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Caplan、Schulman 他が“Human Dignity and Bioethics”という本を上梓している。576ページ。44ドル。:厚い。高い。英語だし、ハードル高いなぁ。誰か専門家の方に、概要まとめて解説してもらえたら嬉しいんだけど、そういう本、出ないかな。日本語で。
http://www.thelancet.com/journals/lancet/article/PIIS0140-6736%2809%2962172-3/fulltext?elsca1=TL-040110-EITHEROPENCLICK&elsca2=email&elsca3=segment

英国の新聞がいっせいに取り上げているのだけど、口から食べさせたら食べられる人に「人手が足りないから」「コストカットのために」胃ろうを造設させるケアホームが増えている。入所の条件にするところも。:介護者の側の都合で胃ろう……というのは、日本でもある。
http://news.bbc.co.uk/2/hi/health/8440881.stm
http://www.guardian.co.uk/society/2010/jan/06/care-homes-elderly-feeding-tubes
http://www.timesonline.co.uk/tol/life_and_style/health/article6977163.ece?&EMC-Bltn=C9PA02F

医療現場は言葉に頼りすぎて、言葉で語られることが全てになっているが、人の存在は言葉を超えたものであり、口調とか手振り身振りなど、もっと医療職がコミュニケーションを細やかに捉えれば患者の回復にも良い影響があるのでは、と研修生。:こういう感覚をもってもらうことが、言葉で意思や感情を表現できないというだけで「この患者には意識がない。何も分かってない」と決め付けるのもやめてもらえることへの第一歩になるんだろうか。私は、こういう意識の欠落の背景にあるものが、安易な経管栄養の導入にも繋がっているような気がする。
http://www.nytimes.com/2010/01/05/health/05case.html?th&emc=th

これを打つとコカインを吸っても脳に届くのをブロックして、ハイになるのを防げる・・・・・・というワクチンができて治験中。ただ、吸っても満足感がないため、非常に過剰な吸引に繋がる危険なケースも出ている。
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2010/01/04/AR2010010402752.html

タバコをやめると糖尿病になるリスクがぐんと上がる、と。:なんとなく、分かるような気がするけど。でも、きっと大丈夫。そのうち最初からタバコを吸いたくなくなるワクチンも、糖尿病予防のワクチンもできるから。
http://news.bbc.co.uk/2/hi/health/8439440.stm

げっ。知らなかった。アメリカって、HIVに感染している人の入国を拒否していたんだって。で、これは23年ぶりに、その禁止を解くというニュースなのですが。他に拒否しているのはイランとかスーダンとか。
http://timesonline-emails.co.uk/go.asp?/bTNL001/mJIWDZ1F/qTRN4Z1F/uM9ZZ6/xVCQEZ1F

オーストラリアの研究で、子どものいない女性でも同居者がいる人の方がいない人よりも健康度が高い、と。:それは、何も女性でなくても、男性でも同じじゃないかと思うのですが。
http://www.nytimes.com/2010/01/05/health/05weight.html?th&emc=th
2010.01.06 / Top↑
ちょっと、この記事だけでは判然としない部分のある事件なのですが、

アート・ギャラリーのオーナーである女性 Chen Ling-huiさんの自殺を幇助したとして
夫の Chang Zhi-chengさんが台北の地方検察局に起訴されたとのこと。

罪状は、
夫婦の寝室で練炭に火をつけた後、
ドアや窓の隙間を粘着テープでふさいで、
妻の自殺を幇助したというもの。

ゴミ箱の中から夫の指紋のついた火バサミとか粘着テープが出てきたのが証拠に。

当初、自分は居間のソファで寝ていて、
妻の死には朝まで気づかなかったといっていたらしいのですが、
その後、供述を変えた、とのこと。

当初、否認したため求刑は2年間の懲役。
台湾では自殺幇助は1年から7年の刑。

夫は軽い精神障害があったとされていますが、
検察側は、判断力を損なうほどではない、と。

またメディアの報道には
妻は巨額の借金があり取立てに苦しんでいた、との情報も。



おそらくは、この記事に書かれていないだけなのでしょうけれど、
どうやって妻に自殺する意図があったことが確認されたのだろう?

だって、借金を苦にした自殺で、病気で動けなかったわけではなさそうだから、
練炭自殺したければ、夫の手を借りなくても可能だったのでは?

