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「このために自分は生まれてきたのだ」との使命感を持ち、
これまでに102人の自殺を幇助してきた牧師 George Exoo――。

彼のクライアントの多くは末期の病気を抱えていたわけではなく、
ただのウツ状態で、本来は精神科医療が必要だった人たちだったとされています。

当初は死を選ぶ自己決定権を支持する立場で Exoo の取材を始めたJon Ronson記者は
6年間の取材を通じ、その実態やExoo師の言動に触れ、
さらに助手のSusan(仮名)が安楽死の商業化を明言するに至って、
「これが滑り坂でなくて、一体なんだ?」と。


2002年
アイルランドの首都ダブリンの借家で女性の死体が発見されます。
女性の名はRosemary Toole。当初はうつ病による自殺と思われましたが、その後、
死の前日に空港で2人の米国人を楽しそうに出迎えていた、
その晩はホテルのバーで3人が愉快に酒を飲んでいたとの目撃情報が寄せられ、
捜査が開始されました。
女性の死と同時に姿を消した2人の米国人は George Exoo と助手の Thoams McGurrin。
アイルライドの法で裁かれて、自殺幇助の罪で14年の刑を言い渡されました。

2003年
前年のアイルランドの事件で取材を開始したRonson記者は
慢性疲労症候群を患っていて死にたいというクライアントに会いに行くExooに同行。
面談で、師は相手の言うことをすべて受け入れ、
精神科受診を勧めることも自殺を思いとどまらせる努力も一切しません。
「自分が生まれてきたのはこのため。自分は死の産婆。
クライアントには寄付をお願いするが、もらえなくても仕方がない。
カネはないが、これは自分の使命。
1990年代から今までに102人の自殺を幇助した。」

2004年
アイルランドの警察が FRI に Exoo の逮捕と身柄引渡しを要求します。

Ronson記者は Exoo によって呼び出されて、
シアトルで開かれていた世界の積極的安楽死アドボケイトの集まりに。

70年代に英国で末期がんの妻の自殺を助けようとした体験を本に書いた元新聞記者 Derek Humphry や
オランダの安楽死アドボケイトの Pieter Admiral などが毎年一回集まって、
自殺方法に関する情報交換をしているとのこと。
この時 Ronson記者が2人に取材している内容は震撼ものです。
Admiral は「Exoo は人が死ぬのを見ることに悦びを感じている、危険だ」。
現在は米国オレゴン州に住んでいる Humphry からは闇の安楽死事情が語られます。

積極的安楽死を提唱している人や団体には情報提供や幇助の依頼が舞い込むが、
ターミナルな状態でないことを理由に断ってもしつこく食い下がる人がいる、
そういう時に Exoo の名前を出して逃げる者がいるのだ、と。
「それ、あんまりでは?」と Ronson が問うと
「まったくね」と Humphry。

その後もFBIはExooを逮捕することなく、
師は米国内でターミナルではない人の自殺を手伝い続けます。
そして

2007年春
Ronson のもとにExooから1本のビデオが届きます。
遠くの地で毒薬を飲もうとしている女性に Exoo が電話で指示を出して
自殺を完遂させているビデオですが、
Exoo はまるで聞き分けのない子どもを叱り付けるような強い口調で
最後のためらいを見せているらしい相手に毒薬を飲み干すことを命じます。
相手が無言になって5分後、彼はカメラに向かって
「終わった。こういうふうにやるんだ」。

2007年5月
Exoo は自分が逮捕されたり逮捕を避けて自殺する場合に備えて
助手の Susan にノウハウを引き継ぎ始め、
それを知った Ronson が Susan の家を訪ねます。
Susan と Exoo の出会いは Hunphry の話を裏付けるものです。
自殺したいと思って死ぬ権利を提唱している団体に電話をかけた際に
どこも助けてはくれず、粘った末に「闇なら」と教えてもらったのが Exoo の電話番号。

結局自殺を思いとどまった彼女は Exoo の勧めで助手になるのですが、彼女は
Exoo が報酬を払えない人まで自殺させてやることを批判的に見ています。
そんなことをしていたら行き詰って、自分の方が死にたくなるだけだ、と。
そこで Susan は Exoo に内緒で闇の安楽死ビジネスを始めました。
「金額さえ折り合いがつけば誰でも手伝う。7000㌦でやる」と。
いずれは Exoo の顧客リストをそっくり受け継ぐつもりです。

