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ブリティッシュ・カウンシルが経費節減で行政職をインド人にアウトソーシング、批判が出ている。
http://www.timesonline.co.uk/tol/news/politics/article6731114.ece?&EMC-Bltn=HBJE4B

英国のColbyスチール工場が再開発された際に出た毒物による大気汚染が母体に影響したために、四肢の欠損や発育不全の障害を負って生まれたとして子どもたちが集団訴訟を起こしていたケースで、高等裁判所が地方自治体の管理責任を認める画期的な判決
http://www.guardian.co.uk/society/2009/jul/29/corby-council-steelworks-disabilities

スーダンの女性ジャーナリスト、Lubna Ahmed Husseinさんが他の女性たちと抗議行動の際にズボンを履いていた罪で逮捕され、鞭打ち40回の刑に処せられるところ、彼女については国連の職員であることを理由に免罪しようとする裁判所に対し、そんなことはしてくれなくていい、と裁判の続行を求め、法改正への問題提起にしようと戦っている。:心からのエールを。
http://news.bbc.co.uk/2/hi/africa/8173714.stm

人類による6番目の地球絶滅の危機が起こっている、と環境保護の研究者らから警告。:地球が滅びるのが先か、人類が自らの愚かさで滅びるのが先か……。このブログを始めてから、しょっちゅう頭をよぎる思い。
http://www.guardian.co.uk/environment/2009/jul/28/species-extinction-hotspots-australia

蚊にマラリアのワクチンを運んでもらおう、という実験。有望らしい。
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2009/07/29/AR2009072902832.html

Obama Careへの懸念が増大している。メディケアでの終末期医療がどうなるか。貧しい人や高齢者の切実な不安を、富裕層がうまいこと医療改革つぶしに利用していく。
http://www.nytimes.com/2009/07/30/us/politics/30poll.html?_r=1&th&emc=th
2009.07.30 / Top↑
数日分、溜め込んでしまったので、
補遺を自殺幇助議論関連とそれ以外と2つに分けました。

      ―――――――――

Debby Purdyさんの裁判は2月にもうケリがついたのかと思っていたら、上訴していたのか、最高裁の最終判断が明日なんだそうな。どこのメディアも大騒ぎしている。いよいよ自殺幇助合法化に向けた突破口かと、先走ったトーンで。それとも本当に何か掴んでいるのか、高揚感が普通じゃない感じも。
http://www.guardian.co.uk/society/2009/jul/29/lords-ruling-assisted-suicide

Timesが「74%が自殺幇助支持」と第1面に打った土曜日、第一次世界大戦の英軍最後の生き残りとされる男性が111歳で亡くなったのだとか。すべり坂への警告に、読者からのコメントは反論一辺倒。「ご高説は素晴らしいが、それにどれだけコストがかかると?」という反論も声高になってきた。決して触れられることのないコストは埒外の議論で、世論の洗脳が進んでいく。
http://www.timesonline.co.uk/tol/comment/columnists/richard_morrison/article6730688.ece?openComment=true

英国看護学会の自殺幇助問題での転向への批判。
http://www.timesonline.co.uk/tol/comment/columnists/guest_contributors/article6731013.ece

長年ベストセラー作家として活躍してきた Jane Aiken Hodge氏が、ターミナルケアをテーマにした作品を描いた数ヵ月後に、睡眠薬を飲んで自殺を図り、4日間意識不明に陥った後で亡くなった。娘さんがその際の家族の体験を書き、自殺幇助合法化を求めている。もはや合法化を後押しする記事が出ない日はない。
http://www.timesonline.co.uk/tol/life_and_style/health/article6731176.ece?&EMC-Bltn=HBJE4B
http://www.timesonline.co.uk/tol/comment/letters/article6730833.ece

アイルランドの新聞に、英国の指揮者夫妻の幇助心中の美化に警告・反論する、よい記事がある。我々はこの世に生まれ出た赤ん坊の時から老いて死ぬまで、人の負担になりながら生きていくのだ、その負担を引き受けるということが人が人と関わるということなのだ、と。
http://www.irishexaminer.com/opinion/columnists/stephen-king/assisted-suicide-the-road-to-zurich-could-easily-become-the-road-to-hell-97474.html
2009.07.30 / Top↑


2006年、米国で大きなスキャンダルになった事件。

私が英語ニュースをチェックし始めたのは2006年6月のことでした。
USA Todayのこの記事に気づいたのは、その直後。まだ何も知らなかったので、
この奇妙なレントゲン写真は、一生、鮮明に記憶に残るほどに衝撃的なものでした。

ニューヨークの検察局が、ある事件の記者会見で公開している、
この珍妙なレントゲン写真、一体なんだと思いますか?

