脳死状態の女性Eluana Englaroさんへの栄養と水分の中止を
父親が求めて訴訟を起こし、2008年から09年にかけて
国を挙げての大論争になったことを
以下のエントリーで簡単にとりあげました。
伊の安楽死問題、首相に大統領に議会にバチカン巻き込み大騒動に(2009/2/10)
この事件については日本語での報道もかなりあったようで、
立命館大学グローバルCOE生存学創生拠点の以下のサイトに詳細情報が集められています ↓
イタリア延命中止事件:2009
結局、最高裁が停止を認め、
Eluanaさんは亡くなりました。
上記エントリーでも書いているのですが、
この論争時、ベルルスコーニ首相は
意識不明患者の栄養と水分中止を違法とする法律を作ると語っていましたが、
このたび、そうした規定を含む事前指示法案が
イタリア下院で278対205で可決されたとのこと。
同法案は、
安楽死も自殺幇助も明確に禁じて、
患者が栄養と水分を拒否されることがないよう求めるもの。
唯一の例外として脱水死が認められるのは
患者が究極的なターミナル段階にあり、
身体的に栄養も水分も取りこめない状態である場合。
また、患者には
通常の範囲を超えた医療、極端な医療、
また「限度を超えているとか実験的な性格の」アグレッシブな治療法を
拒絶する権利を認めているが、
医師は安楽死が禁じられていることを
患者に伝えなければならない。
なお、上院での審議は10月の予定。
この記事によると、
カナダと英国では栄養と水分は「医療」と特に定義されており、
特に英国の事前指示法では
患者のQOLによって治療が「無益」と考えられる場合には
医師に水分の停止を認め、場合によっては義務付けられている、とのこと。
米国については触れられていませんが、
前のエントリーで触れた米国小児科学会のガイドラインでは
クルーザン判決により栄養と水分はその他の医療と同じとの判断が出ていると
解釈されていたので、米国でも事情は同じではないでしょうか。
Bill to outlaw dehydration euthanasia passed by Italy’s lower house
LifeSiteNews, July 13, 2011
2009年の事件について、この記事が書いている、ちょっと気になること。
Eluanaさんはターミナルな状態ではなかったにもかかわらず、
当時のメディアはこぞって「生命維持をやめて、自然に死なせてあげる」と書いた、と。
米国小児科学会誌のJulie Weiner やJohn Lantosらの論文で
NICUで生命維持治療の停止や差し控えによる死亡例が増えている、
特に超未熟児で差し控えが増えている、という調査結果と、それを
治療の無益性に対する理解と穏やかな死を迎えさせてあげようとの姿勢の広がりだと
評価する結論について、
また、その論文をプロ・ライフの論者であるWesley Smithが持ち上げていることについても、
なんとなく、しっくりこないものを感じつつ、
とりあえず他のことに集中していた事情もあって突き詰めて考えずにいたのですが、
その「なんとなく、しっくりこない」感じを
明確な問題として指摘してくれる記事がありました。
こんなの連邦法違反である、放置されてはならない、と。
NEW STUDE REVEALS THAT TREATMENT BEING WITHHELD FROM PRETERM INFANTS IN VIOLATION OF FEDERAL LAW
National Right to Life News Today, July 13, 2011
まず、11日の記事では出てこなかったデータをこの記事から補足しておくと、
治療停止の件数だけでなく、
DNR指定にされる新生児の数も増加している。
10年間にNICUで死亡した乳児の内
45%に大きな先天性の損傷があった。
そのうち17%が超未熟児。
35%は先天性の損傷のない超未熟児だった。
死亡乳児の61.6%が治療中止の後に死亡したもので、
20.8%は治療差し控えの後に死亡。
後者は10年間に毎年1.03%ずつ増加しており、
超重症児では10年前の10%以下から30%以上にまで増加している。
この記事の著者 Jennifer Popik医師が「これは違反だ」としている法律は
1984年の児童虐待防止法のベビー・ドゥ修正条項。
82年にインディアナ州で生まれたダウン症の乳児に食道の欠損があり、
両親はダウン症を理由に、その手術を拒否した事件を機に、修正条項が設けられた。
(この記事には書かれていませんが、
当時のレーガン大統領の強権的運用姿勢に問題があったため、
この修正条項には反発も多いという話もどこかで読んだ記憶があります)
この条項は、3つの条件に当てはまる乳児以外には
栄養や治療の差し控えを認めていないし、
児のQOLは差し控えの理由として認めないと明記しており、
児童虐待防止プログラムへの連邦政府の助成金も
障害のある子どもが通常の医療を拒否される場合には児童虐待として
法的措置を取ることを州に保障させる目的のものだ、
したがって今回の論文で明らかになったのは
連邦法が無視されているというのに誰も処罰されていない事実であり、
論文は医学的無益性と安楽な死への認識が高まったと結論しているが、
これらは法に照らせば児童虐待であり、このまま許されてはならない、
……というのがPopik医師の記事の主旨。
――――――
Popik医師の記事を読んで、一つ疑問に思ったのは、
2009年に米国小児学会倫理委が「栄養と水分差し控え」ガイドラインを出して
一定の状態にある子どもについては、まさにそのQOLの低さを理由にして
また大人で認められていることを子どもに認めないのは「年齢差別」だという理由からも
栄養と水分の中止と差し控えを倫理的だとしていること。
なぜPopik医師は、このガイドラインに触れていないのだろう……?