自殺幇助と見せかけた殺人と、自殺幇助との見分け方って、
実は至難の業なんじゃないのかなぁ……。


それから、こういう事件が起きるたび、私はいつも同じ疑問を感じるのですが、

たとえばモンタナで合法とされたばかりの医師による自殺幇助
こういう場合の家族による自殺幇助とは、
本来、話が別なんじゃないでしょうか。

合法とされた国や米国の州で致死薬を処方する医師には
患者との間に個人的に濃厚な感情があるわけではなく、
いわば医師としての業務の一環の行為であり、

確かにモンタナの判事が言うように
手段を提供するだけだといえば言えないこともないわけですが、

家族との関係は、そう単純ではない。

しかも家族による自殺幇助の場合には、
程度と形態はそれぞれだとしても家族が直接に手を下すわけでしょう。

この事件でも、妻がいる部屋で練炭を炊いて、その部屋を密封したわけだから、
それは例えばPurdyさんをスイスまで連れて行くのとは、ぜんぜん違う。
この夫の行為は、やっぱり殺人じゃないのか……と思うし

私は、英国の公訴局長のガイドライン
「本人さえ死にたがっていて、手伝う家族・友人が善意ですることだったら殺してもいい」と
言っているような気がする。


あちこちで合法化が議論されている、いわゆる「医師による自殺幇助」と
英国のガイドラインが扱っているような家族や友人による「自殺幇助」とは
なにか別の文言を作って、きちんと区別した方がいいんじゃないでしょうか。

こんなところで私が言っても、全く何の足しにもならないですけど。
2010.01.05 / Top↑
Montana州の自殺幇助合法判断の判決全文がネットで読めると教えてくださる方があり、
おかげさまで、読むことができました。

といっても、
最初のLeaphart判事の書いた部分のみで、あとは気力が続かず挫折。

こちらのサイトで一番上のOpinion/Orderをクリックすると読めます。


まず、今回の判決文から、これまでの状況を以下に整理しておくと、

白血病の末期で抗がん剤も効果がなくなり、治癒の見込みもなく、
合併症が多発して常に苦痛があったRobert Baxter氏が
4人の医師と、Compassion & Choiceと共に
(合法化ロビーのC&Cが噛んでいるわけですね)

意思決定能力があるターミナルな患者の死を幇助した医師にMT州が殺人罪を適用しているのは、
個人の尊厳とプライバシーを保障する州憲法の条項違反だと訴えたもの。

2008年12月に地方裁判所はその訴えを認め、さらに
患者には致死薬を手に入れるために医師の幇助を利用することも可とした。
その上で、その薬を飲むかどうかを判断するのは患者自身に限る、
また患者の権利には、医師が殺人罪に問われないための保護も含まれる、とした。

(Baxer氏は、この地方裁判所の判決が出た日に死去)

それに対して、州当局が上訴したのが今回の最高裁の裁判だったわけです。

判決文は、まず、
意思決定能力があるターミナルな状態の患者が
自殺幇助を受けることも含めて尊厳のある死に方をする権利が
州憲法で保障された尊厳とプライバシー権に当たるかどうかについては
最高裁として判断することを避け、憲法レベルではなく州法レベルで解決を模索した、と。

論点は主に2つで、
モンタナでは自殺そのものは違法行為ではなく
この場合、罪に問われるのは医師のみということになるとしたうえで、

同意条項によって、医師が患者の意思に逆らって延命した場合には罪に問われるのであれば、
逆に患者の意思によって自殺幇助を行うことも許されるのかどうか。

それとも、結果的に害をなす行為は public policy に反するので、
この場合、患者の意思は無効とされるべきか。

州法では患者の同意が無効とされる例外が4つ決められており、
a. 法的に同意能力のない人が犯罪とされている行動に同意を与えた場合
b.若年、知的障害、酒や薬物のために、犯罪とされている行為の性質や有害性について合理的な判断ができない人の同意
c.力ずくだったり、強要したり騙して同意させた場合。
d.同意があったとしても、その行為やその結果として起こる害を許すことがpublic policyに反する場合。

この最後のd.の例外に当たるかどうか、ということ。

この点について、バーで酔って暴れた人をめぐる判例を引き、
またWashington州での public policy の考え方にも言及しつつ、
この例外は、公共の平穏を乱し、他者に危害を与える行為の場合に適用されるものと判断。

医師の自殺幇助は単に手段を提供するもので
最終的な行為に関わってもいなければ医師が最終決断をするわけでもない。

……と述べた後の部分が私は個人的にまったく気に食わないので、
特に以下に引っ張っておくと、

Each stage of the physician-patient interaction is private, civil, and compassionate. The physician and terminally ill patient work together to create a means by which the patient can be in control of his own mortality. The patient’s subsequent private decision whether to take the medicine does not breach public peace or endanger others.