バイオ企業と結託した葬儀屋がホールの裏でこっそり脚を切り取り、
その代用でパイプにズボンをはかせて棺に入れていた遺体のレントゲン写真――。

一味にこっそり臓器や組織を抜き取られた遺体が何百もあったというのです。

私は、この異様な写真に目を奪われて、この事件を調べることによって初めて、
世界って実はこんなにも怖い場所になっていたのか……と
ものすごい衝撃とともに発見したような気がします。

このブログを始めたのは、その半年後のAshley事件があってからなので
この事件のことは、うっかりアップしていませんでしたが、
こちらの事件で思い出していたところにたんたんさんのコメントのおかげで
そうだ、この事件もアップしなきゃ、と、その重大性を改めて考えたので、

「介護保険情報」誌2008年6月号に、
まだドキドキしながら書かせてもらった連載第2回目の一部を以下に。

葬儀場で遺体から
人体組織を採りたい放題

最近は自宅での葬儀など滅多になくて、荘厳なセレモニー・ホールを備えた葬儀場で執り行われることが多くなった。あの葬儀場の奥に実は解剖室があって、そこで遺体が密かに切り刻まれていて………などと真顔でいったら、「まさか」と一笑に付されることだろう。しかし、まるで出来の悪いB級ホラーのようなこの話。まぎれもなく現実に起こった事件なのだ。

一連の報道によると、主な舞台はニューヨーク。主犯は、かつてコカインの使用で医師免許を返上した経歴を持つ元口腔外科医である。当時のコネを生かして、その後バイオ企業を設立した元口腔外科医は、葬儀屋と共謀のうえ、葬儀場奥の「解剖室」で親族に無断で遺体から組織を採取していた。

去年の秋に事件が発覚するまで犯行は約5年間にわたり、被害にあった遺体は何百にも及ぶという。採ったのは皮膚、骨、腱、心臓の弁などなど………。心臓死前後に採らなければ使い物にならない臓器と違って、こうした人体組織は死後48時間以内の採取でよいらしい。一体分の組織から7000ドルもの利益を得ていたという報道もある。

事件の発覚で、埋葬された遺体を掘り起こしてみたら、下半身が跡形もなく採り去られたものまで出てきた。棺に入れてもバレないように、脚の代わりの配管パイプがネジで骨盤に取り付けられていたという。検察当局は主犯を含む4人の起訴を発表する記者会見で、この遺体のレントゲン写真を公開している(USATODAY 6月12日)。なんとも奇妙かつ不気味な写真である。

そして問題を深刻にしているのが、元口腔外科医らは親族の同意書を偽造しただけでなく、組織の安全性のスクリーニングを行わなかったことだ。年齢と死因を都合よく偽った書類をつけて、安全が疑わしい人体組織を加工会社に持ち込んだのである。それらの組織から加工された医療製品は、今のところアメリカ国内とカナダに流通したものと見られている。

FDA(食品医薬品局)は事件報道を受けて、汚染の可能性のある医療製品の回収を命じたが、膝や歯のありふれた外科的治療も含め、治療に使用された場合には、梅毒のほか、HIVや肝炎に感染する恐れまである。

カナダでは被害に遭った患者が3月に集団訴訟を起こした(canada.com 3月23日)。また、汚染した医療製品が流入していないとされるオーストラリアでも、疑わしい治療を受けた患者に関係機関が個別に確認をとったり(THE AUSTRALIAN 6月6日)、ニュージーランドでも医師が個人的に購入した商品に不安の声が上がる(ニュージーランドのニュースサイト stuff.com6月23日)など、事件発覚から1年半経って、波紋はなお広がっている。

それにしても、この事件のことを調べていて、あるキーワードで検索をかけたところ、ヒットした中に弁護士事務所のホームページが並んでいたのには、びっくりした。こぞって事件の概要を詳細に語り、「もしもあなたが被害に遭っていたら、訴訟はぜひとも当方で。ご相談、ご連絡はこちらまで」などと呼びかけている。全貌が手軽に分かりやすいので、事件に興味のある方には、むしろこちらの弁護士事務所のサイトをお勧めしたいくらいだ。

そういえば、こういう弁護士のことを英語では ambulance chaser という。「霊柩車の追っかけ」が起こした醜悪事件に、「救急車の追っかけ」が、ヨダレを垂らして群がっていく──。それも、どこやらアメリカン・ホラーではなかろうか。

「介護保険情報」2006年8月号
「世界の介護と医療の情報を読む」 ② 児玉真美
 P.82-83
2009.07.30 / Top↑
大変な遅ればせで、自分でも、このトロさはどうにかならないかとは思うのですが、
7月の上旬に某MLで勧められていた小松美彦氏の「臓器移植法改定 A案の本質とは何か」(「世界」8月号)を
今頃になって、やっと読みました。

