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11月18日のエントリーNHSの患者データから研究者が治験参加者を一本釣り?
紹介しましたが、

英国政府が科学者らにNHSの患者データへのアクセスを解放して
治験の対象となる患者を把握しやすくしようとの目論みに対して、
医療と福祉の情報管理監視団体の長Harry Cayton氏が
法的根拠も曖昧で、プライバシー・守秘義務・患者の自己決定の点から倫理的に認められないと
批判の声を上げています。

これに対して、29日に
英国の科学誌the Lancetがエディトリアルで反論。

Sharing patients’ records to boost medical research
The Lancet, Volume 372, Issue 9653, Page 1856, November, 2008
(ここで読めるのは最初の数行ですが、無料登録をすれば全文が読めます)


ところが、この反論の論拠ときたら、なんとも、ふにゃふにゃで……。

でも、そのふにゃふにゃの論旨の中に、
「だって研究の成果が出れば患者だって恩恵を被るんだから
患者のプライバシーなんて、取るに足りない些事じゃん」というホンネが
ありありと滲んでいるからコワイ。

ざっとまとめると、

17日のGuardianの第一面にこの計画へのCayton氏の批判がデカデカと載ったが、

研究者がGP(家庭医)に連絡を取って
治験の対象となりそうな患者を教えてもらう現行では
大変な時間がかかる上にGPへの負担も大きいし
さらに治験の対象患者を見落としてしまうことも多い。

しかし、この計画が実現されれば
英国の研究者が5000万人のNHS患者の記録にマル秘でアクセスできる。

その利益たるや大きなものだし、
それだけ基礎研究の臨床応用もスピードアップして
結局は患者の利益になるではないか。

もちろんCaytonが言うように
患者のプライバシーと自己決定は重視しなければならないが、
国民の望むところを彼は勝手に推し量っているだけではないか。

2006年の医学会の報告では
医療記録の研究利用に対して国民がどのように捉えているかについては
ほとんどエビデンスはないとされている。
今回の計画についてのコンサルテーション(パブリックコメント)も9月に始まって
まだ結果が報告されていない。

医学研究への寄付金額が何らかの目安になるとすれば
英国民は研究を支持していると見てもいいのではないか。
患者への調査でも治験の情報や参加する方法について知りたがっている人は多い。

患者のプライバシーにどこで線を引くかについて
国民の間で議論が必要だというCaytonの指摘は正しいが、
政府の計画を「倫理的に受け入れられない」とまで言うのは間違っている。

現在の治療水準を上げるばかりか
将来の水準を上げるのに不可欠な知見を得ることのできる研究に
患者が参加できないままである現状のほうが
よっほど「受け入れられない」。


──これ、はっきり言って、屁理屈では???

もともとCayton氏が言っているのは
患者のプライバシーの“リミット”を議論しようなんて話ではなく、
「研究成果をあげるため」という目的は
同意原則や守秘義務を無視する正当な理由にはならないと
もっと原則的な指摘をしているのであり。

Lancetの言い分には
「患者も研究が進むのを望んでいる」という調査結果など
どこかから”いかにも”な数字が引っ張り出されてきそうな気配も匂っているし、

そうでなくとも、利権を当て込んで提供される研究資金を
「英国民が研究を支持している証拠」などと強引に解釈するなら
もう、なんだって言えてしまうわけですが、

仮に国民が医学研究を支持しているとしても、
ここで問題になっているのは医学研究そのものの是非ではなく
研究目的なら研究者に個人の医療情報をフリーアクセスにしてもいいかどうかという手段の是非。

目的への国民の支持をいくら数字で証明しても、
ここで問題になっている手段がそれで正当化されるわけではないでしょう。

もしも、こんなワケの分からない屁理屈がまかり通ったら、
マクロで患者に利益があることならば、
ミクロで患者に何をしたっていいということになってしまいます。


それにしても、
こういうエディトリアルを読むと、どうしても考えてしまうのは
世界中の保健医療施策を市場のコスト・パフォーマンス原理で見直そうとしている
ゲイツ財団、IHMEとLancet誌の繋がり──。
2008.11.30 / Top↑
大物児童精神科医Biederman医師との癒着が取りざたされているJ&J社の抗精神病薬Risperdalによって
男児の胸が大きくなる副作用が先週のFDAの会議において話題に。

Risperdalの副作用被害についてJ&J社を相手取って訴訟を起こしている被害者らの弁護士によると
こうした被害を訴えている少年は6人で
そのうち2人は乳房切除の手術を受けなければならないほどの大きさに。

Risperdalのラベルには
prolactinレベルが上がって男性の胸が膨らむ可能性についても書かれているとのことで、
臨床実験では2.3%の青少年に見られたとのこと。

先週の会議ではFDAは
特に警告を追加する必要は認めない、と。

しかし抗精神病薬とプロラクチンの関係の研究があるDuke大学の研究者は
ホルモンの変化を無害なものと考えてはいけない、
またRisperdalを飲んでいる思春期以前の女児にも同様の副作用が見られた、と。

Risperdal Can Have Troubling Side Effects in Boys
The Wall Street Journal, November 25, 2008



私としては、この記事を読むと
どうしても思い出してしまうのが“Ashley療法”で、

Ashleyの父親は“Ashley療法”批判への反論として書いたブログで
低身長の子どもへの成長ホルモン療法で
男児の胸が膨らんで乳房状になるという副作用が問題視されているが、
そういうケースへの解決策としてAshleyのように
治療の前に乳房芽を切除しておくという方法を使えばいいじゃないか、と
提案しています。

ちょっと読むと、
「特に男の子では背が低いのは社会的に不利だから成長ホルモンで背を高くしよう」という時に
その治療の副作用防止策として「外科手術を受けさせる」というのは
目的に対して手段の侵襲度が不釣合いに高く、本末転倒では? という印象を受けますが、
(そして実際にAshleyに行われた医療処置に、そういう批判があるわけですが)

なんとAshley療法の担当医らは
論文で、もっとすごいことを言っているのです。

estrogenの大量投与でAshleyの身長を抑制するに当たって、
副作用として子宮からの出血が予測されたので
その予防としてホルモン治療の前に子宮を摘出した、と。

さらに論文の中のestrogen療法のリスクについて述べた一説でも
男児において乳房が女性化する問題と
女児において子宮からの出血の両方を上げたうえで、
特に発達障害のある患者の生理のコントロールでは
「こうした子どもたちには、我々の患者に行われたような
治療前の子宮摘出が選択肢である」と書いているのです。

つまり、ホルモン療法の副作用には
乳房芽や子宮を摘出して外科的に対応すればよい、
障害女性の生理のコントロールも、いっそ子宮摘出で、というわけです。

”Ashley療法”の論理で行けば
ここで指摘されているRisperdalの副作用など
飲ませる前にその男児の乳房芽を切除しておけば、
簡単にテクニカルな解決のつく問題に過ぎないことになるでしょう。

        ――――――


子どもたちの健康を守るはずの児童精神科医が
大企業の利潤の追求と自らの肥大した自我によって
最低限の職業倫理すら擲ってしまったかに見える
Biederman医師らと製薬会社との癒着スキャンダル──。

当ブログの仮説に立てば、
子どもたちの尊厳を守る砦であるはずの米国有数の子ども病院・倫理委員会が
大企業の資金と権力と、そこに繋がる人物の肥大した自我に屈して
その責任と機能を放逐してしまったかに見えるAshley事件──。

それら2つの事件を取り巻いて米国社会に広がり続けている
「科学とテクノロジーで人間の身体も命も思いのままに操作できる」という文化──。

「利益と効率が全て」の弱肉強食の市場主義の競争文化──。
その市場原理で世界の保健医療を再構成していこうとする動き――。
それを牽引する慈善資本主義――。

きっと、これらは全て繋がっているし、
全てが繋がっている大きな図の中に個々の事件や現象を据えたうえで、
それら1つ1つを眺めなければ
大事なことを見落としてしまうのではないでしょうか。
2008.11.28 / Top↑
今朝の朝日新聞に
アフリカのアンゴラで
親を始め大人たちが子どもを悪魔扱いして排斥・虐待しているというニュースがあり、
その記事ではキリスト教会が子どもたちを保護していると書かれているのですが、

去年、ナイジェリアでの同様の事態についてニュースを読んだ際には
キリスト教会の牧師たち自身が悪魔祓いを行って私腹を肥やしたり、
そのために罪もない子どもたちを自ら「あの子は魔女だ」などと指差したりしていたので
そこのギャップが気になって、去年の12月14日のエントリーを以下に再掲しました。


         ------            


最初にビデオを見て目と耳を疑い、
ニュースの全容が掴めるにつれて絶句し、

次にギャラリーの写真を1枚ずつクリックするにつれ
息を飲み、かたまり、
憤りで体が震えた、
ナイジェリアのニュース。

「ナイジェリアの魔女狩り、子どもが標的に」

Children are targets of Nigerian witch hunt
The Observer, December 9, 2007/12/10

ビデオはこちら

ぜひとも見て欲しい20枚の写真はこちら

          ---      ---


9歳の少年。
頭のてっぺんに打ち込まれた5本の釘がまだそのまま。

10歳の少女。
弟が病気になったのは彼女が魔女だからだと指差され、
親が連れてきた男たちに殴られ、
親に毒草を無理やり食べさせられ、
苛性ソーダ入りの熱湯を頭から浴びせられ、
野に打ち捨てられた。

13歳の少女。
父親と教会の長老たちに木にくくりつけられた。
足首を縛ったロープはきつく縛られて肉に食い込み、
そのまま一人で一週間放置される間に骨に達した。

家族が病気になるのも父親が失業するのも、
彼らが「魔女だから」だと。

そう指差すのはキリスト教会の牧師たち。

子どもたちはある日突然、彼らに「この子は魔女だ」と指差されて、
親から虐待され、村人から迫害され、打ち捨てられているのです。

川や森から死体が沢山発見されていて、
殺された子どもは既に何千に達するのではないかと。

牧師たちは気まぐれに「この子は魔女」と言い歩いては
親に月収の何倍もの料金を払わせて教会で魔女払い。
同じ子どもにまた魔女が戻ってきたと言えば、何度でも搾取は可能で、
数多くの魔女を見つければ見つけるだけ
優秀な牧師だとあがめられ商売が繁盛するそうだから、
こんなにオイシイ商売はないでしょう。

この胸が悪くなるニュースの唯一の救いは、
牧師たちの言うことを信じず、
子どもたちを集めては癒し養う人がわずかながらいること。
けれど、130人もの子どもたちがあふれ返る粗末なシェルターも村中から敵視され、
襲撃も起きかねないような不穏な空気も感じられて。

          ――――

一見、親たちは牧師に払う金がないから子どもを捨てているようにも、
本当に子どもに悪霊がついたと恐れ憎んでいるようにも見えます。

でも、本当はそうじゃないと思う。
彼ら自身、虐げられて貧困に苦しみ、
誰かにぶつけないではいられない思いを抱えた大人たちが
衝動に任せて子どもを虐待し、憂さ晴らしをしているだけだと思う。
その口実を作ってやることで、キリスト教会の牧師が富み肥えていく仕組み。

