去年の10月から注目していた裁判に進展があった模様なので。
といっても、一体どのように捉えればいいのか、
ちょっと困惑気味なのですが。
といっても、一体どのように捉えればいいのか、
ちょっと困惑気味なのですが。
英国の障害のある子どもの母親Sharon Colemanさんが
子どもの障害ゆえに職場で差別され、
それが原因で仕事を辞めざるをえなくなったとして
元の職場である法律事務所を訴えたものなのですが、
子どもの障害ゆえに職場で差別され、
それが原因で仕事を辞めざるをえなくなったとして
元の職場である法律事務所を訴えたものなのですが、
英国の雇用裁判所が去年10月にこのケースを
ヨーロッパ法廷に持ち込んだのは、
ヨーロッパ法廷に持ち込んだのは、
職場での平等な扱いに関して一定の基準を示したEUのディレクティブが
どこまでの範囲に“discrimination by association”を認めるものか、
また、どこまでの範囲で英国法に適用されるべきものか
といった点を見極めようとしたため。
どこまでの範囲に“discrimination by association”を認めるものか、
また、どこまでの範囲で英国法に適用されるべきものか
といった点を見極めようとしたため。
discrimination by associationというのは例えば
「障害者とつながり・関係のある人が、その関係ゆえに差別されること」
などをいうものと思われます。
「障害者とつながり・関係のある人が、その関係ゆえに差別されること」
などをいうものと思われます。
このケースでは息子の障害ゆえに母親が職場で差別されたという主張が、
それもまた差別として認められるかどうかが注目されており、
それもまた差別として認められるかどうかが注目されており、
この母親の言い分が認められたら、
介護者にも職場での平等が保障されることになるというわけで、
介護者にも職場での平等が保障されることになるというわけで、
(ここで言う「介護者」とはプロの介護者ではなく、
家族や友人など無償で身近な人の介護を担っている人のことです。)
家族や友人など無償で身近な人の介護を担っている人のことです。)
今日のBBCが報じたのは、
ヨーロッパ法廷のAdvocate General(senior European lawyer)が
Colemanさんがdiscrimination by associationを受けたことを認めた、
とのニュース。
ヨーロッパ法廷のAdvocate General(senior European lawyer)が
Colemanさんがdiscrimination by associationを受けたことを認めた、
とのニュース。
Advocate Generalの言によると
平等という概念が健全であるには、
このような微妙な差別も差別を禁じる法規制で捉えられなければならない。
このような微妙な差別も差別を禁じる法規制で捉えられなければならない。
おそらくこれは、
障害者が職場で合理的な配慮を受け平等な扱いを受ける権利があるのと同様に、
障害児・者、高齢者を介護している人にも同じく合理的な配慮が必要ですよ、
例えばフレキシブルな勤務時間とか自宅勤務などを認めなさいよ、
ということになっていく……ということなのだろうなと
個人的には理解しており、
障害者が職場で合理的な配慮を受け平等な扱いを受ける権利があるのと同様に、
障害児・者、高齢者を介護している人にも同じく合理的な配慮が必要ですよ、
例えばフレキシブルな勤務時間とか自宅勤務などを認めなさいよ、
ということになっていく……ということなのだろうなと
個人的には理解しており、
まだこれから複数の裁判官のパネルによって
今年後半に最終的な判断が下されるとのことなので、
今年後半に最終的な判断が下されるとのことなので、
私自身も素直に考えればそうなったらいいと思うし、
期待をこめて注目しておきたいとは思うのですが、
期待をこめて注目しておきたいとは思うのですが、
ちょっとよく分からないのは、
Colemanさんの言い分を具体的に読んでみると、
現実にこんなことがあるのかなぁ……。
ちょっと信じがたいほど「障害児だから認められなかった」と、
何でもそこにこじつけているようにも思えること。
Colemanさんの言い分を具体的に読んでみると、
現実にこんなことがあるのかなぁ……。
ちょっと信じがたいほど「障害児だから認められなかった」と、
何でもそこにこじつけているようにも思えること。
もう1つは
家族を介護している人が職場に何人もいるのが当たり前という時代に、
こういう権利が認められて訴訟が起こせるとしたら、
それで職場というものは現実に回っていくものだろうか、
家族を介護している人が職場に何人もいるのが当たり前という時代に、
こういう権利が認められて訴訟が起こせるとしたら、
それで職場というものは現実に回っていくものだろうか、
そうした配慮のためには当然資源が必要になるわけで、
そこの手当ては一体どうなるのだろう、
という疑問。
そこの手当ては一体どうなるのだろう、
という疑問。
折りしも、昨日のTimesには、
地方自治体の介護サービス財源の不足から
サービス給付が重度の人に重点化されつつあり、
高齢者、障害児・者の多くが給付基準から外れて
自腹でしのぐしかなくなっているとの記事も。
(この問題は日本でも明日はわが身という感じですね。
それだけ家族の介護負担は重くなるのが道理であり、
重くなる一方の介護負担を働きながら担おうと思えば
職場でも理解と協力が必要なわけですが、
こういう裁判の流れで行くと
そのためには今度は職場への支援が必要となってくるという順送りで、
……というのは、なんだか
日本でNICUから重症児が追い出されていくに至る順送りと
同じ構図のようにも思えて
地方自治体の介護サービス財源の不足から
サービス給付が重度の人に重点化されつつあり、
高齢者、障害児・者の多くが給付基準から外れて
自腹でしのぐしかなくなっているとの記事も。
(この問題は日本でも明日はわが身という感じですね。
あ、英国はもともと無料が前提で来てるところが根本的に違ってますが。)
在宅支援・地域支援の介護サービスがなくなれば、それだけ家族の介護負担は重くなるのが道理であり、
重くなる一方の介護負担を働きながら担おうと思えば
職場でも理解と協力が必要なわけですが、
こういう裁判の流れで行くと
そのためには今度は職場への支援が必要となってくるという順送りで、
……というのは、なんだか
日本でNICUから重症児が追い出されていくに至る順送りと
同じ構図のようにも思えて
(それとも大企業で働く介護者だけが平等を保障してもらえるって話になるのか?)
あげく最終的に困るのは
あっちからの順送りと
こっちからの順送りの板ばさみになる当事者なのだなぁ……。
あっちからの順送りと
こっちからの順送りの板ばさみになる当事者なのだなぁ……。
……みたいなことを考えていると、
どうにも救いがなくなってしまうので、
どうにも救いがなくなってしまうので、
ともあれ、この件では最終的なヨーロッパ法廷の判断を
見守ることにしましょうか。
見守ることにしましょうか。
2008.01.31 / Top↑
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