLPAの代理決定権を超えるものではない。
・LPAと上記deputyを監督する機関としてPublic Guradianがある。またPublic Guardianはthe Court of Protectionに情報提供を行い、その決定をサポートする。
・さらに身近にアドバイスやガイダンスを行う大人が不在で上記の代理人もいない、特に弱い立場にある人に関して重大な医療上の決定が必要な場合には、新たに導入されたindependent mental capacity advocate Service(IMCAs)が提供される。
ちなみに、このように代理決定の手続きが法的に整備されても、なお裁判所によって判断されるべきこととして挙げられているのは、
・植物状態にある患者から人工栄養と水分補給を中止または停止する提案。
・同意する能力がない人からの臓器または骨髄の提供に関する症例。
・非治療的な不妊処置の提案。
・妊娠中絶はその症例によって。
・特定の治療がその人の最善の利益にかなうかどうかに疑いまたは争議がある症例。
・いまだ検証されていない領域で倫理上のジレンマのある症例。
・同意する能力がない人からの臓器または骨髄の提供に関する症例。
・非治療的な不妊処置の提案。
・妊娠中絶はその症例によって。
・特定の治療がその人の最善の利益にかなうかどうかに疑いまたは争議がある症例。
・いまだ検証されていない領域で倫理上のジレンマのある症例。
これが、医療における人権感覚の一般通念なのだとしたら、なぜKatieの母親の要望を医師が簡単にOKするのか、なぜ世間の人たちが簡単に「やらせてあげればいい」と言えるのか、理解できない……。まぁ、まだ浸透していないということなのかもしれませんが。
英国の法律とはいえ、人権感覚そのものが天と地ほど違うとも思えないのに、なぜAshleyのケースはあれほど簡単に実施されてしまったのか、改めて疑問に思います。上記の6点のうち3点までも当てはまるケースだったのに。
(私は法律にも障害者の権利擁護についても何も知らないまま書いています。MCAの詳細は冒頭のリンクの他にも、名川先生のブログで専門的に解説されています。)
2007.10.29 / Top↑
前回のエントリーで13歳の少女に裁判所が中絶を命じたケースを紹介しましたが、アメリカ・フロリダ州では2005年に、裁判所が13歳の少女に中絶の意思決定を認めています。
9歳から州によって監護されている(custody)13歳の少女は、暮らしているグループホームから何度も逃走しているが、最後の逃走時に妊娠。年齢と育てる経済力がないことを理由に、本人は中絶を希望。親権のある州の子どもと家族局が、少女は自分で中絶の決断をするには若すぎる、未熟であると主張したが、彼女の代理となったthe Florida American Civil Liberties Unionは、フロリダの州法は未成年に中絶を選ぶ権利を認めているとして対立。
少女の精神鑑定が必要だとして、いったん中絶を差し止めた裁判所は、その後、少女は「意思決定の能力があり(competent)、既に決断しており、その決断に従って行動する権利がある」と裁定した。
「あくまでも本人の最善の利益を考えて行動している」と主張する子どもと家族局は上訴しない予定。
Abortion Stopped for 13 Year-Old Florida Girl
LifeSiteNews.Com May 2, 2005
Florida judge approves abortion for 13 year-old
MSNBC.com May 3, 2005
少女の精神鑑定が必要だとして、いったん中絶を差し止めた裁判所は、その後、少女は「意思決定の能力があり(competent)、既に決断しており、その決断に従って行動する権利がある」と裁定した。
「あくまでも本人の最善の利益を考えて行動している」と主張する子どもと家族局は上訴しない予定。
Abortion Stopped for 13 Year-Old Florida Girl
LifeSiteNews.Com May 2, 2005
Florida judge approves abortion for 13 year-old
MSNBC.com May 3, 2005
ちなみにthe American Civil Liberties Union(ACLU)のホームページを覗いてみると、1920年代に創設され、最初は市民権運動の活動家の集まりだったものが現在では会員と支援者が50万人を超えるとのこと。ほぼ全ての州にオフィスがあり、年間6000件の訴訟を手がけている。
このHPの説明によると、アメリカ政府のシステムは、
①多数派が民主的選挙による議会制を通じて統治する。
②民主的多数の力でさえ個人の権利の保障のためには制限される。
②民主的多数の力でさえ個人の権利の保障のためには制限される。
という、相反する2つの原理によってできているのであり、ACLUのミッションはアメリカの憲法で保障された自由や権利を守ること。また伝統的に権利を否定されてきた人々(ネイティブ・アメリカン、有色人種、ゲイ、バイセクシュアル、トランスセクシュアル、女性、囚人、障害者、貧者)の権利を拡大することも。
アメリカには個人の権利を守るための組織や制度がこのように多様に存在しているのだなぁ……ということを改めて思います。「こういう社会で、なぜAshleyの権利は、あんなに簡単に無視されてしまったのか」という疑問が改めて強く意識されるわけですが。
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イタリアのケースでは、中絶が本人の最善の利益だというのが両親の主張であり、フロリダのケースでは中絶しないことが本人の最善の利益だというのが州の主張だったようです。同じ13歳でも全く逆のことが最善の利益として主張されたことになるのですが、
イタリアのケースとこのアメリカのケースの違いを生むのは、13歳という年齢に対する捉え方の違いなのでしょうか。
それとも2人の少女の境遇の違いが実は影響している?
フロリダの少女の妊娠が分かってから、直接彼女の養育に携わっている関係者がどのような対応をしたのか。そこにどういう立場の人たちが関り、どういうプロセスがあって裁判所に判断が求められたのか。どういう経緯でACLUが本人の利益を代理することになったのか。そのあたりに興味が動くところです。
【追記】
International Debate Education Associationというサイトに、未成年の中絶について親の法的関与の是非をめぐるディベートがありました。2002年12月に立ち上げられ、最後の書き込みは2005年8月ですが。(中絶は合法との前提で親の関与の是非のみを議論するものです。)
International Debate Education Associationというサイトに、未成年の中絶について親の法的関与の是非をめぐるディベートがありました。2002年12月に立ち上げられ、最後の書き込みは2005年8月ですが。(中絶は合法との前提で親の関与の是非のみを議論するものです。)
このページの説明によると、未成年の妊娠と中絶は親に知らされることと親の同意が必要との法律が43の州に存在するが、実際に施行されているのは32の州だとのこと。(2005年以降に変わっている可能性もありますが。)たいていは18歳未満を対象とし、親の関与が無理な場合に a court bypass procedure が提供されるとのことなのですが、この意味するところがはっきりわかりません。フロリダのケースは同様の法案が州議会で議論されているタイミングで起こったことのようですが。
2007.10.29 / Top↑
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