強い者に踏みつけられている者が、さらに弱い者を虐げて憂さを晴らす仕組み。
強い者たちが弱い者を相手に、どんなひどいことだってできる仕組み。

大人たちが寄ってたかって、そういう世界を作ってしまったら、
どこに子どもたちの居場所があるというのか。


子どもたちが、みんな同じ表情をしているのです。
感情を失うことで身を守ろうとする無表情。
その中で、どの子も目が異様なおびえを湛えて。

その目がたまらない。

これほど救いのない孤独を生きなければならない子どもが、
こんなにもいるという事実も。


世界がよりよい場所になっていくなんて、
やっぱりタワゴトだとしか思えない。
2008.11.27 / Top↑
日本での「こうのとりのゆりかご」制度に当たる”安全な隠れ家法”で
10代の子どもまで30人以上が“棄てられる”事態を招いた
Nebraska州は先週改正してその対象を乳児に絞りましたが、

同州議会は今回の事態を
追い詰められた家族からのSOSであり、
児童福祉制度の欠陥を示す衝撃的なサインだと正しく捉えて、
新たに委員会を設け、40日後に始まる次の議会で支援策を検討する、と。

そこでNY Timesが具体的にまずやるべきこととして提案しているのは
危機カウンセリングと、問題を抱えた子どもの親を支援するレスパイト・ケアの改善。
それから社会福祉制度の構造改革。

これまでは、まず子どもの親権を州に移行させてから
精神障害や行動に問題のある子どもたちを持つ親への支援が始まっていたため
多くの子どもたちが家庭から少年拘置所や施設に移されて
予算が使われる割に、子どもたちはそのまま司法制度に留まりがちだった。
今後は地域に根付いた早期介入プログラムを立ち上げて
住んでいる場所で家族に支援が届くようにする必要がある。

また連邦政府助成によるワーキング・プアへの支援も
困っている家族が受けやすいように拡大するほか

これまで資格審査が厳しかった
州の子ども向け健康保険(S-chip:7割を連邦政府が助成)の資格要件を緩めることも必要。

わずかに緩めるだけでも
必要不可欠な精神医療サービスを受けられる子どもたちが増えるだろう、と。

A Promise to Help Nebraska’s Families
The NY Times, November 26, 2008


この問題では日本の報道の論調が
「養育放棄をする親の無責任」にだけ偏っているように思われて
その点がとても気になっていたので
このニュースには明るい気持ちになりました。

どこかの国みたいに
都合のいい数字を並べて「脱施設」だけを唱え、
地域に根付いた在宅支援サービスはとんと整備しないまま
サービスは使えなくなり、事業者もやっていけないし……という法律を作るようなことは
まさか、しないよね、NE州。


2008.11.27 / Top↑
Pharmacotherapy誌に発表された研究が
適応外処方にはもっとエビデンスが必要だとする薬物として14の名前を挙げています。

Risperdal他、リストには
抗ウツ薬と抗精神病薬が目立っています。

14のうち6つの薬物で使われていた
最も一般的な処方は双極性障害の治療として使われたもの。

去年1年間で17歳以下の子どもへのRisperdalの処方は1割も増加したとのこと。

研究者の1人は
「どんな薬であれ、ここで報告した程度にまで適応外処方が増加するということは
製薬会社が噛んで、そういう使用法を進めているということだろう」と。

名前が挙がったのは以下の14。

Risperdal
Quetiapine
Warfarin
Escitalopram
Montelukast
Bupropion
Setraline
Venlafaxine
Celecoxib
Lisinopril
Duloxetine
Trazodone
Olanzapine
Epoetine alfa

14 drugs that need more study
The Chicago Tribune, November 25, 2008


この記事を読んで思い出したのですが、

つい先ごろ、コレステロールを下げる薬であるStatinについて
コレステロールが高くない人や心臓発作の既往歴がない人にも
心臓病や脳卒中の予防効果があるという目覚しい研究結果が報告されました。

その効果が激賞されて、そんなにいいのなら
すぐにもみんな、こぞって飲もうよといわんばかりの報道が繰り返される中、
NY Timesが「いや、まず飲むべき対象者をしっかり見極めてから」と
ブレーキをかけていたのが印象的でした。

Who Should Take a Statin?
The New York Times, November 18, 2008


このNY Timesの記事によると、
Statinの目覚しい効果を報告した論文を掲載した
The New England Journal of Medicineのエディトリアルも
何の病気もない人に何十年にも渡って薬物療法をやらせる前に
コレステロールのレベルを大きく下げることの長期の安全性について
確かめることが重要だと強調していたとのこと。

その頃、どの記事だったかに、
「カウチ・ポテト生活をしてもStatinさえ口の放り込んでいれば大丈夫と
考える人が増えるのでは」と懸念する声もあったような……。

昨今の米国の“なんでも薬とテクノで簡単解決”文化を見ていると
確かにそういうノリの人が出ても不思議はないような……。

これをブームにして儲けたい人がまた、そういうコマーシャルを流すのでしょうし。


そしてStatin といえば、
7月のエントリーで取り上げたように、
米ではスタチン8歳からどんどん使おう、と
ここでもまた子どもへの使用が小児科学会によって奨励されていたりも……。
2008.11.26 / Top↑
この話題ばかりを追いかけるつもりはないし、そろそろ食傷気味でもあって、
今朝、拾ってしまった時には、そのまま流そうと思っていたのですが、
その後もあちこちで目に付くので、それなりに大きなニュースらしく、
とりあえず、簡単に。


このところ相次いでいる米国の児童精神科医と製薬会社の癒着スキャンダルで
Harvardの著名児童精神科医Biederman医師の新たなスキャンダルが明らかに。

子どもに処方された抗精神病薬の副作用を巡る訴訟の資料から。

同医師がMassachusetts General Hospitalの研究センターの創設を
Risperdalの製造元であるJohnson&Johnson社に持ちかけ、
2002年だけでも70万ドルを出資させた。

センターは、その名も Johnson & Johnsonセンター
その長はBiederman医師。

病院側もJ&J社側も否定しているものの
裁判の資料として提出されたJ&J社内部のEメールの内容からは
センター設立の目的は同社の製品のプロモーションだとの認識が
Beiderman医師にも同社にもあったことが伺われるほか、

同2002年にはJ&J社がRisperdal臨床実験の結果を偽った論文の下書きを作成し、
それをBiederman医師が承認したことを示すEメールも。

(製薬会社がゴーストライターを雇って論文を準備し、
 その著者になる医師をさらに雇って署名させるという慣行が
このケースに限らずあったとか。)

また今回明らかになったJ&J 社内のメールのやり取りでは

Connecticut大学での講演の謝金として
Biederman医師に3000ドルを出してくれと社員が上司に書いた手紙では
「粗略に扱ってはいけない医者なんですよ。
全国レベルの大物で、プライドが高くて短気なんだから」

Biederman医師が要求した28万ドルの研究費を同社が断った際には、
「あんなに怒った人間を見たことはないほど怒っている。
あれ以来、Biederman医師の息のかかったところでは我が社の商売は上がったりだ。
 さっさと小切手を切らないと、大変なことになる」

Research Center Tied to Drug Company
The NY Times, November 24, 2008


【追記】
この話題については、その後NYTimesは 
29日の社説で「専門家それとも、ただのサクラ?」と取り上げています。

Expert or Shill?
the NY Times, November 29, 2008
2008.11.25 / Top↑
R. Alta Charo という女性がその人で
クリントン政権下でも生命倫理諮問委員会のメンバーを務めています。

大学サイトのプロフィールページはこちら

Wisconsin大学と言えば、
Ashley事件以来、米国の医療における急進的な生命倫理を説く要注意人物として
当ブログが注目しているNorman Fostがいるところ……と思いつつ、
読んでみたら記事そのものがFostが語るCharo像……といった内容でした。

Charo選任のニュースをNorman Fostが歓迎しているのだから
だいたい想像もつくというものですが、

Fostによると、Dr.Charoは
幹細胞研究のアドボケイトとして知られており、
米国科学アカデミー医学研究所の委員会の委員長として
幹細胞研究のガイドライン作成に関与。

またプロ・チョイスの立場の人で
リプロダクティブ・ライツの実現に向けて活動する団体the Guttmacher Instituteの諮問委員。

さらにFostはObama政権について

幹細胞研究が注目されているが、
就任後はObamaが医療・福祉分野で最優先するのは
国民の医療アクセスの問題だろう、
幹細胞研究の禁止は覆すつもりだろうが
いつやるか、やるかどうかということは戦略上の問題になるだろう、とも。

UW professor named to Obama’s transition team
The Daily Cardinal, November 19, 2008

【追記】
the Guttmacher Instituteのサイトを覗いてみたら、
ミッションのページに「将来に向けた展望」という項目があり、そこに

「望まない妊娠・出産について個人の意思決定を社会が尊重し保護すること」といった文言があって、
「望まない妊娠」はともかく「望まない出産」の中身が具体的にどこまでを含んでいるのかが
ちょっと気になりました。
2008.11.25 / Top↑
スクリーニングが広く行われるようになった1989年以降、
英国でのダウン症児の出生数は毎年減少し、
2000年には594人にまで下がった。

ところが2001年からの6年間で15%増加して
2006年には746人に。

女性の出産年齢が上がったことに加えて、
ダウン症の子どもを育てようとする親も増えているためだと思われる。

たいていの女性は妊娠中の検査で分かった場合には中絶しているが
生む決断をする女性も今では多い。

また検査を受けない決断をする女性もいて
ダウン症の40%は生まれた後に診断されたケース。

ダウン症児の寿命が延びたことや
一般校にも通えるようになり多くの成人が働いているなど
社会がダウン症の人を受け入れてきたことも
育てようと決断する人の増加の要因だろう、と。


タイトルがちょっと気に喰わないのだけれど
まずは滅多にない明るいニュースだなと思いながら読んで、
読み終えた後で3つ寄せられていた記事へのコメントに目を通したら……

・いとこにダウン症があるため、叔父叔母夫婦は自分たちが死んだ後の子どものことが不安でならない。こういう子どもを産むのはフェアではないと思う。

・友人は成人したダウン症の子どもをケアするストレスで自殺しそうになった。こんなニュースをどうして「いいニュース」だなんて言えるのか。出生前診断が行われるのにはちゃんと理由があるわけで、自分には障害児を育てられるかどうか女性が決めることができるということ。宗教はおいといて合理的に考えなさいよ。

・英国人が前より優しくなったというのは結構だけど、こういう子どもたちの特別教育にどれだけコストがかかっていると? 障害があろうとなかろうと、どんなにその子のQOLが低かろうと、そんなの関係ない、自分はただ子どもがほしいだけ、というのは親の傲慢ではないのか?


