去年9月に公園で自殺したのは Ben Dowdellくん(16)。
母親によると知的障害があった。
母親によると知的障害があった。
学校で毎日のように暴力をふるわれるなどイジメにあっていたが
それでも笑顔で(? まぁ、お母さんの証言では)学校には通っていたという。
それでも笑顔で(? まぁ、お母さんの証言では)学校には通っていたという。
彼の幇助の罪に問われ有罪判決が出たのは Dillon Gargett くん(17)。
2人とも「抑うつ的な病気」にかかっており、
Dillonに自殺を試みた経験があったことから
死にたいと考えたBenが相談を持ちかけた、とされる。
Dillonに自殺を試みた経験があったことから
死にたいと考えたBenが相談を持ちかけた、とされる。
Dillonと仲間が集まって「Benとのお別れ会」を催した後に
BenはDillonの手を借りて自殺しようとしたのだが失敗。
BenはDillonの手を借りて自殺しようとしたのだが失敗。
そこで翌日、その時のグループがもう一度公園に集まった。
Benは他の子どもたち全員に公園から出るように言い
Dillonは立ち去る際に振り返って事態を把握しながら
Benを助けようとはしなかった。
Benは他の子どもたち全員に公園から出るように言い
Dillonは立ち去る際に振り返って事態を把握しながら
Benを助けようとはしなかった。
その夜、Benを探していた父親から電話があった際にも
DillonはBenの所在を言わなかった。
そのためBenの遺体は翌朝まで発見されなかった。
DillonはBenの所在を言わなかった。
そのためBenの遺体は翌朝まで発見されなかった。
もっとも、弁護士によるとDillon自身が非常に複雑な環境に置かれており、
自分の抱える問題で手いっぱいの状況だった、とのこと。
自分の抱える問題で手いっぱいの状況だった、とのこと。
その後、どんなに人生に希望が持てなくとも
人生は生きるに値するものだと考えを変え、
Benの両親にも謝罪した。
人生は生きるに値するものだと考えを変え、
Benの両親にも謝罪した。
もともとは青少年法廷で名前も公開せず裁かれることになっていたが、
何度もBenを思いとどまらせたり命を助けられる機会があったにもかかわらず、
それを怠ったDillonの行動は悪質で、Benの母親も実名公開を望んだとして
高等裁判所に移されて、実名が公開された。
何度もBenを思いとどまらせたり命を助けられる機会があったにもかかわらず、
それを怠ったDillonの行動は悪質で、Benの母親も実名公開を望んだとして
高等裁判所に移されて、実名が公開された。
またこれまでの4か月の拘留中も
問題行動が続いたために保釈も認められず、
本人の安全のためにハイリスク・ユニットに入れられていたとのこと。
問題行動が続いたために保釈も認められず、
本人の安全のためにハイリスク・ユニットに入れられていたとのこと。
その4カ月をカウントして、
あと8カ月の家庭拘禁が言い渡された。
あと8カ月の家庭拘禁が言い渡された。
その間には精神科のカウンセリングも義務付けられた。
当事者がともに未成年とあって、
肝心な事件の詳細が出てきていないし、
加害者の方にも相当な事情があった様子はうかがえるので
これだけの情報からこの事件については何とも言えませんが、
肝心な事件の詳細が出てきていないし、
加害者の方にも相当な事情があった様子はうかがえるので
これだけの情報からこの事件については何とも言えませんが、
この事件に限らず、
最近あちこちの国で「自殺幇助」として処理される事件が目に付くのだけど、
どうやって「殺人」と「自殺幇助」の区別が可能なんだろう……というのをいつも思う。
最近あちこちの国で「自殺幇助」として処理される事件が目に付くのだけど、
どうやって「殺人」と「自殺幇助」の区別が可能なんだろう……というのをいつも思う。
そして、また、こんなにメディアで「自殺幇助」が議論されて、
日々メディアに流れている
「障害のある生は生きるに値しない」
「認知症の人には死ぬ義務がある」