医師と患者のやり取りはどの段階でもプライベートで、礼儀正しく、思いやりに満ちたものである。医師とターミナルな患者は協働して、患者が自らの限られた命をコントロールするための手段を創造するのである。その後、その薬を飲むかどうかを患者自身が決定することは、公共の平穏を乱すわけでもなければ他者を危険に陥れるわけでもない。

(アンタはCompassion & Choice の回し者か……?
 自殺幇助合法化ロビーや“科学とテクノの簡単解決万歳”文化代弁者の言うことには
「患者―医師」または「患者―家族」の関係の麗しきステレオタイプが付きまとっている。
例えばAshley事件で医師が“親の愛”の大安売りをやったように。
それから移植医と生殖補助医療の医師が突出して患者の苦しみに共感的であるように。)

モンタナ最高裁の判決は、その後、様々な関連の州法に触れて議論を展開した後に、
いずれも医師の自殺幇助行為がpublic policy(公序良俗)に反するとは規定しない、と結論する。

ここらあたりの論理は、私の大まかな理解では、

自殺が違法ではないのなら医師の幇助は単なる手段の提供であって、
その手段を使うかどうかの判断は本人のものだから違法じゃないだろう、というのと

「モンタナ・ターミナルな人の権利法」の理念は、そもそも、
終末期の患者自身の意思を尊重してあげましょう、ということなのだし、
どこにも自分で死に時を決めるのはpublic policyに反するとも規定されていないし、

18歳以上の健全な精神の持ち主に延命治療差し控えや中止の決定権を認めているし
医師にもそれによって差し控えや中止の行為を行うことが認められて
中止という直接行為が免罪されているし、

「(延命を)中止する」のも「(致死薬を)与える」のも同じく
この法律で患者が求めても良いと認められた“行為”である、と考えたって良いだろう、と。
(これ、生命倫理でよく出てくる、あの omission とcommissionですね)

つまり、延命治療の差し控えや中止を決断するのも
最終的に決断して致死薬を飲む行動に出るのも患者自身である以上、
医師の行為が omission でも commission でも、そこに違いはない、という論理なのでしょう。

で、この後、Leaphart判事は、
判事の間で出た反対意見をひとつずつ挙げてはニベもなく潰していって、最終的に
州法のどこにも医師による自殺幇助がpublic policyに反するという規定はない、と
みんなで結論したんだ……と述べて終わる。


あれこれ“いかにも”な言葉で書いてありますが、
私には、ぶっちゃけ、以下のように聞こえました。

「自殺は違法じゃないし、最後に薬を飲むのは本人なんだから、いいじゃん」

「死にたいという人に死ねる薬を渡したからといって、
他の人に危害や迷惑をかけるわけじゃないんだから、いいじゃん」

「本人意思で延命治療を停止したって死ぬんだから、
本人意思で死ねる薬を渡して死ぬのだって要は同じことじゃん」

Baxter側の(ということはC&C側の)弁護士が去年の秋に言っていた
「もともと死ぬ人なんだから、死なせたって殺したことにはならない」というのを思い出しますが、

……あー、でもねー、
個々人の権利の問題としてだけ議論して、これを認めちゃうってことはさぁ、
廻りまわって社会全体に影響するわけじゃん?

でもって、長期的には、ちょっとずつ、

「自分の意思なら死なせてあげてもいいんだ」

「苦しい状態のまま生きていることは尊厳がないんだ」

「苦しければ死ぬのは自分の勝手なんだ」

「社会や家族に迷惑をかけないためにも、
こういう状態になったら自ら望んで死んだ方がいいんだ」

……みたいな意識や価値観の変容をもたらす可能性があるとしたら、
それは、間接的には public policy に反することにならないのかなぁ……?

そういう対象者像の混乱とか、論理の飛躍は、英国の自殺幇助議論では起こりまくっていて、
「障害を負ったら死んだ方がマシ」だとか「家族に迷惑かけたくなくて死ぬのは美しい」みたいな意識が
そこには着実に混じりこんでいっているんだけど?