その中の
「08年の米国では、脳死判定が行われて臓器摘出の準備に入った後に、
意識を“回復”した者まで存在する」と書かれている箇所で、
なんとなく覚えがあるような気がしたので、情けないけど自分のブログを検索してみたら、
2008年3月24日のニュースを4月3日のエントリーで書いていました。

以下に再掲。

Zach Dunlapさん(21)が交通事故にあい、
テキサスの病院で脳死を宣告されたのは去年11月19日のこと。

臓器提供に同意した家族がいよいよZachさんと最後の別れに臨んだ時に手足が動き、
ポケットナイフで足をなぞったりツメの間に押し付けたりすると反応を示した、と。

48日間後に退院を許され、現在自宅療養中。

Man Declared Dead Feels ‘Pretty Good’
Associated Press, March 24, 2008

3月24日にNBCテレビの番組に両親と共に出演した彼は
医師らが自分の死亡宣告をするのを聞いたことを覚えていると語り、
「動けなかったから、その時やりたかったことができなくてよかった」と。

「その時やりたかったこと」というのは医師らに掴みかかって生きていると言いたかったのかと問われて、
「たぶん窓が飛び散るくらいの激しさで掴みかかっていただろうね」

脳死状態の彼の脳のスキャンを見た父親の話でも
血流は全く見られなかったというのですが、
いまだに記憶には障害があるものの
テレビに出演してこれだけ筋の通った会話ができるところまで回復しているのは事実。

「本当にありがたいです。諦めないでいてくれたことがありがたいです」

Dunlapさんのこの言葉、
よくよく考えると恐ろしい言葉ではないでしょうか。

諦められて、
臓器を摘出するための医療に切り替えられて
死んでいく人が現実に沢山いるのだから。

その人たちがもしかしてDunlapさんと同じように
自分が脳死宣告される声を聞いた記憶を持ちつつ死んでいくのだとしたら……?

臓器を保存するための処置を(それはとりもなおさず自分を殺す処置になるわけですね)
医師らが始めようとする気配や会話が
もしかしてその人の最後の記憶になるのだとしたら……?

そんな孤独と絶望の中で死んでいくことが
ドナーになろうとの愛他的行為の見返りなのだとしたら
それはあまりにも酷い話では?

テレビ出演したZachさんのビデオがこちらに。


小松氏が「A案の本質」として以下のように結論されている部分、
まさに、その通りだと思う。

翻って棄民とは、雇い止め労働者やネットカフェ難民やホームレスだけではない。医療の中でも命の線引きがなされ、まず最弱者の脳死者が、次に種々の末期患者が、さらに植物状態やALSの患者、認知症老人、障害者などが、廃棄されようとしている。その法的突破口がA案なのである。
(p.53)

小松氏のこの文章が発表された数日後、
「国際水準の医療」を実現するべくA案は採決されました。

おそらくは「国際水準」として
医療による棄民が既にものすごい規模と勢いで進みつつある米国を念頭に──。
2009.07.30 / Top↑
米国小児科学会の倫理委員会(新会長は、Ashley事件の、あのDiekema医師)が
一定の条件下で、栄養と水分の医療による供給の差し控え・停止は
倫理的に許容される、適切である、との声明として
前会長と現会長の共著論文を学会誌に発表。

Forgoing Medically Provided Nutrition and Hydration in Children
Douglas S. Diekema, MD, MPH
Jeffrey R. Botkin, MD, MPH,
PEDIATRICS, published on line July 27, 2009

アブストラクトは曖昧なのですが、
以下の医療ニュースのサイトに詳細な記事がありました。

Withdrawing Nutrition from Children Ethical Within Limits
The Med Page Today, July 28, 2009/07/29

基本的には、一定の条件下で親が同意した場合にのみ、
医療的栄養と水分の供給を差し控え・中止することは倫理的に許される、と判断した、
困難事例や論議を呼びそうな決断では倫理コンサルテーションを勧める、
という内容なのですが、

しかし、その点は、さすがDiekema医師の作文とあって文言に非常に巧妙な操作が仕組まれているのか、
それとも、この記事の書き方の問題なのか、

「解釈次第で個々の議論はどういう方向にでも誘導できるのでは?」と思える点もあって気になります。

まず、栄養停止が最善とされるカテゴリーとして論文がリストアップしているのは

・中枢神経系の損傷または病気によって永続的植物状態にある子ども
・最小意識状態の子ども
・無脳症など神経系に重症の先天性奇形がある子ども
・緩和治療を施しても生き続けることが大きな苦痛と不快を伴うとみられるターミナルな病気
・重症の胃腸の形成不全または完全な腸機能不全に至る病気の乳児