一方、この日 Susan の家に現われた Exoo は
生活費を稼ぐために銀行所有になった不動産の転売の仕事をしていました。

Ronson から「滑り坂だ、やめられなくなる。こんなことはやめるべきだ。
使命だといいながらあなたは人の死の瞬間にい合わせたくて自分のためにやっている。
結果的にはあなたが自殺をそそのかしているのかもしれない」と
批判されたExooは激昂し、
「そんなことは1度もなかった。何年も死にたいと思って死に切れなかった人ばかりだ」。
それが事実であることは Ronson も認めざるを得ないと書いていますが。

その数週間後、FBI が Exoo を逮捕。
さらにその数週間後、Susan はニュージーランドに飛んで
インターネット・サイトで知り合った女性の自殺を幇助します。
やはり自殺する権利を提唱する団体から支援を断わられた女性でした。


2007年10月25日
Exoo は West Virginia、Charleston の連邦判事によって釈放されました。
合衆国50州のうち25州において自殺幇助が犯罪となっていない以上、
アイルランドの検事が Exoo をダブリンで裁くことは許されない、と。

その後、Ronson はそれが最後と決めて Exoo に会っています。
その時に Exoo は2007年春のビデオが実際の幇助場面ではなく
相手のいない電話での演技だったと明かします。

Ronson の記事のむすび。

あのテープが偽装だったなんて、Exoo は愚かなことをしたものだ、自殺するべきかどうか考えている人に決断させる人間が、そんな小細工をしてはいけない。6年前に初めて Exoo に会った時に私が一番好もしく感じたのは、彼の自由意志論的な、一匹狼的なところだったが、それは実際には彼の最も案ずべき資質だったのだ。


ダブリンでの事件については
International Task Force on Euthanasia and Assisted Suicideが取りまとめたものがこちらに。
2008.05.29 / Top↑
積極的安楽死・自殺幇助といえばJack Kevorkian医師の名前が頭に浮かびますが、
“闇の安楽死”を行っているのはKevorkianだけじゃなかった──。

闇で自殺幇助がここまで広がっているなんて、知らなかった。
これが犯罪にならないのは、なぜ──? 


NZで初めての商業安楽死ケースが警察に持ち込まれたというニュースなのですが、
自殺幇助を依頼したのは処方薬への中毒で麻痺とうつ症状があった女性で、
末期の病気があったわけではありません。

自殺幇助を請け負ったのは、あるアメリカ人女性で、
12000ドルの報酬でAucklandへ飛び女性の自殺を幇助したとのこと。

「外国の番組」で「ビジネスだから値段さえ折り合えば誰でも死なせてあげる」と
言ったとされるこの女性は、
米国で闇で安楽死を請け負っているとして有名なGeorge Exoo牧師の助手。

彼女はNZの安楽死アドボケイトのLesley Martinにもメールを送ったとのことですが、
Martinはメールの内容に激怒しており、
「この事件の依頼者女性が必要としていたのは
死ぬ手助けではなく生きる手助けだった。
いわゆる闇の安楽死など、この国には不要だ」と。

この記事で取り上げられている「外国の番組」とはthe Guadianのことのようで、
検索してみたら、
過去6年間に渡ってGeorge Exoo師とこの助手の女性Susan(仮名)を取材してきた
Jon Ronson記者が5月12日に長い記事を書いていました。

この記事については次回にまとめてみます。

      ――――――

ちなみにNZのLesley Martinは
1999年に末期がんの母親に致死量のモルヒネを投与して安楽死させ、
有罪判決を受けて服役した後に、その体験を本に書いて
自ら選ぶ安楽死の合法化を提唱している女性。

Lesley Martin jailed for 15 months
The New Zealand Herald, April 30, 2004

彼女が積極的安楽死の合法化に向けてグループを立ち上げた経緯や
安楽死を巡る思いを判決の1週間前に発表した文章がこちら。

Lesley Martin: My Trial, Your Trial …
By Lesley Martin, Scoop, March 10, 2004
2008.05.29 / Top↑