        ------------------------

途中で力尽きたので、その他の判事さんたちの書いた部分はほとんど読んでいませんが、

たぶんNelson判事の書いた部分だと思うのだけど、
43ページから51ページにかけての「人間の尊厳とは何か」という部分は(たぶん)圧巻。
これは、できたら改めてじっくり読みたい文章かも。

collectively という言葉が繰り返し使われていることが私には印象的で、

アルグレイブ捕虜収容所で裸の人間がピラミッドを作らされている虐待の場面を見たら、
なぜ我々はcollectivelyに理屈抜きで不快を覚えるのか、
それは人間に本来的にある尊厳が侵されていることを
我々がcollectivelyに感じとるからではないのか……というところあたり、
ちょろっと眺めてただけでも、迫力があった。

ここで使われているcollectivelyとは、
こちらで書いた私の「人類総体として」ということに重なるような気もしました。

Diekema医師やFost医師、Ashley父に読ませてやりたいような文章ですが、ただ、ここでは
だからこそ、死に直面した人に死の自己決定権を保障しようという論理になるみたいで
そのあたりの繋がり方に、こっちは、ちょっと頭がうろうろと混乱する。

Collective という言葉を使うのなら、
個々人の立場だけで認めることが社会全体、人類全体に及ぼす長期的な影響にも
もうちょっと思いを馳せて考えてみよーよ……と、不遜にも、
米国モンタナ州最高裁の判事さんに向かって、つぶやいてみる。
2010.01.05 / Top↑
テクノの天才たちを海外からシリコンバレーに誘い、とどめ置いて国際競争力を強化するために、ベンチャー立ち上げビザという新たなビザの創設案が米政府から。:誰かがどこかのコメントで言っていたけど、結局のところ米国が1人勝ちするのでなければ気がすまない国民的DNA?
http://news.bbc.co.uk/2/hi/technology/8417510.stm

英国で司法の助成金削減のため、年間の取り扱い件数を制限しようとの案が浮上。どのケースを取り上げるかは法務大臣が決めるとあって、Debby Purdyさんの自殺幇助関連の訴訟や、欧州人権裁判所までいって物議をかもしているDNAデータベースの件など(どちらも当ブログで追いかけてきた話題)、政府の方針に対して訴訟を起こすことが難しくなる可能性が懸念されている。
http://www.guardian.co.uk/uk/2010/jan/03/legal-aid-cuts-prevent-case-hearings
http://www.guardian.co.uk/uk/2010/jan/03/marcel-berlins-writ-large-2010-predictions

スウェーデンで増えすぎた狼の淘汰(つまり殺すこと)が始まった。:同じ問題が、一昨年だったと思うのだけど、オーストラリアのカンガルーでも起こっていて、Peter Singerが支持していたのを読んだ記憶がある。
http://news.bbc.co.uk/2/hi/europe/8436670.stm
2010.01.04 / Top↑
新年を祝う世界中の表情を Guardian が29枚の写真で。日本は「ゆく年くる年」でもやっていた増上寺の風船。
http://www.guardian.co.uk/world/gallery/2009/dec/31/1?picture=357528082

ハイテク音読サービスで点字を使わずに新聞を読む視覚障害者。点字しかなかった時代に比べると、視覚障害はごくごく小さな障害になった、と。
http://www.nytimes.com/2010/01/03/magazine/03Braille-t.html?th&emc=th

米国。この2年間でフード・スタンプのみで暮らしている人の数が50%増。
http://www.nytimes.com/2010/01/03/us/03foodstamps.html?th&emc=th

フランスで初のインターネットに関するプライバシー法施行。
http://news.bbc.co.uk/2/hi/europe/8436745.stm
2010.01.04 / Top↑
ここ数年、Grassley 上院議員の調査や数々の訴訟で
著名な研究者に対する製薬会社からの巨額の金銭支払いが次々に明るみに出て
米国で大きな問題となっていますが、

Harvard大学医学部と提携している2つの研究・教育病院
Massachusetts General と ボストンのWomen’s Hospital の運営母体 Partners Health Careが
利益の衝突に関する新方針を策定し、幹部医師らに対して外部からの金銭支払いに上限を設けることに。

1月1日から実施。

これら病院の幹部医師らの多くは製薬会社やバイオ企業の役員にも就任しており、
それら役員会に実際に出席した時間に対して上限は
1時間500ドルまで、一日に10時間まで。

またストックやオプションなど
会社の利益がそのまま役員報酬に影響するようなものは禁止するほか、

全ての従業員に対して、製薬会社からの講演料の受け取りを禁止。
(講演料の禁止については他の医大でも同様の動きがあるとのこと)

これら2つの病院以外でも、同様の規制の動きは出てきており、
利益の衝突についての著書があるハーバード名誉教授のDr. Arnold S. Relmanは

「アカデミックな医療センターの幹部が製薬会社の役員に名前を連ねるというのは
とんでもない利益の衝突だと私は考えます。

しかし、こういうことは世界中で起こっていて、ここでストップをかけなければ、
アカデミックな研究機関は国からも政府からも信頼を失って
免税などの恩恵も受けられなくなるでしょう。

