2ntブログ
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.-- / Top↑
ワシントン大学の新しい研究所IHMEの所長に就任した
Christopher J. Murrayのことを少しずつ調べてみようと思っていた矢先、
Washington Postの今日のニュースで
Murrayが主導した調査報告が紹介されていました。

ただしワシントン大学のIHMEで行った研究ではなく、
ハーバード時代に仲間とやった調査研究をこのたび発表したというもの。
Murrayらは61年から99年までの米国人の死亡率と死因データを調べて
由々しき結果を報告しています。

地域限定で女性の寿命が短くなる現象が起きている、というのです。

Life Expectancy Drops for Some U.S. Women
Washington Post, April 22, 2008

元論文はこちら

米国で女性の寿命が短くなるというのは
1918年のスペイン風邪流行以来初めてのことですが、
いずれかの人種や民族に限ったことではなく
むしろ田舎と低所得地域に当たる1000の郡の地域限定で起こっているのが特徴的。

こういう結果が出た場合、
上記記事にあるNIHの心臓・肺・血液研究所の所長のコメントのように
このデータは米国における非常に危険で気がかりな健康格差の広がりを示しています
というのがまっとうな読み方だと思うのですが、

Murrayらの分析はなぜか、そうはならない。

彼らは様々なデータの数値をこねくり回すことによって「他の場所でも起こる前兆だと考えている」と、
この現象が地域限定だという事実をいとも簡単に無視してしまって
なんと自己責任論を持ち出してくるのです。

これら1000の郡で何が起こっているのか厳密には分かりようがないが、
喫煙や食事内容の悪さ、運動不足といった
数少ない“変容可能な”行動が原因と思われるので、
こうした地域の人たちに対してアグレッシブに保健キャンペーンを行うのが
理にかなった戦術ということになるだろう

地域限定で寿命が短くなっているのは
その地域の住民の意識や生活態度に問題がある、という自己責任の論理ですね。

喫煙にせよ肥満にせよ、貧困との関連が指摘されて久しいというのに、
貧しいから教育もロクに受けられず、安価で高脂肪の食べ物しか食べられない人たちに向かって
いったいどんなアグレッシブな保健キャンペーンを行うというのか。

アグレッシブという言葉が非常に気になるのですが、
これは例えば何らかの罰則的な制度でも作るつもりなのか、
ただ積極的な指導を行うというだけではない
嫌なニュアンスがここにはあるように感じます。

共同研究者であるハーバード大学のMajid Ezzatiはこの研究結果について
これは喫煙と高血圧と糖尿病の話なのです」。

いや、それは所得格差と健康格差の話でしょうが。


        ----

米国で流行した病気や、糖尿病患者数の推移、心臓発作で死ぬ人の統計の推移など、
Murrayらは様々なデータを延々と並べ立てていますが、

なんだか、数字をやたらめったら並べて、
「どうだ、これが科学的に証明された事実なんだぞ」とミエを切るみたいな……。

「都合の悪いことは調べないで無いことにする科学」的……のくせに。

数字を並べるコケオドシで貧困による健康格差を自己責任に摩り替えるよりも、
これら1000の郡とその他の郡と間に差を生んでいる原因を次には調べなければ……
と考えるのが科学的な思考というものではないのでしょうか?


【追記】
C.Murrayについては、
UWの同窓会誌が大きな人物紹介特集を組んでいます。

Strong Medicine
The University of Washington Alumni Magazine, December 2007
2008.04.22 / Top↑
ワシントン大学の(というかゲイツ財団の?)新しい研究所IHMEについては
前のエントリーで紹介したSeattle Post-Intelligencerの他に
Seattle Timesも報道していますが、

こちらはタイトルからして、
その無神経さが非常に象徴的で

シアトルの研究所、世界の医療データ障害の治療を支援」。

Seattle institute aims to help cure world-health data disorder
By Sandi Doughton,
The Seattle Times, April 9, 2008


Ashley事件のリサーチを通じて、
Seattle Timesは極めてゲイツ財団・マイクロソフトに近く、
ほとんど御用新聞に堕しているのではないか……という印象を私は持っていますが、