そういえば英国議会では、こういう論理でもって
着床前の遺伝子診断で障害のある胚が見つかった場合に
その胚を他の胚よりも優先してはならないという項目を含む
ヒト受精・胚法の改正が行われようとしているのでした。

記事タイトルの a caring Britain (優しい英国)というのは皮肉なのかしらん。
2008.11.24 / Top↑
10月1日のエントリーNE州で「こうのとりのゆりかご」ジレンマで紹介したケースの続報。

ネブラスカ州で
日本で言う「こうのとりのゆりかご」の制度が18歳までの子どもを対象としているために
10代の子どもたちを“捨て”にくる親が相次いで問題になっていたもの。

11月21日、その法律「安全な隠れ家法」が改正されて
対象が生後30日の乳児に絞られた。

この法律によって精神障害のある子どもを州に托した母親は
自分が住んでいる田舎ではサポートなどないに等しいと言い
「カウンセラーが見つかるだけでもラッキーだけど
見つかったとしても、みんなふさがっている。
精神科医に電話をしたって予約は3ヶ月待ち」と。

(前に米国の精神科医がメディケア・メディケイドの患者をとりたがらない
という問題を指摘する記事を読んだ記憶があるので、
そういうこととも関係しているのかも)

この問題の概要は上記リンクから前のエントリーを読んでください。
日本のメディアでもこの話題を取り上げているところがありましたが、
例によって、とても単純な図式的捉え方だったような……。

Nebraska Revises Child Safe Haven Law
The NY Times, November 22, 2008


確かに法律の趣旨とは違う事態が起こったという点では
やむをえない改正かもしれないのですが、

この問題があぶりだしたのは
特に児童への精神保健医療サービスの不足であり
そうした子どもを持つ親への支援の不足であり、
経済不況によって、それらの不足も
育てにくい子どもを抱えた親たちの置かれた状況も
さらに深刻なものとなっている事実であって

それはきっと他の州でも同じなんじゃないかと……。
2008.11.24 / Top↑
米国ではGrassley上院議員の調査が次々に
精神科医と製薬会社の癒着を暴いていますが、
今度はメジャーなラジオ局NPRの人気番組“the Infinite Mind”のホストで
The National Institute of Mental Healthの前所長であるDr. Frederick K. Goodwinに
製薬会社との金銭つながりが発覚。

Dr. Goodwinは2005年9月20日の番組で
双極性障害がある子どもが診断されず治療されないままでいると
脳にダメージが生じる恐れがあると警告し、
「今は子どもの双極性障害にも安全で効果のある安定剤(mood stabilizer)がありますよ」と
番組で紹介した。

そして、その同じ日にGlaxoSmithKline社から同医師に2500ドルが支払われている。
名目はフロリダのゴルフ場で安定剤Lamictalについて行なったプロモーション講義の謝礼。

上院の調査に提出された記録によると
GlaxoからGoodwin医師にLamictalのプロモーションに対して支払われたのは
2005年一年間で329000ドル。

この指摘について同医師は
番組のプロデューサーは自分とGlaxoの関係を知っていたと言い、
プロデューサーの方は知らなかった、
単刀直入に問いただしたことがあるがGoodwin医師は「ノー」と答えた、と主張している。

NPRでは番組打ち切りの方針。

Glaxoはこの件について
「ディスクロージャーは医師側の責任だと以前より考えている」

ここでもまた、ひたすら醜い責任のなすり合い――。

Radio Host Has Drug Company Ties
The NY Times, November 22, 2008


ちなみにGrassley議員の調査というのは
トップクラスの研究者に製薬会社との利益の衝突のディスクロージャーを求めて、
出された数字を製薬会社からの実際の支払い記録と突き合わせているのだとか。
2008.11.23 / Top↑
17日のエントリー
抗ウツ剤めぐる研究者と製薬会社の癒着スキャンダル報告書(米国)
紹介した報告書、実はPartⅠでした。
Part1だけでもあまりに長文で読みくたびれたので
後半は探してまでは読むまいと考えていたのですが、
19日にPartⅡがアップされたら、
なんと向こうから目に飛び込んできてしまった。
やっぱり読めということかぁ……。

前半だけでちょっと読み疲れているので前回ほどまとまめていない、ただの羅列ですが、
勝手にポイントだと思うことのみを。

原文は
Pharmaceutical Industry Hustlers - Part Ⅱ
Scoop, November 19, 2008


製薬会社の保健医療界における絶大な影響力が児童精神科の曖昧さに付け込んだことが、
医師や家族の間に、それまでの薬物によらない治療法から薬物療法への急傾斜をもたらした、と
最初に指摘した後で、以下のようなことを報告しています。

・38種類もの精神科薬を飲まされていた10歳の少年がニューズウイークで話題に。

2002年のSalonの記事内の証言
ADHDの治療薬を除いて、精神科薬のいずれも子どもに使われた場合の長期的安全性については、2,3ヶ月までしか調査されていない。理由は製薬会社がやりたがらないから。金がかかるし、長く効くかどうか、副作用が出るかなんて、知りたくないというのが製薬会社のホンネ。今のところ、そういう研究はこの国では弁護士の仕事になっている。副作用が論文で報告されて確かめられてから、やっと実質的なモニタリングが始まるというのが業界の実態。

2005年の議会証言
もう10年も前からFDAも製薬会社も副作用で自殺企図が起こることを知っていた。うつ病の子どもに認可されているのはProzacだけで、それ以外は効果が確認されていない。それでも、ただ内気だとか登校拒否だとかADHDだとの理由で100万人の子どもたちが抗ウツ剤を飲まされている。子を死に追いやると知っていながら、どうしてこんな事態を招いたのか。

・ 2006年の論文
2003年以前に子どもを対象に認可されたSSRIはないにもかかわらず、90年代初頭には6歳の子どもにも当たり前のように処方されるようになっていた。FDAが認可するよりもはるか前から児童精神科医が使用を認めていたからだ。実際、子どもでの大きな研究が発表される前から、彼らは子どもに使うことを勧めていて、まるで研究そのものが既に行われている処方のやり方を正当化する目的でやられているようにすら見えた。「みんながやっているから」というふうに90年代後半の児童精神科の風潮が作られたとしたら、論理も科学もない、ただの流行だった。

・SSRIが子どもにも安全で有効だとする大きな研究が出始めたのは90年代後半で、論文にはいつも同じ人の名前が並んでいた。特に人間どころか動物実験すらなかった2~4種類のカクテル処方を流行させたのはDr. Biedermanら。子どもに双極性障害を診断しては2歳児にまで4種類を同時に処方していた。これほど子どもに双極性障害が増えたのは米国のみ。しかし、あまりにも高名な人物なので、講演でBiederman医師が名前を出しただけで1年もたたないうちにその薬の処方がわっと増えていたし、臨床試験の裏づけなどないまま口コミで広がっていった。Grassley議員の調査で暴かれたスキャンダルの本当の重要性と怖さはこういうことだ。

・双極性障害のスキームが定着するまでは、子どもの病的なウツ(?manic-depression)は誰も聞いたことがなかったし、それはアメリカ以外の国では今でもそうである。しかし、今のコンピューター時代、子どもがいったん精神病だと診断されてしまえば、その記録は残って一生付きまとう。精神障害は証明もできない代わりに誤診だという証明もできないのだから。子どもは将来仕事に就くのに苦労するだろうし、保険に入ることができない可能性もある。

・Dr.Emslieは去年3歳から6歳児向けに抗精神病薬を適用外での処方するためのガイドラインを発表した。Preschool Pshchopharmocology Working Group の仕事。しかし、6歳以下の子どもに認可されている向精神薬は1つとしてない。単剤であれカクテルであれ。しかし上記グループは、ADHD、過激な行為障害、大きな抑うつ障害、双極性障害、不安障害、PTSD、強迫性障害、広汎性発達障害(自閉症など)、睡眠障害の治療にアルゴリズムを作ったのである。

2006年のUPI報道
Duke大が2歳から5歳までの子ども307人を調査したところ、大人と同じ比率で抑うつ、不安その他の精神疾患の兆候が見られたと発表したが、この研究費はPfizerから。これで、これまでなら「第一反抗期」と言われて済んでいたものが精神疾患となった。

・一度に4,5種類の薬を飲まされている子どもは多い。何百万人という子どもたちが「脳を薬漬けにして成長している」。子どもたちは薬で自発性や自分の意思というものを抑制され、薬がないと自分の行動をコントロールできないと感じつつ成長することになる。そのため自分なりの創造的な問題解決能力や親や学校に頼ったりするコーピング能力が身につきにくい。(自尊心・自己価値観も低くなるだろうなと私個人的には思う。)

・「ADHD詐欺:精神科が正常な子どもを患者にする方法」という本も出ていて、著者は正常な子どもだと知りながら金儲けのために精神病にしてしまうのは犯罪ではないのか、詐欺まがいの診断で薬を飲まされて、副作用で死んだら殺人ではないのか、と。

・2004年に学校のテストを受けるのに緊張するという理由で12歳のときにZoloftを処方された少女は首をつって死んだ。処方に際しては親に対して、子どもは適応外だという説明もなければ、自殺に注意しろという指示もなかった。

・Prozacの副作用による自殺者はこれまでに2万から20万の間と推測されている。
2008.11.23 / Top↑
Sequenomとは
出生前診断である“SEQureDx検査”を来年早々に売り出そうとしている
San Diegoの遺伝子解析会社。

そのトップHarry Stylli氏がどこかの医療関連の会議で語ったんだそうな。

ダウン症候群のような染色体異常の出生前診断のマーケットは
世界中で30億ドルから50億ドルにも上ると見込まれるが
自閉症、心臓病、嚢胞性線維症、奇形などの遺伝病を起こす
遺伝子コードの小さな変異を見つける検査には
それ以上の好機があるかもしれない。

「この好機が拡大して、
そのうち染色体異常を凌ぐことを
我々としては期待しているところです。

中には珍しい病気もありますが、
こうしたものが障害のほとんどを占めているわけだから
この分野には大きな成長のポテンシャルがあるのです」

また同社の科学部門のトップは電話取材に対して

検査したい対象となりそうなものは他にもいろいろありますよ。
胎児によくある障害といえば唯一ダウン症ということになりますが、
ダウン症は氷山の一角に過ぎませんからね。

Sequenom plans to expand “snip” opportunity
Sequenom CEO says market for prenatal testing of small gene variations could be ‘immense’
The CNN Money. com, November 19, 2008
2008.11.21 / Top↑
マラリア撲滅といえば、言わずと知れたBill and Melinda Gates 財団の金看板。
Gates夫妻が最も力を注いでいる分野の1つですが、

マラリアの治療に有効とされているのは
アーテミシニン(住血吸虫薬)とその他の半合成薬剤との併用によるACTと呼ばれる治療法で、
アーテミシニンの原料となるのがクソニンジン。

ところがACTの需要が高まってきたことから
クソニンジンの供給が追いつかなくなることが今後予想されている。

そこでアーテミシニン・エンタープライズ会議2008 なるものが
新興テクノロジーでこの問題が解決できるとの報告書を出した。

この会議のスポンサーは当たり前のことながらゲイツ財団と
国連や世界銀行などが主催するthe Roll Back Malaria Partnership
開催ホストはYork大学。

で、提案されている新興テクノロジーがやろうとしている3つのことが
具体的に何をどうするといっているのか
文系頭の私にはイマイチ確信を持って理解できないのですが、
とりあえず、私の理解のままに以下に。

まずは、1つ目。
York大で新しい農業生産物を作る研究をしているセンターらしい
The Centre for Novel Agricultural Productsが
“ファスト・トラッキングの植物ブリーディング”で
これまでより多くのアーテミシニンが取れる植物を作りだす。

制約が多くて時間がかかるので
遺伝子組み換えはやめてブリーディングにしたのだとか。
(”ファスト・トラックのブリーディング”というのがなんなのか、よく分かりませんが)