このままでは研究機関が企業の一部を成すことになってしまいます」と。

この記事に取り上げられている実例としては、

Massachusetts Generalのchief of medicine(診療部長?)、Dr. Dennis A. Ausielloは
Pfizer社の役員でもあり、去年1年間で22万ドルを超える報酬を同社から受け取っている。

Dr. Ausielloによれば、医学研究を患者の利益になる薬として実現するには
Pfizer他の会社が不可欠である、とのこと。

同医師はまた、研究のほか
病院の知的財産を商品化するベンチャーやライセンス部門も取り仕切っている。

他にも、Partners Health Careの社長であったDr. Samuel O. Theirが
1994年にMerck社の役員に任命されている。
(現在はPartnersを退職)

97年から07年までハーバード医科大のディーンを務めたDr. Joseph B. Martineは
2002年に Baxter International社の役員に任命されている。

2人の役員報酬はそれぞれ年間20万ドル以上。

また07年にPartnersの方針委員会の初代委員長であり
同時アカデミック部門の責任者でもあったDr. Daniel K. Podolskyは、
また年間19万1000ドルを受け取るGlaxoSmithKline 社の役員でもあった

Podolsky医師の08年の退職に伴い方針委員会委員長の後任となったDr. Braunwaldは
20年前にはAstra Pharmaceuticalsの役員だった。
また、それ以後にも、少なくとも6つの企業の科学アドバイザーを務めている。



いや、でも、それを言うなら、
こっちの方が、よっぽど、えげつないし……という仰天ニュースが年末にありました。

02年から09年の間CDC(米国疾病予防センター)を率い、
オバマ大統領の就任で引退した前所長 Julie Gerberding氏が
Merck社のワクチン部門の責任者に就任することになった、と。
(詳細までは、まだちゃんと読んでいませんが)

Former CDC Head To Lead Merck’s Vaccine Division
The Medical News Today, December 23, 2010


こういう、すさまじくも嫌らしい天下りの話を聞けば、
研究機関の大物医師らにとっても年間20万ドルの役員報酬なんて実は全然 メ じゃなくて、

どう考えたって、もっとオイシイのは、
大学や病院を退職した後に製薬会社に迎え入れてもらうという
将来のウマミだったりするんじゃないのかなぁ……。

それなら、今たちまち役員報酬を制限されたって、
講演をやって報酬を現金でもらえなくたって、
(製薬会社はどうせ何らかの方法で、しこたま払うんだろうし)
製薬会社やバイオ企業に嫌われたくはないことに変わりはないんじゃないのかなぁ……。


ちなみにMerck社のワクチンといえば、
真っ先に頭に浮かぶのは、もちろん
目下、世界中で鋭意売り出し中の、あのHPVワクチン Gardasil

2010.01.04 / Top↑
Montana州では2008年の12月に地方裁判所のMcCarter判事が
医師による自殺幇助を求めることは州憲法で認められたプライバシー権であると判断し、
それに対して州の検察局が、この問題は議会によって決められるべき事項だとして上訴。
(詳細は文末のリンクに)

最高裁の行方が注目されていましたが、

12月31日、最高裁は
McCarter判決のように「自殺幇助が州憲法で認められた権利」とまで踏み込むのは避けたものの、
州法には患者が医師による自殺幇助を求めてはならないとする規定はない、と判断。

それによってモンタナ州は
意思決定能力のあるターミナルな病状の患者に対する
医師による自殺幇助を合法とする米国で3番目の州に。

ただし、患者自身が最終的な行動を行うことが条件。

また判事のうちの2人は
これまで長く続いてきた公的方針を覆すものとして、この判断に反対の立場で、

判決理由にも、少数意見を代表して Jim Rice 判事が
「民主的なプロセスによって公的な方針が変えられるまでは
方針は法廷によって容認され、行われるべきである。
私の意見としては、このたびの最高裁の結論は
支持を欠き、明白な理由を欠き、また道徳的な力を欠いている」と。

Montana 3rd State to Allow Doctor-Assisted Suicide
AP(The NY Times), December 31, 2009


Montana州は特に個人の選択権を重視し権力の介入を嫌悪する伝統が根強く、
独特の文化風土があるという記事を前に読んだことはあるのですが、
(詳細は文末リンクのエントリーに)

これまでに合法化したOregon, Washington の2州が
新たな法律を作って所定の対象者と手続きの元で合法化したのに対して、
とりたてて新たな法の枠組みを作らなくても現状のままで違法ではない、とする
このたびのMTの判断が、他の州での合法化の動きにどういう影響を与えるのか、
非常に気になります。


読んだのは上記のAPのみですが、
さすがに英米のメディアは大きく扱っています。
その一部を以下に。




2010.01.02 / Top↑