しかし、具体的にこれら5つを挙げながら
別の箇所では以下のような記述もある。

「完全な腸機能不全の子どもは経管栄養で何年も生きるポテンシャルはあるが、
それでもなお、そのような生存の負担は利益を上回ると判断するのが正当であるという場合がある。
特に中央ラインが取れないとかその他の理由で治療が困難(合併症?)になっている場合には

永続的に意識がなく、周囲と相互にやり取りする能力を失った子どもからは、
医療的水分と栄養の提供を中止してもよい」

「栄養がひとえに死のプロセスを引き伸ばし病気を重くするだけである場合には
栄養の中止は適切でもある」

「意識がある乳児が、ターミナルではないが一定の重病による激しい苦痛に見舞われている場合も
栄養中止の検討対象となる」

「現在の小児科医療は、介入の倫理性判断に最善の利益基準を用いており、
その基準に基づいて、栄養と水分の継続が本人にとって
利益よりも負担の方が大きいと判断される状況はある」

その他、

親とガーディアンを意思決定に十分に参加させること、決定にはその同意が必要。

子どもが生きていることそのものが利益だと家族が考える場合には
それを理由に栄養を継続してもよい。

最小意識状態の判断は難しく、
障害に対する偏見によって不適切に影響されてはならない。

道徳的な意味で栄養中止を求めるということでは決してない。

……などの但し書きをつけながら、また一方で、

「栄養の継続によって、在宅ケアが可能なのに入院を強いられたり、
それが不快の原因となるケースもある」

(だから家に連れて帰って餓死させよう……と?)

「栄養と水分の中止が大きな苦痛を引き起こすとの
説得力のあるエビデンスはない」

(FENは、餓死を選ぶなら不快を避けるために
ホスピスで投薬と口腔ケアを受けるよう勧めています)

「研究では、経管栄養の中止による不快はほとんどないとされている」

(こういう時に漠然と studies を持ち出してくるのだって
決して説得力のあるエビデンスではないはずですが)

「成人の断食では、特にターミナルな病状の場合、エンドルフィンが出て幸福感をもたらし、
ケトンの生成で飢餓感が薄れ、思考がクリアになるとされる」

(それが、どうして子どもを餓死させることの正当化になるのだろう?)

さらに、ここのところは、当ブログが目下こだわっている問題なのですが、
小児科学会倫理委員会として、差し控え・停止は倫理的に許容されると判断するものの、
「合法性については、倫理性ほど確かではない」と。

連邦政府の児童虐待防止法(CAPTA)の規定では
ターミナルな病気または永続的なこん睡状態にある子どもからは
「適切な栄養、水分、投薬以外の治療」は中止しても良い、とされているとのこと。

栄養、水分、薬の中止ではなく、それ以外の中止、が認められているのです。
それは、とりもなおさず、栄養と水分の中止は虐待とみなされているということでしょう。

にもかかわらず、小児科学会倫理委は
それが子ども本人の利益になるなら栄養と水分の中止は「適切appropriate」だと主張するのです。

そして、この論文(声明)は、その「適切」の意味を定義しようと試みるものだから、
「その意味で、論文の提示するガイドラインはCAPTAと一貫している」、とも。

(それが、一体どういう“意味で”繋がるというのだろう?)

また、州レベルの法律や規定があるかもしれないので、
州ごとに小児科学会の支部が相談に乗る、としていますが、

連邦政府の児童虐待防止法に抵触する方針を堂々と出しておきながら
州レベルの法律や規定を問題にするとも思えない。

なにしろDiekema医師というのは、
Ashleyの子宮摘出の違法性が明らかになって病院が公式に認めた直後に
「法律上裁判所の命令が必要かどうかということは、その治療が正しいかどうかということとは別」と
平気で言い放った人物。

彼の背後には、小児科医療における「無益な治療」論の強力な提唱者で
医療の決断は医師がするもの。裁判所など無視してしまえ」との持論で
医師らに檄を飛ばす小児科倫理界の大ボス、恩師の Norman Fost がくっついている。

2人とも、Ashley事件と、その後の成長抑制療法一般化問題で
「障害に対する偏見」に基づいてものを言い続けている。



論文そのものを読んでいないから、なんとも言えないところもありますが、
この、妙にぬるぬるとした言葉の操作と、
本当は繋がらないものを無理やり繋げて言いくるめる論理の操作で
黒いものを白と言い抜けるヤリクチは、正にDiekema医師の真骨頂。

とんでもない権力と繋がっている可能性のある、とんでもない人が、
とんでもないポストについてくれたものです。


重症児を家庭で家族が介護したいなら成長抑制がありますよ。
家庭で介護できないなら、餓死させてあげるのが子どもにとって最善の利益。
エンドルフィンが出てハッピーに死ねるのだから心配しなくて大丈夫……。
それで社会のコストもカットできることだし……。

包囲網がどんどん狭まっていく──。




2009.07.30 / Top↑