2つ目にMedicines for Malaria VentureというNPOが
“薬物のような合成アーテミシニン”を開発中。
この実験的な薬で既にマウスのマラリアが治っていて、
来年2月からヒトでの臨床実験が始まる。

3つ目に非営利の製薬会社Institute for One World Healthが
“革新的な化学合成と発酵を組み合わせてアーテミシニンを作っている。
それが成功すれば自然の原料から作るものよりも安価で
ACT療法そのものが安くなり、マラリアに苦しむ地域の人たちにも届きやすくなる。
2011年か2012年には商業生産を開始する予定。

Technology to eradicate malaria
The BBC, November 19, 2008


ゲイツ財団、WHO、世界銀行と新興テクノロジー。
そこに絡んでいる製薬会社の名前が One World Health で──。

嫌でもワシントン大学IHME のBurden of Global Diseaseプロジェクトが頭に浮かびます。

そういえばゲイツ氏は9月に国連でマラリア撲滅に1億6800万ドルの資金提供を表明して
満場から大きな拍手を浴びていましたが、
その時にもこんなふうに言っていました。

「我々に必要なのはイノベーション、新たな医薬品、そして
我々が必要とする最もドラマチックなものはワクチン」。

「イノベーションと新たな医薬品」という言葉が具現化したものの1つが
このニュースに報じられた新興テクノロジーによる化合薬の開発というわけですね。

ゲイツ財団の巨大資金と新興テクノロジー研究と
国家の頭越しに世界規模で進む、企業経営と同じコスト計算による保健医療施策──。

病気も障害も世の中の「重荷」と捉え
科学とテクノロジーによって効率的に削減していくことだけを目標とする巨大プロジェクト──。

2008.11.21 / Top↑
スペイン、バルセロナの30歳の女性 Claudia Castilloさんに
本人の幹細胞で作った気管支の一部が移植された。

Castilloさんは結核で気管を損傷し、
6月の移植手術がなければ肺を摘出しなければならないところだったが
手術の成功で現在は普通の生活を送っており、
階段を上っても息切れすることがなくなったとのこと。

手術をしたのは英国、イタリア、スペインのチームで
Castilloさんの骨髄から採取した幹細胞を使った。

手順はドナーから提供された気管支の一部から免疫反応を引き起こす部分を取り除き、
7センチのそのグラフトを本人の幹細胞から作った組織で覆って
新しい気管を作った、というもの。

ヨーロッパの研究機関では初のテーラー・メイドの臓器移植。
今のところ拒絶反応も起きておらず、
研究者は同様のやり方で腸や膀胱の移植も可能になる日がくるのでは、と。

喉頭がんの患者に実験室で作ったvoice box を移植する技術は
5年のうちには臨床実験に持ち込みたい、とも。

またチームの英国人研究者の1人は
今回のような移植は20年後には、ごくありふれた手術になっているだろう、
この技術によって外科手術がこれまでとは全く違うものになるだろう、と。

しかし、一方で研究者らは
英国にもこの手術の適応となる患者はいるものの
高価な手術なので広く誰にでもできるというものではないことも認めていて、
もっとコスト・パフォーマンスの良い喉頭の自前細胞による移植手術の研究に
EU内での資金とスポンサーを探している。



前に京都大学の山中教授の対談で
万能細胞から作れるのはまだ2次元の組織のみで、
3次元の細胞はまだまだ遠い先の話だというのを読んだことを思い出して、

今回はグラフトの表面を覆ったという話だとか
応用できる臓器として腸とか膀胱が挙げられていることに
なるほど……と。


それにしても、NHSはもう長いこと破綻の危機に直面しており、
思い切った予算増額が功を奏して一時よりはマシになってきたとはいえ、
医療制度そのものの救命努力が英国政府によって必死に続けられているところ。

20年後に本当に2次元の組織については
自前の臓器移植が「ありふれた手術」になっていたとしたら、
そんな事態は間違いなくNHSを破綻に追い込むんじゃないのか……と思うし、

「将来はこんな先進医療が可能になる!」といった研究者の先走り予告を見聞きするたびに
私はこのミステリーが解けないで悩むのですが、

そんなことになったら一番困るのは
今でも医療費の増大にあえいでいる各国の政府ではないのか……と。
2008.11.20 / Top↑
去年、Risperdalでの治療を受けた子どもは38万9000人で
そのうち24万人は12歳以下だった。
また多くのケースでADHDの治療として処方された。

しかし、Risperdalの処方はADHDには認可されておらず
それは体重増加、代謝異常、筋チックなどの副作用リスクが大きすぎるため。

もとはといえば、この専門家委員会、
Risperdal とZyprexaの小児科での安全性について
ルーティーン・チェックをするということで開催されたもの。
FDAは席上、
自分たちがルーティーンでモニターしているし
リスクについてもこれまでそれなりに警告もしてきたのだから、
委員会はFDAのやってきたことをそのまま認めてくれればいいと提案した。

ところが委員らは
資料の内容からすれば、ラベルの警告を改善すべきだろう、
それにRisperdal以外の薬 Zyprexa, Seroquel, Abilify やGeodonも気になるぞ、と。

資料の内容とは、例えば
去年、成人へのRisperdalの処方が5%減ったのに対して
17歳以下の子どもへの処方は1割も増加。
小児の処方の大半は精神科医によるもの。

93年から2008年3月までの間に
重大な副作用を起こした子どもが1207人いて、
そのうち31人が死亡。

1人は9歳のADHD児で、
Risperdal療法を始めて12日後に脳卒中を起こして死亡した。
Risperdalの認可外の処方によって死亡した子どもは少なくとも11人。



この記事、読んでいるとムチャクチャ嫌な気分になるのですが、

FDAとこの専門家委員会の関係というのはきっと
日本のお役所と専門家の審議会の関係なんですね。

それで、昨日ルーティーン・チェックとして予定されていた会議で
FDAが自分たちのやってきたモニタリングを認めてくれればいいといったのは
いわば日本のお役所の審議会で
役人が自分たちで作ってきたペーパーをそのまま了解しろと暗黙に求める慣行と
まったく同じことをFDAが委員会に求めたわけですね。

それって、これまで、それで通ってきたから、ということのはずですが、

記事にもまたBiederman医師の名前とスキャンダルの概要が繰り返されているように
最近やたらと精神科医と製薬会社の癒着が問題になっていて、
特に子どもへの安易な処方が槍玉に上がっているから
委員会としてもこの辺で何か言っておかないと立場上まずくなってきた、
それで、いや、ちょっと待て、と俄かに難癖をつけて
「実は何年も前から懸念していたのだ」みたいなことを言い出した。

FDAも今さら何を言うかと思うから、
「そうはいうけど、Risperdalの長期的安全性の研究なんて誰もやっていないじゃないか」と
言い返す。

さらにFDAは
「この問題の解決はFDAにはできない、
薬の副作用については、医学会がもっと医師をちゃんと教育してくれないと」。

もう、なりふり構わぬ責任のなすりあい――。



31人も死んでいるのに。
死なないまでも危険な薬を飲まされた子どもたちがこんなに沢山いるというのに。
“なんでもかんでも薬でお手軽解決”文化の種を蒔いてきた責任だって
双方にないわけじゃないだろうに。


2008.11.19 / Top↑
オーストラリアで行われた10代の若者対象の調査で

全国の10代の少年の3人に1人が
「女性への暴行はたいしたことではない」と考えており、
ほぼ同数が
「ほとんどの暴行は、相手がそういう気になるようなことをするから起こる」と考えている。

こうした男子の姿勢には
親、同世代の仲間、メディアやポルノからの悪影響があると思われ、
青少年に関る分野で働いている専門家なども
男子の考え方には調査結果と同じ傾向を実感しているという。

女の子では、多く(具体的な割合とか数字はありません)に
レイプされたり、されそうになった経験があり、
高校1年生女子の3分の1が望まないセックスの経験があると答えた。

また首都の10代の若者の5人に1人は
家庭で母親(義母を含む)への暴行を目撃した経験を持っている。

【お断り】
原文では violence なので最初は「暴力」と訳していたのですが、
記事全体からは、意味するところの中心はレイプやそれに近い行動のように思われ、
その後「暴行」という訳に変えました。

ただ、そうなると5人に1人が家庭で母親へのviolenceを目撃しているという話は……?
こちらには殴る、蹴る、などの暴行も含まれていると思いたいのですが……。



読んで、なんだか胸騒ぎのようなものを覚えた。

世の中の空気が若者の気分に着実に反映されているようで。
2008.11.19 / Top↑
Brown首相は臓器提供について
現在の提供に同意する人が予め登録しておく“登録制”から
特に「提供しない」との意思を表明していない限り同意とみなす“みなし同意”制へと
法律を改正して移植用臓器を増やしたい考えなのだけれど、

専門家委員会は
実効性が薄いばかりか医師への不信を招き逆効果だとして
“みなし同意”への移行を却下。

ここまでは、先行ニュースもあったのですが、
以下の17日付BBCの記事は、
それでもBrown首相はまだ“みなし同意”制度に未練を残しているというニュースで、

首相は、
とりあえずは450万ポンドを費やして啓蒙キャンペーンを張ってみるが、
保健相が設定した目標値である
2010年までに登録者2000万人
2013年までに登録者2500万人
を到達できない場合には、
“みなし同意”への移行を再検討するぞ、と。

医療界は意見が2つに分かれており、
英国医師会は“みなし同意”支持。
「国民の大半が臓器提供の意思がありながら登録者が25%に留まっているだけ
というのは周知の事実だから」

英国医師会の倫理委員会会長も今回の専門家委員会の結論に失望した、と。

その一方、救急医療界からは
医師と患者の間の信頼関係が損なわれるから
ラディカルな法改正はやらないで欲しい、との声も。

興味深いのは英国腎臓財団が
問題はむしろNHSのキャパが不足して臓器が無駄にされていることの方であって
それは“みなし同意”で解決できる問題ではない、と言っていたり、

英国臓器移植学会の前会長が
“みなし同意”は単細胞的な発想で「時間の無駄」とばっさり切っていること。

Presumed consent ‘not ruled out’
The BBC, November 17, 2008


専門家委員会が重視している点として
ドナーの家族からの聴き取りでも、レシピアントの家族からの聴き取りでも、
贈り物という概念が大切なのだということがわかった、
“みなし同意”制度はその概念を阻害する、という見解があるのですが、

Brown首相にすれば、
「家族の感情などという瑣末なことに関っていられるか、
それよりも国際競争に負けたらどうするんだ?」
というところなのかもしれません。

しかし“みなし同意”とは
「死んだら臓器は何でも好きなように使ってもらう」のがスタンダードになるということであり

実際に



「脳死を待たず植物状態から摘出もアリにしよう」という声(これは、多分あちこちで)、

社会に迷惑をかけるようになったら死ぬ義務」などと
「それよりも社会の利益になるよう臓器提供のために死んでね」と重なりかねない声(これは英国)が
起きていることをよくよく考えて欲しい。

あ、こちらも米国の話ではありますが、
実は臓器不足は政治的に誇張されているだけという調査もあったりして。
2008.11.18 / Top↑
ブラウン首相と保健相は
英国の医学研究の国際競争力強化を狙って
研究者らにNHSの患者データへのアクセスを認めて
研究者から患者に直接治験へのお誘いをかけられるようにしようと考えており、