「家族に迷惑をかけないために死ぬのは美しい」
「障害のある娘を悲惨から解放するために殺した美しい母性愛」などの言葉は、
子どもたちにも届いているのだ……ということを思う。
日々メディアに流れている
「障害のある生は生きるに値しない」
「認知症の人には死ぬ義務がある」
「家族に迷惑をかけないために死ぬのは美しい」
「障害のある娘を悲惨から解放するために殺した美しい母性愛」などの言葉は、
子どもたちにも届いているのだ……ということを思う。
【NZの自殺幇助関連エントリー】
“闇の安楽死”でNZの女性が自殺(2008/5/29)
NZの調査で7割が自殺幇助を支持(2009/4/3)
NZのウツ病女性の自殺幇助で米女性を起訴か(2009/7/26)
“闇の安楽死”でNZの女性が自殺(2008/5/29)
NZの調査で7割が自殺幇助を支持(2009/4/3)
NZのウツ病女性の自殺幇助で米女性を起訴か(2009/7/26)
2010.02.12 / Top↑
去年12月9日にエーザイとファイザーの主催で開かれた
アルツハイマー型認知症(AD)に関するプレスセミナーなるものが
「介護保険情報」2月号の「認知症情報ネット」というコーナーで紹介されている。
アルツハイマー型認知症(AD)に関するプレスセミナーなるものが
「介護保険情報」2月号の「認知症情報ネット」というコーナーで紹介されている。
これが、私は、ものすごく気になる。
公益社団法人地域医療振興協会研究所・地域医療研修センターの副センター長の八森淳という人物が
ドネペジル塩酸塩をアルツハイマー型認知症の患者85人に投与して
QOLの変化を調査し、それを「治療効用値」なるものに換算したところ、
1組の患者と介護者で120万円もの治療効果があると考えられることになった、
という内容の発表を行っている。
ドネペジル塩酸塩をアルツハイマー型認知症の患者85人に投与して
QOLの変化を調査し、それを「治療効用値」なるものに換算したところ、
1組の患者と介護者で120万円もの治療効果があると考えられることになった、
という内容の発表を行っている。
タイトルにある「包括的健康関連QOL指標」が、そのセミナーでどのように説明されたか
「介護保険情報」の記事で見てみると、
「介護保険情報」の記事で見てみると、
死亡率や生存期間などの“生物医学的アウトカム”から
もう一歩踏み込んだ“患者立脚型アウトカム”
もう一歩踏み込んだ“患者立脚型アウトカム”
死亡率とか生存期間だけじゃなく……って、どこかで聞いたよね……。
ゲイツ財団の私設WHOと言われるWA大学のIHMEについて追いかけてきた私の中では
センサーがピピピーと反応……もしかして……と思ったら、
センサーがピピピーと反応……もしかして……と思ったら、
やっぱり……。
IHMEのMurray医師やWHOが推進しているDALYでこそないけれど、
障害のある状態をない状態よりも割り引くべきだとして、
その割引率を決めている点では大差ないと思われるQALYが登場する。
障害のある状態をない状態よりも割り引くべきだとして、
その割引率を決めている点では大差ないと思われるQALYが登場する。
ちょっとややこしい話なので、まずは八森氏の説明の概要を以下にまとめてみると
・患者さんと介護者のQOLについて、
移動の程度・身の回りの管理・普段の活動・痛み/不快感・不安/ふさぎこみ、の
5項目について3段階の評価を行い、
・「効用値換算表」を用いて、その5項目の評価の組み合わせを「QOL効用値」に換算し、
「完全な健康状態を1、死亡をゼロとして分析」。
・「完全な健康な状態」を1年間維持する「効用値」が1QALYという単位とされる。
・(ここのところ、まったくもって、よく分からない話なのだけれど)
日本人が、その1QALYを達成するために「支払ってもよい」のは600万円だというのは、
八森氏によると「ある研究ですでに確認されている」のだそうな。
そして、これを「支払意志額」と呼ぶそうな。
・ドネペジル塩酸塩を使ったところ、14週間で
患者・介護者とも効用値はおよそ0.1あった。