この記事でも、
ゲイツ氏の慈善資本主義に対する批判については
WHOという官僚機構の中には
アメリカの大金持ちが自分たちの縄張りを荒らすとムカついている向きもあるが
世界で最も金持ちの慈善事業家を公に批判する勇気のあるものは少ない」と。

記事の大半を占めているのは
WHOやUNICEFなどの国連機関の各種プログラムについて
公表されるデータが如何にずさんなものであるかという指摘と、
IHME所長Christpher Murrayが提唱する方法論でデータを見直すことによって、
如何に現実を反映したデータが得られて、
如何に保健医療プログラムの効率的な運用に役立つか、という話。

なお、記事のデータ欄によると
IHMEの職員数は現在45名ですが、
2010年までに130人に膨れ上がる予定とのこと。

この欄の「ゴール」に書いてあるのは

発展途上国と先進国の双方において、
保健医療の厳密な科学的評価に「ゴールド・スタンダード」を設定すること。

可能な限り最善の保健医療データを提供することによって
世界中の人々の健康を改善すること。

いくら公立大学の組織だとはいっても
ゲイツ財団が支援しているプログラムの効率計算の依頼がIIHMEに対して出ていたり、
いわば1人のスーパー・リッチが私物化しているような組織が
全世界の保健医療の「黄金律」をって……

それはちょっと独善が過ぎやしませんか?
2008.04.22 / Top↑
Nurses.co.uk という看護師向け求人情報サイトで行われた最近の調査で
英国の看護師で自殺幇助の合法化に賛成する人は2割に留まり、
他の8割は現在の法律のまま、自殺幇助は違法とするのがよいと答えた、と。

ただし対象者の内訳や設問の仕方など、
調査の詳細はこの記事からは不明。

Nurses.co.ukのサイトを覗いてみましたが、
当該情報は発見できず。

2008.04.22 / Top↑
民主党のEdward Kennedy上院議員と共和党の Sam Brownback上院議員が提出していた法案
The Prenatally and Postnatally Conditions Awaraness Act
が、原油高対策優先で一旦つぶれたことを前のエントリーで紹介しましたが、

この法案がまた別の形で復活して上院につづいて9月25日に下院を通過。

これにより、出生前後の検査でダウン症候群を始めとする病気や障害が判明した場合には
その障害や病気に関する正確な最新情報が親に提供されること
そして地域の支援サービスに繋げることが義務付けられることになります。

これまでは出生前診断の結果を告げる際に医師から不正確な情報がもたらされたり
医師の個人的な意見が大きく影響していたけれど、
この画期的な法律によって正確な情報が提供されるとダウン症協会では歓迎しています。

Prenatal Screening Bill Passes
Down Syndrome Communities Celebrate as Historic Legislation Ensures that Accurate and Updated Information on Down Syndrome Will Be Supplied To Expectant Couples
Market Watch, September 26, 2008


かつて読んだ本の中で、
成人して仕事をしながら暮らしているダウン症の女性に
わざわざ会いに行ってから最後の決断をした夫婦の誠実な決断の姿が印象的でした。

正確な知識も支援に関する情報ももちろん必要ですが、
実際にその病気や障害と共に生きて暮らしているナマの家族に触れることも
頭の中の知識や情報だけでは決して分からないものを伝えてくれる貴重な体験ではないでしょうか。

頭だけでなく心でも選択のプロセスを丁寧にたどれるような支援が
これから整っていってほしい。

法案がつぶれたと知った時には、
障害児を切り捨てようとする動きに抵抗する努力は
こんなにも簡単に踏みにじられるのかと考えたこともあったけれど、
復活・成立して、本当に良かった。


……ところで日本では、こういう情報の保障について
どういうふうに考えられているんだろう……?