NHS憲章草案と同時に発表されたガイドラインの中に
そうした項目が盛り込まれている。

NHS憲章草案は保健省のホームページで公開中で
コンサルテーション(日本でいうパブリック・コメント募集)の最中。
しかし、細かい字でびっしり書かれた文書の中では
この項目は、ほとんどこっそり忍び込まされているといった趣き。

それを「倫理的に認められない」と看破、指摘の声を上げたのは
子ども病院が子どもの組織標本を違法に保管していたスキャンダルを機に
去年新たに作られた、医療と福祉における情報管理の監視団体の長Harry Cayton氏。

「研究の公益が大きいのだから
情報提供への同意も守秘義務も問題にならないと言いたいのだろうが
そんなことは通らない。
 明確な法的根拠があるのかどうかも疑問」
として、Cayton氏は保健相宛に問題を指摘する書簡を送った。

保健省では指摘にはとりあえず感謝、近く回答を発表するとのこと。



この記事によると英国政府は2006年にも
NHSの患者データの全てを
Spineと呼ばれる全国オンライン・データベースで管理する計画を発表、
Guardianの批判を受けて
患者にオプト・アウト(拒否することは可能)の選択肢を設ける修正がされたとのこと。

当ブログでも同じ匂いのする動きとして
中学の成績が一生データベースにというニュースを紹介していますが、

エントリーに書いていないけれど記憶にあるニュースとしては
全国民のインターネット利用記録と携帯の通話記録を
テロ予防のため一定期間政府が保管するという話もありました。

こういうことを次々に考え付く国で
医学研究で勝ちを収めることが国益だからと
国民個々のプライバシー権がこう簡単に無視されるとなると
こうしたニュースに良く使われる表現ですが、
やはり“ビッグ・ブラザー的な”国家になりつつあるのかなぁ……と。

もっとも、ちゃんと監視団体が出来ていて、
早速それに正面から噛み付いてしまう辺りが
英国の面白さなのかもしれませんが。
2008.11.18 / Top↑
Scoop というニュージーランドのニュースサイトに
「製薬業界のハスラー Part 1 :SSRI 抗ウツ剤を強引に売り込む人たち」
というタイトルの長文記事があります。

Pazilの副作用被害を巡って訴訟を起こしている法律事務所がまとめた報告書の一部のようです。

長い間、製薬会社ばかりが注目されてきたが、
ここへきて向精神薬大流行を作った元凶にスポットライトが当たって
やっと巨大「精神―製薬・複合」の解体が見えてきた、として、

抗ウツ剤のマーケティングを巡って最近明らかになってきた
一部研究者と製薬会社の癒着スキャンダルを概観しています。


Pharmaceutical Industry Hustlers – Part 1
SSRI Antidepressants Pushers
By Evelyn Pringle
Scoop, November 6, 2008


Prozac, Paxil, Zoloft, Celexa, Lexapr などSSRIと呼ばれる抗ウツ剤は
過去20年間に米国で他のどの種類の薬物よりも多く処方されている薬物で、
「脳内化学物質のバランスが乱れているから」という説での処方が通り相場となっている。

この説について、最近“Medication Madness”という本を書いたDr. Peter Bregginは
「鬱病の原因が生化学バランスの乱れだという科学的エビデンスはなく、
そんなものは販促スローガンに過ぎない。
メディアと一部精神科医がしつこく繰り返すからみんなが本当だと思い込んでいるが、
本当は薬など飲みたくない患者に向かって、
医者が何の根拠もなく飲む必要があると言っては飲ませているだけ。
もし、あなたの脳に生化学的なバランスの乱れがあるとしたら、
それこそ、あなたの担当医の処方薬によるものであろう」と。

Glaxoスキャンダル

現在、注目を集めているのはPaxil の製造元のGlaxoSmithKlineという会社で

FDAは1992年12月にPaxilを認可したが
実はGlaxoの治験で、Paxilを飲んでいる患者には
擬似薬を飲んでいる患者よりも8倍の自殺行為が見られ、
1989年の段階でGlaxoはPaxilの副作用で自殺念慮が起こることを知っていた。

知っていながら、同社がデータを操作して
虚偽の報告書をFDAに提出し認可を受けたために
本来なら添付されるはずの警告なしに販売されて
副作用により自殺者が相次いだ。

13才の子どもを含む自殺者の遺族らから訴訟が起きている。

これら訴訟の存在が明らかになったのを機に、
現在、米国法務省と上院議会財務委員会が調査中である。

上院の調査は前に当ブログでも紹介したGrassley議員によるもので
同議員は「要するにGlaxoはFDAをたぶらかしたのだ。
製薬会社がありのままを語らず、情報を隠して
FDAと国民をミスリードするような国には住んでいられない。
彼らは体内に取り込む薬を売っているのだ。スニーカーとは違うんだぞ」と。


著名精神科医の金銭授受スキャンダル

Harvardの小児精神科医Biederman,Thoman Spencer, Timothy Wilensのほか、
Stanford大学のAlan Schatzberg,
Brown 大学の Martin Keller,
Cincinnati 大学のMelissa DelBello、
Texas大学のKaren Wagner, John Rushなど
製薬会社からの巨額な金銭授受を巡って
「利害の衝突」に関するディスクロージャーを行っていなかった研究者らの名前が
Grassley議員の調査によって次々に明らかになっているところ。

今後明らかにされるべき名前を含め、
ディスクロージャーの不備を指摘される研究者は総勢30人に上るとのこと。


Serzone スキャンダル

ジャーナリスト Alison Bassの新刊
“Side Effects: A Prosecutor, a Whistleblower, and a Best-selling Antidepressant on Trial”によると、

Brown大学のDr. Kellerは1998年のシンポジウムで
巨額のコンサルタント料をもらっているBristol-Myers社の抗ウツ剤 Serzonの効果を謳い、
さらにその後the New England Journal of Medicine誌に
Serzoneの利点をあげつらった論文を書いた。
Serzoneは肝機能障害を起こすとして2004年に販売停止となったが
既に何人かの患者が死亡した後のことだった。

Bassが著書の中で指摘しているのは
製薬会社から個々の研究者に流れている金額の大きさばかりに目を奪われずに
製薬会社が資金を引き上げたら研究機関そのものが成り立たなくなっている実態と、
そうした事態に至ってしまった背景にも目を向ける必要。

大学もまた、研究資金を調達してくれる研究者に目をつぶってきたという事実がある。


Paxil 研究329のスキャンダル

「史上、最も悪名高き小児科臨床実験」であるPaxil研究329。

「精神―製薬・複合」を批判しているWales大学のDr. Healyは
「この研究は科学がマーケッティングに堕した時点を示す指標である」と。

Dr.Healyによると
Glaxoの研究329などでPaxilが小児には効かないとの結果が
1998年には出ていたにもかかわらず
Glaxoはその研究結果を公表することは「商業上受け入れられない」と判断。
効果があるとする研究結果が2001年にDr. Kellerら20人が名前を連ねる論文に発表された。
実際にはゴーストライターによって書かれた論文だったが
未だにその論文の著者の誰一人として過ちを認めていない。

論文が発表される以前から
著者らは米国内に留まらずカナダでまで講演しては
適用外でPaxilを子どもに使うよう説いて歩いていた。
Dr.Healyによれば「あの論文を境に子どもへの抗ウツ剤の処方が急増した」。


CMAPスキャンダル

今年8月、テキサス州は同州の精神保健医療計画で
子ども向けにこれら向精神薬の名前を上げているものを停止した。
製薬会社からコンサルタントらへの不透明な金銭授受を懸念したため。

CMAP(the Children’s Medication Algorithm Project)とは
州が運営する精神保健医療センターにおいて、
子どもに最も効果のある向精神薬がどれで
どの順番で投薬されるべきかという優先順序を決めるプロジェクトだが
このプロジェクトを立ち上げた研究者の中にDr.Wagner と  Dr. Emslieがいる。

Dr.Kellerが子どもへのPaxil処方増加の立役者だったとすれば
Prozacの治験で主要な役割を果たしたのはDr. Emslieで、
Zoloft研究の女王蜂がDr.Wagner。
子どもにSSRIを使うことを奨励する論文を書いた研究者といえば
Biederman, Schatzberg, Wilens そして言わずと知れた Charles Nemeroff。
いずれも製薬会社からの多額の報酬を申告していなかったスキャンダルが
明らかになっている。


抗ウツ剤漬け・巨額資金が動く米国精神科医療

Grassley上院議員の調査によれば、
米国精神医学会の活動資金の30%が製薬会社から出ている。

製薬会社に医師への支払いを明らかにする規定を設けているVermont州の情報では
2007年に製薬会社から支払いを受けた金額による上位100名のうち
最も高額な支払を受けていたのは精神科医らで、
11人の精神科医に支払われた金額だけで全体の20%にも上った。

さらにディスクロージャーの対象となった薬のトップ10のうち
5つまでが向精神薬だった。

米国での抗ウツ剤の処方量は全世界での処方の66%、
ヨーロッパが23%、その他が11%。

CDCが2007年に行った調査でも
2005年に通院時に最も処方されていた薬が抗ウツ剤で
その48%はプライマリー・ケアの医師によるものだった。
去年の処方は2億3000万通以上。総額で120億ドル。

Grassley議員の報告では
製薬会社が医師らへのマーケティングに使う金額は年間19億ドル。

現場の医師にはキックバックや無料サンプル、
時には食事の招待、顎足つきの旅行やコンサル名目での金銭の授受などが慣行となっており、

この記事が最後に指摘しているのは
こうした巨額のカウンセリング料や実際に処方する医師へのキックバックが
回りまわってメディケア・メディケイドその他公的医療制度の費用を押し上げ、
民間医療保険の掛け金を押し上げ、アメリカ人みんなの医療費を押し上げているのだということ。

各州でメディケイドの破綻が懸念されている中、
全米で州検事局が巨大製薬会社を相手取った消費者詐欺訴訟を起こしつつある。

SSRIの副作用で障害をもって生まれた子どもたちからの
訴訟も起こされたばかり。

しかし、その一方で、
製薬会社が牛耳るFDAとブッシュ政権が
preemptionによる訴訟つぶしを進めてきていることが懸念される。


2008.11.17 / Top↑
フレッシュな(凍結されていない通常の)胚から生まれた子どもの方が
凍結胚から生まれた子どもに比べて
未熟児になる確率が35%高くて、
低体重になる可能性が64%も高い……
というのがフィンランドの研究結果。

フレッシュな胚から生まれる子どもの方が
凍結胚から生まれる子どもに比べて
低体重になる確率が51%高くて
周産期に死亡する確率が15%も高い……
というのは米国Pennsylvania大学の研究結果で、

同じく未熟児になったのはフレッシュな胚から生まれた内の12,3%だったのに対して
凍結胚から生まれた子どもでは9,4%、
フレッシュな胚から生まれた子どもの周産期の死亡が全体の1,9%だったのに比べて
凍結胚から生まれた子どもでは1,2%だった……
というのがオーストラリアはメルボルンのRoyal Women’s Hospital。