1QALYを600万円とすると、患者で60万、介護者で60万との計算。
合計で120万円の治療価値がドネペジル塩酸塩にはあったことになる。
移動の程度・身の回りの管理・普段の活動・痛み/不快感・不安/ふさぎこみ、の
5項目について3段階の評価を行い、
・「効用値換算表」を用いて、その5項目の評価の組み合わせを「QOL効用値」に換算し、
「完全な健康状態を1、死亡をゼロとして分析」。
・「完全な健康な状態」を1年間維持する「効用値」が1QALYという単位とされる。
・(ここのところ、まったくもって、よく分からない話なのだけれど)
日本人が、その1QALYを達成するために「支払ってもよい」のは600万円だというのは、
八森氏によると「ある研究ですでに確認されている」のだそうな。
そして、これを「支払意志額」と呼ぶそうな。
・ドネペジル塩酸塩を使ったところ、14週間で
患者・介護者とも効用値はおよそ0.1あった。
1QALYを600万円とすると、患者で60万、介護者で60万との計算。
合計で120万円の治療価値がドネペジル塩酸塩にはあったことになる。
「効用値換算表」とは一体いかなるものなのか、とか
「完全な健康」を1とし「死亡」をゼロとして、その間とは? とか、
日本人が「支払ってもいい」のは、一体「誰が」支払ってもいいと言ったの? とか、
「ある研究」って? 「確認されている」って、どこでどんなふうに? とか
たった0.1%の話なのに「およそ」って? とか
そもそもQALYって? などなど、
「完全な健康」を1とし「死亡」をゼロとして、その間とは? とか、
日本人が「支払ってもいい」のは、一体「誰が」支払ってもいいと言ったの? とか、
「ある研究」って? 「確認されている」って、どこでどんなふうに? とか
たった0.1%の話なのに「およそ」って? とか
そもそもQALYって? などなど、
おそらく要所要所で詳細な説明が省かれているところが
この話のミソなのでしょうが、
この話のミソなのでしょうが、
QALYとは、quality adjusted life yearsすなわち、
「完全に健康な状態」と「死亡」の間にある状態を
QOLの高さ、または低さに応じて(つまり障害状態に応じて)数値化しようというもの。
「完全に健康な状態」と「死亡」の間にある状態を
QOLの高さ、または低さに応じて(つまり障害状態に応じて)数値化しようというもの。
これまでの保健医療の施策の効果は生存年数でのみ云々されてきたけど、
同じように何年間か延命できたとしてもピンシャンと元に戻って生きたのと、
生きてはいてもQOLが低い状態で(つまり障害のある状態で)助かったというのとを
一緒にしてはいかんだろう、それはやっぱり低く見積もらないと……
という発想から出てきた医療経済学の新指標。
同じように何年間か延命できたとしてもピンシャンと元に戻って生きたのと、
生きてはいてもQOLが低い状態で(つまり障害のある状態で)助かったというのとを
一緒にしてはいかんだろう、それはやっぱり低く見積もらないと……
という発想から出てきた医療経済学の新指標。
考え方の方向として、
ゲイツ財団やWHOが推進しているDALYと同じわけです。
ゲイツ財団やWHOが推進しているDALYと同じわけです。
だから、ここに何の説明もなく、さらっと持ち出される「効用値換算表」というのは、
そのQOLの低さに応じて(つまり障害の程度に応じて)どれだけ健康状態から割り引いて考えるべきか、
QALYの「割引率」の算定表なのです。おそらく。
そのQOLの低さに応じて(つまり障害の程度に応じて)どれだけ健康状態から割り引いて考えるべきか、
QALYの「割引率」の算定表なのです。おそらく。
その算定表によって「完全な健康状態」の1と、「死亡」のゼロの間に、
0.85とか、0.6 とか……の状態が算定されていくわけですね。
0.85とか、0.6 とか……の状態が算定されていくわけですね。
いよいよ日本でも、DALYやQALYのような切り捨て医療の指標が
のさばり始めようとしている……?
のさばり始めようとしている……?