それから、もう1つ、
1984年の児童虐待防止法の改正条項については
「栄養と水分の差し控え」ガイドラインでも触れられていることから
こちらのエントリーで当該規定についてまとめていますが、
Popik医師が書いていることと内容がちょっとズレているのが気になります。
で、手元にある上記ガイドラインを引っ張り出して確認してみました。
以下に当該個所を抜き出してみます。
The CAPTA stipulates that medical treatment need not be provided “other than appropriate nutrition, hydration, and medication” when, in the physicians’ reasonable judgment, any of 3 circumstances apply: (1) the infant is chronically and irreversibly comatose; (2) the provision of such treatment would merely prolong dying, not be effective in ameliorating or correcting all of the infant’s life-threatening conditions or would be “futile” in terms of the infant’s survival; or (3) the treatment would be “virtually futile” and “inhumane.”
Popik医師が
「3つの条件に当てはまれば栄養の差し控えも認められる」と理解しているのに対して、
ガイドラインの解釈によると
3つの条件に当てはまれば「適切な栄養と水分と薬以外には」治療を提供しなくてもよい、
つまり、どんな状態の子どもにも適切な栄養と水分と薬だけは提供せよ、と
規定されていることになるので、
いよいよ
3つの条件に当てはまらない乳児から栄養と水分が差し控えられるのは
CAPTA違反だということになるはずなのですが、
そして、超未熟児だというだけでは、
さらに超未熟児であり先天性の欠損があるというだけでは
必ずしも3つの条件に当てはまるとは言えない、とも思うのですが、
私が去年から非常に強く引っかかっているのは
Diekema医師が委員長として書いた、このガイドラインの
上記引用箇所に続く、以下の下り。
Although this language seems to advocate for the provision of appropriate fluids and nutrition in most cases, the AAP argues that medically provided nutrition and hydration are “appropriate” when they serve the interests of the child – in other words, when they are expected to offer a level of benefit to the child that exceeds the potential burden to the child. That purpose of this paper is to define the appropriate use of medically provided fluids and nutrition, and in that sense, the CAPTA seems consistent with the guidelines provided in this report.
この(CAPTAの)文言からすれば、ほとんどのケースで適切な水分と栄養の提供が求められているように思われるが、AAPとしては、栄養と水分の医学的提供が「適切」なのはそれらが子どもの利益にかなう場合だと考える。つまり、栄養と水分が子どもに負担となる可能性よりも高いレベルの利益が予測される場合に、栄養と水分の提供は「適切」なのである。この論文の目的は、医学的な栄養と水分の適切な提供方法を定義することであり、その意味ではCAPTAはこの論文が提示するガイドラインと一致している。
つまり、
「適切な栄養と水分と薬だけは差し控えてはならない」とCAPTAは規定しているが
自分たちは、その「適切」を定義したのである、と。
そして、そこでは
一定の重症障害のある子どもの場合には「適切ではない」と判断されるので
「適切ではない栄養と水分」だから「差し控えてもCAPTA違反ではない」と
Diekemaは言っているわけですね。
いかにもDiekemaならではの詭弁であり、
また、生命倫理学者に求められている能力や役割がどういうものであるかが
いかにも鮮やかに感じられる一節でもありそうです。
WeinerやLantosらが
この小児科学会のガイドラインの立場をとって結論しているのかどうか……。
それがとても気になってきました。
ガイドラインについては ↓
米小児科学会倫理委の「栄養と水分の差し控え」2009年論文 1/5:概要
米小児科学会倫理委の「栄養と水分の差し控え」2009年論文 2/5:前置き部分
米小児科学会倫理委の「栄養と水分の差し控え」2009年論文 3/5:差し控えが適当である例
米小児科学会倫理委の「栄養と水分の差し控え」2009年論文 4/5:倫理的な検討
米小児科学会倫理委の「栄養と水分の差し控え」2009年論文 5/5:法律的な検討