以上3つの調査結果がアメリカの生殖補助医療のカンファレンスで報告されたとのこと。

記事に挙げられている英国の研究者の反応として、
「コトはそう単純ではない。
まずもって妊娠の成功率が凍結胚では低いのだから
子どもの健康を考える上では成功率の低さもカウントするべきだろう。
もっとも、通説が覆されたのだから
更なる研究が必要となる」

しかし、上記の報告をしたオーストラリアの研究者にいたっては
「こうした結果からすれば、将来的には女性も凍結胚の方を好むようになるだろう」


……んな、アホな。


Frozen embryo’s health benefit
The BBC, November 11, 2008


凍結胚からバンバン子どもを産んでもらって
よほどやってみたい研究でもあるんでしょうか。

あ、上の行を書いて気がついた──。

バンバン産んでもらって初めて
周産期以後の実際の発育状態、健康状態の比較調査が可能になるんだ……。
2008.11.16 / Top↑
前回のエントリーで紹介したケース、

13歳の少女が延命効果が見込めない心臓移植を拒否し
残された時間を家で家族と共に過ごしたいとの望みが受け入れられたケースについて
日本を含めて、あちこちで報道されているようですが、
ちょっと気になるのは
Hannahの心臓移植の延命効果についてどういう書き方をするかによって
記事が読者にもたらす問題意識はずいぶん違うのだろうな、ということ。

そして、もしかしたら、その点を曖昧にすることによって
この議論もまた変質させられて
本質とはまったく別の方向に誘導されかねないのでは、という懸念も覚えるので。


例えば、以下のGuardianの記事は
長い副題に見られるように「救命の可能性のある心臓移植を拒んだ」という表現を使っています。

Hannah’s choice
Hannah Jones has refused the heart transplant that could save her life. But is a 13-year-old too young to make that decision? Or is she the only person who can?
By Patrick Barkham
The Guardian, November 12


そういう表現はちょっと正確とはいえないんじゃないかなぁ……と引っかかったので
読んでみると、

この記事がHannahのケースから提起する問題意識とは

・子どもは何歳から自分の医療についての自己決定権を認められるべきか?
(つまり13歳では早すぎるのではないか?)

・その子どもに自己決定能力がないと判断された場合に
医療サイドはどのように子どもの最善の利益を見定めたらよいのか?

・子どもが積極的に死ぬための手伝いを求めたら、
つまり「死ぬ権利」を主張した場合には?

しかし、これらは全て
医療サイドが提案した心臓移植に延命効果があるという前提に立った議論であり
Hannahのケースをこのように一般化して展開していくのは
間違っているのではないでしょうか。

子どもの医療における自己決定の年齢の問題にしても
子どもの最善の利益の考え方にしても
(ここでは親の決定権は無視されていますが)
子どもの「死ぬ権利」についても

もともと医師らがHannahに提案した心臓移植のリスクが大きく、
延命効果もさして期待できないという、このケースの事実関係に立ち返れば、
Barkham氏の問題提起そのものが的外れであり、
最後には子どもの積極的な安楽死「死ぬ権利」まで持ち出すなど
飛躍もいいかげんにしてほしい。

Barkhamが何を狙ってこんな記事を書いたのか分かりませんが、
彼の問題意識が的外れである証拠に
専門家の意見として彼が取材した相手はみんな口をそろえて
今回のケースでは誰が聞いてもHannahの選択を妥当と考えるだろう、と答えています。


Ashley事件がそもそもそうなのですが
特定の事件が世の中の論議を呼ぶたびに
そのケース固有の事実関係を置き去りにした議論が行われて
事件の本質が見誤られてしまうこと、

また、そのために誰かの意図する方向に
世論が容易に誘導されてしまうことが懸念されてなりません。

      ――――――

ちなみに、Ashleyのケースの担当倫理カウンセラーだったDiekema医師は
シアトル子ども病院生命倫理カンファレンスの講演において
医療の自己決定におけるmature minor (成熟した未成年)という概念を紹介しています。
その際に、たしか12歳とか13歳を一定の基準として提示していたようです。

(講演は当時Ashley事件を念頭に聞いたもので、
 この部分は記事にしていないか、または書いているのだけど探し当てることが出来ないので
 記憶が間違っている可能性もなくはありませんが)

米国では去年、
抗がん剤治療を拒んだ15歳の少年の自己決定を
裁判所が認めたAbraham Cherrixのケースがありました。

また、13歳の少女の中絶の意思決定を巡って
英国と米国それぞれで話題になりました。


その他、子どもの医療での自己決定の問題では
病気の兄弟に対する臓器提供を行う“救済者兄弟”の問題、また輸血拒否などが
年齢や意思決定能力の考え方で議論になっています。

特に親の意図によって兄弟への移植を目的に作られ生まれてくる子ども”救済者兄弟”については
子どもの自己決定権は非常に危うい問題をはらんでいるように思われます。
(詳細は「子の権利・親の権利」の書庫に)
2008.11.15 / Top↑
Hannah Jonesさん。 13歳。

5歳の時に白血病にかかり、
その化学療法によって心臓に穴が開いたため
成長と共に心拍が身体に追いつかなくなって
遂にターミナルな状態になった。

そこで医師らは心臓移植を提案。

だたし、手術に命の危険が伴うのはもちろん、
仮に成功したとしても術後の拒絶反応を抑制するために薬を飲み続ける必要があり、
今度はその薬が白血病の再発を招くので所詮は一時的な延命にしかならない。

Hannahは手術をして病院で死を待つよりも
残された時間を家族と過ごしたいと望み、
両親も娘の希望を受け入れて家につれて帰った。

すると病院は
親が子どもの治療のジャマをしているとして児童保護機関へ通報。
裁判所が心臓移植を命じた。

しかし両親が地域のプライマリー・ケア・トラストに苦情を申し立て、
児童保護機関の担当者がHannah本人に面接。
裁判所の命令は適用されないことになった。

プライマリー・ケア・トラストの担当者は
Hannahのことを「勇敢で勇気ある少女」だと。



ターミナルな患者や重症障害者に治療どころか栄養供給も差し止める時には
「無益な治療は医療費の無駄、社会への重荷」だと主張する医師が増えているようですが、
こちらの医師は心臓移植にかかる莫大な費用は気にならなかったわけですね。

延命効果は見込めなくても、
そうまでしても、よほどやってみたい症例だったのでしょうか。

あっぱれ、13歳に拍手を。
Hannahさんの家族との時間が幸せなものでありますように。


         ――――――

常に「無駄」と「コスト」があげつらわれる種類の医療と
そういうことが一切言われない種類の医療とがあって、

それは決して前者の方がコストが大きいというわけではなくて
案外に実は医師・研究者が意欲をもてる種類の医療かどうか、とか
そこに商売としてのウマミがあるかどうか、が分かれ目になっていたりもするのだけれど、

特定の種類の医療だけが「無駄」だの「コストがかかる」だのとあげつらわれているうちに
ただ我々は言われないことは見聞きしないというだけの理由から
本当に医療費を押し上げているのは何かについて実証的な検証など行われないまま
そうした医療だけが医療費を押し上げる元凶であるかのように
いつのまにか思いこまされている……なんてことは?
2008.11.14 / Top↑
こんな言葉があることすら知らなかったのだけど、
初めて聞いた瞬間に、いかにも合点されるネーミングだった。

デジタル・ネイティブ──。

英語を母国語として育った人を英語の「ネイティブ・スピーカー」というように
物心ついた時からネットがあるのが当たり前の世界で
インターネットを使いこなして成長した若者たちのことを
「デジタル・ネイティブ」と呼ぶんだそうな。


今朝、検索してみたら、名付け親はこの人で、2006年からあった言葉らしい。↓



番組で一番印象に残ったのが
15歳のベンチャー企業のCEOだという少年。

化学元素の特性をネットで調べて学習し、
SNSを使って世界中のデザイナーや編集者に仕事を発注して
科学の学習ゲームを作成、会社を立ち上げて好調に売り上げているという
実に怖いもの知らずの15歳。

(上記NHKサイトの予告動画に、この少年が登場しています)

その他にも
エイズ撲滅運動のボランティア活動をネットワーキングして
ついにはエイズ撲滅世界会議にまで招かれたウガンダの青年など
(ネットワーキングそのものが自己目的化して、
どこがエイズ撲滅活動なのかよく分からなかったけど)

こうしたデジタル・ネイティブたちが、やがて世界を支配するのだとか。

デジタル・ネイティブは人種・年齢・肩書き・性別・宗教など
これまでのオトナたちが差別の理由にしてきた属性にこだわらずに
誰とでもフラットに繋がれるんだと、
番組は彼らの民主性を強調していたけど、

私は逆に、
彼らデジタル・ネイティブ、というかデジタル・エリートたちは
人種や年齢や肩書きでは人を差別しないかもしれないけど、
彼らの、いわば「デジタル・リテラシー」による差別は
人種や肩書きや性別による差別よりもはるかにタチが悪いかもしれない……という気がして。

人種や年齢や肩書きや性別や宗教による差別は
少なくとも相手の存在を意識しているけれど、
コンピューターやネットを使いこなす能力・デジタル・リテラシーが低くて
自分たちデジタル・エリートの世界に繋がってくることのない人間は
彼らには最初からまるで見えていなんじゃないだろうか。

例えて言えば、
彼らは町で車椅子の人を見かけて
面と向かって「ジャマだ」と指差すような差別はしないかもしれないけれど、

特に悪意からではなく、ただ何も考えずに
車椅子マークの駐車場を平気で占拠してしまう健常者や、
最初から駐車場に車椅子用のスペースを設ける必要なんて
全く頭にも浮かばない公共施設・商業施設の関係者のような、

無関心で相手の存在そのものが意識にないから
疎外していることにも踏みつけていることにも気がつかない……という差別を、

デジタル・エリートの世界に属することのできない人間は
全く悪意のカケラもなく天真爛漫な世界の支配者たる彼らから
受けることになるのでは──?


もう1つ、番組でデジタル・ネイティブの姿を見ながら考えたのは、
今おおいに気炎を上げているトランスヒューマニストらの
自分たちほど科学やテクノを理解できない人間に対する優越意識や特権階級意識は
案外、デジタル・ネイティブの先駆みたいなものかもしれないなぁ……ということで、

THニストたちは、彼らに比べれば
まだしもアナログ時代の倫理意識を多少は引きずっているんだよなぁ……ということ。

例えばJames Hughesが
いかにTHニズムが民主的でありうるのかを理論構築してみたり
THニストの親玉Nick Bostrumが
THニズムの視点から今後の未来に潜在する人類滅亡の危機を考察してみたり……
などという七面倒くさいことを、
デジタル・ネイティブたちはきっと一切やらないし
それも意識して「やらないことを選択する」というのではすらなく、
ハナから意識にも上らないからやらないだけ、なんじゃないかなぁ……という気がする。

きっと彼らは自分が面白いと思ったことがネットを使って実現できるのなら
ただスピード感を持って、それを次々に実現していくだけで、
立ち止まって倫理的・哲学的・社会的にその行為を考えてみるとか
周囲に向かってわざわざ正当化してみせるなどという
かったるいことをするつもりもなく、
彼らの世界にはそんな必要もないんじゃないのか、と。

やがてデジタル・ネイティブたちが世の中を支配すれば、
MicrosoftもGoogleも終焉を迎えるのかもしれないし、
その時には、このブログが危機感をもって眺めている
慈善資本主義もトランスヒューマニズムも、
「あの頃はまだ良かった」という話になるのかも???