しかも、その本当の正体を隠したまま。
「QOLの視点を盛り込んだ治療効果の新しい指標」「患者立脚型」などといった
漠然とした、でも患者サイドに立っているかのごときイメージ操作によって。
「QOLの視点を盛り込んだ治療効果の新しい指標」「患者立脚型」などといった
漠然とした、でも患者サイドに立っているかのごときイメージ操作によって。
ここが日本の一番怖いところだと私はいつも思うのだけど、
当ブログで拾っているニュースを単発で一見すると、
「日本ではありえないトンデモな話だ」としか思えないのは、
日本の文化ではそういうことは絶対に起こり得ないからでも、
日本の現状・現実が本当にそういうことと全く無縁だからでもなくて、
「日本ではありえないトンデモな話だ」としか思えないのは、
日本の文化ではそういうことは絶対に起こり得ないからでも、
日本の現状・現実が本当にそういうことと全く無縁だからでもなくて、
(ここまでグローバリズム、ネオリベラリズムが進んだ今の経済状況の中で
日本だけが文化が違うから、世界の他の地域で起こっていることと全く無縁でいられるというのは
まず考えられないのでは……と私は思う。特に科学とテクノの国際競争の激化を前にしては。)
日本だけが文化が違うから、世界の他の地域で起こっていることと全く無縁でいられるというのは
まず考えられないのでは……と私は思う。特に科学とテクノの国際競争の激化を前にしては。)
欧米のメディアがジャーナリズムとして以前ほど機能しなくなったとはいえ、
まだしも正面からこうした問題を取り上げて伝え、
広く一般の議論するところとなるのに比べて、
まだしも正面からこうした問題を取り上げて伝え、
広く一般の議論するところとなるのに比べて、
日本では多くのことが一般には知らされず、
届けられるのは中身のない(そして誰かにとって都合のいい)空疎なイメージだけだから……
……なんじゃないのだろうか。
届けられるのは中身のない(そして誰かにとって都合のいい)空疎なイメージだけだから……
……なんじゃないのだろうか。
「障害児・者も高齢者も死なせろ、殺せ」が日ごとに露骨になっていく
欧米の「無益な治療」論も「自殺幇助合法化」議論も、つゆ知らされることなく、
あたかも、日本だけが「死の自己決定権」の空隙にいるかのように装いつつ、
「尊厳のある死を自ら選んでおくこと」ことの大切さだけが抽象的に説かれ
「日本ではリビング・ウィルの普及率が低い」ことが言われるように、
欧米の「無益な治療」論も「自殺幇助合法化」議論も、つゆ知らされることなく、
あたかも、日本だけが「死の自己決定権」の空隙にいるかのように装いつつ、
「尊厳のある死を自ら選んでおくこと」ことの大切さだけが抽象的に説かれ
「日本ではリビング・ウィルの普及率が低い」ことが言われるように、
ここでもまた、
DALYやQALYが何かということも
医療経済学がそれら指標で何を狙っているかということも、
一番大事なことは一切知らさずに、その問題を位置付ける「大きな絵」は誰も描いて見せることなく、
DALYやQALYが何かということも
医療経済学がそれら指標で何を狙っているかということも、
一番大事なことは一切知らさずに、その問題を位置付ける「大きな絵」は誰も描いて見せることなく、
「欧米では患者・介護者のQOLの視点も取り入れて治療効果を検証している」とだけ言い、
「日本は遅れているのだから、こういう視点を取り入れて追いつかなければ」という方向に
我々をノセていこうとしている人たちがいる……のではないでしょうか。
「日本は遅れているのだから、こういう視点を取り入れて追いつかなければ」という方向に
我々をノセていこうとしている人たちがいる……のではないでしょうか。
【関連エントリー】
死亡率に障害も加えて医療データ見直す新基準DALY(2008/4/22)
「障害者は健常者の8掛け、6掛け」と生存年数割引率を決めるQALY・DALY(2009/9/8)
Peter SingerがQOL指標に配給医療を導入せよ、と(2009/7/18)
死亡率に障害も加えて医療データ見直す新基準DALY(2008/4/22)
「障害者は健常者の8掛け、6掛け」と生存年数割引率を決めるQALY・DALY(2009/9/8)
Peter SingerがQOL指標に配給医療を導入せよ、と(2009/7/18)
2010.02.12 / Top↑
| Home |