2008.04.22 / Top↑
前のエントリーでとりあげたGolubchuk氏の「不毛な治療」ケースで
きちんとした裁判で判断が下されるまで生命維持装置をはずしてはならないと
禁止命令を出した裁判官がその理由を述べた言葉が目に付きました。


この禁止命令によってGolubchuk氏には
本人の法律、宗教、人権における立場が充分に主張される機会が与えられる

(注)人権と仮に訳してみた箇所、原語は charter position です。

修正することのできない害と便宜とのバランスという問題について
それなりに知識のある国民なら大半が私の判断を支持してくれると思う


Ashley事件を含め、
世界中でいろいろ起こっている生命倫理がらみの事例を考えると
この裁判官の発言の含蓄は重い……と思う。



(Winnipeg Free Press の同日の記事を転載したもの)


――――――

 
不可逆的で過激な医療の判断を巡っては
決定までのプロセスにおいて
自分で意思表示や意思決定ができにくい人の権利擁護は
しっかり保障されてほしいと思うし、

そのためにも
FostParisがシアトル子ども病院生命倫理カンファで主張しているような
司法を軽視する医療の動きには警戒すべきじゃないかと思う。

日本でも
「そんなことを言っていたら医師になり手がいなくなる」などの口実で
医療を司法の治外法権化しようとする動きがあるように感じるのですが、

医師不足の問題と、医療過誤や医療不信とは別問題であって、
そこはきちんと整理して議論しなければ、
結局「診てもらえるだけで感謝しろ」ということに落ちていくのではないでしょうか。
2008.04.22 / Top↑
シアトルのワシントン大学に新しくできた研究所IHME(医療数値基準評価研究所とでも?)と、
IHMEが新しい事務所の公開をかねて4月9日から2日間開催した科学研究カンファレンスについて、

Ashley事件で御馴染みの地元2紙がそれぞれ報道していますが、
この2つの記事を読み比べてみると、とても面白い。

いずれもの記事も焦点を当てているのは
HIME所長にハーバードから引き抜かれてきたChristopher Murraysなのですが、
2つの記事の切り口はかなり違っています。

ここでは、まずSeattle Post-Intelligencer の記事から。

UW hosts key players in global health effort
The Seattle Post-Intelligencer, April 9, 2008


SP-I紙が焦点を当てるのは
Murray氏の「爆弾言動」をめぐる“過激さ”と
彼の爆弾発言の洗礼をかつてのWHOの職員時代に浴びて以来
一緒に世界の医療データの見直しを行ってきた
豪のクイーンズランド大教授Alan Lopezとの関係。

それによってSP-Iの記事はIHMEの目的を具体的に浮き彫りにしていきます。

Murray氏の爆弾発言が過激だと見なされる理由としては、
1つには数値で証明することと、
もう1つは、それによって従来の資金配分順位や既に確立された活動目的を揺らがせること。

データ見直しに用いる方法論を彼らは
病気が世界に負わせる負担を評価する全く新しい方法」と説明するのですが、
その名称は「障害を考慮して調整した生存年数」DALY。

the disability adjusted life year (DALY)

つまり、これまで使われてきた生死の基準だけではなく
障害という基準から生存年数データを見直す……というやり方。

DALY は Murray とLopezがすでに立ち上げたプロジェクトで作られた基準なのですが、
このプログラムの名称もすごい。

Global Burden of Disease (病気のグローバルな負担)

プログラムがDALY基準を確立した今後の目的として考えているのは
病気傾向や保健医療における優先順位の決定、
病気撲滅プログラムの効果の検証や保健医療ケアの配分と質などに
よりよい評価の方法論を見つけること

例えばマラリアにかかったからといって必ずしも死ぬわけではなく、
毎年何百万もの人が障害を負ったり虚弱になって
引いてはそれが共同体の貧困や弱体化を招いているのだけれども、
その影響は単に死亡率だけを見ていたのでは計測できない、と。

プロジェクトの名前の通り、
障害は投入される保健医療費のお荷物(burden)という捉え方なのですね。

もちろんデータが見直されるということは、
資金の配分先も見直されるということです。

こうした基準の使用には
人の生の質を相対化するもので非倫理的だとの批判が出ていますが、
Murrayの反論は、これまたIHMEの持つ価値観を非常に象徴しており、

しかし、もうそれぞれが適当な数値を上げていればいいという時代ではありません。
世界の医療に関する医師らや各国政府の関心(利益)は爆発的に大きくなり、
今まで以上に各種プログラムの正確なモニターとアセスメントが必要となっています。

企業が一定のスタンダードに基づいた損益報告を出さなかったら市場はどうなります?
基本的には世界の医療も今やそういうふうに運営されているのです。
2008.04.22 / Top↑