まぁ、所詮はアナログ人間のタワゴトかもしれませんがね。
2008.11.11 / Top↑
Virginia州Wise郡のカウンティ・フェア用地に年に1度、
800人以上の医療ボランティアが終結し、
テントとトレーラーで、まるで野戦病院のような無料診療所を
3日間だけ開設。

早朝から集まった無保険者は2500人以上。
歯の治療が必要な人から脳腫瘍や癌の患者まで
その多くは、この時しか医療を受けることが出来ない人たち。
そして、決して失業者ではなく、
「ちゃんと仕事をして生きてきたのに、食べるのにも不自由していて
とても医療費まで手が回らないよ」という人たち。

彼らは本当は3日間もこんなところに来ていられる身分じゃないと言いながら
診てもらえる順番を待って3日間、車の中で寝泊りする。

それでも限られた資源と時間の中で
集まった人全員の診察はかなわず、

記事にあるビデオには
3日間待った挙句に「この辺りの人は診てあげられないことになるだろう」と
告げられる患者たちの姿があります。
それを告げなければならない関係者も辛そうです。

ボランティアの医師の1人は
「1本の歯を抜いてもらうだけのために車で3日間も寝なければならないなんて
そんな現実は医学部のテキストのどこにも書いてないですよ。
こんなに繁栄している米国で
すぐそばにこんな目に合っている人たちがいるというのに
なぜ、その対策がとれないのか」と。

Hidden Hurt
Desperate for medical care, the uninsured flock by the hundreds to a remote corner of Virginia for the chance to see a doctor
The WP, November 9, 2008


私が仕事の関係でネットで英語ニュースを毎日チェックするようになったのは
2年半ほど前のことなのですが、
それまで何も知らなかったものだから
当初は世界のあちこちの医療・福祉関連ニュースに
いちいち「ウソだろ~」と目を剥きながら
どこか対岸の火事的に面白がっていました。

「面白がってなんかいられない」と姿勢を正してくれたのがAshley事件との出会いで、
それが、このブログを始めるきっかけにもなったのですが、

その頃を境に同じような「ウソだろ~」ニュースが
日本でも次々に耳に入るようになりました。

病院が患者を「捨てに行く」事件もあったし、産科・ERの崩壊のニュース、
そして、ついに無保険者の増加も――。

(ERの待合室でのた打ち回っていたのに放置されて患者が死亡……とか
 看護師不足で食事介助の必要な高齢入院患者が栄養失調……とか
 どうせ障害者だと治療せず臓器摘出を優先……とか
 どうせ重度障害は治らないから治療は無益だと餓死させる……とかは
 日本ではまだでしたっけ?)

けれど、無保険者がこのまま増え続けたとしても、
日本には何日もボランティアで無料診療所に協力できるほど
余裕のある働き方をしている医師などいないんでは……?

あ、富裕層相手に自由診療でがっぽり儲けているお医者さんなら余裕もあるのかもしれない。
でも、きっと、そういう人はボランティアなんて興味ないだろうし……。
2008.11.11 / Top↑
オーストラリア&ニュージーランド青少年精神医療カンファレンスにおいて
“革新的な”プログラムが報告されたというニュース。

パイロット・スタディとして臨床試験中のプログラムMobiletype. 
またの名を Mobile Tracking of Young People’s Experiences.
(携帯による若者の体験追跡)

カラクリそのものはSMS (ショート・メッセージ・サービス)を使った単純なもので、
Mobiletypeプログラムを患者が携帯にダウンロードすると
1日に4回、プログラムが自動的に起動して
利用者はその都度、気分や食事、活動、アルコールやドラッグに関する30の質問に答える。
すると、その回答が主治医に送られる。

対象年齢は14歳から25歳。

診察と診察の合間の患者の行動が把握できれば
医師が病状をより正しく診断して、
患者のニーズにもより的確に応えることができる、と。

現在のところ患者・医師双方の満足度は高いと調査結果が出ているとのこと。

Messages for mental health
The Canberra Times, November 9, 2008


満足度については、まぁ、いろいろ解釈もありうるのではないでしょうか。

私自身は1日に4回もこんなことを要求されたら正直うっとうしいし、
それだけで強迫的なものが気持ちの中に生じて
おおらかな生活なんてできなくなりそうな気がする。


多くの人たちが長い時間をかけて「全人的な医療を」と努力してくださったおかげで、
ずいぶん変わってきつつあるとは思うし、

医療職サイドとしては
「治療効果を高めるために」と一生懸命の善意からなのだろうから、
その気持ちと熱意はまことにありがたいのだけれど、

急性期なら、また話は別かもしれないけれど、
慢性病や障害のある患者は病気や障害を治すために生活しているのではなく
より快適に生活するために病気を治したいのだということを
もうちょっと分かってもらえないものだろうか。

こういう医療の独善というか近視眼的な視野の狭さというか、が
テクノロジーと直線的に結びついてしまうと、
かなり怖いことが簡単に起こってしまいそうな時代のような気がするだけに。
2008.11.10 / Top↑
ドイツ人のBernhard Moeller医師が2年前にオーストラリアに来たのは
無医村状態だったビクトリア州の田舎町Horshamの窮状を救うため。

妻と2人の子どもを連れて移り住み、
以来、人口54000人の小さな町で、
ただ1人の内科専門医として診療に当たってきた。

就労ビザが2010年で切れるために
このまま永住したいと申請したところオーストラリア当局は拒否。

その理由とは
ダウン症の息子Lukas君(13歳)が健康要件を満たしておらず
「オーストラリア社会にとって重大かつ継続的なコスト」となりそうだから。

「これは差別ではない。
障害そのものが、健康要件を満たしていないとの判断理由ではない。
コミュニティにコストがかかる可能性の問題だ」とも。

当然のことながら、多方面から非難ごうごうで
ビクトリア州の首相もこの判断を批判しており、
オーストラリア政府の保健相も移民相と話をするといっていますが、
こちらはちょっと発言が微妙で
「我が国の田舎で働いてくれる医師らの大切さは保健省としても理解しており
彼らには様々なサポートをしている。
ただ、このケースに関して移民大臣と協議はするが
 まず裁判所の手続きが必要だということもあるし……」。

かつてSydney大学の法学部長で国連の障害者条約監督委員会のメンバーである
McCallum教授も移民相に決定を撤回するよう求めています。

オーストラリアは7月に国連障害者権利条約を批准しており、
McCallum教授は
「酷い話だと思う。大臣が修正してくれればいいが。
家族の障害のために移住を拒否するなんて言語道断。
我々が署名した国際条約の精神に反する行為だ。
障害者にもコミュニティの他の人たちと同じ権利を与えるために
我々はこの条約に署名したのに」



Rights leader urges Moeller case rethink
The Australian, November 5, 2008


ただ、記事を読んでいると、ものすごく気になるのですが、
この人が医師であることが却って話を妙な方向に捻じ曲げてしまいそうな……。

保健相の発言自体、
田舎の医師不足への対応を配慮したものであって、
家族の障害を理由にした永住権拒否の問題として事件を捉えていないのですが、

Moeller医師自身が今回の移民局の決定に反論して言っていることも
「自分はこれまでオーストラリアのために貢献してきたのに評価されていない」
「自分には息子のダウン症にかかる費用の一切を賄う資力があるし
 将来的にも政府からの年金に頼らせようとは考えていない」
「息子はこちらの地域に貢献することもできる」

拒否された側の気持ちとしてはそうだろうなと思うし、
言っていることも、このケースに限って言えば正論なのだろうとも思う。

しかし、この人の反論は、
「医師である自分の場合には永住させても社会の利益の方が上回るはずだ」
という主張でしかないので、
「それほどの社会貢献も出来ず子どものコストも担えない親なら
 子どもの障害を理由に移住を拒むこともやむをえないが」
という前提におのずと立つこととなり、結局は
移民局の判断基準そのものは肯定することになってしまう。

あちこちから起きている批判の声も
概ね「今までの医師の働きに対して恩知らずだ」といったトーンが中心的で
例えばダウン症アドボケイト団体の関係者が
「じゃぁ、医師不足が地域にもたらすコストはどうなんだ?」と怒っていたり
ダウン症の人にも社会に貢献できる能力がいろいろあるのだということを強調したり……。

医師の反論と同じで、こうした反論にも
障害児親子の移住について「利益 vs コスト」計算に基づいて判断するという
オーストラリア移民局の価値判断そのものを肯定して、
「子どもの障害のコストを上回るだけの社会貢献が可能な親」
「一定の社会貢献が見込まれる障害像の子ども」
という基準を肯定・定着させてしまう危うさが潜んでいないだろうか。

上記の記事を読む限り、
国連の障害者権利条約の監督委員会のMcCallum教授だけは
親の職業や社会貢献度や子どもの障害像とは無関係に
家族の障害を理由に永住権を拒否することのみをストレートに非難しています。

心情的には父親の気持ちも周囲の人の憤りも分かるけれど、
この議論はMcCallum教授のような原則論に徹するべきなんじゃないでしょうか。

他の多くの、
それほど富裕でもなければ専門知識もない親や
もっと重度の障害のある子どもたちのために。

【追記】
その後、この決定は覆されました。
http://blogs.yahoo.co.jp/spitzibara/46885695.html
2008.11.10 / Top↑
前回のエントリーで読んだNBICレポートの
主要6テーマのひとつ「人類の健康と身体能力の改善」の中で
具体的に項目として挙げられている6テクノロジーとは


1.ナノ・バイオ・プロセッサー
 NBICのテクノロジーを統合して人類の健康と身体機能の改善に役立てるためには
 脳と体の反応をチップ上に再現してモデルを作り、
 それを使って複雑なナノ・バイオ・レベルの実験を行う。
 
2.ナノ・インプラントによる身体状態と機能不全のセルフ・モニター
 体の中にナノ・サイズのインプラントを埋めておくことによって
細胞レベルで定期的なスクリーニングを行って
異常を感知したり修繕することができる。

3.ナノ医学研究、介入モニタリングとロボット工学
 多機能のナノ・ロボットを脳に入れることによって
脳のモニタリングが可能になり、
(例えば脳卒中のリスクの高い人の脳血管状態のモニター)
外科手術に比べると格段に侵襲度の低い治療が可能になる。

4.視覚・聴覚障害者のために多様な情報処理モード
 NBICの統合テクノロジーによって
 視覚・聴覚障害者にもコミュニケーション、モチベーションが高められ、
 彼らを活用することができる。
たとえば音声でしゃべる環境とか3Dのタッチパネルによるネット利用など。

5. 脳と脳、脳とコンピューターの接続
 主たる目標は、現在のニューロン・レベルでの接続段階から
神経系レベルでのインターフェースの開発。
 この研究が進むことによって、
 ただのモノが人間の体の一部として自分に同化して使いこなせるようになる。

6.ヴァーチャルな環境
 顧客に遠く離れた場所をリアルに体験してもらえる技術で
娯楽業界、旅行業界などで活用できる。

       ―――――――

4の「視覚・聴覚障害者のための多様な情報処理モード」の項目に
次のような箇所があります。

統合テクノロジーは障害者の役に立つだけでなく、障害者の方もテクノロジー開発に貢献することが大となるため、統合テクノロジーはあらゆる人を利するのである。この事実にかんがみ、研究チームや企画チームには障害のある科学者やエンジニアが加えられるべきである。NBICは正常と異常の境界、倫理的と非倫理的の境界を曖昧にするため、あらゆるレベルにおいて検討委員会に障害のある人やアドボケイトが参加することが重要。これは民、学、官、そして国際的な委員会のいずれにおいても同様である。


こういうの、どう受け止めたらいいのか……。

トランスヒューマニスティックなことを言う人が「障害者」を云々する時、
その意味するところを常に「どういう障害像の人のこと?」と確認しつつ聞かないと
場面によって都合よくイメージを使い分けられて
妙なことになることが多いような気がするし、

ここでも比較的テクノロジーで機能を補いやすい視覚・聴覚障害者だけを
取り上げているに過ぎないのに、


上記のように耳障りの良いことをいう時には
あたかも障害者全般のことを言っているかのように聞こえるあたりも
なにやら胡散臭い。

項目4の「障害者のコミュニケーションとモチベーション……」の部分も、
読み方によっては
「社会にとって使い物にならない障害者も、
 コミュニケーションが取れるようにしてやって、やる気を出させれば
なんとか使えるようになる」というニュアンスなのかもしれないし。


そういえば、
トランスヒューマニストのKurzweilが障害者とテクノロジー会議に登場した際も
感覚障害と身体障害だけを取り上げて
それでも講演タイトルは大きく出て「ハンディキャップの終わり」だった。


もう1つ気になることとして、
このセミナーが行われた2001年にはまだ出てきていなかったかもしれないけど、
その後、ナノ・インプラントには発がん性が指摘されているんじゃなかったっけ。
2008.11.09 / Top↑
米国商務省と国立科学財団の共催で2002年にまとめた
ナノ、バイオ、インフォ、コグノの4テクノロジー (NBIC)の統合に関するセミナーのレポート
少しずつ読んでいるところですが、

今回は、NBIC統合の主要6テーマの2番目、
「人類の健康と身体能力改善」の章のテーマ・サマリーを読んでみました。

まず最初に整理されていることとしては、
NBICの統合を通じて健康と身体能力の改善を目指すのに最も重要なのは、
やはり脳の解明であり、脳と身体の機能のつながりを理解して、
健康増進と身体能力向上につなげることだ、と。

その次に触れられていることが、ちょっと興味深くて、

「こうした技術統合によって基本的な生命体のメカニズムが解明されれば
それと同時に生命とは、身体能力とは、という定義の問題も生じてくる。
今後の10年から20年の間に人類の健康と身体能力増強のために
このテーマのパネルは具体的に6つの重要な技術を挙げたが、
それら技術を優先させて実現していく中で不可欠なのは
人間の問題に関しては技術的解決と社会的解決の間に
“健康的な”バランスを維持することである」

この最後の1文は
これまで読んだこのレポートの中で
最も知恵のある言葉だと思うのですが、
しかし、“健康的な”バランスは既に失われつつあるのではないでしょうか。

“Ashley療法”の考え方がまさにその典型で
あそこで行われた正当化の議論には社会的解決という視点がまったく存在していないし、

最近よく目に付く自殺幇助の合法化に向けた議論でも、
死の自己決定権が云々される前にきちんと緩和ケアが受けられる体制づくりができているのかどうか
という検証が必要なんじゃないかと感じてしまう。

その他、科学と技術による簡単解決に傾斜しがちな英米のニュースを読むにつけ、
もはや社会的解決なんて一顧だにしない科学とテクノの専横に向かって、
常識も知恵もなげうった社会がもんどりうって
坂道を転げ落ちていっているんじゃないかと恐ろしいし、

世の中全体が科学とテクノロジーの万能幻想に踊らされて
時間とお金と手間がかかる社会的解決を放棄していこうとしているような、

そして、そのことが、そのまま
社会的解決を必要とする問題を抱えた人を社会のお荷物と見なして
簡単に切り捨ててしまおうとする意識に繋がっているんじゃないかとも思えて。


でも、どこまで行っても人は社会的な存在として生きているのだから、
技術的解決が社会的解決の補助として機能するならともかく、
技術的解決の方が優先されたり
技術的解決だけで問題解決ができるような幻想のままに突っ走る社会では
たとえ、すぐには切り捨てられる対象にならないに人だって
心の平安や本当の幸福というものは保証されないような気がするのだけど。


原文はこちら
これまで読んだ部分については「米政府NBICレポート」の書庫に。
2008.11.09 / Top↑
これまた例によって「かもしれない」、「その可能性がある」という話ですが、

3年後には、恐らくは最初は腎臓から、
遺伝子組み換えによるブリーディングで作られたブタの臓器が人間に移植可能となる、
臨床試験さえ上手くいけば、
2018年には広く使われるようになっている可能性もある、
そうなれば移植リストの待機期間は短縮されますよ、と。

英国のImperial Collegeと米国のthe Institute of Technologyの共同研究で
英国では遺伝子組み換え動物の扱いに規制が厳しいので、
研究チームがブリーディングで育てているブタは
近く規制の緩やかな米国に送られる予定。

ブタは生理的な組成が人間に似ていて、
糖尿病など人間と同じ病気にかかることから
もともとは治療法の研究を目的に始まった研究だが、
同じ理由でブタは移植臓器を作る動物として最適で

人間への臓器移植用に適するように遺伝子を組み換えた新種のブタは
一旦作ってしまうと後は世代から世代へとその遺伝子が受け継がれていくとされ、

それを作るのに要する費用は今後5年間に300万ポンド。




ブタの心臓の弁は既に心臓病の治療に使われているとか
こんな論文は10年も前に発表されているとか、
記事の寄せられたコメントは「何をいまさら」といわんばかりですが、

安全性が確認されるどころか、
まだ臨床実験に使える臓器すらできていないのに
「近々できますよ。腎臓移植の待機リストは短縮されますよ」と
先走りもいいところのニュースが流れるのは

もしかしたら、腎臓病患者の期待を早くから高めておいて
臨床実験が可能になった時に手をあげてくれる人を
増やしておきたいから……なんてことは──?




【追記】
その後、このブログでも何度も触れてきた生命倫理学者Wesley Smithが
自分のブログSecondhand Smokeの11月7日の記事で
この話題を取り上げているのに気付きました。

移植臓器の不足は早急に対処すべき由々しき問題だからいっそ脳死を待たずに殺してしまおう、と
とんでもないことを言い出している人たちが出てきたから、
まだ死んでもいない人を臓器のために殺してしまうことを考えれば、
動物の臓器が使えるようになる方がよいとこのニュースを歓迎しています。

私はSmithの考えには、ちょっと抵抗があって、
科学とテクノロジーの進歩による世の中の変化があまりにも速いために
慎重にものを考えようとする人すら既成事実を後追いせざるを得なくなっているんじゃないかと
そちらの方の危うさを感じてしまうのですが、

かといって、じゃぁ、Smithの意見のどこにどういう抵抗を感じるのかということは
すぐには頭が整理できない……。
2008.11.08 / Top↑
カナダの医師会雑誌 CMAJの11月号に
気になる論文が「分析」として掲載されています。

簡単に言えば、
2007年の染色体異常の出生前診断に関する診療ガイドラインで
年齢を問わず全ての妊婦に行うよう勧告されているので、
出生前診断を提供しないと訴訟を起こされて負けることになりますよ、と
産科医に向けた警告。

同時に
ガイドラインが結果的に
ロングフル・バース訴訟とその背景にある障害に対する否定的な捉えかたを追認する
危険性などについても考察されています。

Wrongful birth litigation and prenatal screening
Mark Pioro MA, Rozanne Mykitiuk LLB LLM, Jeff Nisker MD PhD
CMAJ, November 4, 2008


wrongful birth 訴訟というのは日本ではまだないためか
オフィシャルな訳語というのがないようで
そのまま「ロングフル・バース訴訟」とされているのが通例のようです

wrongful(ロングフル)は、「不当な」とか「本来あるべきでない」。
birthは出産なので、合わせて「本来避けられるべきだった不当な出産」。

先天的な障害や病気のある子どもが生まれた場合に親が
その出産はwrongful birth であると主張し
回避する選択を与えるよう的確な情報提供の義務を怠ったとして
産科医を訴える、というもの。

ちなみに、生まれた当人から訴えるケースというのもあって、
その場合は wrongful life訴訟といわれます。
自分は生まれなかった方がよかったのに生まれさせられてしまったと主張し、
苦痛に満ちた自分の人生は損害であるとして
損害賠償を求める訴訟のこと。

くわしくはこちらなどに。

上記のカナダの医師会誌の論文が警告しているのが
こうしたロングフル・バース訴訟。

それというのも最近では英国でも米国でもオーストラリアでもNZでも、
全ての妊婦にダウン症候群のスクリーニングを行うように勧めていて
カナダでも新しい診療ガイドラインが生殖の自己決定権と障害者を尊重して
そういう方向を打ち出している以上、
ロングフル・バース訴訟において
ガイドラインが基準として使われる恐れがありますよ、と。

(自己決定権はともかく、なぜそれが「障害者の尊重」になるのか不思議ですが
 ロングフル・ライフの考え方から尊重ということなら
ガイドラインが既にしてロングフル・バースの考え方に立っているということ?)

カナダの医師会倫理綱領によれば
自分の良心に基づいて検査を拒否したい医師は拒否することが出来ますが、
その際には他の医師への紹介が必要となります。

問題点として論文が指摘しているのは、概ね以下のあたり。

・自己決定権と訴訟へのガイドラインの訴訟の法的根拠化が重なると、
障害のある子どもを生む選択をする女性は
子どもに害をなした親だと見なされることになる。
ある学者は「出生前診断の時代だからといって
いずれの妊娠も確実なものではないのに」と。

・ガイドラインには障害者の人権に配慮することや
妊婦に誘導的なカウンセリングを行わないことなどが注記されているが、
出生前スクリーニングそのものが、
障害者が直面する社会的なバリアを取り除くよりもむしろ
障害者そのものを取り除くべき存在と見なす考えを蔓延させる。
同時に、一定の条件をクリアできる人以外は生まれてはならないとの考えにも繋がる。

・ロングフル・バースの主張は、
障害のある子どもの出生がその子ども自身にとっても親や社会にとっても
負担(お荷物? burden)であるとの認識に繋がる。

・法がロングフル・バース訴訟を認めることそのものが
障害の多くが社会的に作られたものである事実を否定しかねない。


総じて、眼前の現実問題として、
臨床現場の医師たちは気をつけましょうね、と警告しつつ、

しかし、こうしたガイドラインと出生前診断の慣行化には
障害者の権利擁護を巡って権利の相克があり
様々な立場の間に緊張関係が生じるので

カナダの臨床家、妊婦、障害者、一般の国民それぞれに及ぼす影響について
研究することが必要だと主張している、といった内容。


しかし、まだまだ研究が必要、慎重な議論が必要とされながら、
現実世界での既成事実はものすごい速度で着実に作られていく……。
2008.11.08 / Top↑